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2007年12月31日 (月)

危機を実感すれば、日本は動くと期待したい

 1989年にベルリンの壁が崩壊し、世界がグローバルな経済競争に入ったのに、日本国内はバブル崩壊後の後遺症が長く続き、内向き、なあなあ、前例主義、横並び、建て前主義、自分本位、既得権擁護‥‥でやってきた。改革を忌避し、世界の潮流に背を向けること十数年。そのつけが一挙に噴き出し、不信が社会に満ち満ちた1年だった。

 では、2008年はどうか。にわかに明るい展望を語るのは難しいが、日本(日本人)は危機を実感すると、その克服のために懸命になった体験を持っている。その危機バネが働くことを期待したい。

 07年は、年金制度のでたらめや、少子高齢化、格差(雇用面や、地方の衰退など)、食品表示の偽装などが大きく取り上げられ、政治も企業もそれらの対策に取り組み出したばかり。日本は国民の知識レベルが高く、メディアの影響力が大きいので、今後、国民の間に問題意識のコンセンサスができるなら、対策が急速に進む可能性は高いのではないか。

 とにかく、政治家も、官僚も、国民も、激しく変貌する世界の動向にもっと注目していく必要がある。そして、できれば、受け身で変化にどう対応するかという発想から少しでも脱して、未来志向で、外国に対してかくあるべしと提案する国(国民)になりたいものである。

 ある日銀OBが「新聞やテレビのトップニュースで、世界の動きを報道するようになってほしい」と言っていた。言われてみると、例えば、福田首相が中国を訪問している最中、同行記者から送られてくる記事が1月に内閣改造へというのは、あまりに内政中心の取材姿勢である。案外、メディアの意識改革が日本の改革を実現するカギかもしれない。

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2007年12月30日 (日)

福田首相が孔子の故郷、曲阜を訪問

 2年余り前、中国の山東省を仲間で旅したことがある。青島から始まって、済南、泰安(泰山がある)、曲阜(孔子の墓などがある)、淄博、煙台などの各市を高速道路を使ってバスで走り回った。広い中国の中で、山東省はいろいろな意味で日本人には知られている地域である。

 この年末、福田首相が中国を訪れ、トップ会談を終えて、29日には済南、そして30日には曲阜を訪問して帰国するというスケジュールをとった。それで、私も山東省を旅行したときのことを思い出した。

 省都の済南市では、街の中心にある泉城広場のすぐ傍に、本を開いたような格好の大きな石造の記念碑があった。あいにくバスから見かけただけだが、碑には「1928」と大きく書かれ、「日本帝国主義‥‥」という言葉で始まっていた。1928年、日本軍は第二次山東出兵を行い、同年5月、済南城を総攻撃した。中国を旅行していると、そうした日本の中国侵略のつめあとに出くわす。この山東省旅行では、青島、煙台でも同様な歴史の痕跡を知った。(以前、三峡下りの旅でも、ある寺院で、「日本軍の爆撃で、ここにあった鐘楼が破壊された」と書いた小さな立て札を読んだことがあるのを思い出した。)

 曲阜市では市旅遊局の孔さんが孔林を案内してくれた。およそ2500年前の孔子から始まって77代目の子孫という孔さんによると、曲阜市の人口60万人のうち、孔子の子孫は15万人とのこと。孔子以後で、時の政府から虐げられたのは始皇帝のときと、文化大革命のときだけだという。孔子の墓がある孔林には、子孫の墓石が1~2万ある。孔子の子孫は国内外にいるが、死後はここに帰ることができるという。とにかく日本人には想像もできないスケールの話である。

 外国に行くと、日本の国内にいると気付かない、さまざまなことを見聞し、考えさせられる。中国は隣国で歴史的にも関わりが深いだけに、沢山、刺激を受ける。日本という国のかじとり役である福田首相は何を感じてくるのだろう。 

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2007年12月28日 (金)

岐阜県の「ゼロ予算」に右ならえしてほしい

 「何かしようと思うと、すぐ予算要求をする。そうではなくて、職員がみずから汗をかけ。みずから汗をかいたり工夫をしたりして、職員が働くことによって、予算を使わないでもできる政策は幾らでもある。そういうものを一生懸命考えようじゃないか」。古田肇岐阜県知事が県庁職員にそう語っている(言論NPOのホームページ。「知事の主張(2)」より)。

 梶原拓前知事の時代の1995年に、岐阜県は情報公開基本条例を定めたが、県庁ぐるみの裏金はずっと隠してきた。また、同知事時代にやたら投資し、借金を積み上げてきたため、財政は窮迫している。固定費増大で、自由に使える財源はわずかだ。そこで、後任の古田知事は職員の意識改革に努めるとともに、2010年度に借金残高をピークアウトする、すなわち、2011年度から減らす計画を打ち出している。その一環として、「ゼロ予算」を掲げ、励行しているというわけだ。

 そもそも岐阜県の予算の31%が人件費だという。これにはちょっとビックリするが、そうであれば、知事が職員に対して「最大限のリターンを出さなければならない」と要求するのは当然だろう。

 古田知事の話をもう少し引用すると、「政策というと、すぐお金とくるけれど、そうではなく、お金を使わない、しかも意味のある、例えばルールをつくる、規制緩和もする、やめるものはやめる、余計なことはしない、いろいろあるじゃないですか。あるいは見取り図をつくるとか、みずから体を使って汗をかくとか、あるでしょう。パンフレットをすぐ外注というのでなく、自分でつくればいい」。

 他の地方自治体も、そして国も、この古田知事の「ゼロ予算」に右ならえしてほしい。模倣しても、知的財産権の侵害にはあたらないのでは。

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2007年12月26日 (水)

上流型の排出権取引に注目を

 『地球温暖化対策ーー排出権取引の制度設計』(2006年1月刊)の編著者である西條辰義大阪大学教授が先頃、あるフォーラムで講演した要旨が12月26日の日本経済新聞朝刊に載っている(広告記事の中でだが)。そのポイントは、京都議定書における目標を達成するため、上流型の排出権取引を提案していることだ。

 西條案によると、日本は石油、石炭などの化石燃料のほぼすべてを輸入に依存している。そこで、輸入主体(石油会社、商社など)は化石燃料に含まれる炭素量に応じた排出権を政府などから購入し、通関時点でその排出権を提示するという制度にすれば、簡潔で、かつコストがほとんどかからず、議定書で約束した温室効果ガスの削減を果たせる。

 日本ではEU型のキャップ・アンド・トレードという排出権取引を唱える人が多い。これは、化石燃料を消費する各事業者に排出権(上限)を割り当て、それ以下に抑えた事業者と上限をオーバーした事業者との間で排出権の売買をするというもので、誰にどれだけ割り当てるか、など面倒な問題が多いし、コストが膨大だ。西條案は日本の特性を生かした案で、EU型を導入するよりはるかにメリットが大きい。

