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2007年1月30日 (火)

日経新聞の世論調査

 1月30日付け日本経済新聞朝刊によると、同紙が26~28日に実施した世論調査で、今国会で議論が深まることを期待するテーマとして、「財政再建」が首位だった。次が「教育再生」、三番目が「厚生年金と共済年金の一元化」だという。

 昨年あたりから、政府・与党が予算編成などの際に財政再建への取り組みを口にするようになった。それにつれて、新聞などのメディアも財政再建に関わるさまざまな動きを報道するようになった。そうした動向が世論調査の結果に反映したのだろうか。とにかく歓迎すべきことである。

 平成19年度国家予算の国債発行減額などに示されるように、政府は財政再建に向けた歩みを進めている。1月29日の経済財政諮問会議においても、大田弘子経済財政担当大臣はことし「取り組みを強化すべき課題」として、「成長戦略と並ぶ車の両輪として財政再建を進め、2010年代半ばに向け、債務残高の対GDP比率を安定的に引き下げることを目指し、まずは2011年度には国・地方を合わせた基礎的財政収支を確実に黒字化させることが必要である。」と述べ、今後5年間の歳出改革の工程をとりまとめることで了解を得た。内閣への支持率いかんにかかわらず、財政再建の方針はぶれないでほしい。

 ところで、日本銀行の早川英男調査統計局長は1月29日の講演で「財政のフローは急改善した。過去に too pesimistic な議論がされていた。名目成長率が少し上がり、税率も少し上がった。それで随分、財政バランスが改善した。財政について短期的には楽観論だ。しかし、ストックの赤字は大きいので、長期的には楽観してはいけない」と述べた。「これから高齢化の影響が出てくる」として、社会保障制度改革が一番大事だと指摘した。

 一方、土居丈朗慶応大学助教授は「週刊 東洋経済」1月27日号で「自然増収頼みの財政再建は道険し」と書いている。経済成長の果実である税の自然増収は毎年度1兆円~2兆円程度だろうという。19年度予算も自然増収は約1.5兆円だけだと述べている。19年度予算は「公共事業費を除けば、大胆に歳出削減に取り組んだといえるものではない」。そんな程度では今年末の20年度予算編成において、財政健全化のスタンスを維持するのが難しくなるおそれがあるとすら言い切る。土居氏によれば、「さらなる歳出削減や増税を決断すべき時が近づいている」。

 財政再建は容易ならぬものだ。今年の財政改革の動向は波乱含みのような気がする。

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2007年1月28日 (日)

落合博実『徴税権力』を読んで

 朝日新聞で国税庁関連の取材にあたっていた落合博実氏が退社後に書いた『徴税権力 国税庁の研究』(06年12月、文芸春秋)を読んだ。検察庁とは機能が違うが、国税庁も、こわい存在だと思われている。その国税庁の組織としての実態をとらえているうえ、そこで働いている人たちの意識などにも触れていて興味深い。

 国税庁のOBは試験なしに税理士になれる。一般の人が税理士になるには厳しい試験をパスしなければならないのと大違いだ。その特権に関して著者は全く言及していないのには不満を感じた。それはさておき、同書の「あとがき」の一部を紹介しておきたい。

「官公庁がいかに公金をデタラメに使っているか」に対して、「会計検査院はいったい何をやってきたのか」と言い、以下のように述べている。

「会計検査院が組織的な不正経理に率先して切り込んだことは一度もなかった。一例だけあげれば、二○○一年に表面化した外務省の裏金作りでは新聞が事実を指摘し、外務省が内部調査に乗り出してから、トボトボといった感じで後追いしただけだった。」

「会計検査院には国税当局のような強制調査権がない。実効ある検査のためには必要不可欠な武器だと思うのだが、「必要ない」というのが検査院の一貫した考えだ。「官と官の信頼がある」と口にした検査院長もいた。要するに「官と官」の馴れ合いである。 官公庁の公金腐敗を野放図にさせた責任の多くは会計検査院にある、と指摘しておきたい。  ひきかえ、税を取り立てる国税当局の意気込みには、迫力と凄みがある。徴税はいたって厳しく、情け容赦がない。」

