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2006年10月28日 (土)

「地方は損している」か

 地方には、都市に比べて損しているとか割りをくっているといった被害者意識を持つ人が少なくない。現実は、お互いに依存し合うギブ・アンド・テイクの関係だと思うが、結構、地方のリーダーには、地方が一方的に損していると思い込んでいる人がいる。

 10月27日の朝日新聞朝刊の「私の視点」というコラムに泉田裕彦新潟県知事が「新型交付税 生み育てた所に配分を」と投稿している。

 いまの地方交付税は、総務省の官僚がつくった複雑な算定方式で配分されている。その一部を、面積と人口を基準に配分する新型交付税に切り替えることが検討されている。それに対して、泉田知事は「新潟県で生み育て、教育をして、優秀な人材として育った後に、都会に供出している」のだから、「彼らが都会で払っている雇用保険料といったものは、ある程度、教育という観点も含めて、生み育てた所に配分するという考え方があってもいいのではないかと思う。」と書いている。〔文脈からすると、同知事は大都市圏のことを「都会」とか「都市」という言葉で表現している。以下もその表現を踏襲した。〕

 泉田知事によれば、都会では子供を生み育てるのは難しい。広い住宅で、コミュニティーもあり、祖父母もいる地方こそが子育てにふさわしい。それなのに、人口が増える都会にますます多くの税金が配分されるのは問題があるという。

 しかし、いみじくも同知事が言っているように、都会では自然に恵まれた地方に比べると住宅・生活環境は相当に劣る。私の実体験からすると、東京都内には、人間らしい生活を送れるように、優先的に税金を投入して住民の生活や居住条件を改善すべきだと感ずる地域がある。そうした地域では義務教育も容易ならぬ状況にある。大都市圏も、やはり大きな問題を抱えているのである。

 また、教育には国からのカネが多く注ぎ込まれているが、そのもととなる税金は主に大都市圏の住民や企業が納めた税金である。「新潟県で教育して」というが、その費用はかなり大都市圏に依存していると考えられる。地方は損している、大都市圏の犠牲になっている、という発想は極端な思い込みではないか。

 国は国債という名の巨額の借金を抱えている。経済成長重視の経済政策をとっても、借金の増加を抑え、さらに減らすのは至難の技である。それなのに、総務省を含め、中央官庁は権益保持のため、いまだに、ばらまき的な交付金、補助金を出したり、税金の無駄遣いをしている。地方自治体にしても、多くは国への依存という甘えが続いている。

 財政をめぐるこうした厳しい情勢のもと、地方と大都市圏が交付金の配分をめぐって争うのは、総務省の思うつぼだ。地方の味方をするフリをして地方自治体を牛耳り、それゆえに総務省(旧自治省)出身者が県知事など首長に当選しやすい環境をつくってきた(一種の天下り)老獪な総務省の官僚たちにしてみれば、「自分たちの出番だ」ということになる。

 中央集権から地方分権への移行を着実に進めるためには、都道府県や市町村が住民ともども一致団結して総務省など霞が関と対決していかねばならない。地方と大都市圏との間のカネの配分をめぐる争いは、一致団結を崩し、結果として、中央集権の維持につながる。地方がいつまでも被害者的な発想にとどまるようでは、真の地方分権社会は実現できない。 

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