 2013年以降の「ポスト2012」(ポスト京都)については上記の書物の著者の1人である安本晧信氏(元経済産業省)が試案「グローバル・エミッション・トレーディング・システム」を関係者に提示している。それによると、地球規模での排出量目標をもとに、すべての枠組み参加国に排出枠(キャップ)を初期配分する。各国政府はその排出権をすべて市場で販売することとし、国際的に自由かつ無差別に取引できるようにする。そして、各国はそれぞれ化石燃料を輸入・国内出荷する者にそれに応じた排出権取得を義務付け、通関・倉出しの際にチェックする仕組みを導入する。

 上流型排出権取引制度は京都議定書にも、ポスト2012にも適用でき、きわめて合理的であると思う。これまでいろいろな提案を読んだが、数年前に西條氏から聞いたこの仕組みが一番すぐれている。もちろん、実施に際しては細かな問題点がたくさんあるだろうが、まずは国民にこの上流型排出権取引制度を理解してもらう必要がある。

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2007年12月25日 (火)

調査「40歳の年収」の読み方

 『読売ウィークリー』08年1月6・13日号に08全調査「40歳の年収」が載っている。どこの会社が一番多いのか、ちょっと見てみたいという気持にかられた。

 トップはフジテレビ、次いでTBS。年収1千万円以上の会社が多い業種は放送・通信・広告、次いで商社(三井物産、三菱商事など)。それに建設・不動産・住宅(野村不動産ホールディングスなど)、銀行・証券・保険(大和証券グループ本社など)、医薬品(第一三共など)、石油(新日本石油など)が続く。ゲーム・玩具ではバンダイナムコホールディングスがある。

 しかし、載っているデータはどうも実感とは違う。例えば、三菱東京UFJ銀行の810万円、トヨタ自動車の800万円などは大卒なら少なすぎる。高卒や短大卒が多い企業だと、40歳の全社員の単純平均を計算すれば、あるいはそうなるのかもしれないが、大卒40歳できちんと比べたら、違った結果になるのではないか。そこで、改めて読み直したら、有価証券報告書の数字をとったとあったから、おそらく単純平均だろう。

 そうした疑問があるにはあるが、データから読み取れるのは、第一に、ものづくり立国とはいえ、製造業の年収はサービス業、第三次産業に比べて低いことである。よくサービス業、第三次産業は付加価値生産性が低いといわれるが、にもかかわらず給与が高いのは、どうしてだろうか。

 考えられるのは、金融などのように、規制が強く保護行政が続いてきた時代の高賃金がなお高止まりしていることだ(製造業でも、同様に規制と保護行政のもとにあった薬品や石油も高止まりしている)。放送は広告メディアとしての需要がある一方で、電波が限られ、しかも24時間を超えて放送することはできないという供給制約があるためだ。これに対し、商社はもともと高賃金であり、「商社斜陽論」を克服してビジネスを革新してきたから今日がある。

 この特集で抜けているのは外資系の企業である。彼らを調査したら、どういう結果になったか。おそらく、40歳でも2倍とか3倍といった開きがあって、平均の意味は全くないのではなかろうか。

 日本経済団体連合会が最近発表した2008年版「経営労働政策委員会報告」は「仕事・役割・貢献度を基軸とした賃金制度への移行をさらに加速していくことが求められている」と言っている。

 そして、世界的に高度人材の獲得競争が行われているとし、高度人材とは「複数の専門能力、課題設定・解決能力、企画・マネジメント能力に加え、国際社会で求められる語学力、プレゼンテーション能力などを備えた人材である」と述べ、なかでも「問題の本質を的確に把握した上で、自ら主体的に考え、価値創造、事業革新を担うことのできる自立型人材」を企業は重視すると言い切っている。

 外資系企業の賃金は、そうした自立型人材に相当に高額の給与を出しているのに対し、経団連は、日本の企業も同様の方向に変わるよう問題提起をしたわけだ。そうなっていけば、ここで紹介した週刊誌の調査のようなことはあまり意味がないことになるだろう。

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2007年12月24日 (月)

予算政府案はいいことづくめなのか

 24日に08年度国家予算の政府案が決まった。「平成20年度予算のポイント」には、「基本方針2006」に定められた歳出改革を2年目においても確実に実施、と書いてある。また、新規国債発行額を4年連続で減額、とも書いている。そして「成長力強化、地域活性化、生活の安全・安心といった重要な政策課題にきめ細かく配慮し、予算配分を重点化」と記述してある。いいことづくめだ。それを言っちゃ、おしめえよ、と言いたくなる。

 事情を知らない国民が読んだら、真に受けてしまうだろう。07年度補正予算(案)とパッケージで、相当のバラマキをしていることや、サラリーマン層や大都市自治体などからカネをむしりとるあこぎなことをしているなどとは、おくびにも出さない。財政投融資特別会計の準備金を取り崩して国債の償還に充てることで国債発行残高が減るが、それは歳出削減などといったものではなく、単にカネを右の懐から左の懐に移すだけのことにすぎない。そういうトリックだらけの予算(案)である。官僚は頭がいいのかもしれないが、政治家に無理を言われた苦衷を少しも表面に出さず、平気で国民にうそをつく、悪知恵にたけた人種であるとは。

 政府・与党は2011年度に国と地方のプライマリーバランスを黒字に転換することを政策の柱に掲げてきた。それが内閣府の見通しでは、成長率の低下で達成できないという。税収が伸び悩むからだそうだ。そうした厳しい経済情勢にあるのに、財政健全化路線に逆行する予算(案)を組んで、しかも上記のようにいいことづくめみたいな話をするのは、よほど国民を阿呆と思っているのだろう。国民はなめられているのである。

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メディアの役割をめぐる日中の対話

 「日中の相互理解とメディアの役割」と題して、主として日本と中国のメディアの当事者が討議した記録を読んだ。ことし8月下旬に北京で開催された「第3回 北京ー東京フォーラム」の報告書(言論NPO発行)に載っているものだ。

 日中の相互理解を深めるにはメディアはどうあるべきか、という視点で議論が行われているが、中国側の基本的な考え方は「中国の政府とメディアは、非常にうまく一般世論をリードしてきており、首脳が中日関係の重要性を認識し、そのコンセンサスのもとに報道を行っている」というあるパネリストの意見に示されている。

 また、別の中国側パネリストは「メディアの報道を公正に保つために政府の誘導、自己制約、あるいはジャーナリストの職業モラルの3つが十分に組み合わされれば中日関係は良くなるのではないか」と言っている。

 そして、日本のメディアに対して「過度の商業化などにより、日本の一部のメディアは敏感な問題について騒ぎ立てる傾向にある」とか、「過熱報道に関しては、資本主義的な新聞の価値観に問題があるように思う」という見解も他の中国側パネリストから出ている。

 そうした日本のメディアに対する批判に対して、日本側のパネリストからは「メディアは単なる権力者の代弁であってはならず、国民の知る権利に答え、国益よりも公益を重視することにこそ存在意義がある」、「中国のメディアも、中国政府に対して批判の報道を行ってほしいと思う」という意見が出た。

