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2008年6月29日 (日)

朝日新聞社株式の値段はどうしてこんなに違うのか

 朝日新聞社も株式会社だが、非公開であるとはいえ、売買された同社株式の値段が1株1600円というのと、6万3000円というのと2通りあるのには驚いた。昔から一物一価といわれているが、小口の取引と大口の取引の違いにしても、あるいは経営権に関わるまとまった取得であるか否かの違いにしても、こんな極端な価格差は聞いたことがない。

 報道によると、同社の社主で筆頭株主でもある村山美知子氏がテレビ朝日に朝日新聞社株式38万株(総発行株式数の11.88%)を239億4000万円で売却した。これは1株6万3000円に相当する。テレビ朝日は6月26日の株主総会で、専門家の意見も聞いて適正な時価で取得したという趣旨の発言をしている。

 ところが、朝日新聞社の社内持ち株会では、売り、買いとも1株1600円にすぎない。村山社主が売った価格が適正なら、社内持ち株会の売買価格は極端に低すぎることになる。社内での株式売買は時価とかには関係なく、代々の社員がバトンタッチしやすいように安く抑えておこうということかもしれないが、実態と遊離した低い売買価格は、たとえ非上場であろうと、利益の贈受与にあたり、課税の対象になっておかしくない。しかし、現実には、他の新聞社でもそうだが、課税されていない。

 テレビ朝日の株主総会では、株主の1人から、朝日新聞社持ち株会の売買価格の40倍もの高い株価で買ったのは親会社に上納金を納めたように思えるという発言があったという(27日付け朝日新聞朝刊)。持ち株会の売買価格を前提とすれば、こういう株主の発言が出て当然である。同じ1株の値段があまりに違いすぎる点について、納得できる説明を朝日新聞社から聞きたいし、税務当局の見解も明示されてしかるべきだ。

 村山氏は村山家ゆかりの財団法人香雪美術館に朝日新聞社株式を寄付したので、同氏の持ち株比率は14.61%に減った。それでも筆頭株主という。一方で、村山氏は朝日新聞社が所有するテレビ朝日株式の一部(総発行株式数の5%)を時価で買い取った。これらの取引および寄付は経済的な常識の範囲内である。それだけに、社内持ち株会の売買価格の異様さが目に付く。内と外では違っていておかしくないという日本的な発想が根底にあるのだろうか。

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2008年6月28日 (土)

「骨太方針2008」は骨太か?

 政府は6月27日に経済財政改革の基本方針2008(いわゆる骨太方針2008)を決定した。その4日前に開催された経済財政諮問会議(骨太方針の原案を審議)の要旨を読むと、骨太方針がどのように決定されているかがわかるやりとりが示されている。

 御手洗冨士夫議員(日本経団連会長)が「EUとのEPA(経済連携協定)は本当に喫緊の課題である」のに、骨太方針のEPA工程表には「将来の課題」とされていることに不満を表明。例えば、「できるだけ早く」というように、もう少し現実的な表現に変えてほしいと述べた。

 それに対し、大田弘子経済財政政策担当大臣は、それを次のように拒否した。「諮問会議で民間議員にご提案いただき、それを受けて私どもは最初の打出しはやって、各省や党と協議しながら、今、ここに落ち着いているというところはご理解いただきたい」と。

 大田大臣は、同じことをもっと率直に27日の記者会見で述べている。「まず、諮問会議で高目の球といいますか、あるべき姿が書かれて、そして、それが各省折衝で少し落ち着いて、また与党調整があるということですね」と。

 これでは、過去の政府や各省庁の審議会のやってきたこととさして変わらない。いまの経済財政諮問会議が小泉首相―竹中大臣の頃とは明らかに変質していることがわかる。

 小泉首相―竹中大臣のコンビのときは、2人のリーダーシップが明確で、諮問会議の準備を官僚任せにはしなかった。また、重要なテーマについては2人の事前の打ち合わせを行なっており、会議の要所で小泉首相の“裁断”が下された。所管官庁の意見を聞いたり、与党の了解をとりつけたりすることは必要であり、譲歩するところはするが、改革の基本は絶対に譲らないという構えがあった。

 それに対し、いまの福田首相は諮問会議に出席してはいるが、大田大臣との連係プレーはほとんどない。政局の難しさはあるにしても、経済財政改革についてリーダーシップを発揮しようという意気込みはあまり感じられない。大田大臣のほうも、よく「取りまとめ」という言葉を用いて、自分を進行係か司会役みたいに思っているらしい。骨太方針2008といっても、実際は政府・与党の結論待ちの部分が多いので“骨細方針”と言うべきかもしれない。

 八代尚宏議員(国際基督教大学教授)が23日の諮問会議で、次のように批判していた。従来は「原則としてどの省が、何を、いつまでに行なうという3つのポイントが示されていた。しかし、前回の諮問会議の素案から本日の原案の過程で、いろんな政策が盛り込まれているが、これらの中には「何々を推進する」というだけで、政策のPDCAが明確でないものが多く見られる。これでは国民にきちっと説明できる予算の基本方針には必ずしもならないのではないか」と。この懸念は決定された骨太方針2008にもそっくりあてはまると思う。

 もっとも、大田大臣は、諮問会議においては、いきなり落としどころで議論するのではなく、まず、しっかりした提案が行なわれ、それが議論され、素案、原案、最後の決定という過程が国民にはっきりわかるところがいいと言う。それは私も評価する。

 財政改革については、歳出・歳入一体改革の路線を引き継いでいるようにみえるが、2009年度予算案の編成にあたって政府・与党からの歳出増圧力をかわせるか怪しい。もっと国民に財政実態を説明し、フリーランチはないことをわかってもらうべきだろう。そこに、首相のリーダーシップのなさを感じてしまう。

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2008年6月27日 (金)

毎年、日本の人口が100万人余も減る近未来

 6月25日、厚生労働省の江利川事務次官のスピーチを聞いていたら、グラフを示して「日本の将来の人口は毎年、100万人以上減る。毎年、1つの県が無くなるぐらいの減少だ」という話をした。毎年の出生数の推計値および死亡数の推計値の折れ線グラフを見ると、ワニの口のように大きく開いていた。

 国立社会保障・人口問題研究所の資料によると、中位推計で日本の人口が年間100万人以上減るようになるのは2039年で、2040年代には年間106万人程度の減少と、最も減少規模が大きくなる。いまの少子化が続くと、恐ろしいスピードで日本の人口が少なくなることを示している。これでは、日本経済が成長することができるか危うい。まして、いま、問題が次々に噴き出ている社会保障の持続可能性はほとんど絶望的だろう。

