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2007年11月28日 (水)

「日本のシステムはインサイダーの保護」との指摘

 ハーバード大学政治学部の准教授であるマルガリータ・エステベス・アベさんが「日本の福祉国家:現状と課題」について27日、語るのを聞いた。連合総研設立20周年記念シンポジウムでの発言である。興味深い点を紹介するとーー

 日本の福祉政策は社会政策としてよりも、これまで土建国家、護送船団方式、農業保護といわれるような代替的なものだった。規制によって競争を制限し、あるいは公的企業をつくって失業をなくしてきた。企業を守って、仕事を守ることで国民福祉を維持してきたもので、賃金労働者とその家族に対する所得保障や、介護、保育などの社会サービスは企業や家族(女性)に任せてきた。

 大企業、その基幹労働者、金融機関、官僚制、与党政治家の「票とカネ集め」に有利なこのシステムは、そこから疎外されたアウトサイダーにとって不公平なものである。また、市場原理が貫徹されないので、資源の効率的な配分が阻害されてきた。自由な職業選択およびライフスタイルも著しく阻害されてきた。ひとたび、ある職場に入ったら、ほかに移ることが難しいため、過労死や自殺、あるいは妻が代わりに働くという選択肢がない。

 また、日本の福祉政策は資本蓄積型、つまりカネをためるというところに特徴がある。生命保険、郵便貯金などへの優遇措置がとられ、特別会計に貯める社会保険制度を強く志向してきた。しかし、貯めたカネの運用は市場原理によらず、官僚の思うがままに使われてきた。

 こうした日本の福祉政策をどうすればいいか。従来の仕組みに守られてきた人々(インサイダー)はいままでのままがいいという立場だ。彼らは税金を払いたくないし、市場での競争もしたくない。だから、高負担の福祉国家はいやだし、市場競争もきらう。

 日本の政治に目を転じると、中選挙区制度のもとで特定利益団体のための政治、つまりインサイダー保護の政策がとられ、官僚がそれにのっかって自らの利益を確保してきた。しかし、小選挙区の採用で、組織票が弱体化したので、特定団体への利益供与は削減可能となり、他方で、国民の多数が受け入れる福祉システムへの転換が必要になっている。

 二大政党のもと、増税など選挙民にとって負担増となる政策をとると、次の選挙で与党は負ける可能性が上がる。こうしたペナルティーを考えると、与野党が政策協定を結ばないと、財源対策としての増税は難しい。

 インサイダーのための福祉から、生活保障のための福祉に転換する必要があるものの、国民の多数が納得し、いま以上のコストを負担することに合意する仕組みをどうやってつくるかが日本の課題である。

 日本では米国の福祉政策に誤解がある。米国ではインサイダーを保護するのではなく、競争に負けた人を守る。非営利の大きなセクターがあり、ボランティア人口が多い。寄付も多い。冷たい社会ではないから、市場社会が成り立つ。スカンジナビア型にも誤解がある。デンマークやスウェーデンにはきちっとした市場があるが、公的雇用が多い。公的セクターで女性がたくさん働いている。男性は主にプライベート・セクターで働いていて、大きい公的セクターを支えている。

 ドイツは住宅政策と都市政策がしっかりしている。だから、住宅コストが日本よりはるかに低い。それに社会が物質的(過剰な消費?)でない。日本は住宅コストを下げる必要があるし、カネのかからないレジャーへ国民の関心を振り向けるようにすべきだ。

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2007年11月25日 (日)

08年度予算に向けての政府、自民党の意見とりまとめ

 2008年度予算案づくりに向けて、政府や自民党の意見をとりまとめたものが相次いで発表された。11月19日に財務省の財政制度等審議会が「平成20年度予算の編成等に関する建議」を発表し、翌20日には、政府の税制調査会が「抜本的な税制改革に向けた基本的考え方」をまとめて発表した。そして21日に、自由民主党の財政改革研究会が税財政改革に関する「中間とりまとめ」を発表した。

 それぞれの意見書は、表現は異なるが、①少子高齢化による社会保障給付費増大を賄う財源をどうやって確保するか、②グローバルな経済競争のもとでいかに日本企業の競争力を確保して経済成長を達成するか、③さまざまな格差問題に税財政上どう対応するか、そして、④先進国の中で最悪の財政状態をいかに改善するか、という問題に対する解答である。

