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2007年10月31日 (水)

10日間ほど休みます

 海外旅行に出かけるので、しばらくブログ更新を休みます。

 鎮守の森の研究で知られる宮脇昭先生が10月26日付け日本経済新聞夕刊の連載「こころの玉手箱」で語っている言葉を紹介したい。

 その土地に適した木を植えれば、「土地本来の森は五年もたてば人間が世話をしなくても維持される。地球温暖化が大変な問題だが、「議論する時間があるなら、まず木を植えよ」と言いたい」。

 内部告発が企業や官庁の不正やいい加減な仕事ぶりを次々にあばいている。問題は組織で働く一人ひとりの意識にある。いままでやってきて、問題にならなかったとしても、企業や官庁で働く人たちは自らの業務を第三者的な視点で見直す必要がある。私たちをめぐる世界の情勢は容易ならぬものがある。首をすくめていれば、なんとかなるものではない。

 内外に通用するビジョンを打ち立て、構成員一人ひとりがお天道様に恥ずかしくない行動をとることが今日の日本の各界に求められる。議論も大事だが、まず一歩を踏み出していこう。

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2007年10月30日 (火)

外国人受け入れ政策をめぐるシンポジウムから

 「人の移動と国際機関の役割」と題する合同シンポジウムを聞いた。ここでいう「人の移動」とはmigration の訳で、海外旅行者、海外赴任、留学・研修、国際結婚、出稼ぎ、人身売買被害者、避難民、難民などの総称で、「1年以上の意図をもって通常の居住国を離れる者」のことだという。

 グローバリゼーションに伴う人の移動は送り出し国、受け入れ国にとってプラスとマイナスがある。もちろん、当の人間にとってもプラスの面とマイナスの面とがある。そうした現実を踏まえ、国際移住機関(IOM)、国際労働機関(ILO)、国連人口基金(UNFPA)、国連高等難民弁務官(UNHCR)の4つの国際機関が開催したシンポジウムでは、日本への「人の移動」の実態、課題、対策を議論し、国際機関がどのような形で貢献できるのか、を探るというものだった。

 論点は多岐にわたるが、私の印象に残った点を紹介すると、日本の外国人受け入れ政策には問題点がたくさんあるということだ。9月22日のブログで、坂中英徳氏(元東京入国管理局長)が日系ブラジル人の子供の教育について問題点を指摘していたのを紹介したが、このシンポジウムでもこの深刻な問題の解決に向けて努力すべきだという意見があった。

 立花宏日本経団連専務理事は「奥田前経団連会長は、日本ほど外国人問題について建て前と本音が違う国はないと言っていた」と述べ、「実態は単純労働者がたくさん入っている」、「外国人なしには成り立たない事業分野が多いし、そこでは地域雇用の中核になっている」のだから、日本は多文化共生をベースとした社会をつくっていくべきだと主張した。

 日本の外国人政策の遅れを厳しく批判する井口泰氏(関西学院大学)は「サプライチェーンを通じて5次、6次といった下請けが外国人に劣悪な労働条件や差別をしていたら、トヨタのような会社でも、ISO26000(社会的責任)で指弾される」という趣旨の発言をした。

 日本の政治家がこの問題に関心がないから、官僚も思い切った政策を打ち出そうとはしない。そこが最大の問題である。いまのように政治が内向きの問題にばかりうつつを抜かしていると、確かに日本はいっそう国際社会から孤立してしまうだろう。

 国際機関が初めて一緒になってこうした問題に取り組んだのは意義がある。その背景には、①日本政府は国際機関にたくさん寄付しているが、その割には国際機関を軽視している、②世界の潮流変化に日本がついていっていない、③国際機関の知恵や情報を活用すれば、日本の外国人受け入れ政策は改善される、といった焦燥感に近い気持ちが国際機関の東京事務所の代表たちにあるように見受けられた。 

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2007年10月29日 (月)

国の歳出増を求める動きがあちこちで

 いま各省大臣の中で最もメディアに登場する舛添要一厚生労働相がウイルス性肝炎患者のインターフェロン使用による治療費負担を軽減する支援策を明らかにした。インターフェロンによる治療を受けている患者を10万人に倍増させたいというもので、公費の投入は7年間に1千億円から2千億円程度の見通しという。

 これに異議をとなえるつもりはないが、最近の報道には、社会保険庁のでたらめなど行政の過ちの尻拭い以外にも、政策として妥当か否かはさておき、国の歳出増を求める動きが以下のように相次いでいる。

 そうした例を挙げるとーー

・来年4月に70~74歳の高齢者医療費の窓口負担を1割から2割に引き上げるなどの予定を、いまになって与党は見直そうとしている。70~74歳の窓口負担増を1年凍結し、75歳以上の新たな保険料徴収については半年間凍結し、次の半年間は負担予定額の10分の1の負担にとどめるなどになりそう。これが行われれば、国は年間1千500億円程度の歳出増になる。

・政府は生産過剰でコメの市場価格が下がっているため、市況対策としてコメを買い上げ、政府の備蓄量を増やす方針という。自民党は若林農林水産相に余剰米を備蓄の名目で34万トン買い入れ、古米の放出を1年間凍結するよう申し入れている。備蓄を積み増せば数百億円規模の歳出増になる。

・子供を生んでからも働き続けたい女性の割合を引き上げる(現在38%→10年後に55%)には、育児休業・保育サービスなどの充実のため、少なくとも新たに年間1兆5千億円はかかるという(厚生労働省試算)。現在、こうしたサービス(約4兆3千億円)のうち、国や地方自治体が4分の3を負担している。政府の「子どもと家族を応援する日本」重点戦略検討会議がこれを検討している。

・政府・与党は中小企業オーナーの後継者に対する相続税の負担を軽減しようとしている。非上場株の課税価格減額(1割)を事業用地並みの8割に下げようとするもので、税収の減少は年200億円から300億円程度の見込み。

・関東地方知事会(1都9県)は地方交付税の増額を求めている。三位一体改革で削減された交付税総額を復元、充実すべきだという。また、全国知事会は三位一体化改革で減った約5兆1千億円(年間)のうち、不合理な減額に相当する9600億円の復活を求めた。

