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2007年8月31日 (金)

超低金利政策を続けるだけでいいのか

 日銀が超低金利政策を続けている。金融政策のプロが議論して決めているのだから、素人が口を挟む余地はない。でも、疑問はずっと残っている。

 第一に、多くの人は日本経済がよくなっていることを実感している。にもかかわらず、歴史的な超低金利が長く続くというのは変だ。早晩、景気循環の下降局面を迎えるが、そのときに、金利引き下げという政策手段がとれないのは非常に困った事態である。その際、おそらく、財政による景気浮揚に頼ろうとするだろうが、それは政府の借金をさらに大きくし、財政破綻に近づく。

 これまでも日銀はデフレ脱却か否かを物価で判断してきたように思う。しかし、グローバル経済のもとでは、企業のコストダウン努力などのため、物価はそうそう上がらない。実態経済の活況を見れば、デフレか否かを、金融政策を決めるものさしとすること自体がおかしいように思う。水野温氏審議委員以外の日銀審議委員たちは現実よりも理論を重視しているのだろうか、とすら言いたくなる。

 日本が超低金利政策を変えないというので、日本で安い金利の資金を調達して外国で運用すると確実にもうかる。このため、外国のファンドなどがうまい汁を吸ってきた。だが、それが国際的なマネー投機の行き過ぎを招き、米国のサブプライムローン問題にもつながっている。

 また、政府・日銀が超低金利政策を続ける背景には、膨大な国債発行残高がある。短期金利を上げれば、長期金利も上がるだろうから、国債金利の支払い増加を招き、財政運営がより難しくなる。いまでも政府の債務は増え続けているのだから、政府としては何が何でも超低金利状態を維持してほしいだろう。

 しかし、金利水準が正常化することによるプラス面をきちんと評価すべきではないか。まず、金利が上がれば、預貯金金利が高くなり、預貯金者の懐をうるおす。また、円高になるから、購買力が実質的に高まる。したがって、内需が拡大し、輸出一辺倒の景気上昇の歪みを是正するだろう。メディアはいまもって円高が輸出産業にマイナスだという点を強調するが、円高は私たちの生み出す付加価値が国際的にみて上がることである。

 金利上昇による財政への負担増大は、政府がいかにサラ金的な経済運営をしてきたか、また、私たちの暮らしもそれに甘え、乗っかってきたかを反省するきっかけとなる。ない袖はふれぬ、という基本に立ち返るいい機会である。

 超低金利を続けることは、異常状態に慣れてしまった政府・日銀の怠惰の表れだと思う。経済界も同様だ。学者・エコノミストぐらいはしっかりしてくれないといけないが‥‥。 

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2007年8月29日 (水)

改造内閣に欠けているもの

 27日の安倍内閣改造は、私が山形県に旅行しているときに行なわれ、新しい顔ぶれをテレビ放送で知った。ローカルニュースでは、地元選出の遠藤武彦氏が農林水産大臣に決まったことをトップニュースで扱っていた。しかし、遠藤氏が農水大臣になることで、同県の農業が明るい展望が持てるという反響ばかり。大臣は地元の利益の代弁者ではなく、国全体の利益を考える立場だということはニュースでは忘れ去られている。

 それはそれとして、増田寛也総務大臣、舛添要一厚生労働大臣、与謝野馨官房長官ら、改造内閣には活躍が期待される人たちがいるが、いま一つ(というか、いま二つ、三つ)すんなりとは受け入れがたい点がある。

 まず、環境大臣である。来年、北海道で開催されるG8サミットは環境サミットといわれるように、地球環境問題が中心テーマだという。環境問題はエネルギー問題でもあり、経済社会のありかたを変える問題でもあり、外交戦略の問題でもある。

 したがって、当然、環境大臣はそうした問題に見識があり、ポスト京都議定書のありかたについて、主要国を説得できるだけの国際的な枠組みを打ち出せる人物でなければならない。安倍首相は環境問題に疎いから、大臣までもが疎いと、結局は環境省などの官僚組織に丸投げになってしまう。まして、環境省、経済産業省などに任せていたら、省庁間の対立で、ろくな政策しか出てこない。それでは、いまから国際的な信用失墜が目にみえる。

 民間にはNPOをはじめとして、環境問題にすぐれた見識の持ち主がいる。増田氏を起用したように、環境大臣にそうした人物を選んでいたら、新内閣に対する国民の印象はもっと良くなっただろう。

 今回の顔ぶれをみて、いま一つだな、と思う最大の理由は、安倍首相が留任したことである。画竜点睛を欠くという言葉があるが、安倍首相以上の人物が新総理大臣であったら、ずっといい印象を受けたのではないか。

 安倍首相の記者会見では、何をしたいのか、何をすべきなのか、が明確でなかった。参院選で敗北した原因とされる年金、格差などの問題に手当てをするのはわかるが、そうした個別の問題を超えて、日本という国をどういう国家にしたいのか、がピンとこない。

 参院が野党多数になったのだから、与党は野党と十分に議論をする一方で、国民に語りかけ、支持を得るように努めなければならない。それしか、与党の活路はない。ところが、安倍首相率いる新内閣は、多様な国民の利害を超えてよりよい社会をつくるための道筋をわかりやすく国民に説明しているとは思えない。というよりも、説明して理解を得ようという意識がそもそも乏しい。