 先の参議院選挙で民主党が勝利し、与党は少数派に転落した。それがかなり各意見書に反映している。顕著にそれが反映しているのは、社会保障給付増大に対応する消費税引き上げの棚上げである。政府・与党は基礎年金の国庫負担の割合を09年度に2分の1に引き上げる際の財源を消費税引き上げで賄う考えだった。しかし、消費税引き上げでは次の衆議院選挙で国民の支持を得られないと考えたのだろう。

 したがって、いずれの意見書もあいまいな表現にし、「社会保障給付のための安定的な財源の方策についても、早急に幅広い検討を行っていくことが必要である」(財政制度等審議会)、「税制によって社会保障制度を支える安定的な歳入構造を確立することが、国民の安心につながる喫緊の課題である」(税制調査会)、「2010年代半ばに向けて、社会保障に必要な税財源の確保を図ることとする」(自民党財革研究会)と述べている。

 〔ただ、自民党財革研究会は「消費税を国民に対する社会保障給付のための財源と位 置づけ、‥‥消費税を社会保障税(仮称)に改組する」と踏み込んだ。道路特定財源のように、税収を特定の歳出項目に充てるという硬直した財政運営は将来、必ず問題を引き起こすと思うが。〕

 いずれの意見書も、消費税の引き上げしかないとの認識だが、選挙を考慮して、明示しないか、時期をあいまいにしているわけだ。しかし、社会保障給付費が国家財政の歳出の大きな部分を占めていて、かつ年々、大幅に増加しているのだから、本音としては、「「希望と安心」の持てる社会の実現」(「中間とりまとめ」)には消費税の引き上げがベストというのなら、そのことを国民にわかってもらう努力をするのが筋ではないか。もちろん、歳出の見直し、削減などを徹底するというパッケージでだ。

 「国民は必要な「出」のためには増税を拒否しない」(神野直彦・金子勝著『財政崩壊を食い止める』、2000年11月)という見解もある。国民を賢い、とみるか、増税と聞いただけで拒否反応を示す、とみるか。自民党政治は後者をとり、かつ次の衆議院選挙のためにばらまき政策をとりはじめているが、それが国民の多数の理解と支持を得るものか、そして日本という国にとって持続可能な道なのか。大きな岐路にさしかかっている。

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2007年11月23日 (金)

年寄りの多い国と、若い人の多い国と

 日本では75歳以上の人の割合が初めて10.0%の大台に乗ったという。07年11月1日現在の推計人口(概算値)だそうだ(総務省発表)。65歳以上ということでみると、21.5%である。日本は長寿国だし、少子化でもあるので、すんなり、そうだなと思う。

 東京都内では、オフィス街や新宿・渋谷などの若者中心の繁華街は別として、街を歩く人の平均年齢はかなり高い。商店街で、足腰が弱っている高齢者が、自転車がずらっと停めてあるために狭くなっている歩道をゆっくり歩くと、しばしば歩道の“渋滞”が起こる。さりとて、それで文句を言う人もいない。

 高齢者の割合の代わりに0~14歳の人口の割合をみると、直近で13.5%。しかし、1950年(昭和25年)当時はなんと35.4%もあったのである。高度成長が終わる1970年で23.9%だった。社会全体が平均で若ければ、それだけ活力に充ちていたということだ。

 先頃、ヴェトナムを訪れたときに驚いた一つは、人口構成で若者が多いことだった。5年刻みで人口(2005年)をみると、10~14歳が12%近くで一番多い。次いで15~19歳で11%強。その次が35~39歳、20~24歳、30~34歳と続く。65歳以上は7%しかおらず、0~14歳が27%程度なので、日本の高度成長期に似ている。

 Honda Vietnam Companyの二輪車組み付け工程の一部では、20歳台前半の男子工員が数十人、1メートルぐらいの間隔でずらーっと並んで作業していた。高度成長時代以来、日本のさまざまな工場を見てきたが、これほどに若者がどっと集まって作業しているのを見たことは一度もない。Honda Vietnamの工場は壮観としか言いようがない光景だった。

 主要都市のハノイやホーチミンは一日中、沢山のバイクがあふれんばかりに走っている。朝のラッシュアワーには、バイクの奔流で、歩道までもバイクが走っている。バイクを運転しているのは若い世代がほとんど。彼らはよく家族、友人などを乗せているが、高年者を乗せているバイクは滅多に見かけなかった。

 ヴェトナムは日本の国土面積、人口などを少し縮めたような国。国土が南北に長いのも似ている。共産党の一党独裁や名目GDPが日本の100分の1にすぎないなど、政治・経済面では何かと日本と対照的なところがある。しかし、気質などは日本(人)と似ているといわれる。海にずっと面していて地政学的には有利な位置にある。それに食い物もうまい。だから、ヴェトナムに親近感を抱く日本人は多いらしい。それはそれとして、年寄りの多い国と若い人の多い国の両方を体験し、差異について考えるのはとても刺激的である。

