2009年11月12日 (木)

事業仕分けは画期的だが、問題もある

 政府の行政刷新会議が11日から始めた来年度予算(要求)の事業仕分けは、国家予算づくりの過程を部分的にせよ国民の眼前にさらけ出した点で画期的だ。官僚支配に乗っかった自民党中心の政治において、国のカネが天下りや特定層の権益のためなどで、どんなにでたらめに使われてきたかがわかった。それをメディアで知った国民は怒り心頭に発しているのではないか。

 これまでの国会審議は予算委員会に示されるように、予算の中身を審議することはほとんどなかった。議会がさぼってきた予算案の審議を個別事業ごとに行なうというのだから、すごいことだ。

 例えば、11日に、国土交通省の下水道事業や農林水産省の農業集落排水事業は、地方自治体へ移管するとの判定がなされた。下排水処理については下水道と農排水と合併浄化槽との3つの選択肢がある。下水道と農排水とは道路などと同じく公共事業そのものであり、しかも近接してつくられたりしている。そこに巨額のムダがあることは知る人ぞ知る。地方移管でムダがなくなるか疑問だが、そこに初めてメスを入れる可能性を感じさせる判定である。

 今回の事業仕分けは限られた予算項目についてしか行なわれないが、それ以外の予算項目についても、日数がかかってもいいから1年間のうちに順次やっていくことを求めたい。とともに、地方自治体の予算についても、すべての自治体が同様な事業仕分けを公開の場で実施するようになってほしい。

 予算をどうつくるかはまさに時の政権がどんな政治をするかを示す重要なプロセスである。だから、透明性を確保した事業仕分けの意義は非常に大きいが、問題もある。例えば、画一的に短い時間のうちに結論を出すことである。議論を尽くさないうちに一定の結論を出さざるをえないものもあるから、複雑な要素を抱えている予算については、“復活折衝”ではないが、改めて議論する場を設けたらどうか。

 また、仕分け人としてさまざまな分野の専門家が加わっているが、彼らが議論の対象についてすべてくわしいとは限らない。したがって、見落とされた視点、異なる視点からの指摘をパブリックコメントとして受け入れることも考えていいのではないか。

 ネットを使えば、どこからでもリアイルタイムで事業仕分けの現場にアクセスできるというやりかたは民主政治の新たな試みである。それは国民の政治への関心を高める。“公開処刑”みたいな印象を与えるのはいささか気になるところだが。 

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2009年11月10日 (火)

国の“借金”が半年で18兆円増えた

 財務省が10日、国債および借入金の9月末現在高を発表した。864兆5226億円で、半年前に比べ18兆256億円増えた。わずか半年で国民1人あたり14万円弱増えた。よくまあ“借金”を膨らましているものだ。自民党・公明党の政府もそうだったが、民主党中心の政府も目下、返済のことをほとんど考えていないようだ。

 発表によると、内国債だけで9月末現在、694兆2982億円。700兆円大台乗せは時間の問題である。

 これだけ“借金”が大きくなると、政権の座にある者は、じたばたしてもしようがないと度胸がすわるのかもしれない。しかし、国民のモラルハザードが心配になる。いくら家計と国家財政は本質的に異なるとはいっても、国の将来が危ういとなると、真面目に働く気持ちも萎えるだろう。国の将来に明るい展望を切り拓いてみせてくれる政治が切望される。

 事業仕分けは財政のサステナビリティ(持続可能性)に大きく関わる。民主党政権ならではの画期的な取り組みだが、それでどこまで膨らんだ予算要求をカットできるか。政治家がやるんだと力み過ぎているため、官僚をうまく使うというやりかたになっていない点が問題である。

 事業仕分けは大きな意味があるが、同時に歳出のすべてにわたる見直しが求められる。国がやるべき業務であっても、ろくに働かない人をやたら抱えているようでは税金の無駄づかいだ。それはおそらくほとんどすべての業務に大なり小なりあるにちがいない。そこを攻めるには、官僚を味方につけ、問題点を彼らから教えてもらうのがよい。各省庁の三役には、肩の力を抜き、衆智を集めて行政の質をよくするように願いたい。

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2009年11月 6日 (金)