 ところで、同研究所の資料を見ると、都道府県において、人口が100万人より少ないところは2005年に7県あった。少ない順にあげると、鳥取(60.7万人)、島根(74.2万人)、高知(79.6万人)、それに徳島、福井、佐賀、山梨と続く。

 それが、人口減小で、2035年には15県に倍増する。和歌山、秋田、香川、冨山、宮崎、山形、石川、大分が加わる。鳥取県の人口は49.5万人と50万人を切る。島根、高知は50万人台となる。2030年代~2040年代には、県が毎年1つずつ消えていくという表現もあながち誇張とは言えない。ただ1つ、東京都だけは2005年→2035年で人口が11.9万人増える。

 ついでに言うと、日本の老年人口は2005年に2576万人と、総人口の20.2%を占めた。それが2055年には40.5%と倍増する。少子高齢化の行き着く先は容易ならぬ事態である、という可能性は、相当に高いような気がする。政争の論点ばかりに目を奪われず、広い角度で少子化対策を考える必要がある。 

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2008年6月24日 (火)

竹中平蔵著『闘う経済学』から

 小泉内閣のもとで郵政民営化などを推進した竹中平蔵氏(慶応大学教授)が『闘う経済学』(08年5月)を出版した。経済財政政策担当大臣や郵政民営化担当大臣などとして小泉改革にたずさわった体験を、「未来をつくる「公共政策論」入門」という副題を付けて学生向けに書いたものである。

 小泉改革については、竹中氏の著書を含め、いろいろ書かれている。ここでは、『闘う経済学』の中で興味をひかれた個所を紹介してみたい。

 1.「ジャーナリズムの多くが、依然として官僚をニュースソースにしている」=不良債権処理のために打ち出した金融再生プログラムへの批判は、「政策批判というよりも、担当大臣である私(竹中氏)に対する個人的なバッシングの形をとった」。竹中氏はその理由の1つとして、このことを挙げている。

 2.「民主主義社会にあって複雑な制度は悪い制度なのである」=自治体の財政破綻などを招く原因を追及した竹中氏は、地方財政制度の問題点の1つに、「複雑でわかりにくい」点があると言う。わかっているのは担当の官僚だけであり、その結果、「彼らの都合のいいような運営をされてしまい、民主主義のチェック機能がまったく働かないことになる」と指摘している。

 3.「経済財政諮問会議の場が、政治のリーダーシップから霞が関的ボトムアップ型に変化している」=小泉改革のもと、政府系金融機関改革などのドラスティックな改革ができたのは、「総理の前で、民間議員が入って、利害調整ではなく政策論の正論をオープンに議論するという経済財政諮問会議の場があればこそだった」。だが、「2007年以降、経済財政諮問会議では、民間議員よりも各省庁側から出されるプランが圧倒的に多くなっているように見える」という。竹中氏はこれを「政策決定のプロセスは生き物のように変化しているということなのである」と淡々と記述している。

 4.「閣僚が官僚のいいなりになる最大の要因は国会審議にあると言う側面がある」=日本では国会の審議時間がかなり長く、「閣僚が国会に拘束されている時間は異常に長い」。「その間の法律審議等々では、大臣は法律についての細かい質問に対して答弁しなければならない。それを支えるのは官僚であり、彼らが想定問答を作成する関係上、官僚との良好な関係を保つことができなければ、国会審議を乗り切ることはほとんど不可能である」。したがって、「国会のシステムを変えない限り政治主導はむずかしい」という。

 5.「「特殊な」総理大臣のもとで、特殊な大臣が数名出てこないと、日本の政策決定プロセスはなかなか改革できないだろう」=政府与党一体で閣議決定する現在の政策決定プロセスだと、大臣に就任してから新しい法律案をつくって国会に提出し、成立するまでに2年かかるという。一方、「実は残念ながら、日本では大臣が2年の期間在職するのはむずかしい」。だから、大臣になって「1年間役所のいうことをよく聞いて無難に過ごすことができればいいということになる」。それは役所の望みとも合致するが、「日本の閣僚が大きな政治的な力を持ちえない1つの理由がここにある」。

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「脱藩官僚の会」異聞

 「官僚国家日本を変える元官僚の会」(「脱藩官僚の会」)の発起人会が6月19日にあった。元官僚で、天下りせず、自らの人生を切り拓いている8人のサムライが集まったという。

 この会の「設立の趣旨、目的」、「性格」、「活動内容」などを読んで、つい笑ってしまった。「やっぱり男だなあ、組織人間だなあ」と。

 たまたま、その数日前、「退職サラリーマンの社会貢献ーーその可能性と限界ーー」と題する公開講座(東京市政調査会主催)を聞いていたら、上野千鶴子東京大学大学院教授や、袖井孝子お茶ノ水女子大学名誉教授らが面白い発言をしていた。

 大阪のある銭湯で、客の何人かが「銭湯研究会」をつくった。そうしたら、風呂場で、会員同士が話しかけるときに、誰それさんと名前を呼ばずに、「会長、‥‥」、「部長、‥‥」などと呼ぶようになったという。また、そうした会をつくるとき、まず、きちっとした規約をつくるという。

 袖井さんが現在、会長をしているシニア社会学会は7、8年前に設立。大企業の定年退職者が多いうえに、会員の7割が男性で、設立に際して、男性は、まず組織づくり、規約づくりを優先したという。それを袖井さんは、「彼らは株主総会みたいに思っている」と評した。同会は「男尊女卑の風潮がある」とのことで、「会社でつくられた人格はインフォーマルな社会にも変わらない」と言っていた。

 樋口恵子さんが会長の「高齢社会をよくする女性の会」は26、7年前の設立だが、当初は、「なんとなく集まって、合宿みたいな感じだった」と袖井さんは語った。「女性の会は、学歴だとか、ご主人が何をしているかは話題にならない」そうだ。

 「脱藩官僚の会」は志の高い人たちの集まりだが、やはり、組織人間の枠からはずれていないというのが私の感想。付け加えれば、幕末の脱藩志士を頭に置いてのネーミングだろうが、官僚ってそんなに偉いと思っているのか、とも思う。もっと女性の発想に学ぶ必要がありそうな気がする。

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2008年6月21日 (土)

社会保障需要による波及効果

 6月19日に社会保障国民会議が中間報告をまとめ、発表したが、その参考資料を見ていたら、我が国経済において、社会保障分野の影響力が高まっていることを示すデータがあった。

 産業別に国内生産額(実質)を見ると、データは古いが、1990年から2000年の間に、全産業平均で11.1%増えたのに対し、社会保障分野は56.1%増えた。この間、社会保障分野を超える伸びを示したのは通信・放送(130%程度増)だけだった。

