2018年4月18日 (水)

関経連、PB黒字化めざし消費税15%も視野にと言及

 関西経済連合会が財政健全化と経済成長の両立をめざす財政のありかたについてこのほど提言した。

 提言は国家財政を圧迫している社会保障給付に焦点を当てた改革案で、10%への消費税引き上げは無論のこと、それ以上の消費税引き上げに言及している。それによると、PB(基礎的財政収支)の黒字化については、遅くも2025年度までにその道筋をつけるのが不可欠だという。

 そして、成長実現ケースだと、2022年度にPB黒字化が達成可能であり、消費税率は10%への引き上げを行ない、さらに12%程度への引き上げを検討すべきだとしている。

 他方、2025年度までのPB黒字化が危ぶまれるなら、消費税を15%程度に引き上げることを視野に入れるべきだとしている。いまの消費税率8%から見ると、倍近い。そこまで提言で言い切るのには、関西の企業経営者の厳しい将来展望が反映しているのだろう。

 今回の提言は、社会保障制度改革を重視しており、社会保障関係費の年間増加額をいまの5千億円から3千億円に抑制する目標を設定すべきだとしている。また、財政健全化基本法を制定し、健全化目標の設定、それに基づく予算編成、目標と結果のかい離の管理・検証の義務付けなども検討すべきだとしている。

 提言には、企業自らに対する”注文”がほとんど見受けられない点に不満が残る。だが、与野党がほとんど触れたがらない消費税の将来の引き上げに気軽に言及しているのはいい。

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2018年4月 7日 (土)

中国では国が全国民の顔データを把握しつつある

 7日付け日本経済新聞朝刊一面の連載「データの世紀」は、読んで慄然とした。コンピュータ、カメラなどで構成する顔認証を中国は積極的に利用しようとしている。高速鉄道の北京西駅では、改札時に切符と身分証の提示を求めるが、顔をカメラに近づけ、身分証に登録された顔写真のデータと一致すれば、入場ゲートが開くという。記事では、インドでは生体認証付きのマイナンバー制度が導入されつつあるとも指摘されている。

 日本では、街頭などに据えられた監視カメラが犯罪捜査に役立っている。このため、監視カメラがプライバシーを侵すといった批判はとんと聞かなくなった。だが、「国家が吸い上げる国民のデータは、生活向上という利便性を提供する一方で、監視社会と紙一重だ」、「国家が巧みにデータを集め、コントロールできるようになると、情報は国民を抑え込む手段と化す」という指摘は見逃せない。

 我が国でも、マイナンバー制度の導入が進みつつある。その意義は小さくない。だが、民主主義政治体制が確固たるものでないと、マイナンバー制度がもっぱら国民を監視したり支配したりする道具に化けないとも限らない。

 中国のように、中国共産党が一元支配する国家では、国民に政府や党への批判を許さない。国民に言論の自由は認められていないのである。こうした独裁国家、独裁政権を維持するうえで、国民一人ひとりを監視する仕組みは、支配を確かなものとするので歓迎される。そして、恐ろしいのは、今日の世界では、中国と似た独裁国家があちこちに存在していることだ。情報技術の革新がそれを支えている可能性は少なくない。

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2018年4月 5日 (木)

乏しい国会審議の成果

 森友学園に対する国有地売却問題で、国会は佐川前財務省理財局長の証人喚問を行なったが、証人がまともに証言するのを忌避したため、何の成果も得られなかった。しかし、4月からの新年度入りを境に、森友問題は新聞報道などから姿を消してしまった。これで”一件落着”というわけではあるまいが、野党の攻勢に迫力がないことおびただしい。

 そんな気の抜けた国会に活を入れるかのように、イラクへ派遣した陸上自衛隊の活動報告(日誌)が、実はあったというニュースが報じられた。1年ちょっと前には、探しても無かったとと当時の稲田防衛大臣が言っていたのに、昨年3月に見つかっていたこと、にもかかわらず、上には報告されていなかった、というにわかには信じられない話である。

 軍隊組織では、誰に何を報告すべきか、すべきでないか、が決定的に重要である。安倍総理大臣が憲法改正をめざし、そこに自衛隊の存在を明記しようとしているが、こんな心もとない軍隊では不安だ。小野寺防衛相は真相を究明するとしているが、与野党が一緒になって調べることもあっていい。

 4月からの新年度入りで、国の一般会計などが動き出した。政府案の無修正である。国債の大量発行や、それを支える日銀の超低金利政策や国債大量購入など、いわゆるアベノミクスの継続で、将来の財政破綻のリスクは増大すると言わざるをえない。だが、国会の予算審議などで、歳出や歳入の中身についてどれだけ厳しく審議したのか。