医療問題の基礎知識を『日本の「医療」を治療する!』で知った

 米国のエール大学、エモリー大学などで医学を教えていた武井義雄氏が書いた『日本の「医療」を治療する!』(09年7月、日本経済新聞出版社)を読んだ。米国での経験を参考にしながら、日本の医療の問題点を鋭く突き、処方箋を書いている。

 個人的には、医師不足などの原因を考えるうえで必要な基礎的知識を得ることができた。メディアはどうして、そのような情報を読者・視聴者に与えてくれないのかと思う。メディアの勉強不足と言ってしまえば、それまでだが‥‥。

 新研修制度で都市に集中するようになったのは、「2004年、政府が法律をつくって2年間の研修を必須にし、研修医の給料を病院に確保させたからである」。国は月俸30万円ぐらいとの目安まで設けた。これで、2年間、研修医として東京に行こうと思う者が増えてもおかしくはない。居心地がよければ、居つくかもしれない。

 研修指定を受けた病院には、「指導医経費」、「剖検経費」、「プログラム責任者等経費」、「研修委員会経費」等々、実に多くのカネが国から支払われる。しかし、きちんと研修をしているかというチェックはないという。だから、研修医の2年間に幅広く医療の基礎を身につけてプライマリーケア(病気になった人が最初に訪れ、診療を受ける。家庭医のような存在。患者を診て、必要があれば専門医に紹介する)ができるようになるべきなのに、そうなっていないと指摘する。

 そして、2年間の臨床研修のあと進む専門診療科研修制度があり、その制度と定員にも問題があるという。専門医になるための研修を受けている間の給与は研修医のときと違って国が何も言っていない。大体は大幅に低い。しかも研修の期間や内容は病院によってまちまち。定員過剰な専門医研修もあり、真に専門医とみなしてよいだけの研修を受けていなくても、研修が終われば、専門医を名乗れるという。

 著者は医療危機への緊急の対応策としていくつかを挙げている。第1に、医療事務員の大幅増員を求めている。病院の医師の雑用による負荷を減らせるからだ。「メタボ健診」は不要だという。これは医師不足を加速したという。

 第2に、経験のある看護師から選抜して専門教育を施し、医師代理としての資格を与える。

 第3に、専門診療科研修のプログラムの定員を「戦略的に上手に設定すること」。それを実現するため、政府、医師会、医学会が一体となって公的機関を設立する。

 第4に、病院をやめる勤務医がその地域で開業しやすい仕組みをつくる。例えば、病院から外来を切り離し、病院付属の診療所をつくって開業医に提供する。

 そういった対応ができるためにも、医療については地方分権を強めるべきだという。

 一方で、CTなど医療検査がやたら行なわれる背景には、それで診療報酬がかせげるといった事情があることを知る。

 

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2009年11月 5日 (木)

公取委の「審判制度」廃止へ

 独占禁止法に違反したとされる企業などは、公正取引委員会の下す行政処分に異議があるとき、公取委に不服を申し立てることができる。それを受けて、公取委は審判部門で行政処分を取り消す必要があるかを判断することになっている。しかし、これだと、“一審”の審決を不服とする申し立てをしても、“二審”もまた、同じ公取委の職員が審決を下す形になっているので、中立性・公正性が疑われる。

 経済界からかねて問題だと指摘されてきたこの「審判制度」について、鳩山政権は、これを廃止し、“二審”は裁判所で行なうように独禁法を改正する方針を固めたという(日本経済新聞5日付け朝刊)。これまで分離に反対だった公取委(の官僚)も受け入れざるをえないだろう。歓迎だ。

 政権交代がなければ、行なわれなかった改革が新政権の手で進められている、その1つである。政権交代のプラス面である。

 ついでに、手をつけてほしいのが、国税不服審判所である。国税庁の付属機関である同審判所は、税務署や国税局が決めた課税の内容に納税者が不服のとき、異議を唱えて“上告”するところだ。

 同審判所で“再審”にあたる審判官は財務省・国税庁の出身者がほとんどである。税務署や国税局とは一気通貫、身内の関係である。人事を見ても、財務省・国税庁から国税不服審判所に異動で行くのがずっと続いてきた。