 全体を読むと、双方のパネリストたちには、議論を通じて、お互いの違いがわかり、メディア間の交流を進めようという機運が盛り上がったようだ。

 読んでいて、中国側パネリストの発言にうなずいたところがある。メディアは「社会的責任を常に自覚しなければならない」という点だ。私は、日中間の問題としてでなく、日本のメディア、ことに民間テレビ放送が抱える構造的な問題にあてはまる批判のように思った。

 先日、ある民間テレビ局のOBに聞いたところでは、キー局の番組担当者は、自分たちで制作するのではなく、もっぱら下請け的な制作会社が出してくるものに依存しているという。オフィスに座っていて、いくつか下請け制作会社から出てくる提案の中から選んでいるだけということだ。高給を食んでいるうちに、志を失ったのだろうか。

 どこの民放も、国民総白痴化をめざしているのではないか、という気さえする。ついでに言えば、そういう番組のスポンサーになっている企業なども、社会的責任を忘れている。日本の教育の質が低下していると嘆く経済人が多いが、自分たちにも大きな責任があることに、気付いていない。

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2007年12月22日 (土)

利払は1分あたり約1777万円

 財務省で08年度(平成20年度)国家予算財務省原案の公表資料をもらってきた。それらをパラパラめくっていたら、目につくデータがあった。「我が国の財政事情」という資料の中の「利払費及び利払費率の推移」である。一般会計の利払費は約9.3兆円だという。これを1日あたりにすると、約256億円になる。さらに1時間あたりでみると約11億円、1分あたりでは約1777万円である。ここまで来て、やっと私たちの生活感覚に近づいた金額となる。

 一般会計歳出に占める利払費の割合は11.2%。05年度の8.2%を底に年々上がっている。それでも、低金利のおかげでまだ低いほう。1986年度は19.1%だった。金利が上昇したら、歳入が増えない限り、財政は窮迫するだろう。

 「公債残高の累増」というところを見ると、1990年代前半から急激に増加している。08年度末の公債残高は約553兆円になる見込みだという。国民1人あたり約433万円(4人家族なら約1732万円)。勤労者世帯の平均年間可処分所得は約530万円だから、いかに巨額の公債を抱えていることか。

 だが、「国及び地方の長期債務残高」のページを見ると、約553兆円というのは普通国債の残高であり、ほかに(注)で、財政投融資特別会計国債残高が133兆円程度あると書いてある。

 国の長期債務残高は08年度末に612兆円程度、地方のそれは197兆円程度。国と地方の長期債務残高合計は重複分を除いて776兆円程度と過去最高に。地方自治体の財政状況は改善し、国は悪化するという構図である。 

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国民に展望を与えない08年度予算財務省案

 国の08年度予算の財務省原案や07年度補正予算などが提示された。新聞が詳しく報道しているように、参議院選挙で敗北した自民党があわてふためき、既得権益層にバラマキに走った姿が浮き彫りになっている。無理が通れば道理引っ込む予算だ。

 それでも、財政健全化の路線は変わらないという印象を国民に与えるために補正予算を利用するなど、目くらましが復活した。予算編成作業にあたる財務省の悪知恵と言えなくもないが、好意的に解釈すれば、変な予算を組むよう政治家に強要されたものの、財務省としては財政健全化の旗は降ろしたくないという意思の表れだろう。この国で、財政再建を言い続けている勢力は財務省しかいないのである(ただし、財務大臣は政治家だから、ポストを離れたら、どう言うかわからない)。

 谷垣禎一自民党政調会長はついこの間まで財務大臣として財政再建を重視する発言をしていた。それが、今度は地方を視察したりした結果とはいえ、バラマキを積極的に求める発言をしている。芝居の役者のように、役によって発言が百八十度異なるというのはいかがなものか。政治家はきちんとした信念がなければ、単なる政治屋である。まして派閥のボスともなれば、それなりの見識がなくては困る。

 自民党に族議員がはびこっていた時代は、それぞれの族議員が国全体のことなんか考えず、勝手な要求をしても、それに応じられる税収などカネがかなりあった。カネがなくなっても、国債を発行して、応じていた。それが限界に来たから、小泉内閣が族議員を抑え、財政改革に着手したのである。しかし、小泉内閣以降、景気がいいときも財政健全化は大して進まなかった。そして、今度の予算原案づくりでは族議員が勢いづき、歳出削減努力のタガが緩んだ。国債発行残高はまだまだ増えていく。憂うべき事態だ。

 国家予算というのは、時の政権がこういう社会を実現したい、と思って資金をどこにどれだけ配分するかというものである。政党が選挙公約(マニフェスト)を掲げ、政権を握ったら、国民との約束である公約を忠実に実現するのに、予算はきわめて重要だ。それなのに、与党は勝手に公約をご破算にしている。これでは、内閣の支持率が落ちて当然である。もっとも、民主党にしても、いまになって税制について党の政策をとりまとめているように、政権を担当したときに税財政などをどうするか、体系立って考えてきたわけではない。

 主に増税で財政再建をというのが財務省の本音だろう。それとは違って、歳出削減、行政改革、規制改革などと増税とを組み合わせて財政健全化を推進する政党が出現してほしい。 

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2007年12月19日 (水)

鴨下環境相「パラダイムは変わりつつある」

 12月19日、日本記者クラブで行われた「環境問題」政策討論会は、鴨下一郎環境大臣と民主党の岡崎トミ子「次の内閣」環境副大臣の間で行われた。バリで行われたCOP13(第13回気候変動枠組条約締約国会議)を終えたばかりの鴨下氏は、ポスト京都議定書の道筋ができたことから、バリを機に「パラダイムは変わりつつある。環境を優先しつつ、経済も両立させるということになってきた」と語った。

 また、鴨下氏は、バリの合意で、ポスト京都について「すべての国が議論する場ができた。これは人類史上、初めてのことである。また、1人勝ちを許さないという考えをすべての国が共有した。これはターニングポイントだ」と述べた。

 これまで経済と環境の両立と言われてきた。しかし、世界中が地球温暖化を人類の危機と受け止め、各国が「差異ある責任」を踏まえつつ、温暖化対策にこぞって取り組むということになると、少なくとも先進国では環境をさしおいて経済を優先することは許されないし、経済と環境の両立が難しいときは環境を優先することになる。鴨下氏はバリでそれを実感したというわけだ。

 COP13では、日本はポスト京都に関して明確な意見を表明しなかった。そのため、NPOから「化石賞」を受ける破目になった。「不名誉なこと。重く受け止める」という鴨下氏は「インドネシアが1人だけ、議長としてまとめ役だったが、ほかは皆、勝手なことを言って意見が全くバラバラ。だから、私は最初から調整役をやることにした。しかし、私は日本がEUに匹敵する温室効果ガスの削減をせねばと思っている」と語った。ちなみにEUは2020年に1990年比25~40%削減という目標を提案した。

 岡崎氏は環境省の活動を基本的に支持しているので、鴨下環境大臣と激しく議論するような場面はなかった。縦割り行政の色彩が強い日本では、福田政権の環境大臣と経済産業大臣とがディベートするほうが、問題点が浮き彫りになったかもしれない。