 ある産業の最終需要が原材料調達などを通じてさまざまな産業の生産を誘発する。さらにこれらの生産増が所得増を呼び、その所得増が消費を通じてさらに生産を誘発する。それらに基づく総波及効果を見ると、社会保障分野は全産業平均(4.0671)より少し高い。社会福祉が4.2889、医療(医療法人等)4.2635、介護(居宅)4.2332などである。ちなみに、輸送機械産業の総波及効果はもっと高く、4.7741である。

 また、雇用誘発係数を56の産業部門別に見ると、介護は1位で、0.24786、社会福祉が3位で0.18609、保健衛生が8位で0.12209、医療は15位で0.10572だという。社会保障分野は労働集約型のサービスであることを反映しているのだろう。ちなみに公共事業は22位である。

 そして、2002年から2007年までの産業別就業者数の動向を見ると、多くの産業で減っているのに対し、医療・福祉分野に従事する就業者数は474万人から579万人へと、105万人、22%増えた。情報通信業は24%増えたが、38万人増である。

 少子高齢化で社会保障を充実すれば、国内経済の発展につながるというインプリケーションがこれらのデータを通じてうかがえる。ただし、誰がどのように負担するのかの問題が残る。

 資料には、「社会保障給付費の推移」のデータがある。給付費総額は1990年に47.2兆円、2000年に78.1兆円、2008年(予算ベース)に95.7兆円と急速に増大している。しかし、国民所得額のほうは1990年に348.3兆円、2000年に371.6兆円、2008年(同)は384.4兆円と低い伸びにとどまっている。そして「OECD諸国の潜在的国民負担率及び高齢化率」のデータにおいて、「高齢化が最も進んでいる日本の潜在的国民負担率はOECD諸国の中でも低い」と説明している。

 興味を引かれたデータ「地域経済に占める公的年金給付」によれば、県民所得に占める年金総額の割合は1996年度→2005年度に相当、大きくなった。都道府県別に多いほうから、2005年度では、高知県15.2%、島根県15.0%、鳥取県14.4%、愛媛県14.3%、長崎県14.0%となっている。1996年度は高知県が9%台、島根県10%弱、鳥取県8%台、愛媛県8%台、長崎県9%台だった。

 県別に見た65歳以上人口割合の折れ線グラフと、同じく県別に見た県民所得に占める年金総額の折れ線グラフとは一見しただけで相関関係が強いことがわかる。「私の田舎は、若い人はおらず、年金暮らしの老人ばかりだ」と、東北の農村出身の知人が言っていたのを思い出した。

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2008年6月19日 (木)

公共投資改革に関する首相発言

 6月17日の経済財政諮問会議は歳出・歳入一体改革のうちの公共投資改革を取り上げた。冬柴国土交通大臣が馬鹿の一つ覚えのように、ここでも「削減はもはや限界に来ている」と役人の代弁をしていたが、福田首相の意見は割合、明確だった。

  「道路特定財源を見直すに当たっては、地方の発展に欠かせない道路をつくることと同時に、生活者の目線で使い方を見直し、生活者が真に求める重要施策に予算配分を変えていくことが重要な課題である。
 生活者が真に求める重要施策に予算配分を変え、医師不足問題や救急医療など社会保障等の充実を求める国民の声に応えるため、徹底したムダ・ゼロに加え、道路特定財源の生活者目線での見直しなど、政策の棚卸しを活用して対応していきたい」と。

 「その上で、改めて、福田内閣において、財政健全化と社会保障を中心とした国民の安心・安全を両立させる道筋について申し上げたい」として、次の通り語った。

 「まず、これまでの制度を前提とした既定経費については、効率化の徹底など、「基本方針2006」に則った削減を継続する。
 内閣として、国民の期待に応えるために取り組んでいる医師不足問題や救急医療など、社会保障を中心とした重要施策に必要となる歳出については、効率化を徹底した上で、以下の順で財源を捻出して対応したい。
 第1は、これまでの延長上にない徹底したムダ・ゼロであります。
 第2は、生活者目線での道路特定財源の見直しなど、政策の棚卸しである。
 それでも賄い切れないものについては、負担と合わせて国民に選択していただく必要がある。
 21年度予算に向けて、まずはムダ・ゼロと政策の棚卸しによって財源を捻出し、福田内閣の社会保障関係等の生活者が真に求める重点課題に充てることとしたい」。

 そして、福田首相は「最後に、(諮問会議の)民間議員には、公共投資に限らず特別会計全般について目を光らせる必要があるので、ムダ・ゼロ、政策の棚卸しに向けた提案をいただくようお願いしたい」と言った。

 これを読むと、福田首相の基本的な考え方がうかがえる。今後、各論で妥協の連続ということがないよう強く望む。小泉首相時代、諮問会議を政策決定の場としてフルに活用したが、福田首相も、国民に自分の考えを明確に発信し、政府・与党を引っ張っていくなら、国民の支持率が上がるのではないか。

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2008年6月18日 (水)

「JAPAIN」をどう受け止めたか

 2月21日付けの英「Economist」誌に“JAPAIN”と題する記事が載った。この雑誌が出たあと、2週間後の同誌に、日本の読者からの手紙が掲載されたのを知っていますか、と一橋大学大学院教授の斉藤誠教授が言論NPOの「ミニ・ポピュラス」に書いている。投稿したのは、斉藤教授によると、岩国哲人参議院議員である。

 斉藤教授は「誰がこの国の政治を変えるのか」という問題提起に対して意見を述べている中で、「(岩国氏が投稿で)われわれの正当な国家の国旗にあのようなイタズラ書きをしたり、国際的な認知を得た国名に「I」を入れるようなことはするな、それ自体、侮辱以外の何ものでもないと書いた。内心、私は拍手喝采だったのですが、そういう発言こそ重要なのではないでしょうか」と指摘している。

 そして、「日本にはいろいろと言われても仕方ないようなことがたくさんあり、内心では外国メディアのおっしゃる通りだと思いますが、それが真実でも、日本の内部からそれに乗ってしまったら、それでおしまいです」、「あのように言われて「もっともだ」と思ってしまうところに、もう気持がすごく負けてしまっている」と、誇りや矜持がなくなっている日本を批判している。

 それに続けて、斉藤教授は「まず課題を解決しようとする意志が必要です。政治家も官僚も経営者も有権者もそうです」と述べている。

 ところで、岩国議員は3月5日、英「Economist」誌が主催した「日本国政府とのビジネス円卓会議」で講演したときも、「JAPAIN」の記事に対して「日本の国名をPain(苦しみ、苦痛)であるといたずらするのは、いたずらの度が過ぎるとし、いずれの国に対してであれ、国民の敬愛する国名をこのように茶化すのは問題である」として、抗議と謝罪を要求したとしている(岩国議員のホームページ)。