 夢を語ることは難しい時代であるが、何が国民の幸せであり、それを確保するために何をすべきか、を政治家は語ってほしい。さもないと、若者が悲観的な、刹那的なことばかり考えるようになってしまう。 

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2007年8月25日 (土)

加藤紘一さんは評論家になったのか

 8月24日付けの日本経済新聞朝刊は、「逆風下の政権 与党キーマンに聞く」⑥で、自民党元幹事長の加藤紘一氏のインタビューを掲載している。

 安倍首相の「私を選ぶか、小沢民主党代表を選ぶか」発言について、加藤氏は政権選択の意味合いを持たせたものだから、「民意に従って退陣しないといけない」と言い、続投表明についても批判し、「勇気ある何人かが退陣を求めた。つらいことだが、誰かが言わないといけない」と語った。

 内閣改造について、加藤氏は「人心一新というと当人は悪くなかったことになる。当面は人事への期待から党内は静かになるが、(中略)改造が終わった途端に不満が噴出する」、「自民党はタイタニック号になるかもしれない。それに気づかないで船内のどの席に着くかの議論をしていては船員の命自体が危ない」という。

 そして、安倍首相で次期衆院選が戦えるかについて、「無理だ。参院選の結果を無視したと言って有権者から一層の反発がある」と言い切っている。加藤氏は年末、遅くとも来年の通常国会開幕後には解散・総選挙があるような気がすると述べ、「会社に例えれば、社員は普通、社長の進退問題を議論しないが、倒産の危機となれば、愛社精神で話し合う。今、それが必要だ」と慎重な言い回しをした。

 以上、加藤氏の発言はきわめて適切な内容だと思うが、いかにも高みの見物をする評論家的な発言ではないか。いつから商売替えしたのか。

 いまの自民党は安倍首相(自民党総裁)にはっきりと正面きって対決する人物すらいない。陰でぶつぶつ言っているだけの腑抜けの集団のようにみえる。加藤氏は派閥のボスではないが、現役の自民党所属国会議員である。いまの国会議員の中で、加藤氏ほどの見識、良識のある人物はまれだ。いまこそ、孤剣をふるってでも、自民党の危機打開のために立ち上がったらどうか。さもなければ脱党すべきである。そのどっちもしないなら、政治家を廃業し、評論家になるよう勧める。晩節を汚さないために。

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2007年8月23日 (木)

日中世論調査にみる意識の隔たり

 日本の言論NPOと中国の北京大学および中国日報とが共同で行なった世論調査の結果が今月、発表された。調査の結果は言論NPOのホームページに掲載されている。いろいろな観点からの質問があり、とても興味深いが、調査の結果からは、日本(の国民)と中国(の国民)とがお互いに理解を深め、信頼するに至るのは容易なことではないことが読み取れる。

 日本の中国に対する印象は、世論調査だと、「どちらかといえば良くない印象」が57.6%、「大変良くない印象を持っている」が8.7%に達する。中国に接する機会の多い有識者の調査だと、「どちらかといえば良い印象」49.0%、「どちらかといえば良くない印象」42.3%であるなど、良い印象のほうが少し多い。

 これに対し、中国の日本に対する印象は、世論調査では「普通」36.9%、「良くない」29.5%、「良い」23.7%、など。しかし北京大学、清華大学、中国人民大学など5校の学生を対象とした調査だと、「良くない(あまり親近感がない)」51.1%、「大変良くない」13.5%と否定的な回答が3分の2近い。

 では、相手国に否定的な印象を持っている理由は何か(複数回答)。日本の世論調査では、「歴史問題などで日本を批判するから」61.7%、「資源やエネルギー、食料の確保の行動で自己中心的にみえるから」42.4%など。有識者調査だと、「資源やエネルギー、食料の確保の行動で自己中心的にみえるから」が59.1%とトップ。次いで「中国の政治や経済の先行きが不透明だから」43.1%である。

 中国の世論調査では「歴史問題が解決されていないから」58.0%、「かつて中国と戦争を起こしたから」57.5%が際立って多い。学生調査だと「歴史問題が解決されていないから」が74.1%、「日本の指導者が中国人の国民感情を傷つける言論や行動をとるから」57.0%などとなっている。

 中国の学生調査によると、軍事的な脅威を感じる国・地域はどこか(複数回答)のトップは日本76.4%であり、その原因は「日本には侵略戦争を起こした歴史があり、今もなお軍国主義の復活を望む人がいる」68.9%、「日本は積極的に国際安全保障、平和維持への関与を求め、軍事力を強化し、軍事大国になろうとしている」53.5%などという。世論調査でも、「日本には侵略戦争を起こした歴史があり、今もなお軍国主義の復活を望む人がいる」61.8%などという。

 日中関係を阻害・妨害する主な問題は何か(複数回答)。日本の世論調査では「歴史問題への日本側の対応」63.1%、「領土紛争」40.8%、「中国の反日教育」35.6%、「中国の反日感情や反日行動と、それに対する中国政府の姿勢」33.3%などである。

 中国の世論調査も、「歴史問題(靖国参拝、教科書問題、侵略否定発言など)74.6%がトップで、次が同様に「領土問題(東シナ海、尖閣諸島)」44.6%。学生調査だと、「歴史問題」87.2%、「領土問題」73.5%が突出している。