「納税は国民の義務である。しかし、苛烈な徴税と官公庁のとてつもない税金放蕩の落差はどうだろう。納税意欲が削がれること著しい。納税者にとって、ひいては国家にとって不幸だと痛感する。」

 会計検査院が公金不正使用にびしびし切り込んで、歳出削減に貢献してほしいものだ。

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2007年1月25日 (木)

「竹中平蔵大臣」5年間の苦闘に敬意

 小泉政権下、経済財政諮問会議が日本の構造改革をリードした。それを担ったのが竹中平蔵経済財政担当大臣だった。郵政民営化担当相などもやった。その竹中氏が書いた『構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌』(06年12月20日、日本経済新聞社)を読んだ。近来、これほど引き込まれたノンフィクションはない。

 大学教授からいきなり大臣に就任し、小泉首相の経済政策を一手に引き受けたような形で奮戦した竹中氏に対して、当初から、与党である自民党、霞が関の官僚、既得権益層のほとんどが批判的な姿勢だった。メディアも冷たかった。

 小泉首相もメディアに叩かれたが、竹中氏に対するメディアの攻撃ははるかに激しかった。それをものともせず、5年間フルに疾走した竹中氏の使命感と戦略、実行力はすごいのひとことに尽きる。凡百の政治家は彼の爪の垢を煎じて飲んだらいいと思うくらいだ。

 経済財政諮問会議を主宰する大臣として、竹中氏は予算案づくりなど経済政策の決定過程を大きく変えた。また、小泉首相がいのちをかけた郵政民営化実現を中心になって推進した。彼がかくあるべきだと考える経済政策を実行し、日本を変えようとした。当然、抵抗、反対する勢力が圧倒的に多い。その中で、われ行かんと、たじろがなかった。そのすさまじいエネルギーに驚嘆する。

 諮問会議のために、彼は独自に信頼できるスタッフで非公式な「チーム竹中」をつくり、予め政策に関する作戦会議を行い、そのうえで4人の民間議員と十分に事前の議論をし、意見を集約した。そうして十二分に準備を整えたうえで、本番の諮問会議に臨んだ。そこでは民間議員が改革の取り組みかたを示すペーパーを提示し、会議をリードするようにした。小泉首相には予め説明し、要所では首相の裁断を仰ぐようにした。出席している各省大臣は大抵は役所の代弁者にすぎないから、いざ議論となると民間議員たちにかなわない。

 普通の審議会方式だと、官僚は自分たちに都合がいいような文書をつくるので、改革は中途半端に終わる。郵政民営化にあたって、竹中氏は「政策については細部を官僚に任せることなくしっかりと制度設計をしなければ成果は挙げられない」、「戦略は細部に宿る」(139p)として、最初から最後まで官僚任せにしないようにした。そこはまさに改革を進める際のキーポイントである。道路公団改革などの失敗は官僚に事務局を任せたため、起こるべくして起きた。

  竹中流諮問会議のような政策決定のやりかたによって、いくつか画期的な変化が起きた。まず、官僚の縦割りの弊害を乗り越えて、経済に関するあらゆる政策を諮問会議が取り上げることができるようになった。また、予算、税制などの財政運営とマクロ経済の現状・展望とを結びつけて考えるようになった。さらに、時間軸を入れて政策を実現するための「工程表」づくりの導入である。

 諮問会議の議論の内容はその日の記者会見などで知ることができるが、詳しい議事要旨は3日ぐらいあとに公開される。大臣たちが参加する会議で、どんな問題がどのように議論されたかが明らかにされたのは当時、画期的だった。不勉強な大臣、役人の振り付け通りに発言する大臣は議事要旨を読むとわかる。この政策決定過程の情報公開は諮問会議の評価を高めた。そして、その後、各省の情報公開を促したのではないか。

 竹中氏は小泉首相がいて腕を振るうことができた。稀有のコンビが奇跡的に古い自民党を変えつつ、改革を進めた。このコンビがいなくなったいま、政府系金融機関の民営化実施などで、官僚の巻き返しがうかがえる。安倍内閣は構造改革を引き継ぐというが、真の改革を実現するため、本書から多くの教訓を汲み取ってほしいものである。 

