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2006年11月 9日 (木)

与謝野自民党税調会長の辞任

 自民党税制調査会長の与謝野馨氏が健康上の理由で辞任した。氏についてはしばしば思い出す会見がある。

 05年2月末、自民党の財政構造研究会が発足した日、同党の与謝野馨政調会長の会見を聞いた。「橋本内閣当時、梶山官房長官から副長官だった私に、財政再建をやろうという話があった。それで財政構造改革に取り組んだ。財政改革法は画期的だったが、山一證券事件などで放棄した。以後、財政再建を自民党は避けに避けて通ってきた。しかし、このままでは、後の世代に対して無責任なことになる。国民の前できちんと議論し、国民に理解を得ねばならない。」と語った。研究会を設けたのは、「昨年(04年)、青木さん(自民党参議院議員会長)から、3年間選挙がない、(財政再建に取り組むのに)滅多にないチャンスだ、と言われた。いま、財政再建に取り組むいい時期だ。」からと。

 「柳沢政調会長代理と一緒にやる。メンバーは4、5年生議員のみ。例外的に3年生議員を認める。将来に責任ある人のみ、20人ぐらいに限定。政策形成に結び付かなければ意味がない。私も一生懸命やる。ここで考えたことを実際の政策に反映させねばならない。」とも語った。

 経済財政諮問会議について聞かれると、氏は「小泉首相が上手に使っているのは認める。しかし、霞が関という膨大なシンクタンクを動かさないと、きちんとした仕事はできない。諮問会議は橋本行革のときにできた。それなりに存在していくだろう。私は見たことも行ったこともない。」と答えた。

 それから半年ほどのち、与謝野氏は内閣改造で経済財政諮問会議を担当する大臣に就任した。「見たことも行ったこともない」と竹中経済財政担当大臣のやりかたに批判を込めた言い方をしたポストの後継者になったわけだ。

 前任の竹中氏が霞が関の官僚機構をほとんど無視したのと違って、与謝野氏は霞が関、自民党との意思疎通を大事にした。小泉首相のもと、竹中氏は思い切った財政改革路線をめざしたが、与謝野氏は独走をきらい、自民党の政治家に相談し、納得してもらう形で内閣と与党の間の合意形成に努めた。「骨太の方針2006」はそうしてできた。

 そして、安倍内閣になって、与謝野氏は党税調会長になった。さて、新しいポストでどう動くのかと見ていたら、辞任とのこと。政治家だから(?)、その時々で言うこと、やることに必ずしも一貫性、整合性がない面もあるが、氏は政策通であり、財政再建を重要な課題であることを理解している数少ない自民党政治家である。

 新内閣は、来年の参議院選挙もあって、「成長なくして財政再建なし」一色になっている。当面の政策はそれでいいとしても、長期的にはそうはいかない。財政改革の問題点をきちんと理解している政治家は限られているから、与謝野氏にはこれまで以上に、国民のため、将来世代のために身を投げうってでも働いてもらいたい。

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