 では、歴史問題については、どの問題を解決するのが重要か(複数回答)。日本の世論調査は「首相の靖国神社参拝をめぐる問題」59.7%、「中国の教育や教科書内容」45.8%、「日本の歴史教科書問題」43.3%などとなっている。しかし、有識者調査だと、トップは「中国の教育や教科書内容」62.0%。以下、「首相の靖国神社参拝をめぐる問題」54.7%、「中国のメディアの日本についての報道」43.7%と続いている。

 中国の世論調査では、「南京大虐殺問題」66.7%、「日本首相による靖国参拝問題」49.1%、「日本の教科書問題」48.8%などとなっている。学生調査だと、「日本の教科書問題」56.1%、「日本人は過去の歴史への反省、謝罪が足りず、誠意がない」50.1%、「日本首相による靖国参拝問題」48.9%などである。日中とも相手国の歴史教科書に歪曲があると思っていることがわかる。

 自国のメディアは客観的な報道をしているか。日本の世論調査では、「基本的に客観的な報道だと思う」29.3%、「日本の側に立った主観的な報道だと思う」18.3%、「日中間の対立を強調する報道が多い17.6%、「どちらともいえない」34.6%。有識者調査だと、「日中間の対立を強調する報道が多い」33.0%がトップ。

 ところが、中国の世論調査では、「基本的に客観的な報道だと思う」59.7%が一番。「中国の側に立った主観的な報道だと思う」21.1%である。これに対して、学生調査だと、「おおむね客観的」35.1%、「中国の立場に立った主観的な報道」33.7%、「中日間の対立を強調した、感情的な報道が多い」22.5%と、割合、冷静な見方をしている。

 日中の友好関係を強固なものとするには、こうした共同調査でお互いの認識の異同を知ることが大事だと改めて思う。

 

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2007年8月22日 (水)

国・地方のどえらい借金を忘れないで

 財務省のホームページには「日本の財政を考える」というコーナーがある。07年度末で国の借金は約547兆円、対GDP比177.6%、また国・地方の長期債務残高は約773兆円、対GDP比148.1%という。

 参議院で民主党が第一党になり、与党の自民党・公明党は従来、考えていたような筋書きで政策をどんどん推し進めることはできなくなった。しかし、財政赤字の累積が危機的なぐらいに膨らんだ事実は民主党も否定できないのだから、財政改革のありかたについて与野党双方が真剣に議論し、当面の政策および中長期の展望と政策について合意してほしい。さもないと、財政危機が現実化しかねない。

 「日本の財政を考える」の中に「現状を放っておくと何が困るの?」というページがある。それによれば、借金の増大でその返済に追われることになると、政策に使える予算の割合が減ってしまう。また、国債に対する国民・投資家の信認が下がると、金利が急激に上昇し、それが投資の抑制など経済全体に大きなマイナスの影響を及ぼす。そして、将来への不安から消費が落ち込む。それらが重なると、経済が低迷するなど国民生活に大きな影響が出る。公債の発行による借金残高は将来の世代に負担を先送りすることであり、将来世代が借金の返済に苦しむことになる、という。

 それゆえ、政府・与党は高い経済成長や歳出削減、増税で2011年度までに国・地方合わせた基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化を目標とし、2010年代半ばに向け、債務残高の対GDP比を安定的に引き下げることを目指している。民主党がこれにどのような対案を打ち出し、財政改革に立ち向かうつもりか、秋以降の国会の注目点である。

 ところで、財政危機について、「そもそもこんなに巨額に達した国債や年金債務は返せないことを認識する必要がある。(中略)今できることは、せいぜい国債や年金債務の膨張を食い止めることだけである」(金子勝著『戦後の終わり』2006年8月刊)と言い切る見解もある。

 ではどうするのか。同書によると、株式会社を再建するための新旧会社分離のように、債務と売却可能な金融資産とを債務管理会計として分離する。そして低利の長期債に借り換え、債務を実質的に凍結する。金融資産は売却して債務圧縮に充てる。これが金利の急激な上昇でうまくいかないときは、シャウプ勧告のように、大幅な資産課税をして公的債務を圧縮するしかないという。

 これは、極端に言えば、国債保有者に100%課税をするような事態を想像すればよい。国民にしてみれば、保有している国債の価値がゼロになることである。国家権力なら、そんなことができる。あるいは、国民が保有する金融資産に50%といった臨時資産課税をするようなこともないとはいえない。

 過去の歴史に照らせば、物価が何倍、何十倍、何百倍にもなる猛烈なインフレによって、公的債務は一挙に軽いものになる。国民が増税などの負担増を嫌い、一方で歳出拡大を望めば、そうしたインフレが必然的に起きよう。その結果、国民経済は崩壊し、日本の沈没は免れない。

 財務省の「日本の財政を考える」は、いまこそ国民にもっと財政破綻のおそろしさをわかりやすく伝えるべきだと思う。 

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2007年8月18日 (土)

JR東日本への注文

 8月17日の夜の出来事。藤沢駅で東海道線などが軒並み運行ストップとなった。それは仕方がないことだが、運転再開で東京行きの電車に乗ったところ、車内の冷房がかなり効いていた。隣の席に座っていた中年女性は風がビューとくるたびに風を避けようと懸命。ほかにも、半袖の女性が明らかに寒そうにしていた。どうして、こんなに冷やすのか。

