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2008年9月29日 (月)

「せんたく八策」は地方主権とともに自治体の改革を求めている

 「地域・生活者基点で日本を洗濯(選択)する国民連合」(せんたく)の分科会である「地方政府創造会議」が9月28日、「せんたく(洗濯・選択)八策」を発表した。年内と予想される衆議院選挙を「中央集権型の統治構造を根本から改め、地域・生活者起点で国づくりを行う「真の政権選択選挙」にしなければならない」として、地方が自己改革を行いながら、この国を「洗濯・選択」するために必要な対策を8項目挙げている。なかなかおもしろいので、全体を紹介する。

 1.天下の政権を官僚から国民に取り戻すこと(私見だと、国民は一度も持ったことがないから、「取り戻す」よりも、官僚から「取り上げる」、あるいは「奪い取る」のほうが正確ではないか)。そのため多様で自立した「地方政府」を確立すること。憲法に中央と対等な「地方政府」を明記すること。

 2.中央集権型の陳情政治、バラマキ型の補助金政治と決別すること。立法権を含めて地方に権限を移譲し、人材と税財源を地方に渡すこと。

 3.行政の無駄遣いをなくすこと。そのため、国の出先機関・外郭団体を廃止・縮小するとともに国に対する国民監査請求制度を設けること。

 以上の1.~3.はほとんどが言い古された内容。これに続く4.~7.は自治体に自己改革を求めている。

 4.首長は裏金や隠れ借金などを明らかにし、徹底して自治体改革を断行すること。権力に執着するなれあい型の多選は自らの意思で排除すること(私見では、「権力に執着するなれあい型の」といった主観的であいまいな表現は削除すべきではないか)。

 5.首長と地方議会はあらゆる癒着を排除すること(私見だと、自治体政府と議員との間の癒着、なれあいを含んでいるのかが不明瞭である)。利益誘導的な口利き・斡旋を禁止。外部からの働きかけはすべて文書化し、不明朗な労使慣行を含め情報を全面公開すること。

 6.地方議会はその役割、使命を根本から見直すこと(私見では、議員のほとんどはこれがわかっていないのではないか)。議会運営や政務調査費の使途を透明化する。議会基本条例制定はじめ、あらゆる改革に取り組むこと。

 7.地域・生活者起点の住民自治を確立すること。そのため、住民投票や住民参画の拡充により、住民が主役となる地域づくり・国づくりを進めること。

 4.~7.の4項目は地方主権を実現するために欠かせない条件であり、衆議院総選挙があろうとなかろうと、地方の首長・役人および議会議員に課せられた積年の宿題である。

 最後に、8.政党・政治家は国民との約束を守り、国民は「おまかせ民主主義」を捨て去ること。マニフェスト選挙を徹底し、国民の「選択」による政治を実現すること。

 この「せんたく八策」には12名の知事、82名の市長、20名の町村長、209名の地方議会議員が署名したという。その1人である静岡県磐田市の鈴木市長が「自らも覚悟を決めて、自らを律する」として4選目の選挙には出ない意向を表明したように、“連判状”に署名、捺印した323名の人たちは、まなじりを決して改革の先頭に立ってほしいものだ。

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若い世代に視点を移せ、という財政審での発言

 9月3日に開かれた財政制度等審議会の会合(財政制度分科会財政構造改革部会及び法制・公会計部会合同会議)は、伊吹文明財務大臣(当時)の話や数人の委員の自由な意見表明があった。議事録を読むと、彼らがいまの財政運営に対して、どんな問題意識を持っているかがわかる。

 富田俊基中央大学教授=今の経済は名目ではゼロ成長。皆さん、金利は低いと言うが、年1.4%。税収と利払費はどちらが大きくなるかを考えれば、ばらまきのように朝四暮三的なことを国民のためだなどと考えていると問題は大きい。

 田近栄治一橋大学教授=もう少し視点を若い人のほうにも置かないとバランスがとれない。それに、高齢者の間での助け合いというのも前面に出すべきではないか。

 宮本勝浩関西大学教授=かつて財政危機に直面したカナダやスウェーデンがどれだけ大変な努力をして歳出削減したかをきちんと調べて、国民、さらには国会議員にきちんと提示してほしい。そのために政府に、研究チームというか、報告書を書くチームを設けてもいいのではないか。

