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2006年10月21日 (土)

薄れる温暖化への関心

 先週の10月17日、日本国内の2005年度の温室効果ガス排出量(速報値)が発表された。京都議定書において基準年とされる1990年より8.1%多かった。2008~2012年にマイナス6%の達成を義務付けられているが、いまの趨勢だと、森林吸収源対策や京都メカニズムを活用しても、約束の6%減を達成することはできないだろう。

 しかし、新聞はさほどこの問題を大きく取り上げてはいない。1997年に京都で気候変動枠組条約締約国が議定書について合意した。そのときの日本国内の盛り上がりを思い起こすとき、隔世の感を禁じえない。産業界は温室効果ガス排出削減の努力がうかがえる。だが、オフィスなどの業務部門や家庭部門の排出量は基準年を4割前後オーバーしている。「もったいない」なんてどこ吹く風のライフスタイルが続いているわけだ。

 京都議定書は、例え米国やオーストラリアが参加していたとしても温暖化を食い止めることになるほどの排出量削減を求めてはいなかった。それなのに、西欧でも国別の排出量削減ないし抑制の約束を守れそうにない国が多そうだという。また、京都議定書で約束をした国々よりも、米国、中国などアウトサイダーの国のほうがはるかに排出量が多いし、しかもどんどん増えている。そうだとすれば、京都議定書は温暖化抑制にほとんど効かない。新聞の報道がそっけないのはそのせいかもしれない。

 しかし、温暖化で地上の平均気温が18世紀半ばごろに比べて摂氏1.5度上がると、多くの生物種が絶滅の危機に追い込まれるという。その時期は2016年との見解もある。それだと、熱が地表にたまっていくことを考えると、2006年、つまり今年中に手を打たないと、間に合わないという。現実的には1.5度の上昇に抑えるのは不可能である。

 そこで、EUは大気中の二酸化炭素の濃度を産業革命以前の2倍の550ppmにとどめ、それによって気温の上昇を2度に抑えるということで、温室効果ガスの毎年の排出量を地球レベルで2050年までに1990年比半減すべきだとの方針を打ち出している。摂氏2度上がると、気候変動が激しくなり、人類も海面水位の上昇、水危機、食糧危機などに直面し、多くの人が死んだり悲惨な状態に陥ると予測されている。しかし、EUのめざすこの対策でも、いまの世界が受け入れるか、きわめて疑問だ。

 このように、現在の科学者の知見によれば、地球人類は、果たして持続可能かの岐路にさしかかっている。それなのに、日本においても、温暖化問題が政治のリーダーの主要な関心事にも入っていないとは‥‥。突発的な気候変動が起こる可能性もあるとして危機感を募らせる山本良一東京大学生産技術研究所教授は、10月20日、国連大学ゼロエミッションフォーラムで講演。日本では環境コミュニケーションが未発達なため、国民が温暖化問題についてきちんとした情報を知らされていないとして、国民が容易にアクセスできる情報プラットフォームづくりを訴えていると語った。

 国民の多数が温暖化問題を正しく認識するようになるのはとても大事なことだ。だが、政治が温暖化問題を無視するのを放置していたら一大事だ。いまの安倍政権にも、与党にも、そして野党にも、地球温暖化問題に真剣に取り組む政治家がいない。それだけに、メディアには同問題を絶えず取り上げて国民および政治家を啓発していく責務があるはずだが‥‥。

 

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