 役所の世界では、職場の仲間、先輩などが行なった仕事を否定することは最もいやがられる。したがって、国税不服審判所のように、国税関係出身者を多く抱える組織が納税者の立場をも踏まえて適正な課税決定をするか疑わしい。

 08年度の審判所の結果は、訴えの棄却が65.6%、却下が9.5%に達する。課税の取り消し・一部取り消しは14.7%にとどまる。例年、こうした傾向である。そうした数値だけから公正性に欠けるとみなすことはできないが、納税者に強い不満があることは間違いない。国税不服審判所をなくし、いきなり裁判所に持ち込むようにするか、審判所のメンバーに税関係の見識のある第三者を多く入れるか、といった改革が求められる。

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2009年11月 3日 (火)

「北京-東京フォーラム」で、中国側に憐れまれた日本

 11月1日から3日まで中国・大連で開催されていた「第5回北京-東京フォーラム」(言論NPO・中国日報社共催)は、公開された議論を読むと、なかなか興味深い。その中で、特に印象に残った発言を紹介する。中国がGDPで日本を抜き去ることで日本が大きな失望感を抱いているのかもしれない点に関連してのものだ。

 呉健民中国外交部国際諮問委員会委員は「日本はアジア第一の座から転落しようとしていますが、しかし、中国は発展していかざるをえないのです」、「日本が没落した国だと(自らを)考えてしまうのは、気持の問題でしょう。そういった気持が国際問題を引き起こすのだと思います。日本の気持の整理について、私たち(中国)もお手伝いしたいと考えています」と語っている。

 これは、山口昇防衛大学校教授が「日本は経済が下降気味であり、そういう内向きのときこそ排外主義が出やすい」と発言し、それを受けて、李秀石上海国際問題研究所日本研究室主任が「中国は日本の自信増強の手助けをしていきたい」と述べたことと関係していると思う。日の出の勢いの中国に、落ち目の日本を思いやる余裕が出てきたというか、日本が過去の過ちを繰り返すおそれがあるので、それを未然に防ぎたいというのか、あるいは、それらの両方を意味しているのかもしれない。

 もう一つあげると、王晨国務院新聞弁公室主任のあいさつを代読した朱英コウ(王ヘンに黄)中国日報社前編集長による「日本政府からの円借款は、中国の近代化に多大な貢献をしてきました」という趣旨の発言である。日本は北京空港建設はじめ多くのプロジェクトに巨額の円借款を供与してきたが、中国側は過去の償いとみなしたのか、それに積極的に感謝の意を表することはなかった。それだけに日中共同のフォーラムのような公けの場で円借款について「多大な貢献をした」と評価したのは、中国政府の自信とゆとりの表れではないかと思う。

 私自身、10月に北京、上海、杭州などを回って最近の中国の一部を見てきたが、その発展のレベルと勢いには率直に言って驚いた。それと比べて、日本はなんと沈滞していることかと痛感した。鳩山新政権が日本の再生に成功することを願うが、失敗したときのことを考えると、北京-東京フォーラムにおける中国側の発言はたわごとと片付けられないような気がする。 

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2009年10月30日 (金)

09年度個人向け国債の発行額を減らした

 財務省が10月30日、09年度国債発行予定額の内訳を変更すると発表。個人向け販売分を当初に計画していた4兆2000億円から半分の2兆1000億円にした。個人投資家が関心を持つ15年変動利付債および10年物価連動債の発行(各3000億円)を取りやめた。

 どうやら、個人投資家があまり国債を買わないということと、インフレ対策に有利な変動利付債・物価連動債は売りたくないということが変更の理由らしい。

 この日の発表資料を読むと、09年度の国債発行予定総額は149兆2044億円のまま変わらないということがわかるが、金額のあまりの大きさにびっくりする。国債というのは国が借金するために発行する債券だが、09年度の1年間に国民1人あたり新たに110万円余、借金するということだ。一方で、国債の元本を返済する償還もあるし、借り換える分も多い。だから、まるまる借金が積み上がるわけではないが、差し引き50兆円ぐらいは純増分になるだろう。国民1人あたり40万円ぐらいになる。将来へのツケ回しだ。