 記録的な猛暑だから、思い切ったサービスをしているつもりかもしれない。でも、冷房の調節ができるのなら、ほどほどにしてほしい。乗客によって快適な車内温度が違うだろうし、混んでいるか空いているかの状況の違いもあるから、一律に何度と決めるのもどうかと思うが、基本原則を決めて、柔軟に運用するのが望ましい。その基本原則は、第1に、エネルギーの節約を旨とすることである。第2に、外気より少し涼しい程度に冷房することである。その目安は女性だ。女性がちょうど快適と感じる車内温度にするのがいい。いまは上着を着たりする男性を基準にしているから、冷やし過ぎるのである。

 第3に、乗務員が状況に応じて冷房度合いを変えるよう柔軟性を持たせることである。画一的な基準を設けるやりかただと、マニュアルに従えばいい、ということになり、自分の頭で考えない。だから、同じ電車でも終点に近くなると乗客が少なくなって乗客が寒くてふるえるようなことにもなる。

 オフィスビルでも冷房が強く、女性がひざかけを使ったりセーターを着込んでいるのを見かける。JR東日本もそうだが、大企業は全員参加で、省エネなど環境保全の問題をもっと真剣に業務執行に取り込む必要がある。JR東日本の場合、省エネ型車両の開発・使用などハード的な環境対策には熱心だが、従業員1人ひとりが自然に省エネなどの発想で仕事にあたるところにまではいっていない。

 ところで、この日の電車の運行ストップ、大幅遅延で、乗客はどの線の電車がいつ運転再開するか、どこで乗り換えたら、早く目的地に着くのかと思うから、駅や車内放送の情報に頼る。ところが、藤沢駅では電光掲示も放送も不十分。乗務員の車内放送はほとんど何を言っているのかわからなかった。ゆっくり、歯切れよく、というのとは正反対。調子をつけた独特の言い回しで、声も大きくなったり小さくなったりだ。走っている電車の中で、きちんと乗客に伝わるか、チェックしたことがあるのだろうか。

 限られた体験を一般化するのはどうかとは思うが、一事が万事である。車内冷房といい、車内放送といい、現場では、まだまだJR東日本は顧客志向を真に理解してはいないように思える。 

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サブプライムローンが震源の株価大幅下落

 17日の日本の株式市場急落は右肩下がり。途中で上向く様子はほとんどなかった。新興国の市場も含めて今週は世界の株式相場が大幅に低落した1週間だった。

 この株価下落は、米国の住宅価格下落などによるサブプライムローン(低信用個人向け住宅融資)の焦げ付きに端を発しているとのことだが、しろうとの目から見て、いろいろ疑問がわいてくる。

 住宅価格が下がれば、たちまちローン返済に窮する人が出てくる、というのは、相当に無理なビジネス。それを住宅ローン会社はわかっていたはずだ。住宅ローン会社はローン債権を担保に金融機関から資金を調達したり、ローン債権を証券化してリスクを機関投資家などに分散していたようだが、融資金融機関や機関投資家はサブプライムローン自体の無理な仕組みを承知の上で、高リターンでもうかるから、という単純な発想で融資ないし投資をしたのではないか。

 ヘッジファンドなどは投資の対象の選定、売買などで高い成果をあげるため、調査や運用の専門家を抱えているが、投資対象1つひとつのリスクについてどこまで知っているのかと疑問に思う。サブプライムローンについていえば、その仕組みや構造的な問題点まできちんと理解してから投資に踏み切ったのか。

 まして、投資ファンドに資金運用を委ねている機関投資家など(の担当者)がそうしたリスクに関して十分に理解していたか疑わしい。人は自分個人の資産運用となると真剣だが、他人のカネとなると、判断が甘くなるからだ。

 投資ファンドなどでは運用担当者などに対して運用成果に応じた報酬制をとっている。それによって真剣に仕事をしてもらうわけだが、そこにも問題がある。即ち、運用に失敗しても、せいぜいクビになるだけだから、彼らは大きな報酬をねらって、どうしてもリターンの大きさを追求しがちになるのである。その結果、滅多に起きない大きなリスクに対する備えがおろそかになる。

 金融派生商品(デリバティブ)など、しろうとにはわけのわからない投資商品が増えれば増えるほど、金持ちあるいは年金、投資信託などの機関投資家は資金運用の専門業者に運用を委せる傾向がある。多くの年金基金は毎年の運用成果を比較して、どこに運用を委託するか決めている。また、個人の株式投資でも「一任」のように、運用を完全に専門業者に任せてしまうことすら普通に行なわれている。

 いまやグローバル化でカネの移動には国境はない。しかし、運用されている投資資金の大半が運用のプロの手に委ねられているのである。何年かに1度しか訪れないリスクを気にしていては、やっていられない運用のプロの手にだ。それだけに、大きなリスクが顕在化すると、プロたちはいっせいに同じ方向に動く。世界的な暴落を引き起こすこうした構造に制約を課さないと、もっと大きな危機を招くおそれがある。短期資金の国際間移動に規制をかけることが必要かもしれない。 

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2007年8月16日 (木)

暑いーーこれはただごとではない

 十年あまり前、インドネシアやタイなどを訪れたとき、南の国の強烈な暑さを初体験した。今週の日本の暑さはそれに匹敵するすさまじい暑さである(私は東京都内で実感した)。正確な比較はできないが、日本の今週の暑さは南の国以上に感じる。私個人は低体温体質であり、体温よりも高い気温はとてもしんどい。

 この暑さの原因を温室効果ガスによる地球温暖化だと断定できるほど科学は進歩してはいない。でも、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)に集まった世界の科学者の第4次報告によれば、人間活動による温室効果ガスの排出増加が気候変動の主因であることはほぼ間違いないようである。このすさまじい暑さはこの気候変動の1つの現象である可能性は大だ。

