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2008年2月29日 (金)

王子江の水墨画展を見て

 来日して20年の水墨画家、王子江(おうすこう)の作品を東京・上野の美術館2カ所で見た。この分野に疎いので、水墨画というと、山水の景観を掛け軸にしたものを想像していたが、全く違っていた。最初に見た「人生楽事」は、中国だろうか、川っぷちの屋台でおおぜいの人が食べ、飲んでいる様子を描いたもので、縦は2mぐらい、横が6、7mあり、その大きさにびっくりした。だが、後日、見た「天地萬物逆旅、光陰百代過客」、「聖域陽光」などはそれよりはるかに大きかった。

 水墨画というと、白黒のモノクロが普通だが、王子江はカラーも使っている。それが大きな絵にはよく合っている。京都、屋久島など日本の景観を題材にした水墨画も展示されていたが、個人的には「初雪の木曾福島」がとても気に入った。

 上野の展示では見ることができないが、薬師寺(奈良県)には横100m、縦2mの水墨障壁画「聖煌」が収蔵されている。姫路市、千葉県茂原市にも100mの水墨障壁画があるという。100mというとちょっと想像つかないが、見てみたい。

 ビデオで彼が「人生楽事」を制作している様子を見ると、私たちが書道で使うような筆で描いている。それも、白いキャンバス(というのか?)のほぼ真ん中から人の顔を描きだしている。全体の構図をきっちり決めて描くのではなく、おおまかに決めた後は、描いていくうちにイメージが広がるということで全体ができあがっていくようだ。また、筆の運びは速く、筆先が魔法のごとく人物などを創り出すのは見ていて感嘆してしまう。

 彼の水墨画は、自然景観を描いたものもあれば、人を描いたものもある。人でいえば、1人ひとりの表情や感情がはっきりとわかり、まるで生きているような気がするほど。「電車・百態人間速写」は電車で見かけた人の顔ばかりを描いているが、彼の描写力のすごさがよくわかる。

 「世界人類の平和を祈る」というサブタイトルの王子江展で、彼は「自然や人間のすべてにわたって興味を持ち、研究し、沈思し、真心をこめて作品を創作していきたい。それは作品によってこの時代を記録することであり、それが画家の使命でもあると信じております」(作品展示案内より)と言っている。まだ50歳で、会場にいた彼と話したら、謙虚で明るい人柄だった。 

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埋蔵金論議もいいけど、フローの財政改革が必要

 自民党の財政改革研究会(与謝野馨会長)が2月27日に「霞が関の埋蔵金」に関する報告を発表した。特別会計や独立行政法人などの積立金、剰余金などは将来の給付に備えて積み立てたり、経済変動に備えて積み立てているもので、これまでも必要以上に増えた場合には一般会計に繰り入れたり、国債の償還に充てたりしているという。これらは一過性の財源で、毎年の安定財源として期待できるものではないとのことだ。

 特別会計などが過剰に余裕資金を抱え込んでいるのは、無駄づかいを誘発しかねないから、財政効率の観点上、好ましくない。中川秀直自民党元幹事長が4、50兆円と言っていた「埋蔵金」が事実なら、それを財政事情の厳しい国の一般会計予算に取り込むというのも意味のないことではない。とはいえ、バランスシートの資産と負債の勘定に両建てになっているものだから、目の色変えて議論する問題ではないとも言える。

 そんなことよりも大事なのはフローの改革である。つまり、歳出・支出の中身の徹底した見直し、削減が求められる。一般会計、特別会計、それにつながる独立行政法人、特殊法人などに関して、歳出・支出をゼロ・ベースから洗い直すことがとても大事だ。従来、予算が付いていたから、来年度も付くものだという思い込みを排し、歳出・支出の優先度をつけて限られた予算を配分するという当たり前のことをやってもらいたい。

 税金と借金を基本とする歳入・収入については、財政赤字の累積を考えると、増税をという意見もあるが、まずは歳出・支出総額をいかに削るかが先である。増税はその成果が出てからのことだ。

 最近、2011年度にプライマリー・バランス(PB)を実現することは難しいという声が聞かれる。それと裏腹の関係で、08年度補正予算で農業関係などのばらまき予算が復活したり、社会保障予算の増加抑制を撤廃すべきだという意見が出てきている。道路特定財源の10年延長とそれによる道路建設の推進も、同じ流れにある。これらフローの歳出・支出放漫を抑制するための改革が「埋蔵金」なんかよりはるかに重要な課題である。

 国も地方自治体もだが、歳出で大きいのは役人、職員の人件費である。彼らは給与をもらっているのだから、まず自分の頭や身体を仕事にフルに使ってほしい。ともすれば、彼らはほかに予算をもらわないと、仕事をしないきらいがあるが、それは誤った先入観によるものである。 

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2008年2月26日 (火)

増え続ける国の借金と道路特定財源とは関係ないのか

 国の借金である国債・借入金・政府短期証券の合計が昨年12月末で838兆50億円になったという。それとは別に、政府保証債務残高が47兆9214億円ある。厳密に言えば、国が保有する資産を差し引いて考えないと財政悪化の実態はわからないし、特別会計などの抱える資産・債務なども合わせて考えなければ国の本当の財政状態はつかめない。

 それはそれとして、国の借金が景気の良し悪しに関わらず増え続けているのは異常事態である。危機のアラームが何年も前から鳴っていて、財政破綻に一歩一歩近づいている。自民党の一部には財政再建のために消費税引き上げに正面きって取り組もうという動きもあるが、大半は無関心と見受けられる。