・産業構造審議会の基本政策部会は、中学校より若い世代に対する教育の充実こそが経済成長や格差解消などにとって重要だという趣旨の報告書をまとめ、就学前教育の無料化などを提言した。

 ーーこれらのうち、07年度の補正予算で実現を、というものもあれば、08年度およびそれ以降に実現をというものもある。一方で、証券優遇税制を廃止すべきだという意見が政府税制調査会に強いとか、年金など社会保障の膨張に対応して消費税引き上げ論議が盛んになるなど、歳入増に関する動きも一部みられる。だが、全体としては、与党が次の衆議院選挙を意識してバラマキに戻りかねない危険性を感じる。

 平時における国家予算編成で、財政再建の道筋をゆがめる歳出膨張は絶対にしてはならない。道路特定財源に対する姿勢をみると、福田政権はそこがどうも怪しい。いまこそ、歳出削減との見合いで歳出増を認めるといった財政規律をきっちり設ける必要がある。

 ところで、「日本経済復活の会」というところが、朝日新聞10月26日付け朝刊の1ページまるまるを使う意見広告を出した。「日本はここまで貧乏になった」という大きな見出しとグラフにより、1人当たりGDPで、世界1位から18位に転落し、1971年水準に逆戻りと指摘。「国の借金は公共投資を増やせば軽くなる」と述べ、「国の借金が大変なら日銀が買い取れば良い(長期国債買入)という海外エコノミストの声」を紹介している。10月19日のブログ「日経に載ったおかしな全面広告」で取り上げたものと、どこかつながっているような気がする。なんとなく不気味な感じがして仕方がない。 

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2007年10月26日 (金)

人事院勧告をどうする

 国家公務員の給与引き上げ(0.35%)を求める人事院勧告の扱いが大詰めを迎えているという。若年層で民間に比べて差が大きいということで、係長クラスより下に手厚い上げ幅を勧告しているが、政府は勧告をそのまま受け入れるか、部分的に実施するかで分かれているらしい。

 8月10日のブログで引き上げに反対した。ここで、改めて問題を指摘したい。地方公務員の給与引き上げに連動する話なので、国と地方の公務員の給与についてはきちんとした対応が必要だ。

 人事院勧告には、納税している国民として疑問がある。団体交渉権やストライキ権がないから、その代償として人事院勧告制度が設けられているという理屈はわかる。でも、国債発行残高がいまも増えている財政危機のもとで、賃上げを許すなんてことは民間企業経営の感覚からするととんでもないことだ。会社の経営が倒産の危機に直面したら、従業員の賃金などもカットされるのは普通だ。

 民主党の「次の内閣」総務相である原口一博衆議院議員は「経営者が放漫経営して、給料を減らすとか据え置くとか、働く人にかぶせられたらたまらない」(朝日新聞25日付け)と批判しているという。しかし、国滅びて役人栄えるなんてことがあるのだろうか。原口議員は、賃上げによる財政負担(約430億円)をかぶるのは納税者であることを忘れているのではないか。

 それはさておき、そもそも官僚の賃金水準は民間より低いと言えるのか。人事院の調査は大企業から中小の企業までを対象としているが、非正規雇用の民間労働者をも対象とする賃金動向調査に改めれば、官僚の給与水準は相当に高いことが判明しよう。それに、本来、失業のリスクの有無を計算に入れれば、失業の心配のない官僚は、民間の平均より低くておかしくない。

 民間では50歳や55歳になれば、管理職といえども役職を解かれ、賃金が3割以上減るところがほとんどだ。しかし、官僚の給与は定年まで上がる一方である。そうした実態も人事院勧告には反映していないように思われる。総じて、人事院の比較調査の方法に問題があるのではないか。そして、以前にも指摘したことだが、生涯賃金で見たとき、どうかというデータも国民・納税者に提示してほしい。官僚のいいとこ取りは困る。人事院の職員も官僚だから、「利害相反(コンフリクト・オブ・インタレスト)」が問題にされるべきだ。

 ついでに言うと、官庁には忙しい部署もあるが、要らない仕事をしているところが少なくない。例えば、通達行政は廃止されたはずなのに、相変わらず通達がまかり通っている。無駄な仕事をやめて、浮いた余剰人員を減らすようにすることが政治家の役目だ。 

 また、民間と労働の密度や質を比べたとき、いまよりもっと高賃金をもらっていい職務の官僚もいる。彼らには賃金引き上げをすべきである。逆に、仕事が楽で、民間に比べてもらい過ぎの人もいる。彼らは段階的に賃金を下げてしかるべきだ。

 政府・与党は人事院勧告をどうするか、あちこちの顔色をうかがうのではなく、本質的な問題に切り込むべきである。

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2007年10月23日 (火)

接待はかつてのほうがすごかった

 インド洋での海上自衛隊の給油活動を継続するための法案が衆議院で審議入りした。これに先立って、防衛省の守屋武昌前事務次官が利害関係のある出入り業者とゴルフをしていたことなどが明らかになった。2000年に自衛隊員倫理規程が施行され、禁止になったのに、以後も続けていたという。

 ほかの業者からも、守屋氏がこうした問題となるような接待を受けていたかどうかは知らないが、ひんぱんに同一人物と付き合っていたことから察するに、ほかの接待は少ないか、なかったのではないか。

 十年一昔というが、かつて、中央官庁の役人が民間などから受けていた接待はすさまじかった。ノーパンシャブシャブというと、思い出す人が多いだろう。エリート官僚が得る余禄はかくやとばかり、すさまじかった。土日も平日もゴルフや宴会などの接待を受けていた。いま、銀行の頭取・社長におさまっている財務省(旧大蔵省)OBたちは、皆、接待漬けになった体験を持つ。

 だから、いま、ある地方銀行の頭取になっている某財務省OBが地方財務局から本省に戻ってきた当時、「あそこはよかったなあ。毎日のように、昼はゴルフ、夜は料亭。地元の経済界のトップにそういうところでしょっちゅう会う。本当に楽しかったあ。また行きたい」としみじみ懐しんでいたことを思い出す。ほかの省庁のエリート官僚OBも、ほとんどが似たような接待漬けの経験を持っているだろう。