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2007年12月18日 (火)

地方自立政策研の検証結果

 興味深いデータの発表を見落としていた。穂坂邦夫氏が率いるNPO法人 地方自立政策研究所が11月末に発表したところによると、地方自治体の行政経費のうち、節減可能な額を算定したら総額14兆953億円に達したという。「全自治体の行政経費総額97兆円の14%にあたる」(12月18日付け朝日新聞夕刊)そうだ。

 この算定は、自治体職員を中心とするボランティアで研究会を立ち上げ、県と市の全事務・事業と地方関係の国庫補助金を対象に経費節減が可能なものを積み上げたものだという。その結果、「過度な行政サービス廃止と民間開放で8兆7038億円」、「実施主体への事業移管(重複投資の排除)と地方に対する補助金の一括交付金化で5兆3915億円」だった。

 また、地方向け国庫支出金(総額18兆7295億円)のうち、廃止対象補助事業に対するものが7兆8261億円だった。

 試算は、スリムな行財政運営をしていて、情報開示が進んでいる県(埼玉県)と市(草加市)の各1つをモデルにして事務・事業などの分類基準を作成し、つぶさに検証していったもので、「政治性を排除した現場の実務者による検証結果」だとしている。

 14兆円については、個人的には、「その程度ではすまない。もっと節減できるのでは」という感想を抱く。また、地方自立政策研には、なぜムダな経費を自治体がなくそうとしないのか、という構造問題の分析をしてもらいたいと思う。

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2007年12月17日 (月)

銀座のにぎわいと、ワーキングプアと

 昨日(16日)、東京・銀座を通りかかったら、さすがに人出が多い。世界的なブランドで知られる店のビルをいくつも見かけた。高級な雰囲気をただよわせるそれらのビルには、多くの客が出入りしていた。夜はイルミネーションなどで余計、豪華な感じがする。

 夜、テレビで「ワーキングプア」の第3部を放送していた。ちょっとしか見られなかったが、グローバル化の流れの中で、先進国のあちこちでワーキングプアが増えていること、いかに彼らに仕事や住居を与え、人間の尊厳を取り戻してもらうかが大きな課題であること、を訴えていたように思う。

 同じ日に、このように、天国と地獄ほどに違う現実を見た。ここから、すぐ、格差云々という話をするつもりはない。

 人間の生存にとって基本的なものは衣食住である。その3つに職を加えたい。テレビを見ていてそう思った。「衣食住職」というと抹香くさくなるから「衣食職住」と言えばいいだろう。その場合、「職」といっても、質素ではあっても暮らせる賃金がもらえ、仕事を通じて他人のために役立つとか、自分自身の向上心を満足させるといったものを指す。無論、他人をだましたり、迷惑を及ぼすといったたぐいの仕事は含まないし、サラ金などの看板を持ってただ突っ立っているようなのも含まない。

 その意味では、企業も、国・地方自治体も、人間の基本的な欲求の1つである「職」を提供することにあまりに無関心であった。労働組合のようなところも、組合員の利益しか考えなかった。

 ところで、基本的な「衣食住」は満ち足りているか、というと、「住」はいかにも貧相である。ことに、大都市では一軒一軒が勝手な家を造ってきたから、街も大半はごちゃごちゃして見るに耐えない。大地震などの災害にはいたって脆い。

 石原東京都知事は税収を3千億円も国に召し上げられ、それが地方の財政支援に回ることを条件付きで受け入れた。しかし、首都・東京の住宅事情や街並みを改善することが焦眉の課題であることを理解していたら、事態は全く異なった展開をしていたのではないか。

 また、ホームレス対策はNPOにもっぱら支援をゆだねているようだが、首都・東京の自治体はホームレスの人々に対し、「職」に就けるように支援する態勢を整備する責務があるし、まともな歩道がほとんどなく、自転車による事故が多発している等々、首都の抱える難問は多い。東京都、そして特別区が財政のゆとりを用いてそれらにも真っ向から取り組めば、相当のことはできるだろう。残念ながら、地方自治体とは言うけれど、真の地方自治の意識が欠けているようだ。

 政府や自治体はこうした基本的な人権にも関わる「衣食職住」を真剣に考えるべきだと思う。さりとて、何でもかんでも政府・役所に頼り、してもらうことばかり求める「くれない症候群」は直さねばいけない。「フリーランチはない」のである。医療、介護保険など社会保障制度では、政府は給付に伴う負担を誰がするのか、きちんと国民に伝えるべきだ。さもないと、後の世代に大きなツケ(財政赤字の累積)を残す。

 銀座を見て、テレビを見て、そんなことを考えた。

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2007年12月15日 (土)

「エコプロダクツ2007」展示の限界

 東京ビッグサイトで開催の「エコプロダクツ2007」を最終日の15日に見てきた。土曜日なので、ビジネスマンの姿は少ない。その代わり、一般の人たちがたくさん来ていた。

 例年通り、アンケートに答えると景品がもらえるというブースが結構あり、そこにはやはり人が集まる。しかし、見学者に布のぞうりを編ませるなど、参加型の催しが増えたり、子供向けに環境教育的なお話をするブースが増えるなど、工夫を感じさせるところがいくつもあった。毎年、展示している巨大企業はどちらかというと、通りいっぺんの展示が多いように思えた。

 出展の面積が大きくなっているから、出展者数は昨年より多いと思う。それに、出展する事業の分野が広がっているように感じた。環境問題が企業などの経営にしっかり根を下ろしたことを示している。もっとも、進学教室の「ecoクラブ」や化粧品会社による無機顔料のメイクの実演などにはびっくりした。

 ぐるっと見て回っての感想だが、展示の小間数がものすごく多いうえに、それぞれのブースの展示がかなり専門的なので、一般の来場者は果たしてどの程度、理解できたのだろうかと気になる。それに、1人、1日、1kgのCO2削減とは言っても、一般の人々がエコプロダクツ展を見た結果、3R(Reduce、Reuse、Recycle)とか、省エネ省資源の必要性をどこまで感じ、自分自身のライフスタイルを変えることになるのか、きわめて疑わしい。

 来場者は、地球温暖化は大変だという総論はそれなりにわかったとは思う。しかし、展示は基本的に企業が環境に配慮した製品などを売るための宣伝だから、温暖化対策としての、環境に十分配慮した消費者のライフスタイルとはどういうものか、私たちのライフスタイルをどう変えていくべきかという各論は展示には示されていない。環境に配慮した商品・サービスを買いなさい、ということは暗示されているが。

 しかし、環境改善にとって必要なその答えは、ものやサービスをできるだけ買わないこと、使わないこと、捨てずに長く使うことなどである。それはエコプロダクツ展を見ただけではわからない。 

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自民党の末期的症状(?)示す与党税制改正大綱

 与党の税制改正大綱が決まった。高度成長時代には、工業や都市が稼いだ利益を吸い上げて地方、農家、中小企業、医師会などに優先的に分配することで、自民党の一党支配を維持できた。今回の税制改正大綱は、いまの低成長時代に、しかも天文学的な財政赤字のもとで、高度成長時代のやりかたを復活しようとしているように思える。時代錯誤もはなはだしい。自民党はいよいよ末期的症状(?)の段階に入ったようだ。