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2007年11月21日 (水)

なんでカタカナ表示のお店ばかりなの

 今月上旬にオープンしたD百貨店に初めて入った。「ようこそ、オトナ限定の新天地へ」と銘打っているように、ターゲットを高所得層に絞っているようだ。ここでもらった店内案内を見て気付いたことがある。

 とにかく売り場表示は片仮名の名称が非常に多い。出店企業の名称なのか、ブランドなのか。店内案内で片仮名が際立っているのは4~6階の婦人服売り場である。個々の売り場に行けば、大きく横文字でブランド名を表示しているのだろうが、百貨店では店内案内を読みやすくするために片仮名表示にしたのだろう。一部だが、ローマ字表記や洋数字の表記も若干はある。でも漢字のものはゼロ。平仮名もなし。

 2階の化粧品売り場も同様。唯一、「資生堂」があるのにホッとする。「カネボウ」、「ポーラ」など他の日本企業は片仮名表示である。3階の婦人雑貨売り場だと、「田崎真珠」のほか、漢字表示の出店が2つある。

 ついでに、8階の紳士服も片仮名だらけ。7階の紳士服・紳士用品雑貨の売り場も同じだ。

 漢字が多いのは、1階と地下1階の食品売り場。さすがに和菓子の店は漢字ないし平仮名である。

 こうして見てくると、どうして、こんなに横文字表示の店や商品ブランドが多いのかが疑問になってくる。そういえば、会社の名前も片仮名表記が増える一方である。名は体を表すというが、社名を見て、事業内容を想像するのは難しい企業ばかりになってきた。特に新興企業は片仮名のところが多い。

 明治の頃からの欧米文化崇拝がいっそう進んだのか。日本の文化に誇りが持てなくなったのか。グローバリゼーションで、ビジネスは英語でなければという事情もあるかもしれない、などなど月並みなことしか思い浮かばない。だが、横文字の氾濫は、日本の文化を衰退ないし消滅させることにつながりかねない。グローバリゼーションは、上っ面で欧米文化の物真似を促進する反面、その国・地域の独自の文化の意義や大切さを再認識させる作用もある。しかし、日本の企業にはいまだに欧米追従の意識しかなさそうだ。それも国民がいまだに欧米の白人に劣等感を抱いていることの反映か。

 いや、そんなことではない。ファッションセンスのようなものが日本は遅れているということかもしれない。着物文化の国が洋服を取り込んだのだから、しょせん、借り物であり、本家本元にはかなわないということか。 

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迫り来るエネルギー危機にいまから備えを

 1850年から2006年までの間に、世界の人口は5倍に、1人当たりエネルギー消費量は8倍に、世界の総エネルギー消費量は43倍になった。そして、2006年の世界総エネルギー消費量のうち、石油、石炭、天然ガス、原子力による供給が89%に達した。1965年から2006年までの間でも、世界総エネルギー消費量は2.84倍に増えた。

 今後もエネルギー消費は増大する。2004年から2030年までの間に世界消費量は57%増える(EIAの経済成長参照シナリオ)。2030年においても、エネルギー需要の86.5%が石油、石炭などの炭化水素系エネルギーによってまかなわれるという。

 エネルギー需要がどんどん増え、それを炭化水素系エネルギー中心に供給し続けることが持続可能(サステナブル)なのか。デービッド・ヒューズ(カナダ地質調査所上級地質学研究員)氏の講演を聞いた。

 原油の確認埋蔵量を直近の年生産量で割ると、40年ちょっとになる。原油の新規年間発見量は1984年以降、年生産量を下回っている。可採埋蔵量は発見、技術進歩、価格などに左右されるし、生産(採掘)・消費は投資や価格に影響される。

 しかし、C.J.キャンベルの予測によれば、世界の原油・天然ガス生産は2010年にピークに達し、あと、急速に減っていく。2100年にはピークの7分の1程度にとどまる。

 石炭は最もコストが低い熱源で、1981年~2006年に消費量が70%も増加した。2001年以降、06年までの間に29.6%も伸びている。一つの未来予測としては2025年にピークを迎える(WEO2006年代替シナリオ)というものがある。