 そして、彼らに共通する欠陥は、一般会計も特別会計も同じ国の財政であることを理解していない点だ。一般会計で借金が増え、危機的な財政状況であるのに、道路特別会計で入ってくる税金を一般会計に回そうとはしないで、あくまで道路建設に使うと頑張っているのである。国土交通省の道路屋さんは道路をつくることしか頭にない。それに、天下りを保障する仕組みを維持するのに懸命だ。だからといって、国の将来を左右する政治家が道路屋官僚の掌で踊っている姿は醜い。それにしても、冬柴国土交通省大臣はひどすぎる。公明党がそんな政党だったとは驚きだ。

 全国知事会などが暫定税率の廃止などに反対している。道路好きの首長もいるが、各自治体とも年度予算案を昨年末までに組んでしまっているので、暫定税率を廃止されると歳入が減って歳入欠陥が生じるからである。民主党がいまだに説得力のある代案を提示していないこともあって、各首長は政府・与党案を支持している。

 したがって、民主党が取るべき道は、暫定税率を1年間だけ延長することである。それで自治体を安心させ、これから1年間かけて道路特別会計・道路特定財源の仕組みを抜本的に見直したらいい。首長の多くは一般財源化し、自治体が自由に使える財源が増えることには賛成だし、それでこそ真の地方自治に近づくからだ。

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2008年2月24日 (日)

武藤副総裁しか日銀総裁にふさわしい人はいないのか

 日本銀行の福井俊彦総裁の後任人事をめぐって、政府・与党と民主党との折衝が延々と続いている。しかし、後任選びは国民には解せないことばかりだ。

 第一に、政府・与党は財務省事務次官だった武藤敏郎副総裁が適任だとして内々、民主党に武藤総裁案を提示しているようだが、なぜ武藤氏がいいのかの説明が聞こえてこない。武藤氏が金融政策の専門家としてすぐれた見識を持っているなんてことは聞いたことがない。また、海外の主要国の中央銀行総裁とわたりあえるという話も全くない。日本国内で、福井総裁を補佐する点ではすぐれていたのかもしれないが、それは日銀総裁になる十分条件ではない。

 日銀内部には(OBを含めてかもしれないが)、武藤氏の総裁就任を望む声が強いという。政府と時には対立しても、日銀の使命に照らして独自の政策を貫くという意味で、武藤氏のリーダーシップに期待する、というのなら、それは立派な姿勢である。だが、これまでの武藤氏の実績からは、そんなことは想像できない。日銀内部の武藤支持派はつまらん思惑で動いているだけと思われる。

 第二に、民主党はあれこれ言っているが、なぜ、対案、つまり、武藤氏以外の適切な候補者を挙げないのか。これまでの報道を読む限り、自信を持って提示できるだけの別候補を持っていないようにみえる。これでは、だだをこねているだけと国民の目に映るのではないか。できれば、リーク(情報漏えい)の形で、別の適任者を国民に示してほしい。

 それにしても、日銀総裁にふさわしい人物が払底しているのは情けない話である。まず、金融界には、この人ありという人物が見当たらない。学者・エコノミストの中には、やらせてみたら、意外に適任だったという人もいないわけではなさそうだが、学識だけでは総裁は務まらない。近年、学者が突如、大臣になったりする異分野交流が始まったように、こうした横の人事異動をどんどん実施してゆけば、内外に通用する第一級の人物が増えるだろう。

 民主党はゼロ金利や超低金利政策をとってきた日銀を批判している。その延長で、武藤氏の日銀総裁昇格に批判的になっている。だが、日本経済がデフレから脱却するためには必要な金融政策だったという見方が専門家の多数意見だ。日銀の政策決定会合でも、そうした意見が全員ないしは圧倒的多数だった。

 巨額の財政赤字を累積してきた政府・与党は金利引き上げには反対だ。もちろん財務省は反対である。また、借金の利払い増になるから、産業界も金利引き上げに基本的に反対する。国債をたくさん抱え、国債の値段が下がるのを避けたい金融界も同様だ。というわけで、根っから財務省人の武藤副総裁も、経済界の代表の審議委員も低金利政策の是正を積極的に推進しようとしない。たくさんの貯蓄をしていて、金利の正常化で受け取り金利が増える消費者の立場を主張するのは学識者にしか期待できない。それだって当てにはならない。

 日銀の独立性などと言うが、そもそも、総裁、副総裁、審議委員にどういう人を選ぶかにもっと目を向ける必要がある。そこの問題を民主党はもっと突くべきではないだろうか。

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2008年2月21日 (木)

「国際連帯税」導入をめざす超党派議員連盟

 最新のイージス艦は日本国を守るとともに日本国民の命を守るためにあるはずだが、その原理原則がおろそかになっているのかなと思ってしまう。この際、防衛オタクともいわれる石破防衛大臣に不祥事の重なる防衛省を徹底的に叩き直してもらうのがいいかもしれない。大臣の責任を追及して辞めさせるのもいいけど、後任者がどこかの省の大臣のように無能だと、役人の代弁者になってしまい、かえって叩き直しができなくなる。