 先週、環境省と経済産業省の合同審議会で、京都議定書の削減目標達成計画見直しのための対策を議論したが、目標達成に向けての各界の合意は難しかったようだ。これが冷房の効いた会議室でなく、猛暑の屋外で議論していたら、どうだっただろうか。

 温暖化対策への取り組みにおける日本の不幸はいくつもある。まず、環境問題に重点的に取り組む有力な政治家がいない。先のサミットで安倍首相は2050年までに半減するという目標を掲げ、他の先進国をこの線でまとめたが、残念ながら、そこまで。この目標をブレークダウンして実行に結び付ける問題意識を持っていない。西欧では、政治として2020年までに20%削減とか30%削減と国全体の排出総量を減らす目標をまず設定するが、日本には、それがない。

 となると、例によって官僚の出番になってしまう。しかし、環境省はまことに非力。政策構想力も乏しいし、経済産業省など他省を説得し、引っ張っていく力量を欠いている。となると、各省の利害が対立するから、国全体の中長期的な削減目標を掲げ、その実現のために、どういう政策手段をとるか、といった大きな枠組みがなかなかできない。

 一方、温室効果ガス排出が多い経済界は、日本経団連が自主行動計画を推進し、それなりの成果をあげてきた。このため、政府は規制的な措置を強引に押し付けにくい。経済界は、自分たちはきちんと削減努力をしてきたのだから、他の分野こそ削減すべきだという。しかし、私の目からみれば、製造業の削減は評価できるものの、それだって、90年から15年とか20年かけて6%減らすのもやっとこせだ。オフィスや輸送の分野では削減努力が足りない。それに家庭の資源・エネルギー消費が増え続けている一半の理由は、メーカーが売る商品のせいである。例えば、薄型テレビの大型画面化で1台当たりの消費電力は上がっている。

 しかも、日本経団連の自主行動計画は、企業の排出総量を削減するか、原単位当たりの排出量を削減するか、いずれでもよい。後者だと、生産量が増えたら、排出総量は増えることがありうる。そして、自主行動計画の最大の問題点は、いまの時点で、何とかできそうな目標しか掲げないことだ。

 できるかできないかわからないが、どうしても達成せねばならない目標をまず掲げ、それをいまからどうやって実現していくか、というバックキャスティングの発想が欠けているのである。バックキャスティングの発想に立てば、現状を否定するぐらいに全く新しい視点でビジネス全体を組み直す覚悟が要る。いま、それが求められているのに、日本経団連はいまのやりかたに固執している。

 経済同友会の桜井正光代表幹事(リコー会長)は「絶対に総量規制が必要。地球で吸収しきれないと言っているのだから、原単位削減の話ではない。そして、次に国、産業などにどう分担してもらうかだ。そこで原単位の話も出てくる」、「環境税、排出権取引は手段の話。これらはあっていい」、「同友会は従来、温暖化対策についてほとんど発言してこなかった。日本経団連の自己目標、自己達成に委ねている。しかし、私はそれを変えていきたい」(7月25日の記者会見)と語った。そこに一筋の光明がみえる。

 日本の企業には、2020年とか中長期の時点をターゲットにした野心的な自主削減目標を掲げるところがほとんどない。温暖化対策ではバックキャスティングが重要だから、欧米のビッグビジネスをリードするような削減計画を出してほしい。目先の小手先の新製品ばかり出す大企業の経営者よ、21世紀の世界、地球環境問題など人類の生存を危うくする大状況に目を向けてください。

 われわれ庶民も、資源・エネルギー多消費のライフスタイルにもう終止符を打とう。何でもかんでも都合の悪いことはひとのせいにするジコチューを反省しよう。暑い暑いと言うだけでなく、暮らしをシンプルに変えていくきっかけにしよう。レスター・ブラウンの『地球白書』が一番売れたのは日本だったというように、日本には、環境問題をまじめに考える多くの人々がいるのだから、まともに仕事のうえでも家庭生活でも温暖化対策に取り組もう。皆さん、これはこの夏の約束ですよ。未来世代のために。 

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2007年8月13日 (月)

『地域再生の条件』は何か

 参院選挙の結果から、都市と地方の格差問題がいっそう注目されるようになった。しかし、その解決のため、国が公共事業などでカネをばらまくような、過去に犯した過ちを繰り返してはならない。

 ことし1月に出版された本間義人著『地域再生の条件』は、国の地域政策がその時々に打ち出す施策に無盲目的に従うのではなく、地域の住民や首長・自治体が自らの頭で考えた原理・原則に基いて独自の地域づくりをすることこそが地域再生を成功させると述べている。

 同書で事例紹介されている全国あちこちの地域再生ストーリーを読むと、頑張る地域、元気な地域は、すぐれた首長がいて、明確なビジョンをもとに、福祉充実など独自の街・村づくりを推進したか、住民・市民が望ましい地域づくりを掲げて、自主的に活動を広げていったか、おおよそ2つに分けられる。

 日本は戦後、急速な経済発展を遂げたが、官尊民卑や中央集権体制は基本的には変わらなかった。国土の均衡ある発展なども、国の強い支配のもとに行なわれた。近年、地方分権が少しずつ実現してきたが、国のほうばかり見る自治体職員の意識はほとんど変わらない。地域住民も同様だ。だから、国の補助金や地方交付税交付金などをいかに多くもらうか、という発想からなかなか抜けられない。