 与党の国会議員で、財政金融分野の重鎮と言うべき人はいない。社会保障分野においても同様だ。また、野党にも、財政金融や社会保障に関する見識を誇れるような議員はいない。財政危機を感知し、適切に対処するよう警告する有力な国会議員を与野党で育てることが国政の課題の1つではないか。小選挙区制度の見直しとともに。 

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2018年3月27日 (火)

国会証人喚問の限界

 森友学園疑惑で、27日、国会は佐川宣寿前財務省理財局長を証人喚問した。この予算委員会のテレビ実況中継を見たが、決裁文書の改ざんに関する国会議員の追及に対し、証人は完全に回答を拒否していた。これには、納得できない視聴者が多かったのではないか。

 憲法第62条で、議案等の審査及びその他国政に関する調査のため、喚問し、証言を要求できるとあり、議院証言法が定められている。

 冒頭、証人として立った佐川氏は「良心をもって、真実を述べ、何事も隠さず、何事も付け加えないことを誓う」と宣誓書を読み上げ、署名、捺印した。そして、委員会の委員長は、国民の関心が強い森友学園への土地売却に関する文書改ざんの経緯などについて証言するよう求めた。

 しかし、佐川氏は、自らが刑事訴追を受けていることを理由に、肝心の点に関して全く答えなかった。虚偽の陳述をすれば3カ月以上、10年以下の懲役を受ける。黙して語らなければ、虚偽陳述には当たらないということだろうか。宣誓書を読み上げたのに、自らの保身を最優先した。

 公文書を改ざんした目的は何だったのか。二度と同じようなことが起こってはならないが、佐川氏の証言は、政治、行政に対する国民の不信を強める一方で終わりそうだ。

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2018年3月21日 (水)

GDP統計が反映するもの、しないもの

 国全体の経済活動の規模や増減などを表す指標のGDP(国内総生産)。その数字について、「ネットの情報サービスやスマホアプリ」はGDPに反映されていない、と19日の日本経済新聞が指摘している。デジタル化という技術革新がもたらす消費者余剰はGDPの3.2%~3.7%にも及ぶとしている。消費者の利便性が高まっているのに、GDP統計上は豊かさがそれだけ失われていると記事は指摘する。私たちはGDP統計が示すよりも豊かだという記事である。

 GDP統計は折に触れて、批判の対象になるが、記事を読んだあとに、たまたま読み出した本、『3つのゼロの世界』は、GDPに触れて、異なる視点から、その問題点を指摘している。グラミン銀行の創設者で、ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏が”貧困ゼロ、失業ゼロ、CO2排出ゼロの新たな経済”という副題をつけている書物である。

 即ち、「GDPは全体を語らず、語ることもできない。お金のやり取りを必要としない活動は、GDPに参入されないからだ。つまり、人間がとても大切にすることの多くが価値がないと見なされるのである。他方で、兵器や人の健康を害したり環境を破壊したりするのに使われるお金はGDPに算入される。苦しみを生じさせるだけで、人類の幸福にはまったく貢献しないにもかかわらずだ」。そう、ユヌス氏は言う。

 そして、「GDPは、資本主義的人間の利己的な活動を正確に測ることはできるかもしれない」と付け加える。

 同書は啓発に富む書物であり、GDPから離れるが、引用したい内容が多々ある。その中から一つだけ紹介する。「人間は仕事を探す者だという考えを捨て、人間は起業家だという新しい考えと置き換える必要がある」、「人間はみな生まれながらの起業家であり、無限の創造力を内に秘めている」。

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2018年3月 4日 (日)

逆「トリクルダウン」を目指せと言う中前忠氏

 経済同友会の会報『経済同友』2月号に、中前忠国際経済研究所代表が昨年12月に会員セミナーで講演した「経済ナショナリズムが変える成長モデル」の要旨が載っている。

 労働生産性の上がっている企業は雇用を減らす。余剰になった労働者は生産性の低い第三次産業に移る。このため、全体として企業収益は上がっても、労働者の報酬は下がり、所得格差は広がる。この傾向が世界中に見られるという。

 日本では、国の所得に対する家計所得の割合は1980年の68.9%から2015年51.9%まで落ちている。加えて、家計所得に占める税・社会負担額は1980年の21.7%から2015年35.8%にと重くなっている。