 原子力発電はもっぱら軽水炉だと2030年にウラン資源を使い果たす。

 再生不可能な上記のエネルギー資源を人類は使い果たしつつある。さりとて、再生可能エネルギーがとって代わるのは不可能ではないにしても、きわめて困難だとヒューズ氏は指摘する。しかし、とにかく持続可能なエネルギー供給に必要なインフラを整備すること、省エネと効率向上によりエネルギー消費を削減することーーの2つを提案した。

 私の解釈では、持続可能な代替エネルギー中心の供給体制に転換するしかないが、それでいままでのようなエネルギー量の供給はきわめて難しい。だから、あらゆる面でエネルギー消費を減らすことが求められる。とにかく家庭、社会、企業などで石油、電力などの消費をとことん減らすための取り組みをすべきだということである。

 エネルギーの輸入依存度が極端に高い日本は、省エネなどで輸入を最小限に抑え、初期コストは高かろうと、エネルギーの「地産地消」を進めよとヒューズ氏は言う。同氏が日本に勧める取り組みをいくつか紹介するとーー

 ①建造物のエネルギー効率を最大限に高めるように改良する、②太陽光発電・風力発電などに導入のインセンティブを与える、③自動車なしで移動しやすい都市に改造する、④道路建設計画を中止し、公共交通機関を増やす、⑤在宅勤務、⑥食糧などの「地産地消」、⑦石油などは燃料に使わず、化学産業などの原料にする。 

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2007年11月19日 (月)

世界を見ない内向きの日本ーー斉藤惇東証G社長の話から

 先週、東京証券取引所グループ代表執行役社長兼CEOの斉藤惇氏の会見を聞いた。かつて野村證券にいて海外駐在が長かった関係で、世界の中で日本はどうか、という視点を持っている。その話は示唆に富んでいた。

 彼の話を私なりに解釈して以下に書く。私なりの勝手な受け止め方になっている部分もあると思う。

 バブル崩壊後、日本経済が停滞を続けている間に、他の主要国はGDPが伸び、証券資本市場も時価総額で大幅に増えた。米、英、シンガポール、中国などは世界の主要な金融資本市場を持つ国であり続けたいとか、なりたいとか、で懸命だ。それが端的に表れるのが税制である。

 日本の市場に欠けているのは、金融資本市場を強化するための国を挙げての総合戦略だ。「貯蓄から投資へ」を実現するための税制をとっていない。いまだに有価証券の二重課税をやめるどころか、20%か10%かと言っている。

 日本が負けないためには、商品選択の幅を広げる、国民のリテラシー(基礎的知識)を上げる、先進国並みの証券税制を採用する、の3つが必要だ。新しい金融商品を出そうとするたびに金融庁長官のOKが必要だとか、金リンクのETFが認められないとか、リスクヘッジが認められないとか、日本は役所の規制がまともな市場の形成を妨げている。

 米国は証券資本市場を徹底的に利用して国民が富んできた。年金を例にとっても、米国は世界の成長国や成長企業に投資して、運用利回りが平均して年7、8%とかになっているが、内向きな日本は極端に低い利回りだ。ハーバード大学は高い運用利回りで得たカネをもとに、世界中のすぐれた頭脳の若者を留学させているという。日本の年金が運用のプロを雇って運用させたら、公的年金の運用利回りが先進国並みに高くなり、年金財政に余裕ができる。いまの深刻な年金問題ももっと明るい展望が描けるかもしれない。

 金融分野に就職する人の割合は米8%、英10%、日本2%。金融の分野は他分野への相乗効果が高く、会計事務所・監査法人、コンサルティング、ホテルなどが発展する。

 会計基準などは世界ですべて同じというように収斂していく。日本人が皆、英語で仕事をするというのも限度がある。また、東から陽が昇るので、1日の中で真っ先に市場が始まる日本は、日本の模様を見てから判断できる陽の沈む国よりも不利だ。この言葉と地球の自転とを考えた国際化がありうると考える。

 従来の東証やマザーズ、ジャスダックなどと全くルールが違う取引所をつくりたい。それは、すべて英語で行い、国際会計基準をとり、4半期報告は不要、引受人が情報公開責任を持つ、など。ロンドンと一緒にやりたい。

 サブプライムローン問題は2年前からシステマティックリスクといわれてきた。短期資金で長期資産をという異常なミスマッチであり、マネジメントの問題だ。数理を得意とする若い人たちがやっている業務の内容を上司は理解できない。ウォッチする人がいない。そこがまずかった。