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2007年1月24日 (水)

“天下り”関連情報の公表

 昨年末の12月27日、政府は「再就職状況の公表」および「認可法人、公益法人役員への就任に係る報告状況の公表」を行なった。さらに、同日、「独立行政法人等の役員に就いている退職公務員等の状況の公表について」を発表した。そして、今年に入って、1月23日、総務省の政策評価・独立行政法人評価委員会が「独立行政法人評価年報(平成17年度版)」を発表した。

 これらの発表資料には、専門家でない私にはわからないところがたくさんあるが、それでも、これだけの情報が公開されるようになったことは歓迎だ。今後、これらの公開された情報をどれだけ国民が有効に利用するかが問われよう。

 “天下り”の観点から紹介すると、06年10月1日現在、独立行政法人の長(代表権のある社長および会長)に“天下り”が座っているのは104人のうちの48人。役員だと、655人のうち、“天下り”は227人。常勤役員だと、510人のうちの201人を“天下り”が占める。

 独立行政法人、特殊法人、認可法人等のうち、常勤役員が5人以上いて、そのうち“天下り”が半数以上占めているところを拾うと、日本郵政公社(17人のうち12人)、自動車安全運転センター(6人中6人)、造幣局(6人中4人)、国立印刷局(7人中4人)、国民生活金融公庫(8人中4人)、国立青少年教育振興機構(6人中3人)、物質・材料研究機構(5人中3人)、日本スポーツ振興センター(6人中3人)、放送大学学園(6人中4人)、勤労者退職金共済機構(6人中3人)、福祉医療機構(6人中3人)、国立病院機構(6人中3人)、中央労働災害防止協会(5人中4人)、社会保険診療報酬支払基金(5人中4人)、水産総合研究センター(8人中4人)、農林漁業金融公庫(8人中4人)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(10人中5人)、原子力安全基盤機構(6人中3人)、高圧ガス保安協会(5人中3人)、空港周辺整備機構(6人中4人)、都市再生機構(16人中8人)、日本高速道路保有・債務返済機構(6人中3人)、関西国際空港(8人中4人)、成田国際空港(12人中6人)、西日本高速道路(6人中3人)、首都高速道路(8人中4人)、本州四国連絡高速道路(6人中3人)、軽自動車検査協会(7人中5人)。

 05年8月16日~06年8月15日の1年間に各府省の課長・企画官相当職以上退職者は1263人。この人たちの再就職先は、国または地方公共団体の機関16人、財団法人283人、社団法人150人、独立行政法人89人、特殊法人8人、認可法人7人、学校法人・社会福祉法人・宗教法人・医療法人34人、その他の非営利法人92人、営利法人170人、自営業235人、その他179人(うち、再就職していない、および再就職先が不明の人は125人)。

 企業では団塊の世代の退職者がどっと出るが、国家公務員はどうか。定年を待たず、50歳代の前半から“天下り”していくから、もう団塊の世代の問題は終わっているのかもしれない。とはいえ、最初の“天下り”先から次の天下り先、さらには第三番目の天下り先へと渡り歩くとなると、受け入れる側の公益法人などもアップアップのところが増えているから、しわよせがおかしな形で出かねない。

 ある公益法人では、いまいる“天下り”に加えて、さらにもう1人、官僚OBを常勤の役付きとして受け入れるとか。その代わりに、契約職員や派遣職員にやめてもらうという。ヒラの職員はわずかなので、すでに組織はあたまでっかちになっていて、仕事はもっぱら給料の安い契約や派遣の職員に依存している。それなのに、お役所の要請を最優先するらしい。

 官僚支配のひずみをただすには、官庁を退職してすぐの“天下り”だけでなく、二次、三次‥‥までフォローして天下りの全貌を把握することが必要ではないか。 

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2007年1月20日 (土)

