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2007年7月22日 (日)

『生きる意味』を読んで多くを学んだが‥‥

 知人が読むというのに刺激されて、上田紀行著『生きる意味』(05年1月刊)を読んだ。大学の入試問題に最も引用されたというだけあって、現代社会に生きる私たちが直面している「生きる意味の不況」を突き止め、そこから脱出する道を説得的に論じている。

 私たちの社会では、人々は他者の目にしたがって生きている、数値化と効率化を判断の基準にしている、グローバリズムがそれに拍車をかけている等々。それが、本来、かけがえのない存在であるはずの私たちを苦悩に追いやっているのである。言われてみればその通りだ。

 そこで、著者は、個々人の「内的成長」によって、「生きる意味」を創る社会を提唱する。それは「押し付けられた「生きる意味」ではなく、自分自身の人生を取り戻すこと、それで抑圧された自分自身から<我がまま>に生きることへの転換である。」という。それによって、かけがえのない私たち一人ひとりが皆、尊重し、尊重される「あったかい社会」になると説いている。ここでいう<我がまま>は、自分勝手で他人のひんしゅくを買う<ワガママ>とは違う。「自尊感情、自己信頼があるかどうかが大きな分かれ目になる。」という。

 著者は「釣りばか日誌」の主人公、ハマちゃんの生きかたが望ましいと書いている。私もそうでありたいとは思うが、すべての人がハマちゃん的に生きるとしたら、会社は存立しえないし、高度な技術、巨大組織などに支えられる現代社会は根底から崩れるのではなかろうか。

 また、著者は会社を短期的な利益しか追求しないと切り捨てている。そして福祉などで官がもっと大きな役割を担うべきだと述べている。しかし、これはいかにも薄っぺらな会社観である。朝日新聞の7月18日付け朝刊の社説は、インターネットとともに市場経済のありかたは大きく変わり、市場経済の民主化が起きている、と述べ、官僚などに丸投げせず、オープンな市場の知恵をもっと信頼するよう主張している。

 家庭、村、会社といったコミュニティないし擬似的なそれがほぼ解体したいま、そしてグローバル化にじかに対峙しなければならないいま、一人ひとりが「世界の中心」として活き活きと生きることが可能な社会を築くのは、きわめて重たいテーマであることを痛感した。 

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