 感想:日本では貯蓄は預貯金でという人がまだ大半。そして、相続税が安いことから、不動産への投資に偏っている。株式など証券投資をまともな財産形成の核と考える人が少ない。しかし、日本を代表するビッグビジネスは外国人株主が半分ないし半分強を保有している。企業成長の果実(株の値上がり益)の相当な割合を外国人が享受している。一方で、金融機関はリスクのある企業に融資をしたがらない。新しい企業が育たなければ、私たちの雇用もないし、所得もない。ここはやはり証券資本市場を強くする必要がある。投資家がリスクのあるベンチャーに投資し、失敗もあるだろうが、成功もある、平均して高い利益率が期待できる、そうした証券資本市場を税制や法制の面でつくることが政治に求められる。財政再建にしても、経済発展なしではしんどい。 

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2007年11月18日 (日)

IPCCの報告書

 ノーベル賞を受けたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が統合報告書をまとめた。3つの報告書を統合したもので、政策担当者向け要約を読むと、改めて地球温暖化問題の難しさを痛感する。

 産業革命前に280ppmだった大気のCO2濃度は2005年には379ppmに達している。そして、いまは毎年2ポイント近く、濃度が上昇している。このままだと21世紀中に500ppmをはるかに超え、600~700ppm程度に達するかもしれない。

 温室効果ガスの排出量(フロー)をふやさないようにしても、ストックとしての大気の濃度は少なくとも200年は上がっていくという。それが下がり始めるまでには相当の年月が必要だ。そして、海面上昇など温暖化の影響は数世紀にわたって続くという。人類の運命はまさに温暖化対策にかかっている。

 報告書は、今後20~30年間の排出削減努力と投資がより低めの安定化を達成する機会だと指摘、排出削減が遅れれば、気候変動のより深刻な打撃を招くとしている。

 そこで、できるだけ早く、温室効果ガスの大気への排出量を大幅に減らすようにする必要があるが、どうやって世界各国が協調して実施するかだ。先進国、途上国などの間での利害対立があるし、それぞれの国の経済システムからかけ離れた対策をとるのも難しい。

 さりとて、排出量の削減率を低くしたり、実施時期を先延ばしすれば、温暖化の悪影響はより深刻になってしまう。ましてや、小さい島嶼国や海抜ゼロメートルに近い国土が多い国など、環境悪化に弱い国はすでに打撃を受け始めている。

 小田原評定で対策の実施が延びるのもまずいし、全会一致ないし圧倒的多数の賛成を得てということで、まずはゆるやかな目標を設定するというのも困る。したがって、主要先進国ないし主要排出国から成る少数の国で、基本的な枠組みを早期に決定することが一番だ。同じ宇宙船「地球号」に乗っている者として、人類のサステナビリティを図り、生態系をできるだけ保存していく仕組みができることを望む。

 12月のバリ島でのCOP13(第13回気候変動枠組み条約締約国会議)はポスト京都議定書の議論を始める。人類の存続に関わる重要な国際取り決めに責任を負う歴史的な会議だから、要注目だ。個人的には、人類、国家のエゴが強いから楽観的な見方はしていないけれど。

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2007年11月17日 (土)

将来世代へのツケ回し「財政的幼児虐待」

 与党は次の衆議院議員選挙に何がなんでも勝たねばならぬとバラマキ政策を次々とぶちあげている。一方で、福田首相は、消費税を2008年度には上げない意向を示している。大幅に内外の株価が下落しているように、世界経済の前途に黒雲がかかってきたし、輸出に依存する日本経済も先行きが少し怪しくなってきた。

 となると、来年度も税収増が期待できるかどうか。また、20011年度に国の財政についてプライマリー・バランスを達成しようとしてきたのに、それが先送りになるおそれがないとは言えない。

 日本経済新聞の16日付け「経済教室」で、国枝繁樹一橋大学准教授が改革を先送りしないように「超党派での政策決定が望ましい」と書いている。

 いまのように公債残高の対GDP比率が抜きん出て高いと、将来世代に大きな財政負担を課すことになる。それを「財政的幼児虐待」と呼ぶのだそうだ。経済成長率>金利の前提で経済財政政策を行なうと、その前提がはずれたら、将来世代は膨らんだ巨額の公債残高の負担に苦しむ。(私の解釈だと、財政破綻に追い込まれる)。

 常に経済成長率>金利というような、確実な成長促進策がない以上、選挙権のない将来世代に(財政破綻の)リスクを押し付けるような「財政赤字ギャンブル」はすべきではない。そこで、国枝氏は、与野党が超党派で、将来世代の立場から、早期に社会保障と税制の一体改革に関して政策協議せよと唱えている。