経済財政諮問会議の「進路と戦略」

 政府の経済財政諮問会議が1月18日、新中期方針「日本経済の進路と戦略」(仮称)を答申としてまとめた。新たな戦略のもとで、改革への取り組みを加速・深化する必要があるとして、2007年度~11年度の5ヵ年間を対象につくったもの。2001年にまとめた「改革と展望」にとって代わるものという。

 通読してみると、現状に対して相当に危機感を抱いている個所があった。「官主導の経済社会システムから脱却し、自由と規律に支えられた経済社会システムへと移行することが不可欠である。制度疲労や現実とのミスマッチがありながら温存されてきた経済社会システムの下で、日本経済の潜在力は十分に活かされていない。しかしながら、必要となる諸改革はこれまで以上に強固な岩盤にぶつかり困難さを増している。グローバル競争の激化や人口減少を考慮すれば、我が国が持続的な成長のシステムを構築するラストチャンスとも考えられる。」と。

 一方、財政改革については、「財政の現状は、将来世代へ負担を先送りする構造となっており、このような状況を放置すれば、企業部門の資本蓄積にマイナスの影響を与え、中長期的な成長に悪影響を及ぼすことになる。」と認識している。

 そのため、「確実に財政健全化を進めていく必要がある。」「2010年代半ばにかけては、基礎的財政収支の黒字化を達成した後も、国、地方を通じ収支改善努力を継続し、一定の黒字幅を確保する。その際、安定的な経済成長を維持しつつ、債務残高GDP比の発散を止め、安定的に引き下げることを確保する。」という。

 「歳出・歳入一体改革が実効性を持つよう、各年度の予算が目標の確実な達成と整合的であるかどうかを確認しながら、予算を編成する仕組みが必要である」。そこで、諮問会議がその定期的な点検にあたるとして、具体的な取り組み内容を挙げている。

 また、国の予算編成の原則1~5を列記している。①景気を支えるために、政府が需要を積み増す政策はとらない、②税の自然増収は安易な歳出等に振り向けず、将来の国民負担の軽減に向ける、等々。

 税制改革については、「歳出削減を徹底して実施した上で、それでも対応しきれない社会保障や少子化などに伴う負担増に対する財源を確保し、将来世代への負担の先送りを行わないようにする。」と増税を匂わせている。

 こうした財政再建に対する取り組みにはおおむね賛成する。不満なのは、歳出項目を一つひとつ、ゼロベースで見直すほどの徹底した歳出削減を行う姿勢が答申に見当たらない点だ。いまの政府・与党は、官僚を使って「官主導の経済社会システム」を壊そうという無理なことをやっているのだから、仕方がないかもしれないが‥‥。 

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2007年1月16日 (火)

日銀の金融政策をめぐる報道のあり方

 日銀が政策金利の誘導目標を引き上げるのか。17、18日に日銀が開く金融政策決定会合のゆくえが注目されている。

 新聞を読んでいると、日銀の政策委員の多くが引き上げに賛成しているように受け取れる。それに対して、安倍首相の有力な支持者である中川自民党幹事長が、デフレから脱し切れていないとして引き上げ反対を表明。日銀が利上げしようとした場合には、政府として議決延期請求権を行使すべきだと述べた。中川政調会長も同様な意見を述べている。

 新聞などのメディアにしてみれば、日銀と政府・自民党が対立すればおもしろいということだろう。利上げに反対する政府・与党の声が大きいほどニュース・バリューも高まるという取り上げ方のように思える。

 しかし、この問題で、新聞などに取り上げてもらいたいのは、利上げしないままだと、どういう問題が出てくるのか。利上げしたら、そのメリットは何か、デメリットは何か。そうした点についての専門家の意見の紹介や、論争である。

 庶民の感覚からすれば、いろいろな疑問がある。こんなに長く景気上昇局面(ゆっくりとしたペースとはいえ)が続いているのに、なお歴史的な超低金利政策を続けるのはなぜなのか。デフレから脱却していないというが、物価が上がらないのは、グローバルな市場経済競争のせいではないか。消費が弱いのは確かだが、金利が上がれば、預貯金金利も上がって消費を増やすのではないか。超低金利で円安が進めば、輸出業界には好都合だが、輸入品の値上がりは庶民の消費生活を圧迫するのではないか。超低金利の円マネーを調達して運用する国際的な投機が行き過ぎているのではないか、等々。