 それはさておき、衆参のねじれ現象で不毛のやりとりが続く国会に飽き足らない与野党の議員が超党派で議員連盟をつくる動きが目に付く。「国際連帯税」の導入をめざす超党派議員連盟が発足するのも1つ。北川正恭早稲田大学教授らが始めた「せんたく」に呼応した国会議員の超党派の会もそうだ。官僚政治では日本はろくなことにならないから、政治家がしっかりしてくれないと困る。その意味で、国会の混乱とは別のこうした超党派の動きは歓迎される。

 「国際連帯税」について言うと、すでに始まっているのが、フランスが2006年7月に導入した航空券税である。それにいくつもの国が追随している。途上国を援助するODA(政府開発援助)とは別に、エイズなどの治療に充てる資金を、グローバルな、つまり国境を超える取引活動への課税で生み出すのが「国際連帯税」である。国連でも、西欧諸国でも実現のための模索が続けられてきた。

 以前から知られているのは、経済学者、ジェームズ・トービンが提示した「トービン・タックス」である。これは要するに通貨取引税である。国境を越える為替取引に課税するもので、それによって行き過ぎた為替投機を抑え、為替の安定を図ることにねらいがあった。フランスが本拠のATTACというNGOはトービン・タックス導入をめざしていて、日本にも拠点がある。

 グローバルな金融取引は年を追うごとに膨れ上がっている。最近のように、サブプライムローン問題に端を発し、世界の金融マーケットが不安定になってくると、極端な通貨レートになって実物の貿易取引などに悪影響を及ぼしかねない。トービン・タックスの必要性が高まっているとみることもできる。

 したがって、自民、民主、公明、共産、社民の各党の有志議員が超党派議員連盟に加わって我が国も「国際連帯税」を実現しようというのはタイムリーである。政界再編との関わりがあろうとなかろうと、社会保障などの重要課題についても、超党派で素早く問題に取り組んでほしい。

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2008年2月19日 (火)

全国ユニオンが指摘する労働の現実

 全国コミュニティ・ユニオン連合会の鴨桃代会長に、春闘の取り組みなどについて話を聞いた。ひどい労働条件に苦しんでいる未組織労働者を支援している全国ユニオンはことしは「08均等待遇春闘」と銘打って、①均等待遇・格差是正(改正パート法の活用)、②60歳以降の雇用の確保・適正化(高齢法悪用との闘い)、③労働者派遣法の抜本改正、の3つに焦点を合わせているそうだ。

 具体的に挙げられた事例の紹介は省くとして、労働条件を一方的に大幅に引き下げる企業が少なからずあるのには憤りを感じる。人間らしく生きるためには賃金、労働時間、休暇などについて、これ以下はいけないという下限が法規制を含め、おのずからあると思うが、そうした一線を無視する企業があちこちに実在しているということである。そして、派遣で違法雇用がばれるとまずいということで、人身事故が起きても救急車を呼ばない事業者があるという話を聞いた。

 そうした非人間的な労働状況にある人たちに救いの手をさしのべる貴重な労組が全国ユニオンであるが、日雇い派遣の問題をはじめとして、どうして労働をめぐる問題が噴出しているのだろうか。

 非正規雇用が増えた背景には、国内外で競争が激化し、企業がコスト引き下げに血眼になっていること、雇用に関する規制が緩和されたことなどが挙げられる。だが、それに加え、既存の労働組合が正社員の労働条件にのみ取り組み、同じ職場で働くパート、派遣労働者を仲間に迎え入れなかったことも無視できない。その結果、ケータイの普及に伴い、日雇い派遣のような、雇う側に便利な雇用形態が急速に広がった。

 そして、グローバルな競争の激化、それに突き動かされた国内企業のコストダウン、あるいはデフレ経済下での下請け事業者への値下げ要求等々で、企業によっては生き延びるために、正規雇用であろうと非正規雇用であろうと、働く者の暮らしや基本的人権をないがしろにするようになった。労働者も職を失わないために、企業の無茶な要求を受け入れざるをえないこともあった。

 そうした動きに歯止めをかけるのは本来、労働組合のはずだが、企業内組合であるために、鈍かった。いま、そのツケが来ているように思われる。ともすれば、法規制の強化で解決しようとしがちだが、下手に強化すれば、企業の手足をしばる結果になって雇用を減らすことにもなりかねないし、働き方の多様化を妨げることにもつながる。もっと労働運動が連帯を強化していき、未組織労働者を仲間に入れる努力が必要な気がする。

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2008年2月17日 (日)

公開討論会「徹底討論・温暖化問題」を聞いて

 東京大学などで構成するサステナビリティ学連携研究機構(IR3S)が主催した、ポスト京都を見据えた日本の戦略を議論する公開討論会「徹底討論・温暖化問題」が2月16日に東大・安田講堂で開かれた。住明正東大教授がモデレーターとなり、京都議定書のあとの温暖化対策をめぐってかなり熱を帯びた議論が行われた。

 図式化すれば、日本もEU同様に排出権取引を導入すべきだという意見と、セクトラルアプローチを基本にすべきだという意見とが真っ向から対立した。前者は西條辰義大阪大学教授、植田和弘京都大学教授らが主張、後者は松橋隆治東大教授、桝本晃章東京電力顧問が主張した。福田康夫総理大臣が先に世界経済フォーラム(ダボス会議)で演説した内容は後者だと思われるが、討論会では、早く日本の戦略を明確に打ち出さないと、日本は孤立し、不利になるとの意見が多かった。住東大教授は、かつての銀行のBIS基準と同じことになりはしないかと指摘したが、その通りだと思う。

