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2008年8月25日 (月)

北京五輪での日本の総括

 北京オリンピック終盤の女子ソフトボール優勝のおかげで、今回のオリンピックにおける日本選手の活躍ぶりが強く国民の印象に残ったようにも思える。しかし、本気で言ったのではないかもしれないが、出発前、「楽しんできます」とか言う日本選手が少なからずいた。何が何でも勝たねばならぬという必死の構えを感じさせる選手は限られていたのではないか。

 男子マラソンの結果をみて、中山竹通氏(元マラソン選手、現在、愛知製鋼陸上部監督)が日本経済新聞の25日付け朝刊で、「世界のトップは見ているところが違う。彼らは頂点、金メダルしか目指していない。なぜかというと、マラソンに生活がかかっているからだ」、「日本人は、そこそこ頑張って、そこそこの生活を長い間、続けられればいいと思っている。だから、守りのレースしかしない」、「いまの日本人はつらいことに耐えられない」と指摘している。

 中山氏の言葉は、ほかの種目を含め、今回、北京オリンピックに参加した日本選手の多くに当てはまるだろう。勝敗にはあまりこだわらず、「参加することに意義がある」という認識で出場した選手が日本代表にはいたような気がする。

 野球やサッカーなどでは、韓国の選手の勝利への執念がうかがえた。また、中国は開催地国であるためもあって、メダル獲得に目の色を変えているみたいだった。一方、日本代表でメダルを手にしたような選手は好きで好きでとことん頑張るところがすばらしかったが、必ずしもそうした選手たちばかりではなかった。敵を知り、己を知れば百戦自ずから危うからずだが、世界を見ようとしない日本社会を反映しているのか、対戦相手のチームや選手をどこまで研究したのかあやしい種目もあった。

 だからといって、オリンピックのメダル獲得数を増やすために国を挙げて必死になれというつもりはない。わが日本国は、メダル数にも目の色を変える、追い付き追い越せの経済発展段階を卒業し、いまは、平和主義のもと、豊かな社会で、心のゆとりを重視する段階にある。勝つことだけを追い求める時をすでに卒業しているのである。ただ、その分、ハングリー精神が乏しいとか、敵を知らないので他国につけこまれやすいといった脇の甘さがあるだけだ。

 北京オリンピックはそのことをはっきりとわれわれ自身にみせてくれた。

 

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