 経済政策は一面的な見方で決めては困る。政治的な力関係で決めるようなことは最悪だ。多角的に検討して、国民生活の向上、安定に役立つ金融政策が何かを、読者にわかるような紙面づくりを新聞はしてほしい。  

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2007年1月12日 (金)

「超便利社会が子供を黙らせる」

 藤原和博氏といえば、いま東京都杉並区立和田中学の民間人校長として大活躍している人。彼の名を知ったのは、『世界でいちばん受けたい授業』(2001年刊)が出て間もない頃だ。同書の中の「1個のハンバーガーから世界が見える」を読んでショックを受けた。こんなにすばらしい授業の仕方があるのか、と。いまも同中学で「よのなか」科の授業を行い、注目されている。その藤原氏の講演を聞くことができた。

 ○学校について:かつては、子供を大人化する(社会化)機能が家庭、地域、学校の三者で分担されていた。だが、家庭も地域もその機能が低下し、その分、学校に期待するようになっている。その結果、学校の先生は超多忙になり、子供と向き合う時間が減っている。そこで、和田中では、かつてのように先生には授業、部活、生活指導に専念してもらう。それ以外は地域社会に戻す。といっても学校内に「地域本部」をつくり、ボランティアに来てもらう。和田中は、地域社会とネットワークを組むネットワーク型学校だ。

 ○コミュニケーションについて:いまの子供たちはコミュニケーション能力がものすごく劣化している。話しかけても、「ふつう」、「まあまあ」、「微妙」などと答えるだけだ。これは、超便利社会が子供を黙らせる、換言すれば、超便利社会に復讐されているということである。コンビニに行っても、言葉を一言も発しないで買い物ができる。家庭でも、黙っていても食事は出てくる。子供のほうから何もしゃべらなくていい。

 教育はずっと正解伝授主義できたので、子供たちはどんな問題にも正解があると思い込む。欲しいものは自らつくるのではなく、完成品を買えばいいと思う。就職についても、A社、B社、C社などのうち、どれにするかという、完成品を買う感覚。だから、思った通りでないと会社をやめる。世の中の問題には正解がないとか、自分から世の中を変えていくという感覚が乏しい。

 中学生は、世の中のことに関心があり、本当はしゃべりたい。「よのなか」科では自殺・安楽死、結婚・離婚、生殖・倫理、宗教などタブーとされるテーマを扱う。きれいごとはやめて、本音のところを授業で取り上げると、皆しゃべる。

 ○教育改革について:法律や制度が悪いわけではない。運用が悪い。文部科学省では校長は専任でなければならないと言っているが、兼業を可能にして民間人校長を10年間に3千人入れたらいいと提案している。その際、60歳以上でも雇うようにすればいい。政府の教育再生会議には中学の専門家がいない。文科省にもいない。14、5歳の頃は独特の時期で、中学生を大人にする教育が必要。小学校の延長で中学校を考えていてはだめだ。 

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2007年1月11日 (木)

大事な「もったいない」の精神

 不二家が埼玉工場で、消費期限が1日前に切れた牛乳を使用してシュークリームを製造し、出荷した。そのほかにも問題があったことから、同社は五ヵ所の工場の操業を停止し、チェーン店での洋菓子販売を休止した。

 報道によれば、工場の担当者は「捨てるのはもったいない。においをかいで問題ないと思った」とか、「捨てると怒られる」とか言っているようだ。

 ここで興味深いのは「もったいない」という担当者の言葉である。年配の人たちの多くにとって、「もったいない」というのは、子供の頃から身に付いた生活感覚である。

 家庭でなら、消費期限を過ぎても、においや味が変でなければ「もったいない」と思って飲むのはよくあること。それが、製造、販売する会社だと、法や内規で取り扱いルールを決めているから、表沙汰になると、顧客に実害がなくてもおおごとになる。さりとて、これで「もったいない」の精神が否定されることにはならないようにしたい。