 逆に、国の所得に対する企業所得の割合は1980年の21.3%から2015年32.0%へと上昇。企業所得に対する税・社会負担額は1991年のピーク48.7%から2015年31.8%へと下がっている。こうした企業優遇策のため、労働分配率も下がっているという。これを是正しない限りは国内消費は伸びないと中前氏は指摘する。

 そこで、消費税を廃止し、法人税増でその分を補う。そうすれば、消費は増え、結果的に国内企業にもプラスに働き、賃上げも可能になると言う。家計から企業へ富が行き渡る「逆トリクルダウン」を目指すレジーム・チェンジを唱えている。

 中前氏は昨年10月5日夕刊の日本経済新聞コラム「十字路」で、消費税の撤回、貯蓄利回りの引き上げ、および財政赤字対策としての企業への増税を説いた。今回は、それに続くもの。逆転の発想が説得的だ。

 

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2018年2月25日 (日)

沖縄を苦しめる日米地位協定

 沖縄県の渡具知武豊名護市長が毎月の定例記者会見をやめるという。稲嶺進前市長は定例会見を実施してきたが、選挙で敗北した。この市長交代を歓迎して、さっそく、安倍政権は、名護市に対する各種の助成を実施すると露骨な方針転換を示したりしている。

 また、沖縄では、米軍のヘリコプター墜落、小学校の上空の米軍機飛行など、地元民の反発を招くような出来事が頻発している。北朝鮮の核・ミサイル脅威もあって、沖縄の米軍をめぐる日本国内の政治情勢は厳しくなると思われる。

 こうした中、たまたま拾い読みした『日米地位協定  その歴史と現在』(明田川融著)には、安保条約に基づく日米地位協定(前身は日米行政協定)の故事来歴が記されていて、大いに参考になる。

 そもそも、日米地位協定は極東における平和と安全の維持に寄与し、外部からの攻撃に対する日本防衛に寄与するという目的を遂行するのに必要な施設および区域の使用を日本が米国に許すという内容。米軍が使う基地や範囲、名称などは何も定めていない。即ち、米国は日本国内のどこにでも米軍基地を設けることができるということ。いわば白紙委任状のような規定である。

 また、1972年の施政権返還から40数年も経ったのに、沖縄は昼夜わかたぬ軍用機騒音、米兵による犯罪・事件・事故、米側の被疑者拘禁によるままならない身柄引き渡し、軍用燃料や化学物質の投棄による環境破壊などで地域住民を苦しめてきた。国策であっても本土では民意で止めることができるが、沖縄では、国策とあれば日本政府は民意を無視し、押しつぶしてでも粛々と進める。

 それに、安倍政権が集団的自衛権の行使を可能にする安保関連法を成立させ、自衛隊の活動範囲を地球の裏側にまで広げたことは日本を危険にした。それにもかかわらず米軍への思いやり予算を増やしたりするのはおかしい。そう指摘する。

 本土にいる私たちは沖縄問題に概して疎い。なぜそうなのか、これも本書が教えてくれる。

 

 

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2018年2月11日 (日)

国債などの政府の債務は1085兆円

 9日に財務省が発表した「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」(昨年12月末現在)は1085兆7537億円だった。1年前より14兆円多い。政府が発行した普通国債などの内国債だけで前年比21兆円増の956兆円に達する。

 政府は毎年、税収などを上回る歳出を当然のごとく行なっているから、国債等のいわゆる借金がどんどん膨れ上がってきている。経済学者の多くは、こうした財政状況を危機ととらえ、財政再建を政府の最重要課題の一つととらえるが、逆に危機とみなさず、必要な政策だという学者・エコノミストの見解もある。

 そして、問題は、国政において、政府・与党が財政拡張を問題視していないうえに、野党も財政再建を重要な政策課題ととらえることなく、いまの野党共闘の主要なテーマに取り上げていないことである。

 財政健全化について、井堀利宏政策研究大学院特別教授が8日の日本経済新聞「経済教室」で「非常時対応の正常化急げ」、「将来世代への先送り限界」という見出しの記事を書いている。土居丈朗慶応大学教授は「月刊 経団連」1月号で「基礎的財政収支黒字化の早期達成を」という見解を述べている。その中で「早期のPB黒字化は歳出改革とセットで」とも言っている。

 これら財政学の大家の見解に対し、松林洋一神戸大学教授の9日付け日経「経済教室」は、「現時点では国内では政府部門の資金不足を、民間部門の資金余剰で埋め合わせることが可能となっている」が、中長期的には2つの点が要注意という。

