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2008年1月30日 (水)

中国映画「胡同の理髪師」を味わう

 北京にある古くからの狭い路地と密集した住宅は胡同(フートン)と呼ばれる。そこに住む93歳の床屋(理髪師)のチンさんの日々を描いた映画「胡同の理髪師」を観た。

 一人暮らしで毎日、規則正しい生活をするチンさんは、古いゼンマイ時計で朝6時に起き、夜9時に寝る。高齢となったいま、午前中はおんぼろの三輪自転車に乗って、古くからのなじみの客の住まいを巡回し、理髪する。午後は近所の人とマージャンを楽しんだりする。時おり、息子が訪ねてきて、息子の家族の様子をチンさんに話す。そうした人情味あふれた胡同での日常を淡々と描いているのだが、その中に、急速に移り行く時代の変化が写し出されている。

 その変化の1つが、オリンピック開催で拍車がかかる、市街地の近代化、高層化に伴う胡同の消滅である。映画では、チンさんの住む胡同がいずれ取り壊されるとわかる。何百年と庶民が暮らしてきた胡同が消えていくことに対して、映画は静かに哀惜の念を表している。

 日本のバブル時代のように、地上げ屋らしき人物が胡同取り壊しに取り掛かっており、胡同の家を手放す人には多額の補償金が支払われるらしい。チンさんのなじみ客の息子は高層の豪華マンションに住んでいて、父親に入る補償金をねらっている。そうしたカネに対する欲望が人の心を変えてしまうさまを示している。

 チンさんの息子は年金暮らしで身体の具合も悪い。しかも息子の息子、つまり孫は失業していて、嫁さんが子供を産むというように、生活苦にあえいでいる。そんな息子にチンさんは自分の貯えからおカネを出してやる。社会主義国家が変質し、社会保障も細々としている中国がそこに浮き彫りにされている。 

 チックタックと音がする振り子の柱時計、手動バリカン、三輪自転車、金魚鉢等々、ゆっくりと時間が流れる時代を象徴するようなものがチンさんを取り巻く。それらはチンさんにとって大事であるだけでなく、映画を観る私たち、あわただしい日々に追われている者にとってもほっと心なごませるものである。

 個人的には、たまには中国の支配体制を撃つような映画を観たいものだという気持ちだが、それはないものねだり。それはさておき、テレビの中国語講座にも出演した主演のチン・クイさんは「もう仕事はやめたい。でも、お客さんがいるから止められない。お客さんは動けないけれど、私は動けるから行く」と語っていた。すごい、究極のサービス精神だ。

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