 いまの与党である自民党・公明党にも、岩国議員と同様の見識が欲しい。ないものねだりかもしれないが。

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2008年6月17日 (火)

鳥インフルエンザへの備えは

 東京都の石原慎太郎知事が16日、日本記者クラブで会見したが、石原さんが力説していた鳥インフルエンザ対策の緊急性は納得した。

 鳥インフルエンザのウイルスが変異して、いままでにない硬性強毒型のウイルスになると人間のあらゆる臓器にウイルスが入り込むという。ひとたび感染すれば、死亡する率は20%以上になるという。60%が死ぬという推測もあるようだ。このように伝染性が高いので、東京のように、人口が集中している大都会はおおぜいの人が死ぬだろうとのことだ。

 いま、日本政府はプレパンデミックといって、大流行する前のウイルスであるH51N型インフルエンザウイルスのワクチンを2千万人分用意したとされる。だが、パンデミック・インフルエンザとなると、つまり、本番の大流行に対するワクチンとなると、まだないのだそうだ。罹患して死んだ人からしか、本番用のワクチンはつくれないそうで、すでに鳥インフルエンザが人にうつり、死者が出ているインドネシアは、いかんせん、先進国に死者の利用を認めないという。

 石原さんは、スペイン風邪の比ではないと、パンデミック・インフルエンザの恐怖を強調し、厚生労働省が死亡率2%と言っているのを激しく批判していた。

 全く仮定の話だが、もしも、首都圏のように人口密集地で、人から人へと伝染する鳥インフルエンザの患者が出たら、本当にパニック状態になるだろう。感染率、死亡率のいずれも高いから、すさまじい人口減少を招くおそれがある。

 悲惨な状態は避けたい。だが、パンデミックには、人間の驕りに対して天罰が下るという面があるような気がしてならない。

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2008年6月15日 (日)

討論「日本官僚論」から

 国家公務員制度改革基本法が6月6日に成立した。内閣人事局の設置、国家戦略スタッフの創設、キャリア制度の廃止、政官接触の記録の作成・公開などで霞が関の改革を目指している。これに対応して、政府は7月に国家公務員制度改革推進本部を内閣に設置するが、そのメンバーのうち、30人ぐらいは民間人を含めて公募で集める方針なので、霞が関の官僚が猛反対しているという。

 そうしたおり、13日に日本記者クラブが討論会「日本官僚論」を開催した。討論会の出席者は片山善博慶応大学教授(元自治省)、高橋洋一東洋大学教授(元財務省)、寺脇研京都造形芸術大学教授(元文部科学省)の3氏。発言をいくつか紹介する。

 片山氏=改革基本法により、改革が一歩踏み出したが、誰が改革を持続させていくのか。反対者が一杯だから、放っておけば、改革は進まない。究極は、最大の欠陥である年功序列をやめさせることができるかだ。いまは、年功序列ではみ出る人を収容する先を確保しなければならないから、やみでこそこそやるし、国会議員との関係もそこから発する。

 高橋氏=ハイリスク・ハイリターンの公務員もあっていい。安倍政権が一番やろうとしたのが公務員改革である。「日の丸公務員」が必要だ。それが今度、創設する国家戦略スタッフに現れている。給与法の改正は推進本部にやってもらう。

 寺脇氏=かつて明治のアタマで昭和の戦争をした。平成のいま、昭和のアタマでたたかっている。霞が関の人たちのマインドが変わらなかったツケが今回の改革基本法だ。

 高橋氏=天下りとは再就職のあっせんをすること。年俸の何倍といったおみやげがつく。はからずも、今回の法で、今年末から再就職のあっせんは禁止になる。

 高橋氏=いまは官僚内閣制。山県有朋以来、変わっていない。だから、普通の政治家でも官僚を使いこなせるように制度を変えようと思った。これまでだと、竹中平蔵氏のようなスーパーな政治家(当時)でも官僚の勝手な行動を抑えるのは難しい。

 片山氏=官僚が大臣の指示とは反対の行動をする。族議員のところに行って、うちの大臣がこんなことをしようとしているが、やめさせるべきだとたきつける。しかし、大臣が幹部をチームとして意に沿うような人だけにすれば、政官接触の問題はなくなる。

 高橋氏=局長が大臣の知らないうちに、勝手に政治家みたいに動くのはやめさせる必要がある。それはレポーティングだけでよいと思っていた。嘘を書いて、あとでばれれば処罰を受ける。

 片山氏=大臣がきちんと人事をやれば、今回の基本法も要らなかった。政治家の資質が最終的には問われる。官僚のミッションは、いまは自分たちの組織のためというもので、天下りを失うことを避けるほうを優先する。メタボ健診を導入したのも、受け皿財団をつくるという裏があるからだ。どこの官庁も同じで、究極は天下りを死守するため。ひどいものだ。マスコミはまだそれがわかっていない。総務省は霞が関では地方分権を言うが、本当に地方分権したら、地方への天下りができなくなるから、地方には自立してほしくない。だから、地方を半人前に扱う政策をとっている。

 寺脇氏=平成になってから官庁に就職した人が多くなった。国民に我慢してくれというのが役人。それが、自分は天下りというのは通らない。

 高橋氏=「わたり」のあっせんは明快に禁止になった。一旦天下ったら民間人であるから、民間人のあっせんは法律上、認められない。いま、霞が関はこれで大騒ぎになっている。私は、公益法人(2万5千ある)に行く役人は給与なしでいいと思う。

 高橋氏=法で内閣官房に内閣人事局をつくったのは、出身官庁の本籍を抜いて、内閣官房を本籍とすることができるようにするため。

 高橋氏=橋本行政改革で大蔵省を財務省と金融庁の2つに分けたのはよかった。主計局ではじかれた人が金融庁に来ないようになった。金融は専門性が強いから、天下りしなくても外でメシが食える。

 片山氏=総務省は自治省、総務庁、郵政省の3つが合併したのではなくて、水道管3本を束ねただけ。大臣はわけがわからず、役所の言う通りになっている。かつて自治省にあった「自治」が名実ともになくなり、国の立場からの発言になった。国土交通省はあまりにも巨大で、大臣は言いなりだ。いまも新規採用者を旧建設省系、旧運輸省系と別扱いしている。ただ、省庁再編は、法律を変えれば変わるということで、霞が関を揺さぶる効果はあった。