 団塊世代の高齢化が進む20年代半ば以降、家計部門の貯蓄取り崩しが本格化する。また、企業部門の資金余剰が続くか定かでない。財政が海外からの資本流入に依存するなら、長期金利へ影響が出るかもしれないという。

 こうした専門的な議論を十分に消化する能力はないが、日銀の異常なほどの超低金利政策と抱き合わせの国債多発財政がいつまでも持続可能とは思われない。カネをばらまけば、国内景気を底上げできるが、こうした将来に禍根を残す安倍政権の政策は早期に是正されるべきだろう。

 

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2018年1月30日 (火)

放漫財政をチェックする政治勢力が無い

 水谷豊が主演のテレビドラマ「相棒」をよく見る。警察組織は上下関係で官僚制度の最たるものだが、このドラマでは、その官僚制度の弊害がときおり具体的な事件の捜査に顔を出す。

 政府・与党の要人が関わる事件やスキャンダルなどで、官房長官がもみ消しを指示したりする。警察内部でも上層部の指示で、事件をにぎりつぶしたりする。警察庁と警視庁との上下関係で事件が警察庁の意向に沿って処せられたりもする。もちろん、警視庁が警察庁の無理難題に対し、筋を通そうとしたりすることもある。

 このドラマ「相棒」が長く続いている理由の一つは、この官僚制度の歪みを突いているからだろう。現在の日本では、法の制定から法の運用、適用まで、何が正しいのか、官僚が民主政治の基本に立って公務に励むのが正道だが、現実には、出世するか、左遷されるか、上司などによる人事評価などが影響する。結果として、上司の指示に従ったり、意向に沿った行動をとることが多いと思われる。

 経済政策にしても、官僚の人事評価に政治家が関与するようになり、政権のトップの意向を汲まないと、昇進の道が断たれるという状況ができてきているようだ。財政健全化への取り組みも、消費税増税を繰り返し先延ばしする安倍首相の放漫財政のため、与党、省庁などは予算分捕りのほうに夢中になっている。

 金融の異次元緩和で国債の大量購入に踏み切った日本銀行も、安倍政治に唯々諾々と従って、膨大な国債を抱えたまま、金融正常化に手を着けようともしない。官僚の一人ひとりが、「もの言えば唇寒し」と憂国の思いを内に抱えたままである。

 安倍政権が長ければ、それだけ、官僚たちの国を思う心が薄れていく。野党があまりにも無力な政治情勢を憂う。

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2018年1月13日 (土)

元旦の新聞一面トップで社主が”平和憲法捨てるな”と主張

 日本記者クラブは例年、いまごろ、東京・日比谷のプレスセンタービル一階ロビーで、元旦付けの全国紙、地方紙などをまとめて展示する。ことしの展示を13日(土)に見た。眼を引いたのを一つだけ紹介すると、日本海新聞と大阪日日新聞が一面トップに、社主の吉岡利固氏の主張「平和憲法を捨ててはならぬ」を掲載したことである。

 一般紙は、社説、論説、主張などという欄を設けているが、それを執筆するのは論説委員などであり、経営の最高責任者ではない。また、社説などが一面に載っていた時代はとっくの昔に終わり、二面以降に掲載されるのが普通だ。編集も分業・専門化の時代である。それだけに、元旦だけとはいえ、社主の名前で主張を前面に押し出す日本海新聞と大阪日日新聞はユニークだ。

 吉岡社主の主張の一つは、二度と戦争をしてはならないという日本人の平和に対する思いは世界に浸透していて、日本だけは軍備を持たなくてもやむをえないと世界は納得してくれている、日本は戦争放棄を明記する憲法を持つ唯一の国であり、わざわざ普通の国になる必要はないということである。

 また、我が国の繁栄は、米国が日本に平和憲法を作り与え、軍備を持たせず、代わりに日米安保条約で日本を守ってきたおかげである、安倍政権の憲法改定は、平和憲法の持つ特権を自ら捨て去る行為だという。

 また、吉岡社主は、安倍政権の言う働き方改革は、実際は、休みが増える分、収入は減るという内容だ、おカネがないのに遊べと言う矛盾した政策だと主張する。そして、政府と官僚が推進する小手先だけのダメ政策に気付かぬほど国民は思考停止に陥っていると言う。

 そして、国民がいっそう考える努力を失い、軍備を持つことを容認する世論が半数を超えたら、日本の将来危機が本格的に到来すると指摘する。

 以上、吉岡社主の訴えを紹介した。日本の一般紙で、吉岡社主の抱くこうした鮮烈な危機意識を読者に訴える新聞がほかに見当たらないのをどう考えたらいいだろうか。

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