 この税制改正大綱に沿って政府・与党は1月に税制改正法案を国会に提出することになろうが、参議院が民主党の天下だから、そのまま実現することはない。となると、争点では、与党の政策と民主党の政策とで、どちらが国民にとって望ましい政策か、が争われることになる。

 それゆえに、日本の経済社会の将来を明るいものにする政策で、かつ国民の多数に理解され、支持される政策であることが何よりも大事だ。ところが、参議院選挙に負け、次の衆議院選挙では絶対に勝たねばならないということで、与党は票集めのため、小泉構造改革以前のばらまきに戻りつつある。与党の税制改正大綱も「これまでの構造改革の過程で生じた諸問題への対応に重点を置いた」と書いているように、後ろ向きの内容にとどまっている。それで選挙に勝てると思ったら、とんでもない思い込みだろう。

 今度の税制改正大綱が全く世界の情勢を踏まえていないのにも驚く。企業は私たちの生活を支える金の卵である。だから、西欧はじめ先進国は国際競争を意識して法人税率を低くしている。日本も引き下げないと、徐々に企業が日本に拠点を置くのを避けるようになる。

 道路特定財源をこれまで通り維持することとし、上乗せ暫定税率を10年延長するという。何十年もやってきて、また10年間続けようというのが、どうして暫定で特例なのか。本則に、つまり租税特別措置法で延長するのではなくて、揮発油税法などの法律をそれぞれ改正する手続きをとるべきではないか。民主党が道路特定財源の廃止を唱えているから、与党の改正案が通るはずはない。それがわかっているのに、批判の多い道路特定財源をそのまま続けようとする税制改正大綱は、いかに利権にたかる連中の圧力が強いかを物語っている。

 こんなひどい内容の税制改正大綱しか出てこない自民党の先は知れている、そう思わざるをえない。 

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2007年12月12日 (水)

排出権取引か、セクトラル・アプローチか

 バリ島で開かれている気候変動枠組条約締約国の会議(COP13)では、ポスト京都の地球温暖化対策をめぐって激しい外交戦が繰り広げられている。省エネが最も進んでいる日本の産業界には、京都議定書でEUなどに比べて不利な条件を押し付けられたという不満がなお強い。したがって、また日本が不利な条件を押し付けられるのではないかと警戒している。

 その一方で、日本の産業界は、個々の産業ごとに全世界の企業が温室効果ガスの削減に共同して取り組むというセクトラル・アプローチを唱えている。例えば、鉄鋼業では、日本が最も省エネ省資源で資源生産性(資源効率)が高い。そうしたところが遅れた企業に先端技術や経営ノウハウを提供していけば、温室効果ガスの発生量を大幅に削減できるというわけだ。

 世界の鉄鋼メーカーが加盟する国際鉄鋼協会は、温暖化対策の推進には、グローバルなセクトラル・アプローチがベストの方法であることを支持している。そして、キャップ・アンド・トレード(排出権取引)はCO2削減に効果的ではない、という声明を出している。排出権取引をとりいれれば、世界競争をしている鉄鋼業の中で、排出量が少ないすぐれた製鉄所の生産を抑制することになるからだ。

 新日本製鐵の三村明夫社長は12日の記者会見で、鉄鋼業の温暖化対策は「努力したものがむくわれるという考え方に立つものでなければいけない」として、排出権取引には絶対に反対だと語った。そして「温室効果ガスの大幅削減のために排出権取引がどう役に立つのかがわからない。どう役立つのか、聞いても誰も答えない。教えてくれる人がいるなら、喜んで対話したい」と付け加えた。

 最近、日本でも、排出権取引に関する学者・研究者の本が何冊か出た。一方で、排出権取引に否定的な論文も少ないながら出ている。ここで望ましいのは、セクトラル・アプローチを主張している産業界に対し、排出権取引の意義を説得する学者・研究者が真っ向から議論をふっかけて、どっちがよりすぐれているのか、国民に示すことではないか。

 日本国内には、「EUのほうが日本より環境対策が進んでいる。EUなどが排出権取引を始めているのだから、日本も早くやれ」という意見がかなりある。しかし、GDPあたりのCO2排出量などでは日本のほうがEUよりはるかにすぐれている。世界中で最もCO2対策が進んでいる日本の産業界の主張と、EUなどの主張と、どちらが温暖化対策としてすぐれているか、私も知りたい。 

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損失も株式取得もケタが違いすぎる

 スイスの大手金融機関、UBSが米国のサブプライムローンに伴う新たな損失として100億ドル(約1兆1千億円)の評価損を計上すると発表した。米シティグループもUBSを上回る損失を公表している。驚くのはこれら欧米金融機関の損失の大きさだけではない。資本補強のため、外国の政府系ファンドから受け入れる投資資金の規模も目をむくほどの大きさだ。

 UBSはシンガポール政府投資公社(GIC)に1兆1千億円の転換社債を引き受けてもらったほか、中東の投資家にも2千億円の転換社債を引き受けてもらった。先月には、シティグループがアブダビ投資庁から8千億円の出資を受けた(日本経済新聞11日付け朝刊)。

 ほかの産業分野に目を転ずると、資源大手の豪英BHPビリトンが先月、やはり資源大手のリオ・ティントに買収を提案した。金額は1200億ドル(約13兆6千億円)を超えるといわれる。そのリオ・ティントはカナダのアルキャンの買収にかかっていたところに、BHPビリトンが買収を申し入れてきたわけだ。

 この話が表面化すると、中国の宝山鋼鉄集団公司が鉄鉱石の価格吊り上げを懸念し、リオ・ティント買収を検討していると表明した。さらに、中国の外貨準備の一部、2000億ドルを運用するために9月に設立された中国投資公司が宝山鋼鉄と組んでリオ・ティント買収にかかることを検討していると明らかにした。

 こうした動きが示すのは、第一に、民間企業の株式(いずれ株式に転換できる転換社債を含む)を取得するのに動く資金規模が大きいものでは兆円単位~10兆円単位になってきたことだ。第二に、国家資金が株式取得や買収に大々的に使われるようになったことである。グローバリゼーションのもとでの資本の自由化は、民間企業の間での競争の段階から、国家資金までもが動員される段階に移行したと言えよう。

 こうした新たな局面に対し、日本の企業は、あるいは日本の国家は十分な心構えや迎え撃つ態勢ができているか。シンガポール政府公社やアブダビ投資庁のような株主は経営権を握ることは考えていないだろうが、BHPビリトンなどの買収の話は経営権をねらったものだ。鉄鋼では、世界最大のミタルが新日本製鐵などに買収を仕掛けてきたとき、買収を自然な経済活動とみなすべきか、日本経済に悪影響があるとして政府が阻止に乗り出す必要があるか。

