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2008年3月 2日 (日)

ペットボトルをめぐる2つの話

 環境問題を議論するシンポジウムであろうと、ペットボトル水が講師のテーブルに載っている。いまでは、ペットボトルは水だけでなくお茶などほかの飲料にも使われ、軽い、蓋がしやすい、などで最も便利な容器になっている。しかし、1990年代の半ばごろまでは、ペットボトルは散乱ごみになりやすく、かつ資源の無駄づかいになるとされ、一般廃棄物を処理する自治体もごみ処理量を増やす要因にもなるとして使用制限を求めたりしていた。

 しかし、容器包装リサイクル法ができて、ペットボトルに対する批判は薄れていった。10年もたつと、そうした批判があったことすら忘れ去られつつあるが、今度、環境省はペットボトルの再使用(Reuse)を促進することとし、そのための条件整備を検討する研究会を立ち上げるという。繰り返し使うには、強度を上げること、内面に有害な化学物質が付着していないこと、臭いがついていないこと、表面が傷ついたりしても消費者が受け入れてくれることなどの条件が必要である。ドイツでは再使用されているなど、外国には再使用の実例があるが、日本の消費者はちょっとした傷や汚れがあるだけで買わないから、どういう結論になるか。

 空びんを回収して洗い、また使うというのなら、ペットボトルよりもガラスびんのほうが衛生面や表面の傷つきにくさなどですぐれている。ガラスびんは重いというハンデがあるが、石油などエネルギーコスト上昇を計算に入れたライフサイクル・アセスメントで、きちんとガラスびんとの比較もしてほしい。

 日本では、ペットボトルは水、お茶、コーラなどの飲料水の容器としてどんどん使われているが、米国などでは、ペットボトル入りの飲用水をやめて水道水を飲もうという動きが主要な都市のいくつかで部分的だが始まっている。水道水と味はさして変わらないのに、そして、ペットボトル水の4分の1以上は水道水を使っているのに、1000倍ものカネを払ってペットボトル入りの水を買うというのは納得できない人々が増えてきたからだ。それに、ペットボトルは散乱ごみの一因となっている。

 しかも、ペットボトルを製造するための石油の消費量は国全体では膨大な量にのぼるし、ペットボトルに入れる自然水を汲み上げ、びん詰めし、輸送するなどに要するエネルギー消費量も大きい。

 そこで、自治体のおいしい水道水を飲むほうが経済的だし、資源・エネルギーの無駄をなくすことになるし、環境保全にも寄与することから、主に自治体がペットボトル水をやめて水道水を飲もうという運動を自治体の内部で始めている。また、民間でもそういう動きが少し出てきている。こうした動向は米アース・ポリシー(レスター・ブラウン所長)のジャネット・ラーセン氏の報告に詳しい(Enviro-News2月25日参照)が、日本の政府や自治体も右ならえしてほしいものだ。

 前橋市など日本の自治体でも水道水をおいしくし、かつペットボトルに詰めて販売したりしている。環境省も、ペットボトルの再使用も悪くはないが、地球温暖化対策を考えたら、ペットボトル水を水道水にというキャンペーンを行なうほうがいま重要な政策ではないだろうか。それは、便利さ、快適性を優先してきたライフスタイルを見直すこととも関わっている。

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