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2008年4月10日 (木)

兜町には街としての活気がない

 半世紀近く前、記者として駆け出しの頃、東京証券取引所の中の兜クラブにいた。広い立会場に入ると、証券会社の場立ちなどがたくさんいて、当初、その雰囲気に圧倒された。電話で本社と場立ちの間をつなぐ係りの者は、手の動かし方で何の銘柄か、そして売りか買いかを場立ちとやりとりしていた。

 その当時、東証の中に銀行の支店などとともに売店があった。その中で眼鏡や貴金属類などを扱っていたが、その店が10年前に東証を追い出され、いまは「トウショウ売店」の名で日本橋兜町に小さな店を構えていたことをいまごろになって知った。しかし、今月25日に閉店するという。東証内に店を出してから55年になるそうだ。

 閉店するのは、街が閑散としていて、人のにぎわいが戻る可能性がないからだという。そう言われて、はたと気付いた。東証の機械化(コンピュータ化)で、場立ちをはじめとして証券界で働く人の数がうんと減ってしまった。その結果、兜町、茅場町は人気(ひとけ)がなくなった。かつては昼時に、若い男たちが立会場からあふれんばかりに出てきて活気に満ちあふれていたのに。

 立会場の無人化によってコストが下がる、取り引きの公正化が図れるなど、機械化はいいことづくめのように言われた。立会場はさまざまな情報が集約されるところで、場立ちがいる頃は、中に流れるうわさなどが相場を動かすことなどもあった。それだけ人間くさいところがあり、それが嫌いではなかったが、私も、どちらかといえば、機械化に賛同していたほうだ。

 しかし、ニューヨーク証券取引所はいまも立会場は人が一杯いる。それでも、世界的な取引所間競争で負けてはいない。機械化する、しないが取引所の競争力を決定するわけではないことは明らかである。日本では、東証の機械化によってたくさんの雇用を失い、かつ、街のにぎわいをもなくしたのである。その結果、上質の商品を売り、顧客へのアフタサービスを大事にすることをモットーとしていたトウショウ売店も消えていく。

 大型安売り専門店やネット取り引きなどが広がり、商取引において、人と人とのふれあいをどんどん排除する流れにある。かつ、グローバルな競争の中で、価格だけが売り手と買い手の関心事になってきている。しかし、それが結果的に雇用を減らし、人間関係を干からびたものにしていくのだとすれば、私たちはちょっと立ち止まって考えてみる必要がある。それでいいのか、と。 

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