 1年以上前だったと思う。中国の政府系企業が米国の石油会社を買収しようとしたら、米議会が反対し、買収話はやめになった。そうした歯止めが必要か、まじめに考える時期である。私個人は、主要な業界においては、外国資本に支配されていない企業が1社ぐらいはあったほうがいいと思う。その業界に1社でも日本に根ざした有力企業がいれば、同業の外資系企業に影響を及ぼすし、日本の経済社会の事情を踏まえて活動することが期待できるからだ。

 外国に本社がある企業は、支配下に置いた日本企業から技術やノウハウなどを取り込んだあと、日本の拠点を縮小・廃止することがあるし、世界的なリストラを行うときに、雇用など日本の事情を全く考慮しない。ドライである。もちろん、日本の企業にしても、海外に工場を移転したりしている。だが、それは最後の最後の手段としてである。

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2007年12月10日 (月)

原田泰氏に学ぶ官民賃金格差と地域経済発展度合の相関

 月刊雑誌『文芸春秋』の新年号が「暴走官僚」の特集をしている。税金の濫費については、国家公務員や地方公務員のムダ遣い、とんでもない各種手当、民間より相当に高い賃金などを紹介している。これまでにも指摘されている事例が多いが、厳しく批判されてもなかなか改まらない。

 人事院や総務省は自分もそうである公務員の利得を損ねるようなことをしないし、労働組合のナショナルセンターも、構成メンバーの公務員の利得を守ろうとする。与党は官僚の掌で踊っているようなものだし、民主党は連合などを有力な支持基盤とする。ということから、歳出の徹底的な見直し・削減は日暮れて道遠しだ。一般の国民はそろそろ堪忍袋の緒が切れていいのではないか。

 たまたま読んだ「NIKKEI NET」のビジネスコラム「経済学で考える」第66回「官民賃金格差と地域の発展」(原田泰 大和証券チーフエコノミスト)は、官僚の賃金が高いせいで、地域住民の所得水準が低いのだ、と論証し、官民格差の解消が絶対に必要であることを教えてくれる。

 「公務員の賃金水準が高い都道府県ほど、都道府県の所得は低い傾向がある」ことをデータで示したあと、原田氏は、地方の経済が沈滞していて公務員のほかに仕事がないのなら、有能な人間を安い賃金で公務員として雇えるはずだと言う。しかし、「公務員の賃金が地域の賃金水準よりも高ければ、有能な人材が公務員になり、ビジネスには集まらない。だから、地域の経済発展が遅れるのではないか」と指摘する。

 科挙制度の中国が長い間の停滞を打ち破ったのは、改革開放路線で有能な人材が民間のビジネスなどに携わるようになったからだ、と同氏は言う。日本の官僚天国は、科挙制度の中国と似ているのかもしれない。 

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2007年12月 9日 (日)

自治体財政健全化の4指標に基準値

 総務省が先に成立した地方自治体財政健全化法に基づいて、自治体財政が破綻しないように財政状況を判定する4つの指標の基準値を7日に発表した。「実質赤字比率」、「連結実質赤字比率」、「実質公債費比率」、「将来負担比率」のそれぞれについて、「早期健全化基準」と「再生基準(将来負担比率だけは設定せず)」の数値を明示した。都道府県と市町村とはそれぞれ別の基準値であり、市町村の「実質赤字比率」と「連結実質赤字比率」の基準値は財政規模に応じて開きがある。

 数字は一人歩きしがちだ。基準値を自治体は行政運営に生かしてほしいが、基準値を超えなければ、絶対安心だというものではない。それ以上に、自治体の住民、議会が健全な財政を確保、維持する覚悟があるかどうかが重要である。“くれない症候群”が蔓延し、格差などを口実に、自らの財政健全化努力を怠っている自治体が少なくない状況のままでは、結局は国による“おんぶに抱っこ”が続くことになりかねない。

 今度の補正予算で地方の道路建設に対する補助を高めようとするなど、国は地方財政の自立を妨げる政策をとり続けている。ひもつき財源を減らし、地方自治体が自分の頭で地方自治を考え、実行できるようにすることのほうが大事だ。国はそれをろくろくやらないで、4指標のように監視する基準をつくり、その基準をたてに総務省が裁量で自治体行政にやたら介入するということになるおそれもある。

 したがって、各地自治体の住民や議会・行政は、まず地方自治を支える自主税財源の割合を高めることを目指すべきだ。それとともに、地方政府の行政や議会の取り組みを住民がもっと監視し、住民の暮らしや生産活動の向上にマッチした歳出になっているかをチェックしていくように変わっていかないといけない。皆が関心を持てば、さまざまな意見が出て合意形成は容易ではないが、そうしたステップを踏まない現状よりは住民自治に近いと思う。

 ところで、総務省は自治体の破綻うんぬんで指標をつくったが、国家の財政については、法的にきちんとした数値基準がない。プライマリーバランスだとか言っていても、ばらまきが復活し始めると、たちどころに財政健全化は二の次になりかねない。この際、年間財政赤字比率の上限、国の債務の対GDP比率の上限などについて、EUのように厳しい数値を設けることを衆参の議会に求めたい。衆参両院のねじれで、与党も野党もばらまき合戦で国民のご機嫌をとるなんてことをやっていたら、日本の将来は暗い。

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2007年12月 7日 (金)

道路特定財源をめぐる与党と民主党の対決

 2008年度以降の道路特定財源のあり方をめぐって、政府・与党と民主党との対立が鮮明になりそうである。国会の論戦を通じて、道路建設とそれを裏打ちする道路特定財源という仕組みを継続することが私たち国民にとって望ましいことなのかどうか、が明らかになるのを切望する。

 7日に政府・与党は道路特定財源に関する協議会を開催し、以下の見直し案で合意した。即ち、今後10年間、これまで通りに暫定税率による上乗せ分を含め、道路特定財源は維持する。その使途として、10年間の道路事業量は59兆円以内とする、地方自治体の道路建設への補助を増やす、高速道路料金を引き下げる、一般財源に07年度(1800億円)を上回る額を回す、など。要するに、道路の整備が随分進んだにもかかわらず、国の厳しい財政事情や地球温暖化問題などをほとんど無視して、これまでのようなペースで道路を建設し続けようというものだ。

 これに対し、民主党はガソリン税や自動車重量税の上乗せ税率を廃止するとの税制改革を打ち出すようだ。参議院で同党が政府・与党の法案に反対して葬り去れば、衆議院で再議決しない限り、ガソリン税などの暫定税率はなくなる。ただ、暫定税率分を環境税などの形で一般財源化するなどの案を出す可能性もある。

 いずれにせよ、民主党が解散・総選挙に追い込む攻撃材料として道路特定財源・道路整備特別会計に焦点を当てるなら、7日に政府・与党が合意した案は吹っ飛ぶ。そこでどういう決着をみるのか。国民のひとりとして注目したい。 

 衆参のねじれは与党、野党がともに真剣に政治のありかたを考え、議論をたたかわすという機会をもたらした。ねじれがばらまきを招きやすい点は非常に問題があるが、国民に対立の論点が見えるようになるのは大歓迎だ。