 財務省によると、ことし3月末で普通国債の発行残高は約546兆円。これが従来の見込みでは来年3月末に約592兆円に増える。しかし、税収が落ち込む一方、鳩山内閣はかなり歳出増となる政策をとろうとしているので、来年3月末に600兆円を超えるおそれもある。

 普通国債以外に国は財政投融資特別会計国債や政府短期証券なども発行している。そのほかに借金もある。ということで、従来の見込みでは、来年3月末の国債・借入金残高が924兆円とされている。これも実際には相当に増え、1000兆円間近になるだろう。

 これは将来、国民に払ってもらわねばならないものである。国民1人あたりいくらになるか。皆さん、計算してみてほしい。

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2009年10月29日 (木)

しっかりせよ、経済界のリーダー

 政府は日本郵政の経営陣をがらりと変えた。斎藤次郎元大蔵省(現財務省)事務次官を社長にしたほか、財務省、総務省(旧郵政省)のOBやキヤノンなど民間出身者を副社長に並べた。亀井静香金融大臣の強引さが目立っているが、鳩山政権の一面を表していると言えよう。今回の日本郵政人事に関する疑問点を以下に書くと――

 斎藤氏が長年、務めた東京金融取引所の社長ポストは財務省の天下り指定ポストである。斎藤氏の後任も財務省OBである。金融の分野はもともと財務省・金融庁の監督・行政指導が強い。東京金融取引所を、株式会社だから、普通の民間企業だとみなすのは詭弁である。斎藤氏の日本郵政社長就任は一般にいう、天下りの“渡り”とみるのが自然である。

 今回、株式会社である日本郵政の人事に政府が強引に介入したというのは、日本郵政を普通の株式会社とはみていない証拠である。その一方で、東京金融取引所について、その公的な役割などを無視して、普通の民間企業だとして斎藤氏の天下りを否定するのは二枚舌もいいところである。

 西川善文前社長ら常勤、非常勤の取締役退任にもかかわらず、奥田碩トヨタ自動車相談役(前日本経団連会長)は取締役のまま残った。キヤノンから関根誠二郎氏が取締役兼執行副社長に入った。経団連の現会長、前会長会社から取締役が入った形になった。このほか、日本商工会議所会頭の岡村正氏が非常勤取締役に入った。これらの人事が示すのは、従来の郵政改革を否定する鳩山政権の郵政事業抜本見直しに経済界が賛同したということである。

 それなら、小泉政権以来の郵政改革を支持してきた経団連などは、その豹変ぶりの理由をきちんと外部に表明すべきではないか。また、日本郵政の指名委員会に諮らずに政府が役員人事を勝手に決めたことに対して、奥田氏も、今回、取締役を事実上解任された牛尾治朗、丹羽宇一郎氏らも表立って異論を唱えなかった。だらしないの一語に尽きる。それに、お飾りの非常勤取締役になってくれといわれると、ホイホイと受ける輩が何人もいるのにはあきれる。

 郵政改革については、もともと、なぜ、それをしなければならないと考えられたのか、そして、現実には何が行われたのか、をきっちり分析すること、そして、どこに問題があるのか、を整理する必要がある。とにかく郵政改革はけしからん、というだけで、まるまる元に戻そうというのか、そうではなく、日本経済・社会の全体のありかたを考えて、郵政事業はこうあるべきだというのか。そうした思考の道筋がよくわからない。巨大な国営の銀行、保険会社がもたらす歪みなどへの問題意識もない。自民党政治をとにかく否定するという発想はあまり生産的でない。

 経済界のリーダー的な立場の人たちは、この国難の時に、目先のことにとらわれず、大局をみた言動をしてほしい。切にそう思う。

  

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2009年10月27日 (火)

美辞麗句を連ねた鳩山首相の所信表明演説

 26日に鳩山由紀夫首相が衆参両院本会議で行なった所信表明演説文を読んだ。戦後日本を牛耳ってきた官僚依存の自民党政治に対して決別を唱えるとともに、国民生活を優先する行政・経済・社会の確立を主張している。、「新たな志と構想力をもって、成熟の先の新たなる飛躍と充実の路を見いだして」いこうという姿勢には共鳴するところ大だ。

