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2006年11月30日 (木)

「防衛省」への変更

 防衛庁を防衛省に格上げするための法案が今国会で成立することがほぼ確実となった。格上げすることのメリットは新聞等でくわしく報じられている。しかし、日本の近代政治史にくわしい知人は防衛省への格上げは好ましくないという。彼の話を私なりに補足すると、大筋、以下のようなものである。

 防衛庁という名称だと、国際社会の常識で見たら軍隊を持つ組織ではない。庁を名乗ることによって、日本は平和国家を志向することを諸外国に示してきた。吉田茂もそのことをよくわかっていた。だが、防衛省となると諸外国と同様の軍隊を持つ国家になることを意味する。それでいいのか。

 日本の近代史を振り返ると、原敬、山県有朋が大正10~11年(1921~22年)に亡くなるころまでは、近代国家を築くのに功績のあった元勲などが欧米と戦争することはならじ、と軍部の跳ね上がりをしっかりと抑えていた。山県ら元勲たちは、幕末に欧米の軍艦を相手に戦争して、欧米の軍事力に及びもつかないことを経験していたからだ。

 しかし、彼らがいなくなり、その後、日本は急激に軍国主義に傾斜する。そして太平洋戦争となるが、その間に法律が変わったわけではない。要するに、国の指導者が世代交代し、欧米との戦争体験のない連中がそれいけと戦争に突入していったのである。

 いまの日本は、ちょうど大正後期あたりと似ている。第二次大戦と敗北によって戦争の悲惨さを体験した世代が政治の指導者だった時代が終わりを告げつつある。そして、戦争を実感したことがない世代が国のリーダーになっている。防衛省になって、シビリアン・コントロール(文民統制)の徹底などは従来と変わらないにせよ、国の指導者が本当に軍隊の跳ね上がりを抑えるだけの政治理念や信念と、国民からの信頼をかちえる人でないと、歴史は繰り返すおそれがある。 

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