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やらねばならない医療制度効率化

 6月10日に開催された経済財政諮問会議のあとの記者会見で、大田弘子経済財政担当大臣が、「基本方針2006」で社会保障費を毎年2200億円削減するといっているのは、「毎年で言うと1兆円伸びているところを8000億円に抑えるということですので」誤解をしないでもらいたいと発言している。

 確かに、報道記事を読んでいると、社会保障費が毎年2200億円ずつ減少していくと受け取られかねない書き方をしていることがある。おそらく、国民の中には、そうした誤解をしている人もいるような気がする。また、最近、政治家からは、もはや効率化の余地はない、逆に、医療などで起きている問題を解決するためには、むしろ歳出増が必要であり、したがって基本方針2006にこだわる必要はないという意見が出てきている。大田大臣の発言は、そうした情勢を踏まえてのことだろう。

 ところで、10日の諮問会議では、民間議員4氏が「社会保障の徹底した効率化努力を」というペーパーを提出し、「現行制度の効率化にはまだまだ努力の余地があるのではないか」(八代尚宏議員)と言っている。

 そこで具体的に挙げているのは、まず、過剰投薬、重複検査や、保険の不正請求といった現行制度の問題点である。コンタクトレンズ処方の診療や、柔道整復の療養費などの不正・不適切な保険請求を是正することも必要である。また、手術前の検査入院が長過ぎるので、入院期間を半分以下に短縮すべきだという。

 第二に、医療のIT化(レセプト・オンライン等)の推進である。400床以上の病院は08年度からオンライン化を義務付けられたが、これを早くほかにも広げ、レセプト審査費用削減だけでなく、データ解析による検査・投薬の重複をなくす必要がある。

 第三に、後発医薬品の使用率引き上げである。フランスでは、後発薬にしか保険を適用しないという。日本でも、それをやれば、40%まで引き上げられるという。

 第四に、開業医の再診料のほうが病院よりも高いという説明のつかない診療報酬体系を改めるべきである(この格差をどう見直すべきかについては触れていない)。また、公立病院の人件費割合が高過ぎるなどの公立病院の問題点を改めるべきだという。

 以上のような対策を本気になって実施すれば、医療費を抑制可能だろう。私の見解を付け加えれば、医薬分業で処方箋専門の医薬販売店がたくさん生まれたが、それは調剤基本料、調剤料、指導管理料などで高い点数を稼げるからだ。そこにメスを入れたら、医療費を減らせると思う。

 このペーパーでは、医療人材の確保策についても、いくつかの対策を提示している。それはさておき、厚生労働省も、与党の厚生族議員も、国の財政の危機的な状態を考えずに、相変わらず高成長時代の感覚で考え、行動しているのには呆れ果てる。

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2008年6月14日 (土)

「恐るべき外務省の賃金体系」

 中央政府や地方自治体の予算をつくるとき、新規の歳出(支出)については簡単には認められないが、継続部分についてはほとんどチェックされない。国の一般会計については、財務省が査定するが、継続部分に関してはほとんどフリーパスだといわれる。

 すべての予算項目についてゼロベースで見直したら、相当、削減が可能だという意見があるのも、そういう事情があるからだろう。

 田中森一氏と佐藤優氏の対談『正義の招待』(08年3月刊)を読んでいたら、「恐るべき外務省の賃金体系」などの小見出しのついた個所で、外務省の給与体系がベラボーに高いことを佐藤氏が述べている。「外務省の最大の問題は派閥などよりもっと別の次元にあって、その一番のガンはおそらく給与体系だと思います。(中略)外務官僚の生涯賃金って、たとえ高卒のノンキャリであったとしても普通の検事さんなんかよりも遥かに多いと思いますよ。」、「最終的には他の公務員の3倍ぐらいはもらえる仕組みができているんです。」という。

 給与のもらいすぎという甘い蜜を「外務省の場合、下の下にまで、隅々にそれが行き渡っているという構造ですよ。これが外務省の凄みというか、犯罪的な部分だと思うんです。一部の人間だけが蜜を吸っているのなら、かならず下克上や内部告発という動きが起きて、それなりの自浄作用が生まれる可能性があります。しかし、外務省すべての人間が上から下まで甘い蜜を吸える構造になっているからこそ、そうしたことは起きない。完全に「一家一門」の意識ができあがっている。一種の犯罪組織だと言っても過言ではない。」

 「外務省なんていうのは人間を半分に減らしたって十分やっていけるんじゃないかな。だって、半分以上の人間はほとんどたいした仕事していないんですから。でも、そういう人間に対してすら手厚い保証をしているので、問題点がなかなか表に現れてこないんです。」

 佐藤氏によると、外務省は、人事院で決める公務員給与とは別に、外務人事審議会というところで海外勤務手当をすべて決める。海外赴任中に私たちが驚くほどお金を沢山貯めることができるのはそのせいだ。「いちおう外部の有識者から構成されているんですが、要するに外務省自身のお手盛りなんですよ。」。もっとも、鈴木宗男氏が国会で追及したので、「今はどんどん下がってきている」というが。

 「出世コースから外れて課長になれなかったキャリアの連中と、45歳以上のノンキャリアというのは、実質上、退職するまでの二十数年間はずっと窓際なんですよ。しかし、かりにそいなったとしても、給料だけはずっと良いままなんです。(中略)プライドさえ捨てれば、お金は溜まるし、仕事はないしで、最高の職場なんですよ。」

 この『正義の正体』という本、たまたま、目にして読み始めたのだが、おもしろかった。刑務所と拘置所の違いなんてことも、初めて教わった。 

 

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2008年6月11日 (水)

「福田ビジョン」に示された認識

 地球温暖化問題に取り組む福田内閣の方針を示す「福田ビジョン」が10日に発表になった。福田さんは意外によくわかっているなと思ったのは、ビジョンの最後のほうで語ったことである。

 「現在、福田内閣として、社会保障制度改革、税制抜本改革、消費者行政の一元化、公務員制度改革など大きな課題に正面から取り組んでおりますが、これらに共通していることは、これまでのやり方や発想を変えなければ、今の時代を乗り切るための本当に望ましい解決策には至らないということであります。」

 「この問題(地球温暖化問題)は、経済、社会、コミュニティ、ライフスタイルの全てを変えていかないと対応できない問題であります。」

 政権への支持率が低迷し、おまけに参議院で問責決議までされる状態にある福田首相だが、ビジョンの内容を読む限りでは、政治家としての姿勢は立派なものである。ここに紹介したような姿勢で、各論ごとに国民にもっとわかりやすく語りかけてほしい。