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親しい人を社外取締役に、というのはどうなのか

 会社法では、その会社や子会社の従業員であったこともなければ、また、取締役等でもなかった人しか、社外取締役になれないことになっている。言い換えれば、欠格事由のある人は別として、会社内部の関係者でなければ、誰でも社外取締役になれるということである。

 しかし、それでいいのだろうか。そんなことを考えるようになったきっかけは、日本経済新聞の最後のページに載っている「交遊抄」の12月6日付けと同7日付けを読んだことである。

 6日付けの記事によれば、大学の同期生仲間でゴルフや酒を楽しむ会で親しくなった友人(電池会社)から2005年に社外取締役に招かれたというケース。招いたほうはいま相談役になっているが、「以来、取締役会で上京するたびに会うのが楽しみ」。「ゴルフに行くと、プレーに性格の違いが出て面白い」という。

 7日付けの「交遊抄」は、8年前に、高校の同窓会で知り合った10年先輩(当時、電機会社の社長)と親しくなり、自分が機械会社の社長になってから、この先輩を「社外取締役として大所高所から指導を受けている」。「取締役会では手厳しい指摘ばかりで苦労している」が、その一方でいろいろ気配りしてもらっている。「教えられてばかりの不肖の弟子だが、末永く師弟関係が続くことを祈っている」という。

 前者は委員会設置会社の社外取締役である。委員会設置会社では、指名、報酬、監査の委員会が置かれ、各委員会は社外取締役が半分以上いなければならない。後者は従来型の社外取締役である。そうした違いはあるが、社外取締役に求められる基本的な役割に違いはないと思う。即ち、株主の利益を代弁すること、そして、広い視点から企業経営のありかたを考えることである。社内昇進の経営幹部とは、立場が異なるし、経営の基本方針などで意見の対立があって当然だ。

 そうだとすれば、社外取締役は社長ら執行体制にある人たちと、なあなあの関係を持つのは好ましくない。委員会設置会社の社外取締役は、経営が悪化したら、執行部の首のすげかえを求めることすら機能として求められているのである。

 現実には、そうした危機的な事態は滅多に起きない。だから、親しい友人とか、尊敬する先輩とかを社外取締役に招いても、まず問題になることはない。しかし、会社とは何か、経営とは何か、という基本的な認識が甘いように思えてならない。

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2007年12月 4日 (火)

「太田知事の出馬断念」、所詮その程度の人だったのか

 大阪府の太田房江知事が12月3日、3選出馬を断念すると発表した。過去2回の選挙で推薦してくれた自民、民主、公明の3党が太田氏を支援しないうえ、連合大阪も推薦しないことにしたからのようだ。しかし、支援してくれる政党などがなくなったから、出馬を断念するという太田氏の発想は、氏がいかにお粗末な人物かを天下にさらしたと言っていい。

 2000年に横山ノック知事が辞職したあとに、落下傘候補として知事に当選した太田氏は来年1月の任期までに約7年、大阪府の知事の座にある。それだけ長く知事をやっていれば、普通なら、知事として今後も府民のためにぜひともこんなことをしたいという抱負があるものだ。

 他県の知事選挙では、初めてのときは政党の支援で当選するが、次からは政党の推薦を断って無党派候補として出馬し、再選や3選された人もいる。そもそも、地方自治の原点に立てば、政党の支持や推薦などは必要不可欠なものではない。だから、太田氏にきちんとした抱負があるなら、政党がほかの人を候補者として推薦しようが、住民を最も幸せにするのは自分の政策(マニフェスト)だと訴えて勝負すべきだった。

 しかし、実は、太田氏には首長として大阪府をぜひともこうしたいという夢がなかったのではないかと思う。もともと、自民党の実力者から突然、知事選に出るよう求められ、大阪府をどう改革しようという抱負もないまま、転勤か天下りのような気分で立候補したのだろう。そして、当選後も、彼女はその段階にとどまっていたのだとしか考えられない。

 中央官庁出身者が知事に多い。その中には、太田氏と似たような事情で選挙に出た人も少なくない。ただ、彼(彼女)らは大体、知事になってから、いろいろ勉強する。その結果、知事の仕事の意義を強く感じるようになり、長く知事業をやりたくなる。それもまた弊害が多いが‥‥。

 いずれにしろ、太田氏がその程度の人物だったことが今回、はっきりした。それはそれでよかった。 

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土居(慶大)さんの「経済教室」に教わる

 「ぼくは大蔵省の記者クラブにいたことがあるけど、これだけ国債発行残高が多いのに、どうして長期金利は低いのか。それがわからないなあ」--かつての新聞記者仲間と先日会ったとき、彼がそんなことを言っていた。

 12月3日付けの日本経済新聞朝刊の「経済教室」のページで、土居丈朗慶応大学准教授が「『巨額赤字でも低金利』の怪」と題して、こうした疑問を解明している。

 それによると、1つの理由は、日本の「政府が将来の財政赤字を縮小する政策にコミット(関与)していること」だという。そうだとすれば、「格差是正ばかりを気にして、財政健全化をおろそかにすること」は許されない。

 これとは別に、国債の低金利を説明する理論として紹介されているのは、安全利子率パズルと呼ばれるものだそうで、「家計の消費・貯蓄行動が想定外に危険回避的なら、国債金利が想定外に低い現象が観察されることになる」というのだそうだ。私の解釈だが、日本国民は株式のようにリスクの大きいものに投資するよりも、安全な預貯金に、という志向が強いから、国債を含む安全資産への需要が大きすぎる。その結果、預貯金や国債の金利が低く下がる、ということである。

 もちろん、それだからといって、国の借金を削減しなくても大丈夫だということにはならない。将来に債務返済リスクを負わせるのはよくない。また、成長率を国債金利より高くすることで財政が持続可能になるというのは、土居さんによれば、「国債金利が成長率より低い経済状態は(動学的に見て)効率的な状態ではない」という。

 土居さんはプライマリーバランス(基礎的財政収支)改善のための財政政策を続けること、達成後も、プライマリーバランスの「さらなる黒字拡大が不可欠」だと書いている。2008年度予算の編成で、福田首相が財政再建路線からばらまきへと足を踏み外さないよう、私たちは監視していかなければいけない。

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2007年12月 2日 (日)

あれこれ、気になることが多い

 東京都と神奈川県の境を流れる多摩川。JRの電車から川崎駅に近い多摩川を見たら、ホームレスの青いビニールの住処がかなりの数あった。しばらく前に比べて、相当増えているという印象だ。その多摩川べりには何軒かの高層マンションの建設工事が進んでいる。マンションから下を見下ろせば、青いビニールが散在しているという景観も「豊かな国、日本」の一部だが、何とも違和感がある。