 でも、グローバル化、IT化、低成長、少子高齢化、財政危機、地球温暖化などを踏まえ、地方も自律、自立するしか道は無い。

 もうそろそろ、各地域の人たちも、自らの町や村のすぐれた価値を“発見”し生かすとか、カネをかけないで質的に豊かな生活を実現できる場づくりに挑むとか、物真似でない、個性的な地域づくりに主体的に取り組んでいきたいものだ。

 「住民が街を造り、街が住民を造る」--旧炭鉱の街だった田川市の市長だった滝井義高氏の言葉だと同書はいう。格差問題を考えるにあたって、私たちは「‥‥してもらう」という発想から脱しようではないか。 

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2007年8月11日 (土)

マイケル・ムーアの映画「シッコ」

 深刻な社会問題をドキュメンタリー映画で、興味深く、かつ誰にでもわかるように示す。それがマイケル・ムーアの映画のすぐれたところだ。今度の映画「シッコ」(SICKO=精神異常者)は、米国の医療保険制度を例の“突撃スタイル”で鋭く告発している。

 まともな社会なら、病気やケガをしたとき、医者・病院で治療を受けるのは当たり前だ。だが、国民皆保険制度をとっていない米国では、保険に加入していない人々が6分の1の約4千万人もいる。しかし、この映画では、医療保険に入っていてもまともに治療を受けられず苦しんでいる人たちを取り上げ、米国の医療保険制度の問題点を浮き彫りにしている。

 映画が槍玉にあげているHMO(Health Maintenance Organization)は、医療機関と加入者(患者になる)の間に立ち、医療内容を査定し、医療費を節減しようとする管理医療法人の1つである。民間保険会社などが営んでいるもので、企業、個人などはそこと契約する。同時にHMOは特定の医療機関と契約する。それによって、企業などとの契約では保険料が割安になる。

 HMOの保険では、月額保険料によって、それに見合う医療サービスの内容が異なる。保険会社が契約した医療機関以外のところにやむをえずかかった場合、保険金を払ってくれるか否かも契約内容による。保険の対象外だったら、巨額の医療費を個人負担せねばならない。例えば、契約医療機関が遠方にしかなく、緊急の治療を要するとか、交通事故で意識不明になり、契約外の近くの病院に搬送されたとか、といった場合、数千万円の治療費を請求されることになりかねない。それで治療を受けずに死んだり、治療費の支払いで家を売らざるをえないといった悲劇も起きる。

 また、HMOは保険適用対象外の病気・ケガを山ほど契約に列記しているし、保険加入者の既往症未申告などを口実に、できるだけ医療費(保険金)を払わないようにしている。医師がどんな治療をするかを査定して治療費を削ろうとし、少なく抑えた医師には奨励金を支払うといったこともしている。要するに、管理医療法人の制度は国全体の医療費の増加を抑えるためにつくられた制度なので、病気やケガで苦しむ国民のことを二の次にしているわけだ。

 映画では、カナダ、英国、フランス、そしてキューバといった国を訪れ、いずれの国も医療は無料だという事実を知る。医療という基本的なサービスの提供を市場(マーケット)に委ねている米国と、国が税金をもとに直接、運営している国々との違いを浮き彫りにする。

 日本の医療制度は国民皆保険だが、自己負担がある。自己負担をなくすなら、保険料をどんと引き上げなければならない。仮に、映画が指摘する無料の方向を目指すなら、保険制度を廃止し、代わりにすべて税金で運営するわけだから、大幅な増税が必要になる。消費税でなら10%アップでも足りない。

 映画は触れていないけど、フリーランチはない。政府がどこにカネを使うか、国民はどれだけ税金を払うか、の政治的な選択であり、さらに言えば、国民が何を求めて投票したか、である。ということで、病める米国の一面をこの映画でしっかりと見た。 

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2007年8月10日 (金)

人事院は国民のほうを向いていない

 人事院が07年度の国家公務員の給与を引き上げるよう求める勧告を8日に出した。若年層(俸給表の3級以下)の月給を引き上げるとともに、期末・勤勉手当(ボーナス)は全員0.5ヵ月引き上げるという内容だ。完全実施で歳出増加額は約450億円という。地方公務員が追随すれば、地方自治体も約930億円、歳出増になるという。

 公務員給与は民間給与に準拠するという理屈だが、民間給与の実態をきちんと調査したのかどうか。東京新聞の8日付け朝刊の社説によれば、国税庁の民間給与実態調査(05年)だと、公務員を除いた給与所得者の平均年収は436.8万円、連合の調査(05年)だと、加盟組合員の平均年収は580.4万円である。これに対し、国家公務員行政職の平均年収(06年)が635.6万円である。これでは国民の納得が得られないだろう。

 ストライキ権がないとはいえ、終身雇用が保証されているし、退職金は民間を大幅に上回っている。加えて、多くの公務員が天下りのうまい汁を吸っている。そうした生涯収入の観点を抜きにして、給与だけ民間準拠というのはいいとこどりもほどほどにしてもらいたい。人事院も同じ国家公務員だから、お手盛りだ。

 地方の大学で教えていたとき、入学早々の学生の7、8割が公務員志望だというのに驚いたことがある。この場合、地方公務員だが、国家公務員も地方公務員も収入の面では同じようなもの。庶民はいかに公務員がおいしい仕事か、よく知っている表れだ。