 EUがどんどんキャップ・アンド・トレードの排出権取引で先に行っている。そして、米国の次期大統領が誰になろうと、米国は大きく環境戦略を転換するし、EUに歩調を合わせる可能性がある。そういう状況なのに、日本は環境省、経済産業省合同の審議会においても、意見の対立が続いている。対立の内容は基本的に討論会と同じだ。温暖化対策は本来、政治が決める重要課題だが、国会の論戦はもっぱら道路特定財源の暫定税率などに焦点を当てている。日本の政治が機能不全に陥ったままだと、人類の運命を左右する温暖化について、日本の明確な戦略は描かれない懸念がある。

 討論会で、印象に残った意見を紹介すると、 

・「安倍前首相が2050年には温室効果ガスの排出量を半減するというクールアースを提案した。これは大きな意味を含んでいる。現在、先進国と途上国の排出量が半々だから、2050年に途上国が横ばいなら、先進国は排出量ゼロにするということだ。社会経済をそのままにして、多少、節約することですむ話ではない。途上国の貧困削減対策を合わせていかないと成功しない。」(植田京大教授)

・ 「EUは軍事力では米国にかなわないので、競争戦略として、持続可能な発展とからめて環境をとりあげている。では日本はどういう戦略なのか、そこがはっきりしない。国際的な金融市場のもとで、日本の一部にだけ通用するような制度ではだめだ。」(同)

・「京都議定書は排出総量を固定し、価格で調整する仕組み。EUの排出量取引はまさにそれである。EUは炭素排出を生産要素の1つとした。日本もそう考えねばならない。過去、日本は無策の10年だった。」(西條阪大教授)

・「IPCC第4次報告にもセクトラル(セクター別)アプローチが書いてある。日本はそれでリーダーシップがとれる。途上国にも参加してもらい、世界が公平に少しずつ削減するツールは何かが大事だ。キャップは企業の生死に関わる。」(松橋東大教授)

・「EUはトップダウン方式。エリートが高いところから決める。ヨーロッパ社会はストックが大きい。1つの制度ではなく、違いを認め合うことが必要だ。福田提案のように、公平な積み上げが実現したらいい。日本はアジアで温暖化の共同体があっていい。」(桝本東電顧問)

・「2050年に日本が70%削減できるか検討したが、50%分はいまの技術でいける。残りは炭素に値を付けることで達成できる。」(西岡秀三国立環境研究所参与)

・「皆、用意ができている。政府が方向を示せ。旗を振れ。アジア省エネ共同体を作り上げたらどうか。50年後を考えた良い日本モデルをつくること、それが一番の貢献である。」(同)

 討論会の締めで登壇した小宮山宏東大総長は「Is it too late?」と題して話し始めた。「行動を起こすべき時期にきた。もう始めないと間に合わない。ダボス会議の結論は、長期的視野を持とう(50~100年)、直ちに行動を起こそう、であった。」と述べた。映画「不都合な真実」を見て思い出したのが、核戦争で人類が滅びるというテーマを描いた映画「渚にて」だそうで、その最後のシーンには、誰もいない建物に架かっている白い幕に「There is still time --- Brother」 と書かれている、と話を締めくくった。       

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2008年2月15日 (金)

デイトレーダー云々で話題の経産省次官講演

 北畑隆生経済産業省事務次官が1月25日に財団法人経済産業調査会で行なった講演「会社は株主だけのものか? ―企業買収防衛策・外為法制度改正・ガバナンス―」が話題となっている。2月14日の記者会見で、北畑次官は週刊誌などで批判された発言について、「デイトレーダーの方に対して失礼な表現をした」、「競輪ファン、競馬ファンという言い方もいたしました。これも適切でなかった」とお詫びした。

 同次官は、調査会に無断で録音し、メディアに持って回った人がいたことを問題にしているが、いまどき、そういうやからがいることを想定せずに、わかりやすくと、つい口がすべったのは軽率だと言わざるを得ない。

 それはそれとして、調査会がまとめた公式の講演録が経済産業省のホームページに載っている。企業買収などで、会社は株主のものという面が強く出ているが、同次官は、本来、会社は株主、顧客、従業員、地域社会など多様なステークホルダーのものという、いまでは当たり前の主張を展開している。

 ただ、同次官の講演は、長期に保有する株主と、もっぱら短期的な売買をする株主とを分けて考えていて、後者について「デイトレーダーが会社の経営者だといっても、実体的にはどうも納得感が得られません」、「この会社はもうだめだと思ったら、株主は見限って出て行くのが容易です。よくいわれる経営者のモラルハザードだけでなく、株主にも随分モラルハザードが生じうるのです」と言い切っている。

 そして、「少なくとも経営責任を有する主体として株主を考える際には、同じ株主でも、会社と同じ船に乗る株主とそうでない株主に分けて考えなければならないだろう」、「会社も株主を選ばなければならない。そのためには、経営者がはっきりと会社の方針を株主に示すことで、自分たちの会社の方針に共感してくれる方に株を持っていただけるよう努力することが大切なのです」とまで言う。

 それらの二つを制度的にも分ける方法として、「会社の長期的な利益についてあまり関心がない株主と、(中略)長期的に会社の利益を最大化することに関心を持った株主を分けて、それぞれの多様なニーズに応える株式発行形態がとれないか、と考えております」という。そして無議決権株・多議決権株といった種類株式の発行と取引所上場を推進するとしている。