 今日、守屋前次官の受けたゴルフ接待そのものは、国会でも大問題になっているように許されない行為である。だが、われわれの社会はつい10年ぐらい前まで、社会的エリートと自負する高級官僚はもっともっと派手な接待でさえ受けるのを当然視していたのである。もちろん、それをよしとしない官僚もいただろうが、それはあくまでも例外にすぎなかった。

 えらい人の余禄とみなされ、ないしは、みなしてきた派手な接待。それは許認可権限や工事発注、政府調達などで民間企業などが政府にとりいり、自らの利益を図るためである。しかし、規制撤廃、公共事業削減、公開入札や接待規制などにより、高級官僚が派手な接待を受けることはなかなか望みにくくなった。

 接待なんてなくていいと、官僚の意識のほうも変わってきているようだが、過去10年間ぐらいの間に、官の役割や社会的評価がすっかり低下した。そして、国民の官僚を見る目も厳しくなった。そのことが守屋前次官の問題で浮き彫りになったような気がする。

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2007年10月21日 (日)

社会保障費の増加に対応して増税を打ち出した経済財政諮問会議

 10月17日、福田首相のもとで開かれた経済財政諮問会議では、医療・介護給付の増大傾向に対応して、財政再建を踏まえつつ、どのぐらいの増税が必要になるか、の試算(内閣府が作成)を有識者議員(4名)が提出した。

 急速な少子高齢化と日本経済の低成長は、さまざまなひずみを経済社会に引き起こしている。それが極端に表れているのが社会保障の分野である。

 この日、舛添臨時議員(厚生労働相)が参考として配付した資料を見ると、1枚目が「社会保障給付費の推移」と題するグラフである。1970年代以降、年金、医療、福祉その他を合計した給付費総額は斜めにほぼ直線的に増加している。2007年度(予算ベース)は国民所得383.2兆円に対し、給付費総額は93.2兆円に達する。うち、年金が49.5兆円、医療28.7兆円、福祉その他15.5兆円である。

 今後も給付は増える一方なので、政府は2004~06年の年金、介護、医療の制度改革で伸びを抑えているが、それでも、2015年度には給付が116兆円に増える見通しだ。さりとて、社会保障給付費の対GDP比では、日本は西欧諸国よりかなり低い。米国よりは高いが。

 こうしたデータをどう読むかは議論の分かれるところだが、こうした給付(受益)増をまかなうには国民が負担(税、保険料、個人負担)増を受容することが欠かせない。フリーランチはないのである。医療費を例にとれば、増税するか、公的医療保険の保険料を上げるか、治療を受けたときに支払う個人負担の割合を上げるか、などである。もちろん、医療におけるムダなどを殺ぐといった効率化も必要だが、国民が給付に見合う負担を受け入れることが、持続可能な社会の形成につながる。

 新聞各紙は増税のところだけを大きく取り上げ、しかも、それを消費税でまかなうと2025年に最大17%になるなどと報じたところもある。歳出削減は最優先の課題だが、それだけで安定的な社会保障制度を確立することはできない。その意味で、給付に見合う負担を国民に求めるということ、言い換えれば、増税という一番国民が望まない政策案を真正面から提示したことは評価したい。

 官僚支配に基く中央集権国家だったため、日本の国民は政府から与えられること、してもらうことには熱心である。だが、公的サービスのコストがいくらなのか、それに見合って、いくら自分が支払うべきかについては全く知らないし、知ろうともしない。だから、ほとんどの国民は財政や社会保障制度などを、受益と負担の両面からみるなんてしたことがない。

 選挙を意識する政治家、政党にしても、選挙民においしい話はしても、増税などの国民負担の話は避けてきた。いまも、そういう政治家、政党が多い。そうした中で、あえて、与党の自民党が増税を提起したのには、消費税を上げないという民主党との違いを明白にし、国民に正しい判断を期待するという戦術的なねらいもあるだろう。

 しかし、次の国政選挙では、国民が増税をいやがって、自民党に投票しないという可能性も相当あるように思う。それを承知で、ここで自民党が受益と負担のありかたを国民に問うたことで、日本の政治は成熟に向けて一歩進んだと言える。

 小泉政権時代のように、経済財政諮問会議が改革をリードすることは現在の政治情勢下ではありえない。でも、国が扱うカネの中で、社会保障制度関連のカネが突出しているだけではなく、内政の課題の中でも厚生労働省の関与する分野が圧倒的に重要である。したがって、厚生労働大臣が諮問会議の正式メンバーにならないのはおかしい。福田首相はそれに気付いて、早く改めるべきだ。 

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2007年10月19日 (金)

日経に載ったおかしな全面広告

 18日の日本経済新聞24ページには全面広告の『特別企画 地方が考える「地域の自立と防災」』が載った。滋賀県の嘉田由紀子知事、米原市の平尾道雄市長、高島市の海東英和市長の3氏とコーディネーターの木戸健介氏(ジャーナリスト)の座談会形式の記事である。

 企画・製作は日本経済新聞社広告局と書いてあるが、タダ(無料)でこんなに大きい広告を日経が載せるわけがない。末尾に、『この内容に関するお問い合わせは「地域の自立と防災を考える事務局」』とあり、FAX番号が書いてあるだけだから、誰がカネを出してこの広告を出したのかがはっきりしない。

 最後のまとめのところで、木戸氏は「国土づくりにとって社会資本は、重要な役割を担っています。格差問題が深刻化する中、東京中心を改め、地方の視点からインフラ整備をしない限り、地域づくりはこれ以上進まない事態に直面していることが、座談会で明らかになったと思います」と言っている。

 この広告記事では、地域づくり、防災対策、道路整備が話し合われているが、通読して感じるのは、道路整備を中心とした社会資本投資をもっとやれという主張である。もちろん、地域格差の是正も求めているが、嘉田知事が言っている「いずれにしても財源が必要になります。道路財源は道路に使うことを目的に集めた税金ですから、道路整備に使うべきです。ただ、使い方は地方の生活を維持するのに不可欠な道路や防災上必要な道路に配分するなど、メリハリをつける必要はあります。」というのが広告の本音だろう。

