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2006年12月16日 (土)

「天下り」のひどさに唖然

 “天の声”という言葉を聞いたり読んだりするたびに不愉快になる。それと似ているのが“天下り”なる言葉だ。官尊民卑を露骨に示している表現で、過去何十年もの間に、多くの不快な事例を見聞きしてきた。以下の例は最近、知った。

 理事長はじめ幹部に霞が関のある省から天下りがきている某公益法人。活動が鈍くなったからか、数年前から、会員が減り、役所からの特命的な委託事業も少なくなった。超低金利状態が長いので、基金の利息も雀の涙だ。このままでは赤字が膨らむばかりで、何の展望もない状態である。

 ところが、何ヵ所かの天下り先を経ていまの天下りポストに就いた理事長は70歳代で、気力も仕事をやる気もない。まして、この公益法人の経営を建て直すなんてことは頭の片隅にもなさそうだ。

 しばらく前の理事長のとき、収入が減る一方で財政が火の車となったので、正規の職員を半分に減らした。それも、収入の多いほうからやめるよう理事長が求めたのである。やめずに残った職員は年収が2割カットされた。その結果、職場は正規の職員よりも、契約職員、派遣職員、会員会社からの出向者が圧倒的に多い。職場のモラールは落ちているという。

 前任のその理事長はやめるとき、5千万円余の退職金をもらっていった。職員を解雇や給与カットしても、自分は年収も、退職金も全くカットしなかったようだ。

 そして、いまの理事長も、年収が約2千万円。朝、出勤してきて、夕方帰るまで、ほとんど仕事らしい仕事もしない毎日だ。人数も少なくなった正規職員は将来への不安から落ち着かない。どこかいい転職先があれば移っていくだろう。

 ところで、なんとも不可解なのは、古巣の某省が世話してくれる限り、天下りのおいしいポストに平然と座っていられる彼らの神経だ。収入は仕事に見合うものだという常識が欠けている。また、世話をする役所の現役の人たちも、百年一日のごとく、天下りポストを確保し、埋めることに専念しているようにみえる。

 実力があれば、単純な天下りとは受け取られない。現役の霞が関の皆さん、一律に七十歳代の半ばまでOBに高所得の就職先を世話するのはいい加減にやめよう。 

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