 ビジョンを読んだ感想をもう1つあげると、福田首相は、多様な意見に耳を傾け、その中で良いと思ったこと、納得したことはやるという人らしい。地球温暖化対策についての勉強会でバックキャスティングという言葉とその意味を知ったばかりなのに、さっそく、このビジョンにそれを取り込んだ。

 首相がやると決めたら、相当に重みがある(当然のことだ)。実行あるのみだ。だが、福田さんを支えるはずの閣僚たち、与党の自民党幹部たちが、これまでのやり方や発想を変えなければ、福田政権も自民党も国民にノーを突きつけられるだろう。

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2008年6月10日 (火)

人はつながりを求める

 秋葉原で起きた白昼の無差別テロは7人の命を、彼ら・彼女らの未来を奪った。理不尽きわまりない。

 今度の事件などから思うのは、いまの日本は物質的に豊かな社会であるが、それと対照的に、人間関係というか、人との触れ合いが少なくなっていることだ。秋葉原事件の犯人は、自動車工場に行って働いても、派遣である限り、自動車会社の社員と親しくなることはなかっただろう。それに、実家から離れて暮らし、付き合い下手で友達ができにくいタイプだとすると、何か趣味などで仲間ができない限り、いつまでも孤独だったろう。

 いまの社会では、家族の間でも、友人との付き合いでも、あるいは職場においても、心を開いて話し合える相手がいない孤独な人が多いように感ずる。そして、そうした孤独に耐えて、前向きに生きていく精神的にタフな人は少ない。きつい社会だ。

 これは、ある意味で、退職した高齢者についても言えることだろう。職場というコミュニティから離れてしまうと、自宅でどう時間を過ごすかという問題に直面する。趣味などで悠々と暮らしている人はそうはいない。いまや、どこの公立図書館も、ひまな老人の溜まり場になっている。彼らはお互いに話をしない。このように孤独な高齢者ばかりでは、日本の高齢社会は陰鬱なものになりかねない。

 秋葉原の事件を知って、まず思い浮かんだのは、5月30日のブログで紹介したビル・マッキベン著『ディープエコノミー』である。同書は、「経済学者は、人間は原則的に個人だと考え、地域の一員だとは考えない」、「いくつかの調査によれば、アメリカ人の四分の三が隣人を知らないと認めている」、「自分が他の人々にとって大切だと知ることは、いくら金を出しても買うことのできない一種の安心感である」などと述べ、地域社会、地域経済を活性化し、ご近所のつながりを深めることが幸せをもたらすと主張している。

 心の交流を幾重にも張りめぐらすような社会づくりこそが、成熟した日本経済の課題のような気がする。 

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2008年6月 8日 (日)

大阪府・橋下知事の言やよし

 大阪府は「大阪維新」プログラムを5日に発表したが、橋下徹知事のコメントは立派だった。国がもっとカネをくれないとやっていけないと愚痴る他地域の知事に、橋下さんの爪のあかを煎じて飲ませたいとすら思う。

 知事のコメントで感心したのは、第1に、住民に対し、行政の収入の範囲を超えたサービスを求めるな、と言い切ったことである。行政の収入の範囲を超えるサービスが欲しいなら、それに見合って税金を多く納めるか、さもなければ、行政に頼らず、住民自らが汗をかきなさいと言っている。行政の収入が減ったら、行政サービスもいままで通りというわけにはいかない、減るのを覚悟してもらいたい、と言う。

 第2に、崩壊したといわれる地域コミュニティを再生し、従来、もっぱら行政に依存していた地域での互助活動を、財政難で行政が手をひいたあとは、住民同士で経費を負担してでも続けようとか、住民同士が汗をかいて協力して続けようというように思ってほしい、と住民に求めたことである。

 第3に、従来、行政は必要な事業経費を積み上げ、収入が足りなければ、起債(借金)で賄ってきたが、この発想を根本から転換し、収入の範囲内で予算を組むという原則に徹した。それで、借換債の増発および減債基金からの借り入れという禁じ手に頼らず予算を編成した、と言う。もっとも、退職手当債85億円~185億円を発行するから、完璧ではない。

 第4に、大阪を変えたいという思いを府民と共有することが大切だと述べている。そして、「高い経済力と歴史文化の蓄積」、「個々の地域が持つ主体性と先見性」、「自主自立の精神に裏打ちされた人々のバイタリティ」の3つこそが大阪本来の強みだと指摘し、府民のみんなの力を結集していこうと呼びかけている。

 コメントを読むと、知事は、泣き言を言わないし、改革のけわしい道のりを述べて府民に覚悟を迫っているなど、リーダーシップを発揮しているように思える。福田首相ら現内閣も、これぐらいにはっきりと国民に財政危機の実態を説明し、財政健全化のために何をしなければならないかを明確に言うべきだろう。

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消費者も無い袖は振れない

 会社に勤めていたころから、休日には日常の買い物に行っていた。ちょっと格好をつければ、経済記者たるもの、普段使う生活物資・サービスの価格などがわからなくてはまともな記事が書けないと思っていた。いま、年金をもらうようになり、時間がたっぷりあるので、よくスーパーやパン屋などに行く。

 それだから、最近は、諸々の物資・サービスが値上がりしていることがよくわかる。ガソリンの急ピッチの値上がりは別格として、生鮮食料品なども概して高くなっている。狭い見聞だが、チラシで特売品とされるものの値段も、底上げというか、1年ぐらい前と比較すると上がっている。特売商品には以前より客が殺到している。日本経済新聞の商品欄を読むと、相当前から、ほとんどの記事に値上がりの見出しをつけている。目下、記事を読む限り、もの皆上がるトレンドが変わる兆しはうかがえない。さりとて、値上げで国内の供給者がウハウハすることもほとんどなさそう。

 春闘がわずかな賃上げに終わり、消費者の懐具合はさしてよくなっていない。一方で、これから電力料金なども上がる。過当競争に明け暮れ、値下げがとまらないエレクトロニクス製品のようなものは例外とみたらいい。消費者は基本的には無い袖は振れないから、どこかで節約するようになる。それが、具体的に、どういう形で現れるか、興味深い。

 いまは急激なガソリンの値上がりで、まず、マイカー使用を控えるという影響が出ている。それにより、石油サービスステーションの淘汰も起ころう。また、郊外型の大型店舗やレジャー施設の客足が落ちているようで、都市の繁華街に店舗を配置転換しようとの動きも出始めているという。

 それに、“頭の体操”では、外食を少し控えるようになるとか、パンから割安な米飯へシフトするとかが起きることが想像できる。あるいは、家庭で調理する人が増えるかもしれない。しかし、不景気になって失業が増えるのは困るが、資源や穀物の値上がりを契機とする物価上昇が、日本の過剰消費(浪費?)社会を是正するよいきっかけになるのかもしれない。

