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2008年5月11日 (日)

安全保障をめぐる対立的な考え方

 最近、国の安全保障をめぐって、全く正反対の考え方を新聞で読んだ。現代の日本を象徴するような気もするので、紹介する。

 Ⅰ:5月8日付け朝日新聞朝刊の投書欄に「国民の権利を防衛費が剥奪」と題する、長崎市の主婦からの意見が載った。その趣旨は、『国は財政難だというが、本当にそうだろうか。憲法第9条で戦力を持たないと約束しているのに、5兆円近い膨大な税金を防衛費に使っている。憲法第25条の、健康で文化的な最低限度の生活を営む国民の権利を防衛費が剥奪しているのではないか。いまこそ税金をどこに使ってもらいたいか、主権者の声を政府に届けるときだ』というもの。

 Ⅱ:5月9日付け日本経済新聞朝刊「経済教室」に渡辺利夫拓殖大学学長が「新・海洋国家論 ②極東アジアの地政学」を書いている。それによると、中国、韓国、北朝鮮、そしてロシア、これら周辺諸国の日本に対する姿勢は「日清・日露戦争の開戦以前の極東アジア地政学を再現したかのごとくである」。例えば、「北朝鮮はミサイル連続発射実験の後、ついに核実験を敢行した。照準は日本なのであろう」と言う。こうした「周辺諸国の挑発的な行動に直面して、日本は国家概念覚醒の時代に入るかと思いきや、現実は逆の方向に進んでいるかにみえる」。

 すなわち、覇権国家概念も国民国家概念も希薄になった日本は、そのことを善いことだととらえている。だが、極東アジア地域は、権力政治と民族主義が汪溢し、日本はそれら周辺諸国の追撃の標的となりやすい。「極東アジアにおける日本とはそのような存在である」ことを日本人が自覚すべきだと指摘している。

 2つの論点は180度違う。国の防衛に税金を使うのはいけないという前者の意見は、暗黙のうちに、日本は平和であり、誰も日本を侵略したりすることはないことを前提としている。これに対し、後者の意見は、極東アジアは民族主義が強く、日本の価値や理念を共有しない国々ばかりだから、外交、防衛で国益をしっかり守らねばならないということのようだ。

 ところで、最近の世界情勢は、ウクライナとグルジアがNATOに加盟し、その結果、NATOとロシアとが最悪の場合、戦争になりかねないといわれる。それに、バルカン半島では国家が分裂・生成している。このように、世界はアフガニスタン、イラクだけでなく、軍事的な対立・抗争が起きている。そうした世界の動向を見、かつ日本周辺諸国の対日姿勢を見ている専門家からすれば、安全保障問題をもっと真剣に考えないと日本は危ういということになる。しかし、識者がしばしば指摘するように、ずっと日本の国内にいると、そうした危機感をまるで感じないのだろう。

 そうした認識のギャップを埋める努力が必要である。だが、そのための議論がまるで行なわれないのは問題だ。それは即、国民が財政健全化の道筋をどう考えるかにも影響する話だから。防衛予算を廃止・縮小→社会保障費増加ということでいけるのか、それとも、防衛予算は維持し、増税等→社会保障費増加という道をとるのか、という政策選択に直結するのである。

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