 北畑次官の基本的な認識は「少なくとも短期的な利益を追求する類の株主と多くの日本の経営者との考え方は違っています。会社を存続させ社会貢献を持続させることを重視し、そのため、配当よりも将来のための投資に向けた内部留保を重視してきたのが日本の経営なのです」というところに示される。

 しかし、講演で示された同次官の認識はかなり偏っていると思う。株式市場は長期投資だけで普段の売買がなくては適切な価格形成ができず、市場としての機能を欠く。投機が同時に必要である。また、会社と同じ船に乗って沈没することが予想できても株式を売れないというのでは、譲渡の自由を否定するもので、株式会社制度の根幹にかかわる。

 また、過去の日本型経営では、会社の経営者は大株主を丁重に扱ったが、零細株主を概して軽視し、冷遇してきた。また、大企業であっても、○○偽装が次々に発覚しているように、内に閉じこもった経営で、およそ外に開かれた経営ではなかったところが少なくない。

 そういう経緯を踏まえると、まだまだ、日本の企業にとっては、社員、経営者にとって都合のいい経営をしてきたのを改め、ステークホルダーの一員として株主をまともに遇するという課題が残っていると思う。

 企業買収に対する防衛策のありかたについての同次官の話は参考になった。一読をお勧めしたい。

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2008年2月13日 (水)

トヨタが春闘相場を決めると内需振興にならない?

 サブプライムローンに端を発した世界経済の暗雲は心配の種だが、日本は財政、金融とも景気対策で打てる手が限られている。したがって、総需要の6割程度を占める消費の拡大に期待する声があがり、格差問題、生活物価上昇等もあって、ことしの春闘の賃上げには政界、経済界においても、出せる企業は出せという好意的な見方も多い。

 そうした情勢の中で、自動車業界の労働組合である自動車総連の主要労働組合が13日に総合生活改善の要求を会社側に提出する。総連としての統一要求は、平均賃金引き上げが1000円以上、年間一時金が5ヵ月以上である。

 春闘相場を大きく左右するトヨタ自動車はどうかというと、同社の労働組合は1500円の賃上げ要求をするという。昨年も1500円の要求で、1000円の回答で妥結したが、ことしは「満額とってもらわねば」(高木連合会長)と外野の期待も大きい。

 トヨタは毎年、好業績を挙げてきているが、従業員に対する利益の還元はもっぱら年間一時金の増加で報いてきた。一時的な好業績ではないのだから、本来は、ベースとなる基準内賃金を上げるべきだが、それをしないできた。その結果、毎年、経済界で「あのトヨタでさえ、あの程度の賃上げしかしないのだから‥‥」という経営側の口実に利用され、春闘全体の賃上げ抑制が続いてきている。

 トヨタは総資本の代表的企業だから、同社の経営者は、賃上げ抑制による日本産業の競争力維持に努めてきたと自負しているかもしれない。ある時期までは、それが日本企業全体の体質強化に貢献したことは否定できない。だが、さすがに、ここまで来ると、春闘に対するトヨタの姿勢は、かえって内需振興による日本経済全般の回復の足を引っ張っているのではないかという見方も成り立つ。

 実は、連合はトヨタ労組に2000円の賃上げ要求をするよう働きかけた。しかし、それは拒否された。仮にだが、トヨタ労組が2000円を要求し、満額回答を断固かち取ったら、部品メーカー、下請け業者の労働組合もいままで以上の賃上げを獲得でき、また、ほかの産業の春闘にも影響が及ぶだろうから、それこそ内需主導型の日本経済に一歩前進することになる。しかし、日本一の企業であるトヨタの労組には、元来、そういう発想がない。

 トヨタ労組の綱領を読むと、「労働者の生活安定と産業・企業の発展は車の両輪」とあるが、「産業・企業」というのはトヨタ自動車のことである。そして、「現実には、大、中、小企業のおかれている条件は、必ずしも同一でない場合もあるので、大企業労働者の独善性、中・小企業労働者の依存性をともに払拭し‥‥」と言い切っている。戦後の混乱期に辛苦を重ねたトヨタ労組にとっては、生産性の向上による企業基盤の確立こそ優先すべきであり、他社や天下国家の立場には立たないことが基本的なスタンスである。それがいまの日本経済にとっては不幸なことかもしれないのである。

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2008年2月10日 (日)

写真展「マスケラの夢―ヴェネツィア―」から

 10日に始まった岩井敏写真展「マスケラの夢―ヴェネツィア―」(東京・渋谷区松濤美術館)を見てきた。ヴェネツィアのカーニバルは華やかな衣装に仮面(マスケラ)をつけた人たちがサンマルコ広場などに集まることで有名だそうだ。

 このカーニバルに行ったことがなく、しかもマスケラの写真を見たことがない人に、マスケラがどんなものかを説明するのは難しい。でも、さまざまな仮面をつけ、思い思いの色あざやかで、かつデザインもこった衣装を身にまとった人々が、幻想的な美の世界を表現していることは確かだ。

 60点ほどの作品を順次見ていったら、仮面は笑ったり、頬笑んだりしているものもあるが、多くは硬い表情や、きつい表情をしている。そして、妖艶な美しさを感じるものもあれば、底深い悲しさとか絶望、退廃のような雰囲気を感じるものもある。アップで撮ったりすることで、仮面の表情が心に何かを訴えてくるような気がする。そこが岩井氏の作品の特色ではないか。素人の感想である。