 日曜日の朝10時前、繁華街のパチンコゲームセンターの前に、中高年者が道路にあふれんばかりいた。一瞬、競馬の馬券売り場か、と思ったほど、似た雰囲気の男たちばかりで、いかにも殺伐としている光景だった。近年、駅前や繁華街にパチンコゲームセンターが増えた。明るく、華やかな店内は昔のパチンコ店のイメージとは違う。女性客もかなり入っている。都会に住む日本人は1人世帯が多いからか、携帯電話にせよ、パチンコゲームにせよ、機械を相手に遊ぶレジャーが好きなのだなあと思う。直接、ほかの人と会ってしゃべったり、遊んだり、一緒に運動したりする機会があれば、そっちのほうを選ぶのだろうが。

 駅近くのブックオフに久しぶりに寄った。半年ぶりぐらいか。すっかり、本の配置が替わっていて、1階はほぼ全部がコミック類だった。前は、コミック類を含め、1階にさまざまな分野の本が陳列されていた。売れるものを1階に並べるという常識にしたがえば、字が一杯詰まっている本に比べ、コミック類のほうが読まれているということか。新聞を読まない、本を読まない、そして議論をしない、そういう若い世代が日本社会を担うのかと思うと、心配になる。

 ところで、ブックオフで『ソニー自叙伝』という本があったので、手にとってみた。1998年3月に出版されたもので、著者はソニー広報センターとある。創立50周年を記念して会社が発行した『源流GENRYU』をもとに、市販向けの本をつくったという。私も当時、同社から『源流GENRYU』をもらい、目を通したことがあるが、『ソニー自叙伝』をいま読むと、21世紀のソニーをばら色に予想していて、とても違和感がある。2000年前後を境に、ソニーは時代の先端を走る一流企業から脱落する。50年の歴史で培ったコーポレート・カルチャー(企業風土)がネット時代の急激な経営環境の変化に即応できなかったのである。自分の会社をすばらしい会社だと広報が書いて市販するというのは普通に考えればとんでもないことだが、そういうおごりが会社をダメにしたという教訓として古書の『ソニー自叙伝』は105円の値打ちなのかと思った。

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「金融・資本市場競争力強化プラン」とは大げさ!

 経済財政諮問会議の金融・資本市場ワーキンググループが11月30日に「金融・資本市場競争力強化プラン」(仮称)の検討状況を報告、議論したという。

 そこで議論されている課題の1つは、証券取引所と商品取引所のいずれも、限られた商品しか扱えないので、諸外国の取引所のように総合的に幅広く商品を扱えるようにすべきではないか、という点だ。即ち、株式、債券、商品先物、商品(現物)は無論のこと、さまざまなデリバティブ(金融派生商品)をも含めて、どこの取引所でも手広く扱うようにしようという話である。

 すでにロンドンでも、ニューヨークでも、シンガポールでもやっていることだが、これまで日本でなぜ簡単にできなかったのか。その理由はいたって簡単、官庁の権限争いである。

 リスクのある金融商品という切り口では株式も商品先物も変わりがないから、英国のように1つの法律で規制したらいいのではないかという考え方が10年以上前にあった。しかし、証券取引所を所管する大蔵省と、商品取引所を所管する通産省・農林省は、自らの権限を失いたくないので、限られた自由化・国際化にとどめた。もちろん、一本化というような改革をしようとすれば猛烈なエネルギーが必要だが、そんなことまでしようという意思も意欲も官僚たちにはなかった。そういう事情もあった。だから、これまで異なる法律のもと、異なる所管官庁のもとで、各取引所は狭い分野の商品だけを扱ってきた。

 ワーキンググループの見解は、各取引所が幅広く商品を扱えるようにするが、商品の規制は金融商品取引法、商品取引所法それぞれによるということにするようだ。それだと、役所の縦割り権限は残るから、天下りポストはいままで通りだ。しかし、木に竹を接ぐような面もあるから、使い勝手はよくないだろう。

 こんな程度の改革なら、10年前でもやろうとすれば、やれたはずだ。日本の行政は、いつも、ロンドンやニューヨークを後追いするばかりで、先を読んで欧米よりも一歩前に出るという発想がない。ファイアウオールの緩和・撤廃、市場監視体制の整備などの課題もやはり後追いである。これでは、国内の銀行、証券会社などもほとんどが内弁慶から脱皮できないし、世界に伍す金融・資本市場を形成することも難しい。

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2007年12月 1日 (土)

地方自治体の06年度普通会計決算

 2006年度の都道府県および市町村の普通会計決算の概要が11月30日に総務省から発表された。概観すると、景気の回復による税収増により、地方自治体の財政状況は普通会計に関して都道府県、市町村のいずれもわずかだが改善された。

 国、地方とも、景気上昇による税収増で財政状態が若干良くなったが、猛烈な借金状態にあることは基本的に変わらない。今後の経済見通しにかげりが出てきたからといって、「それっ、財政出動だ」という発想は願い下げにしたい。

 歳出削減は都道府県で連続8年、市町村で連続5年。歳入のほうも同様に8年連続減、5年連続減だ。

 財政構造に目を向けると、都道府県の場合、歳入総額に占める一般財源の割合は年々上がっている。06年度は61.1%(02年度は52.0%)。一般財源の内訳をみると、地方交付税の割合が下がり、地方税(02年度30.2%→06年度37.9%)と地方譲与税の割合が増えている。市町村でも同様で、一般財源の割合は徐々に上昇し、06年度59.6%(02年度56.9%)。地方交付税の割合は下がり、地方税(02年度34.4%→06年度36.8%)、地方譲与税の割合が上がっている。

 歳出決算額の目的別構成比をみると、はっきりした傾向が現れている。都道府県では、民生費の割合が増え(02年度22.3%→06年度27.1%)、土木費が減っている(02年度17.6%→06年度15.0%)。市町村でも、土木費の割合が減少し(02年度18.1%→14.5%)、民生費の割合が上がっている(02年度8.7%→06年度10.2%)。都道府県、市町村とも、歳出全体に占める割合が上がり続けていた公債費が06年度に少し下がった。

 将来にわたる実質的な財政負担は、都道府県が79兆801億円(05年度比594億円減)、市町村が56兆9934億円(同1兆3517億円減)と非常に高い水準だが、わずかながら改善された。

 ところで、この市町村分の発表資料の参考として添付された図<目的別歳出充当一般財源等の状況:団体区分別>は興味をそそる。一般財源等に占める地方交付税の比率を都市の区分別に表示している。それによると、大都市は9.0%、中核市は15.8%、特例市10.8%、中都市16.5%、小都市34.4%、町村42.9%。

 一方、それらの都市で、地方税の占める比率は正反対で、大都市は66.0%、中核市は61.9%、特例市65.4%、中都市59.0%、小都市42.0%、町村32.7%となっている。地方税と地方交付税を足すと、すべて75%ちょっとになる。総務省による財政調整は地方税収の格差をほぼ完全に打ち消すように地方交付税を給付していることがわかる。税収だけで格差云々との批判がひどく的外れだということが明白である。

 それとともに、地域経済を活性化する努力をしてもしなくても、地方自治体の財政状況はさして変わらないというこの仕組みは、地域が自主、自立に向かって努力しようという意欲を生み出さない点で問題だ。これでは日本全体が沈んでしまいかねない。

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