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2006年10月 4日 (水)

映画「めぐみーー引き裂かれた家族の30年ーー」を見て

 横田めぐみさんは13歳のときの1977年11月15日に北朝鮮の工作員に拉致された。当時は姿を消した理由もわからなかったが、のちに北朝鮮に拉致された疑いが強いことがわかった。両親および弟たちはめぐみさんが生きていることを信じ、取り戻そうと今日まで懸命にたたかってきた。その30年近い歳月を描いたアメリカ映画「めぐみーー引き裂かれた家族の30年ーー」(原題は「Abduction The Megumi Yokota Story」)を見た。

 かくも親の子供に対する愛は深いものかと感動した。最近は、若い親による幼児虐待・死亡事件が多いが、この映画で、愛の偉大さを若い世代に感じ取ってもらいたい。

 横田夫妻が北朝鮮による拉致ではないか、と思い始めたきっかけは、知人が持ってきてくれた1980年1月7日の産経新聞の一面トップ記事を読んだことである。記事は、日本海側でアベック失踪事件が頻発しているが、それは外国諜報機関の関与の疑いがある、という内容で、北朝鮮による犯行であることを示唆していた。当時、日本の新聞は北朝鮮に不利な記事を掲載すると、朝鮮総連などから、猛烈な抗議や圧力を受けることがあったりするので、そうした報道には及び腰のきらいがあった。そうした中で、産経新聞が拉致疑惑を報じた勇気に敬服する。もしも、この報道がなかったとしたら、今日まで拉致なるものは存在していないままだったかもしれない。そして、横田夫妻もとうにあきらめていたのではなかろうか。

 横田夫妻はじめ多くの拉致被害者の家族は、政府および与野党に、拉致された家族を救出してほしいと長年、訴えてきた。しかし、外務省はほとんど門前払いを続けてきた。北朝鮮と親密な社会党なども、北朝鮮がそんなことをするはずがないとけんもほろろ。自民党の北朝鮮友好議員も同様に被害者家族を相手にしなかった。

 だから、2000年頃までの被害者家族の活動は孤立無援の状態に近かった。映画を見ても、それがわかる。街頭で署名やカンパを求めても、ほとんど無視されていた。その頃の横田早紀江さんの顔つきは実にきびしいものがある。悲愴というほか形容しようがないほどだ。

 小泉首相(当時)の北朝鮮訪問まで、日本の主要新聞はこの問題をまともに取り上げることはほとんどなかった。政府やメディアの内部では、以前から拉致問題に対して「たかが十人か二十人のことだ。日本が朝鮮を支配していた時代に殺したり、日本に無理矢理連れてきたりした人数に比べたら、ものの数ではない。拉致問題が解決しない限り、国交正常化しない、というのはおかしい。」という声があった。「いま人権というが、植民地支配下の朝鮮人の人権無視のほうがよっぽどひどかった」とも言っていた。表立っては誰も口にしなかったが、政府やメディアが拉致問題に真っ向から取り組まないできた背景にそうした発想があったことは指摘しておく必要がある。

 この映画が日本人の手によってつくられたのではなく、米国人によってつくられたということは何かを暗示しているようにも思える。拉致問題を機に、私たち日本人の、人権に対する考えかたが民主主義国家といわれる欧米と同様の普遍的なものか、皆でよく考えていかなければならない。

 

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