 ネット検索で調べたら、コーディネーターの木戸氏はY紙の記者のようで、道路特定財源を道路建設だけに使うべきだというコラム記事を業界雑誌に書いている。また、国土交通省関係の懇談会などに名前が出ている。

 「地域の自立と防災を考える事務局」が所在も電話番号も付していないというのは、正体を隠したいからだろう。FAXの「077」の市外局番は滋賀県一帯を示している。これらを総合すると、国土交通省の地方組織か団体がスポンサーではないかと推察される。もし、そうなら、官僚のやりすぎである。

 いま、道路特定財源の存廃などが政治のうえで大きな争点となっている。いろいろな意見がある中で、特定の方向に読者を誘導しようという広告を載せるなら、スポンサーを明示すべきである。普通の座談会のようにみせかけるにしても、スポンサーをあいまいにした広告を日経が掲載するのは問題がある。

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「赤福」餅の事件を考える

 「赤福」は好きな和菓子の1つ。名古屋に行ったとき、生ういろうをみやげに買うか、赤福を買うことが多い。その「赤福」の本社工場(伊勢市)が営業禁止処分を受けた。売れ残りを冷解凍して消費期限をずらしたり、店頭の売れ残り品を回収して餅とあんに分けて再利用していたのが食品衛生法に違反していたからだという。

 報道によれば、工場の人たちが、売れ残りを焼却処分するのはもったいないと思って、再利用したのが問題の発端らしい。しかし、個人的には、私は、違法云々とは別に、この「もったいない」という従業員の気持を大事にしたいと思う。もちろん、腐ったりして中毒を起こすよう行為は「もったいない」とは無関係である。

 ノーベル賞受賞者のワンガリ・マータイさんは日本に来て知った「もったいない」という言葉とその意味に感動して、「もったいない」を世界に伝える努力をしている。今月は「3R(リデュース、リユース、リサイクル)月間」でもある。資源・エネルギーを大量に使う現代社会が持続不可能なことは明らかである。地球環境問題から、資源・エネルギーの消費を半分とか、それ以下に減らさなければ、ビジネスも暮らしも、今世紀中には存続できなくなる。また、食品保存のための添加物はできればないほうがいい。そうした視点から、この赤福の問題を考えることも大事だと考える。

 赤福も大企業化し、東京などでも売るようになった。大量生産は毎日、計画にしたがって一定量を生産する。しかし、需要は日々変動するから、大体は多かれ少なかれ売れ残る。だから、生菓子で、保存剤を使わず、大規模に商売するというのは大量に廃棄物が発生する可能性が大きい。

 コンビニやスーパーなどの弁当、惣菜やパン屋などの商売も、売れ残りは廃棄される。食品廃棄物を焼却処分せずに家畜のえさや堆肥などに利用することで業者は免罪符をもらった気分になっている。しかし、赤福は採算もあろうが、廃棄はしないで、あんと餅とに分けて再利用していた。中毒を起こさないように注意して再利用していたなら、それはそれで3Rの精神にかなっていると言える。

 消費期限や賞味期限を絶対視し、過ぎたものは廃棄処分するのが当然という立場に立てば、以上の考えはナンセンスだろうが、地球温暖化対策、資源有効利用、食品添加物問題などを考えれば、赤福を非難するだけでは本質的な問題の解決につながらない。

 赤福が営業再開のための対策として、今後は売れ残りをすべて廃棄するとか、保存剤を添加する、といったことをするのは一顧客としては望まない。個人的な提案は、①営業規模も販売店も伊勢市や名古屋あたりだけに縮小して、日持ちはしないがおいしい赤福を提供する、②基本的には、すべて冷凍した赤福を販売し、解凍後1、2日を消費期限とする、のいずれかがいいのではないか、と考える。 

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2007年10月18日 (木)

コメづくり農家の恐るべき高齢化

 もっぱらコメづくりしかしていない農家、即ち「稲作単一経営農家」の年齢構成(05年)は、70歳以上が49%、60~69歳が27%、50~59歳が11%、‥‥。財政制度審議会の財政構造改革部会(07年10月17日)の資料にある円グラフで、この数字を見て驚いた。

 農林水産省は、販売する農産物のうち、当該作物(例えばコメ)が8割以上という農家を「単一経営」と定義している。そのうち、「主業農家」といって、「農業所得が農家の所得の50%以上で、65歳未満の自営農業従事60日以上の世帯員がいる農家」は稲作の場合、わずか7万7558戸しかない。

 このコメづくりの「主業農家」のうち、65歳未満の「農業専従者」(1年間に150日以上、自営農業に従事した者)がいないのはなんと約40%にあたる3万1258戸である。コメづくり農家の高齢化がこれほど進行しているとは不勉強にも知らなかった。

 サラリーマンなどをしながら休日に農作業をするような「準主業農家」(細かく言うと「農外所得が農家所得の50%以上で、65歳未満の自営農業従事60日以上の世帯員がいる農家」)がコメづくりでは26万6744戸ある。そして、「副業的農家」(「65歳未満の自営農業従事60日以上の世帯員がいない農家」)がコメづくりには56万4517戸もある。

 野菜づくり、果樹づくり、あるいは酪農などの単一経営農家などに比べると、コメづくりの「主業農家」の割合は圧倒的に低い。言い換えれば、もっぱらコメづくりに賭ける農家の割合が極端に小さい。コメづくりに賭けてはいないが、コメ政策に利害関係のある農家の数が圧倒的に多いということである。農業政策がコメ政策に偏るのは、そのせいだ。

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2007年10月16日 (火)

激化する採用競争

 青田刈り。歴史は繰り返すというが、企業の大卒定期採用競争をみると、その感を深くする。いま、もう始まっているのは再来年春に卒業する大学生をめぐる採用活動だ。

 大学3年生が就職活動に奔走すれば、学業の妨げになる。だから、大学側の申し入れを受けて大学側と経済界との間で就職協定を結び、4年生になってからの解禁の日(6月1日とか)まで企業は採用活動を控えるーーそうした配慮が1990年代の前半ごろまではあった。もちろん、ひそかに協定破りに等しい活動をする企業もあったが、一流企業はほとんど動じなかった。