 第二次世界大戦に負けた日本の戦後復興過程を体験した人々(私もその1人)の多くが、いまだに“もったいない”の意識を持ち続けているように思う。しかし、のちの世代となると、そういう意識の人は少ない。いまの物価上昇は、そうした人たちの意識を変える可能性がある。それはまた、地球温暖化対策に通ずる。

 世界のあちこちで、石油製品の値上げで仕事がピンチになった人たちの抗議デモなどが起きている。だから、お気楽なことを言うのはいささか気がとがめるが、資源多消費型の経済社会構造を変えるには、ドラスティックな出来事が起きる必要があるのではないかと考える。日本においても、いまの諸物価上昇はプラスの面を評価したい。

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2008年6月 7日 (土)

若い世代を消耗品扱いしている

 中央官庁の官僚が深夜に帰宅するタクシーから金品を受け取っていたという。よくまあ次から次へと官僚の一部とはいえ、彼らの堕落を示す出来事が明るみに出ることか。民主党が現政権にとって代わるために頑張っているからだとも言えるが、今回のケースでも指摘されている問題点以外に私が感じるのは、いまの世の中は、現役、なかでも若い世代が重荷を負わされて、しんどいということだ。

 ちょうど、いま国家公務員一種の官庁訪問の真最中。霞が関バッシングなどで、ひところに比べ優秀な学生たちの中央官庁志望熱は下がったようだが、それでも、この国の将来を憂えて役人をめざす若者は少なくない。だが、省庁に採用されても、ムダにエネルギーを消耗するだけの仕事をさせられることがままある。その1つの現れが、この深夜帰宅である。

 国会開会中、役所は国会議員の質問を予め聞いて回り、大臣などが行う答弁の原稿を用意する。そのために、関係部門の役人が深夜までの、ないしは徹夜の作業をしている。関連する政府系の機関や業界団体、あるいは公益事業のトップ企業までもが、役所の要請で、質問に答えるために担当者を深夜まで待機させることがある。

 野党の議員の中には、前日の夜中にならないと、質問の内容を明かさない人もいるらしい。結果的に、官僚の深夜ないし徹夜作業を促しているとも言える。しかし、議会制民主主義政治というのは、与党と野党の政治家が議会で議論して決めていくものなのに、官僚が予め質問を聞いて、答弁までも作成するというのは、おかしい。与党政治家は官僚の振り付け通りに動く操り人形みたいなものとも言える。このように国の政治を実質的に動かしているのは官僚であり、したがって、それにあこがれて学生が官僚を志望しているという歪んだ構図も見えてくる。

 だが、若くて有能な人材のエネルギーを、そんな形で浪費するのはどうかと思う。国会も、霞が関の首脳たちも、官僚たちが家庭や個人生活を犠牲にして深夜まで長時間、働かなければならないような仕組みを改めるべきだろう。要は、政治家が官僚に依存せずに自立することが急務である。それには、政党が政策構築能力を備えるなど、まともな政治を行なうことができるだけの力を身に付けることだ。

 目を転じると、民間企業でも、深夜までの長時間労働はまだまだ当たり前。下のほうの管理職や若い世代の社員は毎日、仕事に追われて、定時からはるかに遅くまで職場にいるようだ。民間の場合、賃金などのコストが増えては困るとか、CSR(企業の社会的責任)などの点で、ある程度、ブレーキが効く面があるが、年功序列的な発想がまだ残っている企業が多いからである。

 3月決算を受けて、今月末に株主総会が開催される。だが、役員人事(案)をみていると、大企業では、まだまだCEO、社長などは60歳代が多い。70歳代で社外取締役に就く予定の人もいる。すぐれた人でも、年をとれば、身体的、知的の両面とも、目立たないにせよ、経営者としての能力が低下していく。それなのに、ほとんど若返りが進まない。若い世代が知的な能力をあまり使わず、肉体的にこき使われるのと裏表の関係である。これではグローバル化の中で世界に抜きん出る企業が生まれにくい。

 民主党など野党が高齢者いじめだとして後期高齢者医療制度をつぶそうとしているが、若い世代に負担を負わせれば負わせるほど、この国の未来は暗くなる。日本の企業も、世界の若い有能な人材を引き付ける魅力が乏しい。そうではないだろうか。

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2008年6月 4日 (水)

郵政民営化とは大幅値上げとみつけたり

 遠方の市役所に手数料を送る必要があったので、郵便局に行って定額小為替サービスを利用した。驚いたことに、たった450円を送るのに200円の手数料を支払った。1枚につき100円の手数料なので、400円分1枚で100円、50円分1枚で100円、計200円というわけだ。随分、割高な感じである。

 郵政民営化の前は1枚につき10円だった。旧料金なら450円を送金すると計20円の手数料にすぎなかった。今回も頭を使えば、50円多くして500円分1枚を送れば、それだけですむので、実質150円の手数料ということになるが、それも釈然としない。いずれにせよ10倍の値上げだ。日本郵政は民営化に伴う取り扱いの変更だというだけで、なぜ値上げしたのか、ホームページで調べた限りでは、全く説明をしていない。

 郵政民営化を機に、ゆうちょ銀行はいろいろ値上げしている。定額小為替のように、少額の送金などの値上げが著しい。普通為替証書は現在、1枚につき、送金額が3万円未満なら420円、3万円以上なら630円である。旧料金では送金額が1万円以下は100円、1万円超、10万円以下は200円、10万円超、100万円以下が400円だった。

 また、通常払い込みはいま、3万円未満120円(ATMだと80円)、3万円以上330円(同290円)だが、07年10月に民営化する前は、1万円以下100円(ATM60円)、1万円超10万円以下150円(同110円)、10万円超100万円以下250円(210円)だった。

 少額であっても送金コストは変わらない。したがって、経営の観点からすれば、少額の取り扱いの業務で値上げをするのはわからないではない。だが、郵政グループだけに許された特権としてのサービスもある。それに独立行政法人郵便貯金・簡易生命保険管理機構がゆうちょ銀行などに委託しているのだから、まだ国営みたいなものだ。経過措置もなしに、一挙に大幅な値上げをしたのは暴挙と言えなくもない。

 こういう形で民営化なるものが進められるのは、本来、民営化がめざすものではない。神は細部に宿るというが、官僚がやることは、油断も隙もない。

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歳出増の圧力が高まる季節

 6月3日、財務省の財政制度等審議会財政制度分科会が「平成21年度予算編成の基本的考え方について」という建議を額賀財務相に出した。同審議会は財務省の意見を代弁しているようなものだが、景気にかげりがみえ、いまでも深刻な国家の財政状態がさらに悪化するので、建議の本文には危機感がみなぎっている。

