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2008年7月11日 (金)

大分県の教員採用贈収賄事件

 大分県の教員採用試験で点数を水増ししたりして、たくさん縁故採用していたという話題については、いろいろな点から論じられている。東京都など一部を除いて、全国的に、小中学校の教員試験では縁故採用は当たり前といわれてきた。それがどれだけ真実か、はっきりしなかったが、大分県の実態が表に出たことから、噂はいよいよ否定しにくくなった。

 私がかつて住んでいた首都圏内の某県では、小学校の教員採用試験で、県内にある某女子短大の卒業生の採用割合が高いというもっぱらの噂だった。その女子短大は教員養成に力を入れており、県教育委員会のOBを幾人も教官に採用していた。面接の仕方などもその教育委員会OBに指導されていたという。

 そして、大分県と同様、小中学校の先生をしている人たちの子どもがたくさん、その女子短大を経て県内の小学校の教師になっているという噂だった。さらに言うと、だから、程度の低い先生が多いという父母の不満も聞いたことがある。

 以上は、事実であるか否か、確認しがたい。

 ただ、小中学校の教員という職業は男女の差別がないし、給与水準が民間の平均を相当上回る。しかも倒産の心配はなく、クビになることもない。地元で働けるというメリットもある。地方では、最も魅力のある仕事の1つである。だから、コネをきかして“裏口入学”を求める人たちも多いだろう。

 県や市の議会議員、役所の幹部、地元有力企業の経営者などは地元の高校や大学出身が多く、つながりが深い。そうした土壌がコネを当然視させている。

 しかし、異なる視点に立てば、公正な採用試験をしないと、無能な教師のせいで、明日を背負って立つ子どもたちの教育が十分に行なわれないという重大な損失を招くことは明白である。

 さらに、コネが横行するというのは、仲間内でうまい汁を吸い合い、既存の枠組みを守ろうとする保守的な社会であることを示している。そして、地方の多くは、改革によってしか道が切り拓けない今日になっても、依然、政府の保護や既得権にすがろうとしている。

 だが、地方分権ないし地方主権を名実ともに本物とするためには、地域の人々がこうした後ろ向きの姿勢を脱し、公正さと創造的革新を尊ぶ風土へとチャレンジしていかねばならない。今度の事件からこうした教訓を学んでほしいと思う。 

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