 ノーベル平和賞を受賞したケニアのワンガリ・マータイ環境副大臣(当時)は日本語の「もったいない」という言葉に感銘を受け、2005年3月、ニューヨークの国連本部における会議で「MOTTAINAI」を唱和しようと呼び掛けたほどだ。

 小泉首相(当時)は2004年、米シーアイランドで開催されたG8首脳会議で3Rイニシアチブ首脳会合の開催を提案した。そして05年4月下旬に東京で20ヵ国および国際機関を集めて会議が開かれた。その結果、「もったいない」の精神を世界に広げるため、3Rを推進していくためのビジョンを策定することが決まった。その少し前の同年2月、マータイ氏と会談した小泉首相は「3Rとともに、「もったいない」を世界に広げたい」と語ったという。

 3Rとは、Reduce(排出削減)、Reuse(再使用)、Recycle(リサイクル)のことである。Reduce、即ち、ものを大事にし、できるだけ廃棄物を出さないようにするのを最優先する。次に、要らなくなったものをお古として使うReuseに努める。それも駄目なら何かの原材料などに使えるようにするRecycleに、という順番だ。

 3Rに、修理して使う(Repair)、なるべく買わない(Refuse)などを付け加える人もいる。それらを包含する適切な表現が「もったいない」である。

 コンビニ、スーパーや食堂・レストランでは売れ残り、食べ残しが大量に発生する。それらの廃棄物を堆肥などにする(それで育てた野菜などを使用する企業もある)ことで、環境にやさしいというイメージを振り撒いている。しかし、これはリサイクルにすぎないとも言える。そもそも売れ残らないようにする、食べ残さないようにするというReduceのほうが「もったいない」の精神に沿っている。そっちをどんどん企業にやってもらいたい。

 昨年半ばから家電リサイクル法(特定家庭用機器再商品化法)の見直し作業が経済産業省・環境省の合同の審議会で行われている。そこでの最大の論点は、処理費用をいまの排出時払いから購入時払いにするか否かである。ただ、家庭などで不要となった大型家電のうち約半分が家電リサイクル法のルート外に流れているというので、まず、その実態把握を優先することになった。

 この見直しにあたって、欠けている視点が「もったいない」だ。法では、まだ十分使える製品であっても解体し、素材として資源化することになっている。新品を売りたいメーカーには好都合だが、中古品の存在意義を否定する仕組みはもともとおかしい。

 ロシアや中東、アジアなどで日本製中古車がたくさん走っているように、使えるうちはできるだけ使うほうが「もったいない」の道理に合う。家電リサイクル法の見直しで、資源の有効利用を深めることも忘れないでほしい。 

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2007年1月 8日 (月)

“痛みなくして利得なし”

 田中直毅氏(21世紀政策研究所理事長)といえば、小泉純一郎首相の時代、毎月1回程度、首相官邸で、小泉首相と差しで1時間程度、話をしていたという。思うに、経済に疎い小泉首相は、竹中平蔵氏の活用の仕方とはやや異なるが、田中氏の意見を自らの経済政策に生かし、郵政民営化などを推進したのだろう。

 その田中氏が1月6日付け日本経済新聞のインタビュー記事「07年 経済課題を問う」で、2007年は「財政再建に向けて決定的に重要な年になる」と述べている。以下、記事のポイントを紹介する。

 ーー団塊の世代の大量退職が始まり、膨大な累積財政赤字をより少ない現役世代が支えなければならない時代に入る。「次の世代に赤字を持ち越さないという原則を確立しないと、日本は破綻する」。参院選挙のあと2年は国政選挙がないので、「今年から二、三年が改革の正念場だ」。

 ーー財政再建の登り口は3つある。「第一は単年度の財政収支を均衡させる年次目標を掲げることだ。」、「来年度予算でようやく二十五兆円にまで減った単年度の財政赤字をなくす必要がある」。

 ーー「第二は介護、医療、雇用などの保険会計を公費で助成する仕組みをやめることだ。財政赤字の下では、保険の公費助成は次世代負担になる。」、「世代内での助け合いが保険の原則。リスクへの対応は同じ世代内で完結しなければならない」。