 仮面と凝った衣装によって何者かに仮装することで、普段の自分とは違う世界を体験できる。その楽しみで、フランスはじめ欧米先進国から毎年、おおぜいの人が参加しているという。もともと中世のヴェネツィアで、マスケラを付けて仮装していれば、男女の別も、身分の違いも、年齢もあいまいで、無礼講的に騒いでもよかったというところから始まっているものらしいが、私たち人間社会の秩序はそうしたものによってバランスをとっているのだろう。

 岩井氏は公認会計士で、人類の偉大な発明の1つである簿記の発明者、パチョーリのふるさとを訪ねるうちに、カーニバルのマスケラの写真をとるようになったという。だから、何回もカーニバルに行っていて、写真展は年季が入った成果である。

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2008年2月 9日 (土)

税金のむだづかいはやめてくれ

 道路整備特別会計―道路特定財源を従来の仕組みのままさらに10年延長しようとする政府・与党と民主党など野党との国会論戦は、福田首相らが問題点の指摘をまともに受け止めようとしないので、全然盛り上がらない。

 国土交通省は道路特定財源を使って職員の宿舎を建設してきたことを指摘されて、7日、07年度予算で建設する2ヵ所の建設を凍結すると発表した。社会保険庁が年金積立金を年金以外の支出に流用していたのと同じで、これらの官庁の職員は、道路財源だろうと、年金だろうと、本来の目的に限定して使うという節度がなくて、自分たちが好きに使える財源だと思っているようだ。

 宮崎県の東国原英夫知事が政府・与党案を全面的に支持して街頭演説までしているのには驚いた。つい最近、「せんたく」の発起人になり、地方主権を推進する政治改革の新しい旗手になるのかなと思わせたのに、現在の時点で広い視野から道路特会―道路特定財源の意味を問い直すという重要な問題意識が欠けている人物だったとは。

 北海道滝川市の住民で、生活保護を受けている夫婦が介護タクシーを利用して札幌市の病院に往復通院したように装い、1年間にわたり、計2億円余を市からだましとっていたとして9日逮捕されたという。80kmも毎日往復できるのは相当に健康でなければ無理だ。1ヵ月に31日とか30日、通院したことになっているが、土、日も診察するなんてまずありえない。誰が考えてもそうしたおかしなことが多いのに、市は請求されたカネを払い続けていた。

 男が元暴力団員だから、市の職員は黙認していたのだろう。かつて瀬戸内海の豊島に産業廃棄物を大量に捨てるのを、香川県の職員が違法行為と知っていながら黙認していたのを思い出した。豊島のケースでは、県職員は暴力で脅されていた。そのしりぬぐいに何百億円もの税金や企業の寄付金が使われている。

 滝川市は人口4万5千人弱で、06年度の決算をみると、一般会計の歳出総額は207億円。民生費が36億円余。介護保険の支出は38億円である。だましとられた2億円がいかに大きな金額であるかがわかる。地方交付税だけでも67億円ももらっているのだから、市長以下、役職員に対し、税金をむだづかいしないよう、もっとまじめに行政に取り組んでくれよと言いたい。都会に住む納税者としては腹立たしい限りだ。 

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2008年2月 8日 (金)

店長への残業代支払い

 日本マクドナルドの店長に残業代を支払うよう命じた東京地裁判決(1月末)を受けて、セブン―イレブン・ジャパンも直営店について、管理職である店長に残業代を支払う方針を固めたという(8日付け日本経済新聞朝刊)。管理職という位置づけは変えないが、店長手当を大幅に削減するとのことだ。

 その昔、三洋電機の社長、井植薫氏は「管理職は24時間、会社のことを考えるべきだ」と言った。マクドナルドやセブン―イレブンの店長はそういうイメージの管理職ではない。ただ、店長は店の責任者だから、管理職的な要素も一部ある。したがって、セブン―イレブンが残業代を支払うことにするのは適切な対応だろう。

 ただし、制度を変更するのに合わせて、同社は従来、平均45時間だった残業時間を30時間に短縮するという目標を設定したという。総人件費を増やさないどころか、減らそうということらしい。転んでもただでは起きないがめつい経営である。

 残業問題については、このブログで幾度か取り上げた。昨年2月10日の「『家庭のだんらん』考、同2月14日の「時間外労働と賃金割増率を云々する前に考えるべきこと」、同6月29日の「長時間労働をなくすことに真剣であれ」である。また、ちょっと異なる視点だが、同9月12日の「子供が18歳になるまで短時間勤務認める会社」で、ちょっといい話を紹介した。

 それらで主張しているのは、もっと人間らしい暮らし、家庭生活を大事にしようということだ。もちろん、長労働時間をなくせば、すべてうまくおさまるというほど簡単なものではないだろう。しかし、少子化対策やワークシェアなどに深いつながりがあり、経済社会のありようを変える。

 おりしも春闘が始まったが、マクロ経済上も重要な賃上げの獲得とともに、労働時間の短縮にも全力を入れて取り組んでほしい。時間外の割増率を通常勤務日は完全に50%に、休日出勤は100%にすれば、経営にとっては、できるだけ時間外労働をしないように、という強い圧力になる。

 ただ、こうした割増率引き上げは、法定したほうが競争条件のイコールフッティングになるし、中小企業にも行き渡る。ナショナルセンターである連合などはもっとこの問題に重点を置くべきではないか。