 仰せの通りだ。与野党が足の引っ張り合いみたいなことばかりしていたら、現役世代からも見放されるし、政治不信をかきたてる。

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2007年11月14日 (水)

道路整備計画は租税特別措置法の趣旨に反する

 租税特別措置による税収減は国税で3兆1040億円、地方税で9000億円、合わせて年間4兆円になる、と『AERA』11月12日号が書いている。これとは別に、交際費課税の特例で2880億円、増収になっているという。

 その記事の中で、神野直彦東大教授は「租税特別措置はいったい誰がどの程度利用しているのか、皆目分からない仕組みなのです」、「補助金と比べれば、民主的な手続きを経ることなく、業界団体が組織的な陳情を繰り返すことで決まってしまう面があります」、「税収難で予算にシーリングをかけられて、歳出面で政策が十分にできなくなると、税の減免という歳入面で政策を打ち出すようになりました」と語っている。

 租税特別措置は「租税特別措置法」という法律(1957年。1946年成立の法を全部改正)に基づく。その第1章第1号(趣旨)は「この法律は、当分の間、所得税、法人税‥‥の特例を設けることについて規定するものとする」とある。つまり、「当分の間の特例」を定める法律である。国民の常識で「当分の間」というのはどのくらいの長さだろうか。1年とか2年、どんなに長くても5年ではないか。

 ところが、とんでもない長期間を「当分の間」とみなしている事例がある。例えば、第90条の11第1項では1976年5月1日から2008年4月30日までを「当分の間」とみなしている。また、第89条第2項では1993年12月1日から2008年3月31日までを「当分の間」とみなしている。前者は32年間、後者は15年間である。どうみても、租税特別措置法は法の目的と異なる各論を規定しているとんでもない法律である。こんなでたらめな法律が存続しているのは国会議員の怠慢である。

 ところで、具体的には、前者は地方道路税、後者は揮発油税の暫定税率の根拠とされている法規定である。本来、地方道路税法や揮発油税法に規定されている税率を2倍ぐらいに上げて、道路建設の財源に充てる税収を増やしているものだ。

 きのう、国土交通省は道路特定財源を全部、道路整備に充てる10年間の中期計画素案を発表した。国の財政全体の状況を無視して、地域に歓迎される土木事業をどんどんやろうというもので、時代錯誤もいいところだが、それはさておき、道路特定財源となっている揮発油税など税収の法的根拠が乏しいことを指摘しておきたい。

 いまの暫定税率のレベルの税収を今後も確保したいのなら、揮発油税法などの関係諸法を改正して本則税率を引き上げるべきである。国土交通省も、道路族議員も、これからも暫定税率ということにして、租税特別措置法の条文の変更だけですませる意向らしいが、それは法治国家を否定するものである。

 そもそも租税特別措置法自体に問題がある。一時的な措置なのに、本来の法律を改定するのは大変だから、という理由はわからないではないが、「当分の間」というあいまいな言葉で勝手な拡張解釈を許さない規定に改めなければいけない。さもなければ、法を廃止して、それぞれの法律自体を改正するようにすべきだろう。

 普通の法律なら、国会で審議されるが、租税特別措置法のように税に関するあらゆる分野の措置が包摂されていると、その中の一つひとつを議会がチェックするのは無理かもしれない。それが道路特定財源が膨張したまま続いてきた一因だし、道路財源でメシを食ってきた国交省などのねらいでもあろう。

 民主党が道路特定財源の廃止を唱えているようだが、いずれにせよ、経済社会情勢の変化をも踏まえ、抜本的な見直しが欠かせない。

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2007年11月12日 (月)

「WORLD ENERGY OUTLOOK 2007」の警告

 11月7日に国際エネルギー機関(IEA)が発表したことしのエネルギー・アウトルックについて、W.C.ラムゼー事務次長が12日、東京で説明の会見を行なった。副題が「China and India Insights」というように、急成長する中国とインドに重点を置いた内容。このままでは両国がエネルギー・環境問題に深刻な影響を与えることになることが示されている。

 世界の国々が現在の政策を続けると、エネルギー需要は2030年には今日の50%超になる。世界の一次エネルギー需要増の45%を中国とインドが占める。両国のエネルギー使用量は2005年の2倍以上になる。そして、エネルギー関連の全世界のCO2排出量は2005年の270億tから2030年420億tへと57%増える。2005~2030年における全世界の排出量増加の約60%を中国とインドが占める。中国は2007年に米国を抜いて世界第1位の排出国になり、インドは2015年ごろまでに第3位になる。