 ーー「第三は道州制への移行を通じて権限と責任のはっきりした地方政府をつくることだ。国の権限と税財源を地方に移せないのは、県庁の体たらくのせいだ。」、「県庁の廃止を通じて、小さくて筋肉質の政府の具体的なイメージを明確にする必要がある」。

 ーー「財政規律を欠いたままでは日本社会は持続し得ないという国民の意思は、国政選挙を通じてはっきりしてきた。痛みなければ利得なし、ということを国民は理解している」。

 ーー単年度の財政均衡は「団塊の世代が完全に年金を受け取る側になる二○一五年の前には実現しなければならない」。「破綻回避への道は先に挙げた三つの道しかない。安倍首相はどの道筋なら国民を説得できるか、覚悟を決めようとしているところではないか」。

 田中氏は、「マクロの数値目標を掲げるか、社会保障に切り込むか、道州制を軸とする統治の理念から迫るか」という三つの登り口のうち、「どれが首相自らのイメージにしっかりと合うかだ。政策は政治指導者の自己表現。どの道筋なら国民と正面から向き合い、討論し続けることができるかが大事だ」という。

 田中氏のインタビュー記事の感想:財政再建は具体的には歳出削減、増税などをどう組み合わせるかだ。田中氏のいう、マクロの数値目標を掲げる、社会保障の負担増に歯止めをかける、地方分権を推進する、という3つはいずれもそのために必要な対策である。田中氏が言いたかったのは、国民を説得するにあたって、どの切り口がもっとも受け入れられやすいか、ということで3つの選択肢があるということだろう。

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2007年1月 4日 (木)

安倍首相の年頭会見

 仕事始めのきょう、安倍首相の年頭記者会見が行われた。終わってから、さて首相の話のポイントは何だったのか、と考えても、これだ、というものが浮かんでこない。持論の憲法改正のほか教育再生、社会保障などいくつかについて語ったが、いずれも抽象的。「見出し」とか「キャッチフレーズ」になるような、国民の心に訴えるものがなかった。

 「経済について申し上げます」とは言ったものの、ほんの短い間で、内容も記憶に残るものではなかった。消費税に関する記者の質問に対しても、真正面から答えてはいなかった。審議会などでの審議も自らの意思決定にとって必要なステップだろうが、自分はこの問題については目下、こう考えているということをできるだけ明確に国民に伝えることが民主政治のよきリーダーではなかろうか。

 昨年末、電車の中で小耳にはさんだ若い女性の話が印象に残った。外資が日本に進出するときの足がかりとなるオフィスを運営する会社に非正規社員で勤めていたとき、「お茶を出したりするのが仕事だった。しかし、ああいう仕事は全く頭を使わない。時給はよかったけど、そういうのは耐えられないので辞めた。以前、ある化粧品会社で包装の仕事をしていたときのほうが、まだ頭を使う仕事だった。私は頭を使う仕事がしたい。でも、見つからない」と。

 日本は知識集約化、知識産業などなど、“アタマが汗をかく”ようにならなければならないと言われる。しかし、商店街を歩くと、二、三十歳台の人たちが、至って単純な作業の仕事にたくさん従事しているのに気が付こう。スーパー、コンビニのレジ、ゲームセンターの呼び込み、街頭でのチラシやティッシュペーパー配り、大衆食堂・レストランの配膳係等々。

 こうした仕事は長年続けることで差別化ができる熟練労働とは違う。全くのしろうとでもすぐできる単純労働である。彼らの仕事は六十歳台の高齢者で十分勤まる。現代の経済は、若い世代の貴重な能力、意欲をいたずらに空費していると言っても過言ではない。

 そうした現実のひずみ(身の回りをみつめれば、沢山あるのに、ほとんど放置されたまま)を政治家は実感し、それをどう改革するかのビジョン(展望)を適時適確に打ち出し、ステークホルダー(関係者)を巻き込んで、実現にまい進するーーそうした活き活きとした政治活動であれば、国民は喜んで支持するだろう。地方自治体のすぐれた首長はそうした行動で住民の支持をかちえている。安倍首相にもそうしたリーダーシップが欲しい。 

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