 「膨大な債務残高を抱え、金利上昇に脆弱な状態が続いている」、「政治のつけを国民に回すことなく、将来世代への責任を果たし得る規律ある財政運営を行うよう強く求めたい」、「最近の歳出圧力の増大には大いに懸念を持つものであり、現在進められている財政健全化に向けた取組の手綱を緩めてはならない」、「ひとたび財政の健全性に対する市場の信認が揺らげば、リスクプレミアムの拡大という形によっても、国債金利の急激な上昇が懸念される」等々と。

 いま、世の中は後期高齢者医療制度や救急医療体制、産科医不足など医療問題、介護サービスの担い手不足など介護保険制度問題、年金制度の抜本改革、少子化対策など、社会保障制度をめぐる問題が次々に噴出。市民が安心して暮らせるように保障を充実すべきだという歳出拡大要求の大合唱。学校教育のありかたについても、文部科学省が予算の大幅拡充を求めている。

 これに対し、与党の中で財政健全化を唱える政治家や財務省は、小泉内閣のとき、「骨太の方針2006」で掲げた2011年度の国・地方のプライマリーバランス(基礎的財政収支)黒字化の目標を下ろさないようにと必死だ。それが上記の財政審建議につながっている。

 民主党との対抗上、与党・政府の多数はばらまきでプライマリーバランス黒字化の目標を一時、棚上げしようとしているようにみえる。しかし、建議にもあるように、日本が財政健全化の努力を放棄したとみなされたら、日本の長期金利が上がる(国債が値下がりする)のではないか。長期金利上昇は国債・地方債の利払費増を招き、国・地方の財政が一層悪化する。

 したがって、国と地方で800兆円近い長期債務を抱えていて、いまなお債務が増え続けている現実を踏まえて、政治は、そしてメディアもだが、無い袖は振れない、フリーランチはないということを国民にはっきりと言わなければならない。財政支出を増やしてほしいなら、それに見合う増税を受け入れることを覚悟してもらわねばならない。あるいは、いままでの支出を見直して、優先度の低い支出項目から順次、削減して財源を捻出するしかない。

 日本経済は長かった景気上昇局面が終わったようだ。資源エネルギーの猛烈な値上げで、日本から所得がどんどん資源国に流出していて、日本国民は貧しくなりつつある。しかも、少子高齢化対策で国・地方の財政支出は増大基調にある。そうした厳しい実態を国民にきちんと知ってもらうことが必要である。

 と同時に、戦後の経済成長時代にできあがった仕組みや制度を、木に竹を接ぐような改正を繰り返して今日に至っているから、制度はどこかに無理があるし、国民にはわかりにくい。それゆえに、官僚が好き勝手に制度を運用してきたのだとも言える。できれば、それをご破算にして、日本社会の新たな将来ビジョンをもとに、社会保障制度、税制などを、国民にわかりやすい、公平で、簡素な、そして活力あるものに抜本改革していかねばならないように思う。

 6月3日に、日本記者クラブで、厚生労働省の江利川毅事務次官が「我が国の医療政策 特に、長寿医療制度について」というテーマで話をした。あとで、そっちの分野には疎い高齢の某氏が「聞いていて何にもわからなかった」と言っていた。制度がややこしいだけでなく、論理的ではないせいだ。私もよくわからないほうの1人だが、政府はこれまで、制度ごとに、その時々の微縫策でごまかしてきたため、社会保障制度全体のあるべき姿という観点が弱くなっているのではないか。

 これまで、国会などの議会が役所に依存し、国民も政治家や役所に依存してきたが、民主主義国家にふさわしく、政、官、民が一緒になって医療、年金などの制度をつくりかえるようにしたい。政治がその音頭をとるべし。

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2008年6月 2日 (月)

温暖化説への異論が“解禁?”

 2001年に英語版の『The Skeptical Environmentalist』(日本語訳『環境危機をあおってはいけない』(2003年))が出たとき、米国では、環境問題の専門家、研究者たちの関心を大いに集めたという。しかし、日本では、翻訳書が企業の環境担当者などには読まれ、共感する人もいたが、環境問題の研究者や環境関連のNPOではほとんど話題にもされなかった。

 日本語の翻訳が出版になる前、私は某有名大学の教授に、同書についての意見を求めたが、その先生は、同書の存在すら知らず、しかも、読むに値しない内容でしょうとコメントした。日本では、地球温暖化は化石燃料から排出される二酸化炭素など人為的な原因に基づくという見解を絶対的な真理として受け取る風潮があり、異説、異論を唱える人は異端視されていた。全国紙などメディアも異説や異論を取り上げなかった。そうした中で、月刊誌「諸君」だけは別だったが。

 最近では、世界の科学者約3千人が参加するIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次評価報告書によって、地球温暖化が二酸化炭素の排出など人為的な原因で起きていることはほぼ確実だとされた。ポスト2012(ポスト京都)などの温暖化対策も、その予測を前提に取りまとめようとしている。

 もはや異説や異論を唱えにくい状況にある。そう思っていたら、朝日新聞社の発行する月刊誌「論座」の6月号が特集『なんでも「温暖化」のせいにしていませんか?』を載せている。そして、日本経済新聞は6月2日付け朝刊で『温暖化の「異説」相次ぐ」という見出しで、5月下旬に開催された日本地球惑星科学連合大会におけるセッション「地球温暖化問題の真相」を紹介している。なんでいまごろ、という感がなきにしもあらずだが。

 日経が発言を紹介している丸山茂徳東京工業大学教授は、1万年ほど続いた間氷期が終わりに近いという見解。太陽活動の低下、地球磁場の低下、産業活動によるエアロゾルの増加などで、雲量が増えて気温が下がるという。そろそろ氷河期に戻るという説だ。だから、化石燃料の使用で暖かくなるのはよいことだという。丸山教授は別のところで「科学論争としては、すでに決着がついたようにみえる」として、宇宙線の照射量の増減で雲量が変わり、温暖化・寒冷化を引き起こすのだと主張している。

 科学にしろうとの私には、どっちが正しいか否かの判断はつかない。ただ、日本の社会は異説や異論を唱えにくい。ひとたび一流大学の教授や著名な専門家などが下した学説や評価を皆がたてまつり、異説や異論を唱えるものを異端視し、排除する傾向がある。政府の審議会はその最たるものである。

 遅かりしとは言わないが、メディアも学界も、多様な見解を自由に表明し、堂々と論争するという開放的な風土にしてほしいものだ。国民の選択を誤らせることのないように。

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