 公務員というと、社会保険庁が真っ先に頭に浮かぶ。そんなところにも期末・勤勉手当を出すというのはブラック・ユーモア以外の何物でもない。また、国も地方も財政破綻に近い借金だらけの状態であり、歳出・歳入一体改革で国民にあれこれ負担増をお願いしなければならない。そうであれば、まず、官が歳出削減に対して率先垂範であらねばならない。そうした危機感もない人事院や財務省などには怒りを覚える。 

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2007年8月 9日 (木)

香西税調会長の会見から

 本間前会長のあとを受けて、ことし1月、政府税制調査会会長となった香西泰氏の記者会見を聞いた。税制の話は難しいから、きちんと理解できたか、自信はないが、印象に残ったいくつかを挙げる。

 安倍総理大臣が昨年11月に行なった税調への諮問に対して、香西会長は「丁寧に沢山の問題を込めている。ある意味で感銘を受けた」と語った。あとで諮問の内容を読んでみた。

 『歳出・歳入の一体改革を進めていくにあたっては、「成長なくして財政再建なし」の理念の下、イノベーションの力とオープンな姿勢により日本経済に新たな活力を取り入れ、経済成長を維持していくことが重要である。こうした取組の下、国民負担の最小化を第一の目標に、歳出削減を徹底する必要がある。』

 『税制については、我が国の21世紀における社会経済構造の変化に対応して、各税目が果たすべき役割を見据えた税体系全体のあり方について検討を行い、中長期的視点からの総合的な税制改革を推進していくことが求められている。』

 『喫緊の課題として、我が国経済の国際競争力を強化し、その活性化に資するとともに、歳出削減を徹底して実施した上で、それでも対応しきれない社会保障や少子化などに伴う負担増に対する安定的な財源を確保し、将来世代への負担の先送りを行なわないようにしなければならない。』

 『税制が経済や財政にどのように関わるかというマクロ的な視点、税制が企業や家計にどのように関わるかというミクロ的な視点に立った分析が必要である。』

 経済成長の持続、歳出の削減、社会経済構造変化への対応、歳出負担増をまかなうための安定的な財源の確保、将来世代に負担を先送りしないこと、税制の経済・財政・企業・家計への影響を分析すること、が諮問に盛られている。とかく世間では各論が脚光を浴びるが、全体像のありかたをきちんと踏まえながら、各論のほうも進めるという議論のやりかたが望ましいということである。

 アイルランドの12.5%という法人税率は極端だとしても、世界的に法人税率のダンピング競争の時代に入っている。その中で、日本はどうすべきか。日本の法人税率は高いのか、そうでもないのか。引き下げたらどんな効果があるのかないのか。税率を下げると税収が減るので、課税ベースを広げるべきではないか、等々、企業課税一つとっても議論は複雑多岐にわたる。

 起業を盛んにするためのエンジェル税制などが日本ではあまり広がらない。起業増による技術革新、税収増を促進するために税制の歪みを是正する必要がある。

 所得税制の改革が必要。所得控除による税負担軽減は税の再配分効果を弱くしている。退職金・年金の課税は終身雇用を前提とした制度であり、給与所得とのバランスも欠いている。

 日本の財政の国債累積は第二次世界大戦末期の日本(1944年にGDPの1.4倍)を上回る(いま1.5倍)。国債残高のGDP比が下がっていくトレンドがはっきりすれば、財政破綻のリスクはやわらぐ。そのためには歳出・歳入一体改革が必要である。

 所得に対する課税から消費に対する課税(付加価値税、消費税)へというのが世界的潮流になっている。それでうまくやっている国があるということだ。以上、香西氏の話の中からの紹介。

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2007年8月 7日 (火)

中小企業に多い欠損法人

 日本の法人の3分の2は欠損法人だ。赤字で法人税を納めない法人のほうが多いということである。日本の法人のほとんどが資本金1億円未満の中小法人であり、それらが赤字のままずっと存続できているのは不思議といえば不思議である。

 その問題について、政府の税制調査会調査分析部会で、八塩裕之専門委員(京都産業大学経済学部講師)が「日本の欠損法人に関する考察」と題して見解を述べている。

 読んだ私なりに解釈すると、中小事業者(オーナー経営者)が個人自営業者のままでいるのと、それが法人化した場合とを比較すると、法人成りしたほうが租税回避の点で有利である。個人自営業者が法人化して、自身(家族などを含む)に給与をどんどん払って赤字になる(赤字にする)と、法人税(事業税を含む)はゼロになる。そして、自身(家族などを含む)は個人所得税(住民税を含む)を支払うが、それには給与所得控除があるので、税率が低い。中小事業者(オーナー経営者)が法人として支払う税額(ゼロが多い)と個人として支払う税額とを合計した額は、個人自営業者のままでいるよりもはるかに少なくなる。

 こうした税制によって、個人自営業者の法人化が促進されているというわけだ。中小法人は欠損を出しっぱなしであっても、何年たってもつぶれないという不思議な現象が当たり前みたいになる(代わりに経営者等が中小法人に貸し付けることで生き延びる)。これは個人の所得課税が法人の所得課税よりも税率が低いから起きているのである。