 しかし、景気がよくなって、採用を増やし始めたここ2~3年、就職協定のようなしばりがないことから、企業は早め、早めにと、青田刈りをしている。確かに、グローバルな競争を勝ち抜くには、すぐれた人材を必要とするから、人材確保に後れをとってはならないというのもわからないではない。

 しかし、新卒者をものすごく大量に採用するのはどうかと思う。日本経済新聞の16日付け朝刊によると、来年春入社予定の大卒採用者は多い順に、みずほフィナンシャルグループが2400人、三井住友銀行1500人、大和證券グループ1300人、三菱東京UFJ銀行1300人、損害保険ジャパン1200人、東芝1150人などとなっている。グループ企業全体の採用者数を表すものもあるから、一概に採用が多すぎると断定することはできないが、著名な大企業が力づくで新卒者を取り込んでいるようにみえる。

 だが、大量に採用しても、優秀な人材はその一部である。それに、特定の年次に団塊ができるのは企業経営上よくない。事業拡大で人が欲しいなら、“就職氷河期”の世代からもできるだけ採用して、人事のバランスをとることが長期的にみて適切ではないか。それはまた、バブル崩壊後の経営悪化で新卒採用を極端に抑制し、多くの若者を幻滅に追いやった経済界、企業がいま果たすべき社会的責任である。常時、採用窓口を開けておいて、優秀な人材なら即、採用するぐらいの大企業が出てきてほしい。

 新卒採用にこだわる最大の理由は、何もわかっていない若者を“洗脳”して、会社の思うように動かすためだと思う。いわば、白地のキャンバスに会社が好きな絵を描くようなものだ。他の会社を経験した者は簡単に社風になじまないから、できれば避けたいのである。

 しかし、ハイブリッドというか、異なる発想、体験を持つ者が集まる企業は経営者さえしっかりしていれば強い。日本のビッグビジネスの弱さは、異質なものを排除しようとするところにある。近年の新卒定期大量採用は、日本企業の問題点を表していると言っていい。

 ついでに言うと、日本の大学を卒業したからといって、大卒の大半がろくに勉強しないままで就職している。知識集約型の産業が日本のメシのタネだとするなら、基本をきちんと押さえた大学院卒の採用を増やす必要がある。そこらあたりが非製造業の分野で日本企業が欧米の企業に差をつけられる原因の一つだろう。 

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2007年10月13日 (土)

地方分権はさっぱり進んでいない

 片山善博氏といえば、慶応大学大学院法学研究科教授というよりも前鳥取県知事としての経歴のほうが知られている。彼が日本記者クラブで記者研修の講師で招かれ、「地方分権は進んでいるか」と題して講演した内容がとてもよかった。日本記者クラブのホームページに内容がすべて載っているので、関心がある方はぜひ一読を。ここでは、私が学んだ点をいくつか挙げる。

 地方分権とは、ルールの設定権とか、判断権、決定権が国ではなく、より住民に近いところにあることだという。それらの権限が国→都道府県→市町村→首長→議会→住民、へと移るほど地方自治が進んだということのようだ。

 第一次地方分権改革が行われたものの、国はいまだに法律によらず、通達で自治体に指揮、命令しているし、地方債発行に対する「許可」をやめて「同意」に改めたのに、実態は許可時代と変わらない。

 夕張市の財政破綻に対応して、国は分権に逆行する法律をつくり、国が再生計画を自治体につくらせ、責任をもって債務を全部返させるという中央集権体制の破綻防止体制をつくった。これは、本来、当事者である住民、議会(住民の代表)、貸し手の金融機関がリスクを負い、ハラハラする仕組みにすべきだという。

 総務省が集中行政改革プランをつくるよう全国の自治体に通達を出し、5年間で5%の職員削減をプランに盛り込むよう指示したことがある。職員数は議会が条例で定めることがらであり、住民との対話や合意形成が必要なのに、一方的に国が指示している。これは、総務省も中央官庁の1つで、天下りを必要として、権限を死守しているのだという。

 変な通達を真に受けて対応する自治体も愚かである。そんなものはおかしいと国に突っぱねる力量が自治体になければならない。

 自治体の議会は最終的な判定者であり、判断権を持つ。ところが議会活動は大半が八百長で、最初から結論を決めて会期だけをこなしている。学芸会のようにシナリオ通りにやっているという。

 教育に関する事件が起きたとき、教育委員会が非難される。しかし、自治体の首長と議会(同意)が教育委員を選ぶのだから、問題が起きたとき、任命権者の責任を追究すべきではないか。

 議会は税を議論するためにできたはずだが、税条例改正を審議しないし、議決しない。いわゆる専決処分である。これはおかしい。片山氏が知事だった鳥取県議会だけは例外だという。

 市町村合併に対しては、合併特例債というエサに皆、とびついたが、大きくなれ、大きくなれ、それで地方分権だ、なんて全く矛盾しているという。

 いまの日本政府は余りにも何でもやり過ぎである。国会議員は分権指向ではなく、「口利き」を誇っている。有権者もそれを好む素地があるという。

 単純な道州制論にも片山氏は一言ある。彼は自治省の出身者でありながら、本当に地方分権・地方主権を実現するにはどうすべきかを考えている稀有な存在である。講演の全文を読めば、ほかにも教わることが多々ある。

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2007年10月11日 (木)

衆議院予算委員会での細田発言

 自民党の細田博之幹事長代理が10月9日の衆議院予算委員会で、財政再建問題について、次のような質問をしている。これには驚いた。

 「国と地方の長期債務は773兆円で、消費税を3%上げても返すのに100年かかる。2011年に国と地方のプライマリーバランスが均衡するのだから、それ以上債務を減らすのはやめたらどうか。」(日本経済新聞10日付け朝刊)