 今日、各国で考えられている温暖化対策案をもとに試算すると、2030年の排出量は340億tになるが、それでも2005年より27%も多い。世界の平均気温上昇を2.4℃に抑える「450ppm安定化ケース」を達成するには、2030年のエネルギー関連のCO2排出量を230億tにとどめねばならないし、2012年(5年後だ!)に300億tのピークをつけたあと、急速に排出削減していく必要がある。

 一方、中国とインドがもう少し速い経済成長をすると、エネルギー需要はもっと増え、中国とインドの両国では現在の政策を続けた場合よりも2030年においてさらに21%上乗せとなる。そして、全世界のCO2排出量は2030年において上記の420億tをさらに7%上回る。このケースだと、世界中の国が化石燃料の需要とCO2排出の伸びを抑える政策を緊急にとることが必要である。

 「これからの10年はすべての国にとって決定的に重大(crucial)だ」(田中IEA事務局長)が、その認識が主要国に共有されるか否かが人類の運命を大きく左右しかねない。ラムゼー事務次長は「中国もインドも、自国が気候変動に対して脆弱であることを十分承知している」と語ったが‥‥。

 発表資料を見ていたら、興味深い棒グラフがあった。現在の政策が続いた場合、中国の1900年から2030年までの累積CO2排出量はEUのそれに近い水準に達する。米国のそれの約3分の2にとどまるが、米国の1900~2005年のそれとほぼ肩を並べる。また、インドは1900~2030年の累積で日本のそれと並ぶ。といっても、中国の1900~2005年の累積よりも少ない。

 京都議定書のあとの地球温暖化対策は、世界中の国が集まって決めることだが、実際には、これら少数特定の巨大排出国がトータルとして大幅なCO2削減を実施すると決めればいいことだ。いわゆる大国ないし主要国のトップの責任は歴史上かつてないほどに重い。

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2007年11月11日 (日)

舛添大臣のご意見にひとこと、ふたこと

 舛添要一厚生労働大臣が月刊雑誌「中央公論」12月号に、「国家の信用はコンビニ以下だーー社保庁、自治体、官の質の低下がとまらない」という題で書いている。その中で、なるほどと思うようなことをいくつか指摘している。

1. 「官の質は明らかに低下している。人間は弱い存在で、目の前に現金を積まれたら取りたくなるという、ある意味で性悪説に立ったうえで、制度設計をしていかなくてはいけない」。

2. 「日本人はもはや誰かがチェックをして監査していないと、不正を行う国民になってしまっている」。

3. 「社会保障政策について論議するとき、どのような施策をしたら、このような負担にもかかわらず、日本の活力が一番保たれるかといった視点がまったくない」。

 とはいえ、舛添大臣の指摘を全面的に肯定するのはどうかなという気もする。

 「1.」で指摘されている官の質の低下は確かだが、社保庁や市町村のずさんな仕事ぶりや横領は何十年も前からずっと続いてきたことである。単に、過去は、官庁が国民に対して威張っておれたから、でたらめな仕事ぶりを隠すことができたにすぎないのかもしれない。政治(家)があまりにもひどかったため、官僚が国を支えているように思えたものだが、実は、官の質は以前からひどかったとも考えられる。

 「2.」は、大臣が役人の腐敗を頭に置いての指摘だが、いま、中身がブランドや表示と異なる食品や、性能を偽った製品が連日のようにあばかれているのをみると、本当にそうだなあ、とも思ってしまう。だが、食品で槍玉に上がっているのも、大体は、もう何十年も前から行なってきたことである。商売なんてそんなもの、という通念が長い間、当事者の頭に染み付いていたのではないか。途上国がやっていることを、まだ日本も脱却できていないのだろう。

 守屋前防衛省事務次官の接待漬けについてのブログに書いたように、われわれ国民の意識や見方が格段に厳しくなってきたということが問題の本質ではないだろうか。その変化に気付かず、自主、自律、公正などといった価値を尊重する組織運営や行動に転換できず、従来の行動パターンを続けている組織やそのメンバーがいま、叩かれているにすぎないと考えられる。 

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2007年11月 8日 (木)

香西税調会長「メタボリ体質改め、歳出抑制を」

 政府税制調査会は税制改革について審議を重ねているが、10月30日の企画会合(第20回)終了後の記者会見で、香西泰会長は、悩みというか、ぼやきというか、以下のような発言をしている。

