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2008年4月19日 (土)

映画「靖国」雑感

 いま話題の映画「靖国」を観た。いくつかの映画館が上映予定から下りたあと、別の映画館が上映に踏み切ると伝えられた。また、国会議員を対象とする試写会があったり、右翼系活動家にも観てもらったりするたびにメディアが取り上げて報道している。これだけ巧まずして“前宣伝”が行なわれた以上、一般封切になったら、観客が多いことだろう。

 8月15日は別として、普段の靖国神社は静かで訪れる人も少ない。千鳥が淵の桜を見るためにやってくる人たちの一部がついでに寄るときに結構にぎわうぐらいだ。だから、映画で見る靖国神社の8月15日には驚いた。全く異質の世界が展開しているからだ。

 第二次世界大戦に敗北した1945年から半世紀以上過ぎたにもかかわらず、あの戦争において戦った人々、銃後で苦しい目にあった人々、犠牲になった人々、そして、それらの人々の子孫の中には、あの戦争の後始末というか総括に対して納得していない人が少なからずいる。それが8月15日の靖国神社に現れている。そのことが映画でよくわかった。

 しばらく前に、映画「明日への遺言」を見た。第二次大戦中、米国による東京大空襲に比べれば、規模は小さいが、名古屋への大空襲もあった。そうした空からの無差別爆撃は国際法に違反するのではないか。そうした疑問がこの映画の背景にある。

 日本はアジア諸国を支配下に置こうとして侵攻し、結局敗れた。その事実を歴史のどういう文脈に置くかによって、解釈は大きく分かれる。外交的な立場からみた日本政府の公式的な見解ははっきりしているが、それに国民が皆、納得しているわけではない。それが折りにふれ噴き出す。そして、アジアの国の反発を招くこともある。しかし、それは日本が言論の自由、表現の自由を保障するデモクラシーの国家である証明でもある。

 映画「靖国」については、8月15日の靖国神社にだけカメラを向けていたら、もっと我々日本人に深く考えさせることになるのではないかという感想を抱いた。靖国神社のご神体が「日本刀」であり、刀匠が「靖国刀」をつくる工程を映すことや、戦時中に捕虜などを刀で斬殺しようとする写真を何枚も映すことで、かえってストーリーがありきたりのものに単純化されてしまったと思えるからだ。

 戦争・軍隊に関わる映画と言えば、先日、韓国映画「光州5・18」を見た。1980年5月の“光州事件”を正面から取り上げたものである。日本の自動車生産や粗鋼生産などが世界一になった年に、隣国の韓国では、非常戒厳令が敷かれ、軍隊が、民主化を要求する学生・市民らと衝突し、武力制圧した。たった28年前のことである。いまのチベットを想起するような事態だが、当時の韓国には、いまの中国がそうであるように、言論の自由、報道の自由がなかった。だから、韓国国内に、光州の出来事がきちんと伝わらなかった。

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