 答弁に立った額賀福志郎財務大臣は「国家に対する信頼が薄らぐと金利の問題に影響する。債務残高を減らすのが本当の目標だ。」(同上)と言った。

 新聞で見る限りのことだが、細田氏はとんでもない意見の持ち主だ。旧通産省出身だから、財政に関する知識は浅いのかもしれないが、あるいは、わざと異見を述べたのかもしれないが、参院選に敗れ、次の衆院選挙には何が何でも勝たねばならないという自民党のあせりを表しているように思える。

 米国のムーディーズ・インベスター・サービスが11日、日本国債の格付けをA2からA1に引き上げたのは、財政改革の努力を評価してのことだ。巨額の債務を抱えた日本政府としては、絶えず、財政再建への努力を続けていることを内外に示していく必要がある。さもないと、金融マーケットは直ちに日本売りに転じるだろう。国内の選挙民にばらまきをすれば次の総選挙に勝てるなどと思うのは、グローバル化した金融市場のこわさを知らない、それこそ打破すべき戦後レジームの発想である。

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2007年10月 9日 (火)

トップの条件10ヵ条

 日本の製造業のビッグビジネスでナンバー2まで務めたKさんは、ミドルが求めるトップの条件10ヵ条を次のようにあげている。合わせて、トップが求めるミドルの条件もいくつかあげている。

 〔トップの条件〕①「情にとらわれるな」。非情に徹すべし。②「自分を捨てる覚悟が必要」。③「人事がすべて」。トップもやることはほとんどこれに尽きる。④「出処進退を毎日考えよ」。⑤「後継者を育てること」。これはトップが一番やるべきことだ。⑥「公平、公正、公明であれ」。⑦「人の意見に耳をすませ」。そして決断は自分がすること。⑧「決断力」。会社を変革するには、反対論を抑えてでも自ら決断せねば。⑨「厳格でなければならない」。⑩「タフでなければならない」。

 〔ミドルの条件〕①「絶対に仕事から逃げるな」。仕事はどこまでも追いかけてくるから、こっちから追いかけろ。それでないと道は開けない。②「プロ意識を持て」。自分の与えられた仕事については社内で一番になれ。③「決して責任を回避するな」。部下に責任を押し付けるな。④「部下の先頭に立て」。⑤「説得力を養え」。上司をも説得できるようになれ。⑥「仕事の流れを知れ」。ここぞという勝負どころがわかる。

 自らの会社生活を振り返って、Kさんは「人生は95%が雑事。その雑事をむだにするな。きちっとやれ」と。また、「側近中の側近にはなるな。やむをえずなったときは、遠ざけられている人に目をかけてやれ」という。実力者もいつかはやめるから、そのときに、飛ばされることのないように備えておけ、ということだ。

 一サラリーマンとして苦労し、偉くなったKさんの「トップの条件」などの1つ1つは実体験に裏付けられているから、説得力がある。逆に言えば、これらの「条件」に適合するトップやミドルがいかに少ないかという解釈もできる。

 Kさんの勤めたビッグビジネスはいま経営面でいろいろ課題を抱えている。その根本原因は大企業病である。「大企業病というのは、1つには、皆が責任を回避すること、いま1つは異質なものを排することだ」という。「大企業にはアタマのいい人が集まるが、アタマのいい人ほど責任回避もうまい。また、皆と異った意見をいう人材を排斥する。アタマのいい人は保護色のように皆と同じ色になる」と評する。そうした大企業病を治すには、日産自動車にゴーン氏が来たような荒療治が必要かも。

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2007年10月 8日 (月)

一枚の写真が環境危機を物語る

 10月7日(日)の朝日新聞は一面にインドネシアの焼き畑で泥炭が真っ赤に燃えている写真を載せた。人口増加に対応して農民や企業家が、食糧の生産や、パーム油の生産のため、温暖化防止に欠かせない森林を破壊しているのだ。地球の表面の大気が熱くなっているのをイメージさせる強烈な写真である。

 石炭や石油は化石燃料といわれるが、泥炭はカロリーが低いし、取り扱いに手間がかかるので、燃料にもほとんど使われない。森林を農地にするため、火をつけてただただ燃やしているもので、何千年もかけて自然が蓄積した炭素が二酸化炭素となって大気中に放出されている。それを同国の政府は止めることができない。このまま泥炭火災が同国の各地で起きれば、地球温暖化をさらに促進することになる。

 かねて指摘されていることだが、シベリアのツンドラ(凍土)地帯で森林を切り倒したら、凍土が溶け、閉じ込められていたメタンが大量に放出される。メタンの温室効果は二酸化炭素の44倍だから、温暖化を加速する。先進国中心に議論されている温暖化対策にはインドネシアの泥炭火災も、ツンドラのメタン放出の可能性も想定されていない。容易ならぬ事態が起きないよう、いまから手を打っておかねばならない。

 最近、ガイア理論で著名な英国のジェームズ・ラブロックがクリス・ラプレイと一緒に科学誌「ネーチャー」に寄稿した。温暖化による地球の異変は人々が想定しているよりはるかに早いとして、一見、突飛な対策を提案している。栄養分の多い深層水を栄養分のない海面近くに高さ約100㍍、直径10㍍のパイプで自動的に吸い上げることによって①海面近くで藻類が繁殖し、大気中の二酸化炭素を吸収する、②藻類がつくる硫化ジメチルは雲を生成する核となるので、海水温度が下がり、台風の発生を抑制する、という効果をめざしているのである。

 米国のAtmoceanという会社がすでにその試験を手がけだしている。同社によると、高さ200㍍、直径3㍍が最適で、世界で1億3400万本のパイプを設置すれば、毎年、人類の活動で放出される二酸化炭素の約3分の1を吸収することができるという。

 とてつもない話だが、とにかく実験してみる価値があるという専門家もいる。実験をすることには私も大賛成だ。ラブロックは先に『ガイアの復讐』を出版し、その中で温暖化を抑えるには原子力発電を増やすことだと提案して世界的に注目されたばかり。地球温暖化に対して、日本政府は危機意識が薄いが、日本の学者、専門家にも、国民に深刻な事態であることをきちんと知らせ、対策の選択肢を提示するプロとしての責任意識が乏しいことは、いくら強調してもしたりない。それは日本の不幸である。

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2007年10月 7日 (日)

