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2008年5月 2日 (金)

経済がわからない「厚生」官僚

 厚生労働省の旧労働省系幹部OBがいつぞや「旧厚生省の人はおよそ経済がわかっていない。厚労省内で議論すると、話にならない」とあきれていた。旧労働省の人にしても、私から見る限り、経済がわかっているとは思えないが、その人たちがひどいと言うのだから、想像を絶するひどさだと推察する。

 厚生行政は年金保険、医療(医療、薬事、医療保険)、介護保険、保育など多岐にわたる。しかも、少子高齢化や日本経済の活力低下などで、それらに対する国民のニーズが増大しているので、提供するサービスの経済規模も増える一方である。しかし、厚生官僚には、国民が必要とする社会保障サービスは、政府が直接に関与してサービスの内容を決定し、かつ提供すべきものであり、カネもうけをする民間にはなじまない仕事であるという意識が強い。

 その結果、財政支出が許す範囲でしか、社会保障関連のサービスを提供しない。そして、無い袖は振れない、と平然としている。また、縦割り行政も強固なので、他省と一体で問題を解決するということも起こらない。というわけで、例えば、保育所が足りないために働くことができない子育て中の母親をなくすという「新待機児童ゼロ作戦」にしても、国家財政の予算が将来、いつか増えるのを漫然と待っているだけである。

 国民がどんなサービスを求めているか、それを供給するために、官民がこぞって衆知を集めて、どんな仕組みをつくったら、コストおよび満足度の点で一番よいか。そうした思考が情けないことに、厚生官僚にはみられない。社会保険庁の仕事ぶりが典型的であるが、厚生行政は相変わらず、経済学の考えや、お客さま志向が欠如したままなのである。

 5月1日付け日本経済新聞朝刊の「経済教室」に、学習院大学の鈴木亘准教授が「待機児童対策、市場原理で」を書いている。認可保育所に入っている子供の家庭だけが運営費(約2兆6千億円)のおよそ4分の3の補助金をもらっているようなもの。バウチャー(利用券)を全部の家庭に与えるほうが、すべての保育希望に応えることができるうえに、財政負担も少なくてすむという。

 国の財政は社会保障関連を担う厚生行政の分が突出して大きい。そして、まだ年々ウエートが上がる。経済学や市場競争原理などを知らない厚生官僚に任せておくと、財政の健全化どころでなくなる。  

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