 欧米の多くは、個人の所得課税のほうが法人の所得課税よりも税率が高いので、日本とは逆の現象が起きているという。

 法人所得にしたほうが課税上、得か、それとも個人給与所得にしたほうが得か。中小事業者(オーナー経営者)はトータルとして低い税率になるほうを選ぶのは日本も欧米も同じ。そうした課税回避は日本の場合、税収を減らすことにつながるし、また、個人所得控除の税負担軽減効果が高所得層にまで及ぶという問題もあるという。

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2007年8月 4日 (土)

『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』を読む

 元特捜検事・弁護士の田中森一氏が書いた『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』は引き込まれるようなおもしろさがある本だ。赤貧洗うがごとしの幼少年時代から始まって、進学、司法試験の勉強、合格、検事への進路、検事時代、そして弁護士への転進、バブル時代における裏の世界との付き合い、検察による逮捕と、田中氏の変転の人生を描いている。

 彼が検事時代に追及した事件、やめてから顧問弁護士などとして関わった裏の世界の事件や暴力団幹部、仕手筋、地上げ・不動産開発業者など、カネをめぐる欲と悪徳の生態を詳しく述べている。具体的に、私たちが知っている事件および登場人物が次々に出てくるので、ああ、そうだったのか、と思うことが少なくなかった。

 検察や警察がいかにひどいものか、実態の暴露内容は衝撃的なほどである。驚いたのは、「被疑者に人権がある、などと本気で考えている検事もいない。検事はみな傲慢であり、被疑者に対しては『俺が権力だ。俺の言うことを聞け。(中略)』という発想である。こうした傲慢さは、霞が関の官僚全体にあるが、検察官はことさらその傾向が強い」という記述だ。「特捜部」というと、正義の味方のように思っている国民もいるようだが、その意義と限界ないし問題点を本書は指摘している。

 また、国会議員や経済人が闇社会といろいろな形でつながっていることが本書に示されている。ときには官僚もだ。いまをときめく政治家が当時、何をしていたのかも垣間見ることができる。バブルの時代には、裏の世界と表の世界とが事実上一体になっていたという著者の指摘はあながち見当はずれではない。おそらく、現在も、この日本の深層海流はなくなってはいまい。

 闇社会の人間であれ、上に立つ者はどこか人間としての魅力があるという著者の言葉に間違いはない。しかし、だからといって、顧問弁護士として、彼らの罪を軽くするために悪知恵を授けたりしたのは納得できない。きれいごとかもしれないが、弁護士法第一条(弁護士の使命)「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」「前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない」をはずれる弁護士は資格をはく奪されてしかるべきだ。

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2007年8月 1日 (水)

07年度の普通交付税が決まる

 国家予算の一般会計歳出総額は07年度83兆円弱。社会保障と国債費とに4分の1ずつ払い、地方交付税交付金等に18%使う。この3つで全体の3分の2ちょっと(68.8%)を占める。この地方交付税交付金の94%にあたる普通交付税の金額を総務省が決めて7月31日に発表した。総額は14兆2903億円(06年度14兆9527億円)で、その内訳は道府県に8兆603億円(同8兆4525億円)、市町村に6兆2300億円(6兆5002億円)である。

 基準財政需要が基準財政収入を上回る、つまり支出が税収などの収入よりも多い道府県や市町村は、足りない分を交付税という名目で国からもらう。もらう地方団体の数は1663(道府県45、市町村1618)、もらわない「不交付団体」はわずか188(道府県2、市町村186)しかない。しかし、地方団体も景気の回復で税収が伸びたので、不交付団体の数は06年度の171に比べ約1割増えている。

 これを人口でみると、不交付団体の人口(市区町村)は34.6百万人(06年度は33百万人)で、全人口の4分の1を少し上回る。市区町村を含め、不交付団体が1つもない都道府県の数は17。都道府県の不交付団体は東京都、愛知県だけ。市町村の不交付団体数は、愛知県39、神奈川県21、東京都16、埼玉県14、千葉県14、茨城県9、栃木県5、三重県5、大阪府5、福島県4、群馬県4、滋賀県4‥‥。

 基準財政収入額よりも普通交付税額のほうが多い道府県の数は28ある。そのうち、普通交付税額が基準財政収入額の2倍以上になっているものが11もある。3倍前後は島根県と高知県である。自前の収入がわずかしかない地方団体がいかに多いことか。

 市町村(都道府県ごとの合計)だと、基準財政収入額よりも普通交付税額のほうが多い道府県は13。最も多い島根県が1.67倍である。

 ちなみに、基準財政需要額が大きい都道府県をみると、東京都1兆7147億円(基準財政収入額2兆4240億円)、北海道1兆1867億円(同4771億円)、大阪府1兆1577億円(同9777億円)、愛知県9353億円(1兆547億円)などとなっている。最も小さいのは鳥取県1758億円(同470億円)、次いで香川県2021億円(同995億円)。規模や国への依存度合をみると、あまりにも開きがある。これらを同一のものさしで比較し、どうこう言うのは疑問に思えてくる。

 ところで、交付税総額はいくつかの税の税収額の一定割合で決まる仕組みだ。所得税、酒税の収入見込み額の各32%、法人税の34%、消費税の29.5%、たばこ税の25%から成る。東京都や愛知県で企業が納める法人税の約3分の1はよその道府県に交付金として給付されるということである。もちろん、残りの約3分の2は国全体の財源に回される。同様に、消費税の約3割はよその道府県に給付される。東京都や愛知県から他の道府県に税収を“贈与する”仕組みが昔からできているのである。その事実を多くの国民は認識していないのではないかと思う。 

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