“戦前・戦中”に対する思い込みの誤り

 「戦時下、日本の文化は窒息していた。西洋音楽は禁止されていた。そういう戦後の通念に疑問を持つ。1930年代の後半、40年代の前半にはいい音楽作品が多い」ーー片山杜秀氏(政治思想史研究者、音楽批評家)は、「芸術を! つくる/楽しむ/研究する」と題した人文科学進行プロジェクト公開シンポジウム(独立行政法人日本学術振興会主催)でそう述べた。

 戦時中というと、何もかも抑圧された暗黒の時代だと思いがちだが、片山氏は1937~1945年に発表された山田一雄(和男)、伊福部昭、早坂文雄、橋本国彦らの作品を挙げ、「日中戦争以後、1944年頃までに日本近代音楽の器楽を中心とする黄金時代がある」と指摘した。クラシック音楽に関する限り、通念とは異なって活性化していたという。ただ、敗戦後、軍国主義批判とのからみで、作曲家たちも沈黙してしまい、演奏もされなかった。そのため、通念がいまだにまかり通っているということのようだ。

 片山氏は、敗戦の年の1945年1月1日に日比谷公会堂で初演された山田一雄の交響曲「おおむたから」について、葬送行進曲と題されたマーラーの交響曲第5番第1楽章の本歌取りであり、それに天台宗の声明の旋律を乗せたものだと断定。これは玉砕をめざす当時の日本の国民を葬送する死の音楽だと述べた。ちなみに「おおむたから」は古事記や日本書記に出てくる言葉だそうで、天皇の民、万民などの意らしい。

 戦後の教育の結果、私たちは戦中や戦前はひどい時代だったと切り捨ててしまいがちだが、大正デモクラシーの時代のように、豊かな時期もあった。それが戦中・戦前の日本における西洋音楽の豊穣な成果をもたらした背景らしい。

 思い起こすと、私が若い頃に学んだ歴史では、士農工商の身分差別でがんじがらめの江戸時代を暗黒の時代のようにとらえていた。いまの歴史学では、江戸時代を民衆の活気あふれる時代だったととらえているようだ。そして、環境・エネルギーの視点からは、完璧な循環型社会だったと高く評価している。歴史の見方はこんなにも変わるものか、と驚く。 

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2007年10月 5日 (金)

郵政民営化あれこれ

 東京・大手町にある「ていぱーく(逓信総合博物館)」では日本郵政グループの発足記念展として、いま「第一部 郵便錦絵展 明治のあたらしい風」を開催している。これが入ってみると、なかなか面白かった。

 郵便は1871年3月1日に創業。収集、配達などにあたる外務員の服装は、まもなく韮山笠の帽子と黒地の洋服になった。袖口に赤の郵便マーク、ズボンの外側縫い目にも赤の縦線が入るという格好よさで、まだ和服ばかりの街を駆ける姿が錦絵に描かれている。

 1876年に描かれた「東京諸官省名所集」(三代広重)には郵政省の始まりである「駅逓寮(本材木町)」が取り上げられている。その前年、貯金と為替を扱うようになったのを踏まえての紹介だろうが、「貯えた金を御預り下さって利足(利息のこと)を付けて還してくださる所なり」(読解しがたいところは勝手に解釈)といった趣旨の文言がある。

 同館は通信に関する展示がたくさんある。その中に、「東京横浜電話加入者人名表」(模造)がある。1890年12月16日に日本で電話が始まった。東京では、いまの日本工業倶楽部があるところ(当時は麹町区永楽町2丁目1番地)に最初の電話交換局がつくられた。その電話創業時の加入者(東京155名、横浜60名)名簿を見ると、いろいろなことを考えて、興味深い。ちなみに、スタート時には東京300名を受け入れることが可能だったが、半分程度にとどまったのは、電話線で病気が運ばれてきてうつるのではないか、などといった懸念を抱く人たちが多かったせいらしい。今昔の感がある。

 東京の電話番号順に加入者を挙げると、①東京府庁、②逓信省電務局、③司法省、④大蔵省総務局、⑤文部省、⑥帝国博物館、⑦日報社、⑧大同新聞社、⑨朝野新聞社、⑩改進新聞社。二十番代には、東京電燈会社、米商会所、東京海上保険会社、三井物産会社、日本銀行などがある。個人の加入者もかなりいて、渋沢栄一、大倉喜八郎、古河市兵衛、益田孝など、なじみのある人名がある。もちろん、前島密も。

 郵政民営化をしなければ、郵便事業が行き詰まることを関係者は知っていた。巨大な国営金融機関である郵貯は大量の国債を抱え、金融市場の大きなリスクとなっていた、郵政ファミリーが自らの特権、利権を私していた、等々。こういう形での郵政改革しかなかったとは思わないが、国民負担などを考えると、いままで通りという選択肢はなかった。

 郵政事業の歴史を振り返るだけで、近現代の日本人はものすごい変化を生きてきたことを実感する。おそらく、これからは、内外の諸問題で、もっと大きな変化に直面するのだろうと予感する。

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2007年10月 4日 (木)

トヨタ自労組が期間工の組合員化へ

 日本一の会社であるトヨタ自動車の労働組合は、1年を超えて働く期間工(期間従業員)を来春以降、組合員として受け入れる方針という。契約を更新し、1年を超えて働くのを期間工などというのもおかしな表現だが、組合員にすることで賃金などの労働条件を引き上げるのは歓迎だ。日本経済を支える製造業で、トヨタ自に右ならえする企業が続出するのを期待する。

 正規雇用の社員と非正規雇用のパートなどとでは、賃金などの労働条件が全然違う。しかし、企業や役所など多くの職場で、社員や職員は同じ職場で働く非正規労働者の賃金やその他の労働条件が低いのを疑問にも思わないできた。正規の社員・職員は非正規従業員を同じ働く仲間と見ないで、経営側と同じ意識で見下していたのである。企業は生き残るため、こうした雇用の二重構造を維持し、安くすむ非正規労働者の割合を増やしてきた。