 「日本の労働組合は(外国に比べると)最も経営側に対して発言してきた。経営側にはじかれて初めて立法をと言う」(毛塚勝利中央大学教授)。だが、大企業の労使関係がフレキシブルであるからといって、相対(あいたい)の個別交渉に任せていては、中小企業を含めた日本の労働者全体の長時間労働解消は実現しない。

 現実には、トラック運輸業界のように、顧客の要求にこたえるには絶対に8時間労働なんて遵守できないというところもあるようだ。そうした業界については、顧客が無理な要求をすることを禁止する法規制とか、CSR(企業の社会的責任)の面から無茶な要求をしないよう社会的な監視をするというようなことが必要かもしれない。日本型経営の強さそのものと長時間労働とは密接な関係があるとの見方もあろう。したがって、十分、議論をしていかねばならないだろうが。

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2008年2月 6日 (水)

金利変動による国債費の増え方

 金利が上がったら、国の財政の国債費はいくら増えるか。そんな試算を財務省が5日の財政制度等審議会財政制度分科会の合同部会で示した。1月にまとめた「日本経済の進路と戦略」をもとに、2008年度予算(案)の制度・施策が2011年度までの歳出・歳入に与える影響を試算した中に含まれている。

 名目経済成長率が1%台後半あるいはそれ以下だと前提して歳出と税収等を計算した[試算2]は国債金利を2%と仮定している。だが、もし国債金利が1%ポイント上がって3%だと2011年度の国債費は3.8兆円増えて27.1兆円になるという。2%ポイント上がって4%であると7.8兆円増えて31.1兆円になるし、3%ポイント上がって5%であるとすると、何と11.9兆円(消費税にして4~5%引き上げに相当する)も上乗せになり、35.2兆円となるとのこと。

 [試算2]の2011年度歳出は93.0兆円で、うち一般歳出が52.7兆円、ほかに国債費23.3兆円、地方交付税等16.9兆円である。それらと、上記の金利増による国債費の数値を比べてみれば、巨額の国債を抱える日本財政のひずみがいかに大きいか、がわかるだろう。金利が上がり始めたら、財政危機が表面化するのは必至だ。

 [試算2]の平均の名目経済成長率1.7%よりも高い成長率の場合、税収はいくら増えるかという試算もある。2011年度でみて、1%ポイント上乗せ、つまり2.7%成長だと税収は1.9兆円増の58.7兆円になる、2%ポイント上乗せだと3.8兆円増になり、3%ポイント上乗せだと5.7兆円増になる。名目経済成長率が上がることによる税収増加はそれほどでもないのである。

 サブプライムローン問題で尻に火がついた米国は、財政の大赤字もやむなしと財政出動に踏み切った。金融も大幅な金利引き下げ、金融緩和を実施した。したがって、日本でも超低金利の是正は目先なくなった。財政の国債費負担の点では、超低金利の継続は歓迎ということになろうが、政府も与党も、財政規律が締まらず、いまだに国債残高が膨らみ続ける現実を直視する必要がある。

 道路整備特別会計―道路特定財源なんてものが存続していること自体が狂気のさたなのである。

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2008年2月 5日 (火)

「あらたにす」をどう考えるか

 最近、朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞の3紙が一緒になって「あらたにす」というネット媒体をつくった。3紙の1面記事、社会面記事、社説、1面下のコラムなどをまとめて読める。「新聞案内人」と名付けて、著名人の何人かに交代でコラムを書いてもらう。トップバッターは伊藤元重東大教授だ。

 3紙は何のために、こうした媒体をつくったのだろうか。「3紙の叡智を結集し、新しいことを生み出していきたいという願い」という発足の際の趣旨説明は茫漠としすぎている。

 確かに、3紙の記事(の一部)をまとめて読める、それも1面同士とか、社説同士等を比較して読めるというのは読み手には多少なりとも役立つ。しかし、3紙それぞれのネット新聞を読めば、大体、それらの記事は載っているし、ほかの記事もある。したがって、読者にとって、メリットは言われるほど大きいものではないように思う。

 「あらたにす」は比較して読めるのを強調している。それなら、読み手としては、毎日新聞、産経新聞なども載せてほしい。他紙は参加を断ったのかもしれないが。

 若者の多くは新聞をほとんど読まないし、まして購読しない。そうした中で、ネット経由で記事を無料で提供するチャネルを増やすのは、いまでも購読者が減っている日刊新聞にとっては、むしろマイナスに響くような気がする。日経の場合は、経済専門紙なので、ほかの2紙に比べ、マイナスはあまりないだろうが。

 というわけで、「あらたにす」を始めた3紙の意図がよくわからない。何か、隠された意図があるのではないかとも思えてくる。新聞の発行部数が年々減っているように、紙媒体である新聞にとって経営環境は非常に厳しい。そうであれば、大手3紙が共同行為をするよりも、切磋琢磨して新聞という媒体をより魅力あるものにする、ないしは報道機関としての機能を生かしてどう経営革新するか、ということのほうががいま求められているような気がする。

 噂では、3紙が手を組んだ裏には、大阪地区における新聞の極端な値引き合戦をやめるというねらいがあったという。販売正常化のカルテル的な行為を隠蔽するため、3紙で何か、もっともらしい活動をということで、ひねりだしたのが「あらたにす」だという説だ。再販売価格維持制度を守るというねらいもあるかもしれない。その真偽は定かではないが、3紙とも株式非公開であり、あらぬ疑いをかけられやすいことは確かである。 