 演説を部分的に取り出せば、すばらしいと讃辞を送りたくなることばかりである。「戦後行政の大掃除」、「国家公務員の天下りや渡りのあっせん‥‥を全面的に禁止」、「硬直化した財政構造を転換」、「国民のいのちと生活を守る政治」、「目指すべきは‥‥新しい共同体のあり方‥‥『誰かが誰かを知っている』という信頼の市民ネットワークを編みなおすこと」、「国民の暮らしの豊かさに力点を置いた経済、そして社会へ転換させねば」、「日本経済を自律的な民需による回復軌道に乗せるとともに、国際的な政策協調にも留意しつつ持続的な成長を確保することは、鳩山内閣の最も重要な課題」、「内需を中心とした安定的な成長を実現することが極めて重要」、「『地域主権』改革を断行」、「地方の自主財源の充実、強化に努めます」、等々。

 ただ、これだけおいしいきれいごとばかりを並べ立てられると、ちょっぴり眉に唾をしたくなる。少なからず、世の中の裏表を見てきた者としては、どうやって実現するのか、の表明がないと信用できない。金持ちの良家のボンボンが庶民の実態を知らぬがまま、新聞などで社会の矛盾を知って、観念的にこうやれば世の中が良くなる、「無血の平成維新」だと作文した程度のもののような気もしてくる。

 日本の将来がどっちの方向に行くべきか。その理念には賛成する。問題は、総論、各論を合わせた整合的な改革プランを打ち立て、推進するという点が欠けていることだと思う。

 このほか、首相の所信表明で疑問に思ったことを挙げると、1つは、市場(マーケット)を軽視ないし無視していることである。国債の大量発行で国債価格が暴落するのではないかという点に関して、菅直人副首相はオオカミ少年だと評し、気にする必要はないと言ったらしい。しかし、オオカミ少年のお話の教訓は、いつかは必ずやってくるということである。市場をばかにするのは大きな誤りである。

 それとも関係があるが、大企業への言及がまるでない。「経済合理性や経済成長率に偏った評価軸で経済をとらえるのをやめよう」という見方からだろうが、国民生活の豊かさの源泉である付加価値を創造するには、欧米やアジアの国々と同じように企業の競争力を高める必要がある。日本だけが社会福祉など内需中心で豊かさを維持できるという鎖国的な発想をしていたら、日本経済はスパイラルに縮小するだろう。日本には、大企業を敵視する風潮がいまだにあるが、それを助長する政策だと、大企業の日本脱出、中小企業の破綻続出という最悪の事態も起きかねない。

 「フリーランチはない」。その当たり前のことが所信表明には欠けている。国民には自主、自立の精神を持ってもらうことが絶対に必要である。お金で人の心を買うような政策は下の下だ。

 財政危機の実態はきわめて深刻である。「長く大きな視野に立った財政再建の道筋を検討してまいります」と悠長なことを言っておられる状況ではない。もちろん、いまの景気状況を踏まえて財政・金融政策が景気を下支えすることは不可欠だが、“借金”が膨らみ、将来世代に負担になるという事実を国民にしっかりわかってもらわねばならない。

 所信表明は甘い蜜に満ち満ちている。それは亡国への道筋になる危険をはらんでいる。

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2009年10月23日 (金)

脱財政赤字で、日本よりはるかに真剣なEU

 日本経済新聞によれば、EUのユーロ圏16ヵ国の2008年における財政赤字はGDPの2%だった。また、政府債務残高のGDPに対する割合は69.3%だったという。最近の日本は年間財政赤字がGDPの10%近い。政府債務残高の対GDP比率も170~180%ぐらいに達している。両者を比べると、日本はフロー、ストックとも、ユーロ圏とはかけ離れたひどい財政危機状態にある。一目瞭然、ユーロ圏諸国の財政は日本よりはるかに健全である。

 そのEUが、20日開催された加盟27ヵ国の財務相理事会で、2011年から財政再建に着手するとの原則について合意した。EUの景気が自律的に回復することが条件とされる。そして、21日付けの日経新聞によると、財政赤字が急速に拡大している加盟国は2011年を待たずに財政再建に取り組むこと、また2011年以降、毎年の財政赤字をGDP比で0.5%以上削減することで合意している。