 その結果、ナショナル・センターの連合が700万人弱の組合員にとどまり、パートだけでも1200万人に達している。さすがに、労働組合側も自らの怠慢に気が付き、UIゼンセン同盟や全国ユニオンなどが未組織労働者の組織化に取り組んでいる。企業の側でも、近年、スーパーなど流通業界にみられるように、正規と非正規との垣根を徐々に取り払いつつある。

 製造業の分野においては、大企業をはじめとして、偽装請負などの問題が相次いで表面化した。また、企業の死命を制しかねない製品の品質を保つには、非正規雇用よりも、職場に愛着を持つ社員のほうがいい。それに、格差社会を是正するため、企業は社会的責任を踏まえた雇用政策を求められている。

 トヨタ自労組(ということは労使一体なので、企業としてのトヨタでもある)が1年を超えて働く期間工を労組員に迎えると、社員にする可能性が大きいし、社員でなくとも、均等待遇になるだろう。当たり前のことがやっと実現するということだ。日本一のトヨタ自は部品メーカーなどへの影響力も大きいのだから、積極的に均等待遇を広げていってほしい。それはトヨタに課せられたCSR(企業の社会的責任)だと思う。

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2007年10月 3日 (水)

地方公営企業の累積欠損金は交通、病院事業に集中

 06年度の地方公営企業決算の概況をこのほど総務省が発表した。累積欠損金は06年度末現在、4兆8097億円に達する。事業ごとにみると、交通2兆2699億円、病院1兆8736億円と2つの分野が突出している。

 地方公営企業というのは、下水道、上水道、病院、バス・電車、電力など、自治体が独立採算で経営している事業体である。独立採算といっても、自治体の普通会計等からの繰り入れ(補給金)が行われている事業体も多く、普通会計とは密接な関係にある。以下、決算のポイントを紹介するとーー。

①事業数、職員数とも減少傾向にある。06年度末の事業数は9317。多いのは下水道3709、上水道2297、病院669。職員数は06年度末で38万1721人。

②赤字の事業数は1278、その赤字額は4683億円。黒字の事業数は7844で、その黒字額は6617億円。事業分野ごとに経営状況をみると、上水道が2503億円の黒字、病院が1985億円の赤字、下水道は893億円の黒字となっている。

③公営企業が毎年度発行する債券の額(借換債を含む)は01年度をピークに減る傾向にある。06年度には2兆8542億円発行した。発行残高も徐々に減っているが、06年度末の残高はそれでも59兆3371億円に達する。内訳は下水道が32兆6910億円、上水道11兆5644億円、交通4兆3806億円、病院4兆496億円など。

④企業の売り上げに相当する料金収入は06年度に9兆4592億円だったが、普通会計等からの繰り入れが3兆4244億円に及んだ。もっとも、繰り入れは04年度以降、少しずつ減っている。

 公営企業の決算は建設投資額(06年度4兆4363億円)のような資本的支出を決算規模に含めるなど、まだ企業会計とは異なる面があるが、比較的、実態がわかりやすい。全体としては、売り上げの3分の1に相当する補給金をもらいながらも、かつかつの黒字経営、そして借金が売り上げの約6倍に達し、累積赤字は売り上げの5倍近いという姿になっている。無論、健全経営のところもあるが、経営状態が悪い公営企業は、経営の効率化を図り、適正なサービスを提供する中で、値上げしたり、職員の給与を民間並みに下げたりするとともに、収入増につながる経営の工夫が求められる。

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2007年10月 1日 (月)

「法の日」と裁判員制度の導入

 10月1日は法の日。最高裁長官、日弁連会長、検事総長という法曹三者のトップが一堂に会して記者会見が行われた。09年5月までに裁判員制度を実施するという戦後最大の司法改革が予定されているので、その円滑な導入のため、国民の理解を得ようという目的からだ。

 三権のうち、立法、行政には国民が選挙などを通じて参加しているが、司法には国民参加はないに等しい。また、裁判が長期化したり、被害者の立場を抜きに公判が進められたりしているなど、司法に対する国民の不満も大きい。

 そこで、広く司法に国民が参加する制度として、裁判員制度の導入が決まった。刑事裁判において、プロの裁判官と、さまざまな経験を持つ市民から成る裁判員とが一緒になって有罪か無罪かを判断し、有罪ならどんな刑罰を科すか、を決めることになる。「国民の権利が拡張される。民主主義が根付くのに大事なこと」(平山正剛日弁連会長)だという。

 現在の、検察が公判に膨大な調書、証拠を提出するところから始まる裁判は、専門家同士の間でのことだが、新しい制度のもとでは、短い審理期間でも素人が判断できるよう、調書の書き方をはじめとして、法廷での弁護の仕方なども変わらざるをえない。従来の「書面中心の審理から、目で見て耳で聞く審理へ」(大谷剛彦最高裁事務総長)と変わる。弁護士界からは取り調べの可視化、録画化を求める声が強い。

 しかし、国民には裁判員になることに躊躇する声が強い。人を裁くということへの忌避もあるし、相当、時間をとられることへの懸念もある。平山会長は常々、「神様のような判断をお願いするのではない。検察官が提出する起訴状について疑問があれば、それを提示していただければいい」と言っているとのこと。それを聞いて、ちょっぴり安心した。

 ところで、但木敬一検事総長によると、欧米はおとり捜査、通信傍受、無令状での逮捕などを認めている。また、訴訟的真実や司法取引を当然視している。だが、日本ではそうしたものを認めていない。このため、供述調書のウエートが大きいという。供述しか証拠に値するものはないというわけだ。したがって、供述をすべて録音、録画するとなったら、被疑者はその公開による関係者のリアクションなどを恐れて供述を控える懸念がある。それを踏まえて、但木総長は任意性を立証する一助として録音、録画を行うという考え方を示した。

 最高裁は公判廷の録画を行うことを考えているという。裁判員がいちいちメモを取らなくてもすむようにという考えからだ。

 平山会長は、マイケル・ジャクソンの裁判でメルビル判事が「自由を保障するためのコスト(負担)」と語ったのを引用して、裁判員の意義を強調した。「市民自身が参加し、多角的な視点から判断することはきわめて大切」だという平山会長の言葉は説得力がある。

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