 「税のあり方については私どもしっかりやらなければいけませんが、同時に、やはり歳出を抑えることがかなり大事なことであって、それについては税制調査会としては強調しなければいけない」、「我々は何も増税することを喜んで、サディズムみたいに国民を苦しめようと思って仕事をしているわけではない」、「例えば過去の赤字の尻ぬぐいに増税するということは、これは国民にとってかなり厳しい要求になるということは、我々自身が一番身にしみて感じることなのです」。

 税調はいままでは大体、減税をするところで、「消費税が登場したときには、確かに将来の税源ということを十分考慮されたわけでしょうけれども、やったときの時点においては、あれは直間比率の是正だった」、「所得税を下げておいて、あとから消費税を入れていった」ので、「ネットの増税」ではなかった。

 しかし、「今後の我々の仕事というのは、それは非常に厳しい」、「ネット増税になる可能性があって、それに対しては、非常な批判もあり得るだろうということを覚悟せざるをえない」、その場合には「歳出の面でも(抑制に)協力してもらわなければ、なかなかそれが実行されることは」難しい。

 「歳出についていえば、今のメタボリ体質、財政がどんどん膨張していくような仕組みを考え直すことが一番大事だと私は思っていまして、例えば社会保障制度自体をもう少し考え直すとか、いろいろなことをやってもらいたい」。

 税制調査会としては「本来の税制のあり方を議論する上で、税を国民からいただくことになる(=増税する)にしても、そういう(歳出抑制)努力をして、かつ、税制についても十分考慮して、初めて増税というようなことが何とか受け入れられる、多少は理解していただけることになる、ということを考えなければいけない段階」である。増税で「どういうメリットが将来に期待できるか、そういったことについての検討をやっていかないと、我々自身が立ってやっていられない、こういうことになるのだろうと、やや悲壮な感想を持って、緊張して今日の議論を聞いておりました」。

 巨額の借金を減らすには増税する必要があるが、国民に負担ばかり求めても、受け入れられない。その前に、政府が懸命に歳出削減しなければいけない。良識派の香西会長らしい率直な発言である。

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2007年11月 7日 (水)

混合診療を認めた地裁判決に敬意

 神奈川県のがん患者が保険診療と保険外診療を一緒に受けると、保険診療分まで全額自己負担となるのはおかしいと国を訴えていた裁判で、東京地裁が患者の主張を認める判決を下した。いい判決だ。それにしても、弁護士が誰もこの患者の弁護に立たなかったというのはひどい。弁護士法第一条「弁護士は基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」はこの国では死文と化しているのか。

 健康保険が使える範囲の診療で治癒するのなら何の問題もない。しかし、がんは早期発見での治癒率が上がってきたとはいえ、まだまだ治りにくいがんが多い。また、一流の医師・病院にかかっても、治るとは限らない。だから、治りにくいがんの患者がわらをもつかむ思いで、あらゆる治療法を追求しようとするのは当然である。

 だから、健康保険がきく治療法で治らない患者やその家族は、保険対象外でよい治療法があると聞けば、その費用をまるまる自腹で払ってでも受けようとする。しかし、保険非適用の治療を受けると、保険適用の診療分までもが保険非適用とされ、全額自己負担になるというのがこれまでの医療保険制度である。一種のペナルティである。

 この制度の背景には、金持ちだけがいい治療を受けられるのはおかしいという発想がある。また、混合診療を制度として認めてしまうと、医療費の膨張を抑えるため、新しい治療法を保険診療の範囲に加えようとしなくなるという主張もある。日本医師会などはそうした立場だ。

 しかし、現実には、金持ちではないがん患者やその家族が、治癒を願って保険適用外の自由診療を受けているのはざらだ。その結果、保険適用分まで100%自己負担になって、余計に生活が圧迫されている。混合診療を認めないために、かえって普通の家庭を苦しめているという現実に厚労省は目をそむけているのである。 

 がん治癒率ランキングがメディアで紹介されるように、ごく一部の大病院だけでしか、国民はすぐれたがん治療を受けられない。私の知人はがんで○○市民病院に入院したが、その市の住民は「○○死人病院」と皮肉っていた。入院したら、まず生還できないからである。知人もろくな治療を受けられず、保険適用外の治療に救いを求めた。このため、家族はそれこそ有り金をはたいたり、会社から退職金を前借りしたようだ。

 判決は、混合診療だと保険診療の分まで100%自己負担すべきだという法的根拠がないと指摘しているという。厚生労働省は現実の国民の苦しみを踏まえ、保険診療分まで全額負担という現在の混合診療のやりかたはとにかくやめるべきだと思う。

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