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2008年2月 2日 (土)

毒入りぎょうざ事件で見えた日本の危うさ

 この国では、大きな事件でも、2~3ヵ月もすれば、大抵忘れ去られる。しかし、中国河北省の天洋食品工場で作られ、日本に輸入されたぎょうざに殺虫剤のメタミドホスが含まれていた事件は、オリンピックを控える中国にとって大打撃だが、日本に対しては基本的な食の現状を問い直すよう迫っていると思う。

 これまでも、輸入した中国産のうなぎ加工品、冷凍ほうれんそうなどに有害化学物質が使われていたため、輸入が禁止されたことがある。このため、近年、日本の企業は中国からの輸入食品の安全性を確保するため、農薬のチェックや食品工場の衛生管理などに力を入れているが、周辺農地の農薬までチェックするわけにはいかないなど、努力にも限界がある。

 食品偽装など日本も威張れたものではないが、中国は農薬や添加物などの使用状況をみると、日本よりも食品の安全性を確保する仕組みがまだ弱い。しかし、人件費が安い中国でつくられた食材のほうが、日本産よりもはるかに安いので、素材、加工品のいずれも日本の業務用、家庭用に浸透している。中国やその他のアジア諸国の食材は安いけれども、安全性のリスクは高いのである

 したがって、生協のようなところがたくさん扱っていたというのは驚きだ。生協の中には売れるものなら何でも扱うというところがあるが、理念を失っている生協がいたずらに存続するのは問題がある。また、小学校、中学校の給食でも、中国などからの輸入食材を使用しているところが相当あることが明らかになった。一切禁止すべきだなどというのは行き過ぎだが、食の安心、安全とかフードマイレージといった環境教育的な見地から地産地消に意識的に取り組むぐらいはしていてほしかった。

 日本では、農業に従事する人々の高齢化などで、耕作放棄地は年々増え、1割をゆうに超えている。他方、安い食材を求める結果、アジアを中心とする外国への輸入依存は下がりそうにない。しかし、農業は天候異変や水資源不足に大きく左右されるだけに、過度の輸入依存は食の安全保障上、不安がある。

 というわけで、短期的にも、長期的にも、食をめぐる私たちの安心、安全に対する保障は危ういのである。毒入りぎょうざ事件を契機に、食の安全保障をめぐる議論が高まってほしい。

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2008年2月 1日 (金)

社会保障国民会議に医師会が出した意見書

 政府は1月29日に社会保障国民会議の初の会合を開いた。社会保障の在るべき姿と、政府の役割および負担の分かち合いについて国民が納得する仕組みを議論するためで、民主党が参加を拒否したものだ。この会議には日本医師会の唐澤会長もメンバーとして参加している。

 その第1回会議に早速、意見書を提出したのは唐澤会長だけだ。「地域医療の崩壊、介護サービス提供基盤の未整備、いわゆる年金問題など、国民は不安を募らせています。国民を守る社会保障は、まさに平時の国家安全保障ともいえます。その重要性を認識され本会議を立ち上げられた福田総理に心から敬意を表する次第です」というところから始まるこの意見書は、1、2行おいてすぐ次のような内容が続く。

 「日本の対GDP総医療費は、OECD加盟30か国中22位ですが、日本の医療はWHOや諸外国から高く評価されてきました。そこには、国民の高い健康意識、医療従事者の献身的な努力、患者さんと医師や医療従事者と信頼関係があることを忘れてはなりません」。問題はすぐそのあとだ。

 「しかし、現在、社会保障への歳出削減により、地域医療、特に産科・小児科・救急医療が成り立たなくなりつつあります。さらに病院勤務医を中心に医師は疲弊しきっており、信頼関係も揺らぎつつあります。日本の医療は、もはや国民の意識の向上や医療従事者の努力だけで維持できる状況にありません」。そして、次の節で「日本が世界に誇る皆保険制度を、より充実させる前提で検討を進めるべきだ」と言っている。

 以上の内容を読み進むと、ひとごとのような言い方であるだけでない。いま起きている医療崩壊は国民の医療費負担が低いからだと暗に言っているように読める。しかし、そうだろうか。昨年4月14日のブログ「医師不足への日本医師会の取り組み」にも書いたことだが、小松秀樹著『医療崩壊』が指摘するように「勤務医は過酷な労働と安心・安全願望の攻撃を受けて、病院診療に絶望している」ことが最大の問題ではないのか。そうした現場の問題提起に正面から応えるのが本来、業界団体である日本医師会の役割ではないかと思う。

 同書に「日本医師会は開業医の利益代表として政治活動していると考えている」と書かれているように、医師会は苦悩する勤務医のためにほとんど何もしようとはしない。最近の診療報酬改定問題でも、開業医の再診報酬が勤務医より相当高いのを是正しようとする厚生労働省の方針を撤回させ、勤務医の窮状に積極的に手を差しのべようとはしない。要するに日本医師会は問題をカネの話としかとらえないのである。

 これでは、国民は救われないし、病院の勤務医はさらに減っていくだろう。開業医栄えて国滅ぶなんてことになりかねない。したがって社会保障国民会議は日本医師会の意見を真に受けることなく、小松氏が提起する問題点を中心に据えて改革の方向を打ち出してほしい。

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