 まだ、EUの経済も金融危機の影響から脱していないが、にもかかわらず、EUが財政を健全化するための出口戦略を2011年から実施するという方針を決めたことに注目したい。

 第一次世界大戦後のドイツで天文学的なインフレが起き、経済・社会が破壊的な混乱に陥った。そうした状況の中からアドルフ・ヒトラーが現われた。EUが財政悪化を恐れる背景には、そうした歴史の記憶があるように思う。

 日本は第二次世界大戦後の激しいインフレで国民生活を苦しめたが、その歴史の教訓は忘れられた。戦後の高度経済成長が終わった頃から、好不況にかかわらず、国債発行による財政ばらまきを続けてきた。このたび与党と野党が入れ替わったが、借金によって財政の大盤振る舞いをする竹馬(たけうま)財政は変わらないようにみえる。

 国債の市場取引価格が大きく下がる(つまり長期金利が大きく上がる)と、財政危機が表面化する。この市場価格(金利)が暴落(金利暴騰)しないうちは財政赤字がいくら大きくなっても大丈夫だというような“他力本願”でいつまでも安泰であるはずはないのである。

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2009年10月21日 (水)

マクロ経済政策の欠如と影が薄い菅副総理

 1週間余、海外に旅行して帰ってきたばかりだが、新聞報道をみると、2010年度国家予算の編成で、相変わらず鳩山内閣のマクロ経済政策が見えない。各省の提出予算を合計すると、一般会計は95兆円になり、その他の要求事項を加えると97兆円ぐらいになるらしい。税収は40兆円を切りそうだから、要するに、財源は二の次、三の次にして、マニフェストに盛った歳出を最優先する大盤振る舞いになるようだ。

 予算編成の前提である、日本経済の成長率はどのぐらいが望ましいか、それを達成するには、政府の予算規模はいくらぐらいが適切かといった話はほとんど国民に伝わってこない。デフレになりつつあるから、景気刺激策が必要という話なら、大型予算を組むのもわからないわけではない。それでも、12日のブログにも書いたことだが、これはあくまで緊急事態だということを国民によく理解してもらうことが絶対に必要である。

 この予算編成の過程で不思議なのは、マクロ経済の視点から予算編成方針を打ち出すべき立場の菅直人副総理・国家戦略担当・経済財政政策特命担当大臣がほとんど何も発言していないことである。菅副総理は単年度予算方式の修正を口にしているものの、2010年度予算の編成に対して、マクロ経済の観点からどうあるべきか、語っていない。予算こそ国家権力の権力たるゆえんであるのに、担当閣僚の存在感が全くうかがえない。彼の手足となるべきスタッフもいまだにそろっていない。

 それはなぜなのか。一つには、菅氏がマクロ経済のみならず経済政策に全くの素人であることがあげられる。何をすべきかが、わかっていないということである。いま一つには、平野官房長官―小沢幹事長のラインで、菅氏を副総理・国家戦略担当だとか、経済財政担当とか、カッコいいネーミングのポストにまつりあげて、官邸に対する菅氏の影響力を弱めようとした結果だと思われる。岡田克也氏を外相にして、国内での影響力を削いだのと同じことである。鳩山政権を安泰にするための民主党内の権力争いがマクロ経済政策の欠如につながっているというわけだ。

 日本郵政のトップ交代で、斎藤次郎元大蔵省事務次官が新社長に決まった。福田内閣当時、民主党の小沢代表が自民党との大連立をはかろうとしたことがあるが、その裏に斎藤氏の暗躍があったといわれる。斎藤氏は細川政権時代に事務次官であり、今日にいたるまで小沢氏に最も近い官僚OBといわれる。日本郵政のトップ人事には、間違いなく小沢氏の意思が働いている。

 鳩山政権は自民党政権ができなかったことを実行しようとしている点で高く評価される。だが、その一方で、この日本をどういう国にしたいと考えているのか、それをどうやって実現するのか、という総論および各論がよくみえない。郵政改革のご破算も、なぜそうするのかがよくわからない。

 経済界や金融市場(マーケット)を安心させる経済政策を打ち出さないと、経済の低迷から抜け出すことは難しいのではなかろうか。

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