 土居丈朗慶応大学准教授=あまりにも将来世代、ないしは若い世代の人たちのことを軽くみているのではないか。

 伊吹大臣の冒頭あいさつ、および委員の意見表明に対する大臣の意見は率直な内容だった。即ち、①財政の問題と環境の問題は極めてよく似ている。いまの人が矜持を忘れて安易に暮らすことによって、次の世代に問題を先送りしている。これは極めて世代間のモラルに反する。②長寿医療制度は、もう少し若い方々のためにやったのだということを当初に明確に説明すべきだった。③私が一生涯、納めた保険料は、80歳まで生きるとして受益するだろう年金・医療・介護の総額の多分、7分の1くらい。残りは現役世代にかぶせているのだ―と。

 旧大蔵省の出身で政治家になった伊吹氏は、この会議の席上、財政改革について持論の2つの玉手箱を開けないという話を披露したあと、「2歩進んで1歩退き、1歩退きながら2歩進む、10年たてば必ず恒久財源の下で少なくとも財政再建の道を歩めるという政治的なシナリオを念頭に置きながらやっていきたい」と語った。

 自民党政治の過去をみると、残念ながら伊吹氏の見解とは異なる。2歩退き1歩進むという繰り返しではなかったか。そして、いままた、さらに1歩後退しつつあるのではないか。

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2008年9月28日 (日)

少子化は経済にとって大した問題ではない?

 「人口減少と日本経済――労働・年金・医療制度のゆくえ」と題する日本学術会議の学術シンポジウムが9月26日に開催された。人口減少の背景と将来展望、社会保障制度の課題と展望、労働市場とマクロ経済への影響、という3つのセッションが持たれた。途中からのぞいたら、専門的な話が多く、正直言ってよくわからなかった。でも、印象に残った部分がある。さすが、学者、研究者だと思った。

 二神孝一大阪大学教授は「技術進歩と人口成長:出生率は低すぎるか」と題する報告で、いきなり「少子化は経済にとっては大した問題ではない」と述べた。大切なのは経済厚生であるという。また、家計は子どもの数を私的に決定しているのであり、市場の失敗でもないのに、子育て補給金を出すというのはおかしな議論だと指摘した。さらに、ワークライフバランスとか女性が働きやすい環境をつくることを少子化対策に結び付けるのはおかしい、出生率を何%にするかをまず議論してから少子化対策を考えるのが筋だと発言した。

 大竹文雄大阪大学教授は、常に団塊の世代が政治的な影響力を持ってきたと述べ、そのために、今後、教育への支出が減ると将来の経済成長に悪影響を及ぼす可能性があるとして、「世代別の国会議員数のワクを設けることで人口構成のゆがみが悪い影響を及ぼすのを避けることができる」、「次の世代を産む20歳代、30歳代の政治力が弱い。これらの世代の投票権を2倍にすることで、これから生まれる世代の代弁をさせることが考えられる」と指摘した。

 こうした理論経済学者からの報告・見解に対して、社会保障や労働経済学を専門とする学者、研究者の発言はというと、

 高山憲之一橋大学教授は「日本は役人が信用できないから、消費税の引き上げは15%までが精一杯。しかし、消費税の半分は地方に渡すということになると、社会保障に新たに向けられる財源は2%ぐらいしかない」と指摘した。そして「基礎年金の2分の1を政府が負担するようになったら、基礎年金の2分の1を税方式の年金とみなして、無年金者でもその分はもらえるようにしたらどうか」と提案した。その理由の1つとして、無年金者でも消費税を払っていることを挙げた。

 また、高山氏は社会保険庁の問題に関連して「行政における本人確認がいかに大事かが、今回の教訓」と言い、「最後の1人まで確認をするというのには賛成できない。どこかでケリをつけるべきだ」と語った。

 この点に触発された廣松毅東京大学教授は「統計学者として、年金の名寄せなどで半年と政府が言ったのは信じられなかった。それは不可能である。でも、我々の誰も、それを発言しなかった」と反省の弁を語った。同氏は「アカデミアはオルタナティブを提示すべきである」とも述べた。

 ところで、このシンポジウムをもとに来年末までに出版物にするという話だが、緊急性のある社会保障制度改革に学界が発言し、影響を与えていこうというのなら、そんな悠長なことを言っていては話にならない。せいぜい半年以内に、学術会議の分科会という立場で、論点を明確にし、選択肢を提示するぐらいはしてほしいものである。

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食品の原材料名開示でぎょっとした

 中国の乳製品業者が牛乳や加工乳製品にメラミンを混ぜていた事件は輸出を通じて世界中にまで不安を与えている。日本では、かびがはえたりした輸入事故米を食用米に流用した業者が摘発され、食の安全、安心に対する消費者の不安が高まっているようだ。

 そうした中で、私が体験した食への不安の1つの例を紹介すると――

 大手製パン業者の製品である、チーズとベーコンを上に乗せて焼き上げた菓子パン「チーズベーコン」を食品スーパーで買った。包装の裏面を見ると、名称は「惣菜パン」とある。そして原材料名のところを読んでぎょっとした。あまりにも使用原材料の数が多いからである。

 表示そのままを記すと、「小麦粉、チーズクリーム、チーズ、ベーコン、加工油脂、砂糖、卵、パン酵母、食塩、ホエイパウダー(乳製品)、脱脂大豆粉、小麦たんぱく、脱脂粉乳、大豆粉、乳化剤、イーストフード、ビタミンC、調味料(アミノ酸)、増粘剤(増粘多糖類、アルギン酸エステル)、カゼインNa、リン酸塩(Na)、酢酸Na、酸化防止剤(ビタミンC)、発色剤(亜硝酸Na)、着色料(アナトー、ターメリック色素)、香料、(原材料の一部に豚を含む)」。

 単純にカウントすると26項目になる。2度出ているビタミンCを除いても25項目だ。ベーコンの原材料名には触れていないが、それはさておいても1個100円余の菓子パンに、こんなにたくさんの原材料や添加物を使用するのはどうも違和感がある。

 私たちが普段食べている小麦粉、チーズ、卵などを使うのは当たり前だが、表示されたものの後半は添加物の羅列だ。半ば以降のそれらの1つ1つは食品としての安全性基準に合格していて、色あざやかにする、硬くならないようにする、しっとりとさせる、風味を出す、腐りにくくして長持ちさせる、等々の目的で使用されているのだろう。

 とはいえ、それらのすべてが人体内に入ったとき、どのような化学反応を起こし、健康にどのような影響を及ぼすかまではわかってはいないはずだ。まして、このパン以外にも人はさまざまな食品および添加物を口にする。このパンのように、やたら多くの原材料や添加物を用いる食物ばかりを摂るような食生活だったら、身体はどうなるだろうか。

 売れること、コストを安くすることが先に立ち、消費者の健康が二の次にされていないか気がかりだ。 

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2008年9月25日 (木)

経済財政諮問会議に対する伊藤隆敏氏の感想

 福田内閣最後の経済諮問会議が去る9月17日に開催された。その議事録によれば、有識者議員として2年間、参加してきた伊藤隆敏東京大学教授は「生かすも殺すも基本的には総理の決意と実行力にかかっている」、議長役の総理大臣がこの会議を利用しようと決意すれば、諮問会議が「様々な圧力に抗する盾のような役割を果たせる」と存在意義を説明している。

 そして、「各省それぞれが打ち出す選択肢よりは、より国益全体を考えた選択肢を提示する、あるいはその実行がきちんとされているか、工程表どおりに実行されているかを適宜モニターすることについては、諮問会議が得意とするところ」と語っている。

 伊藤氏は霞が関の問題点にもついても感想を述べた。「霞が関が世界一のシンクタンクであることはよく言われる。各省の官僚は、調査能力・分析能力には非常に優れたものがある」。「ただし、その優秀さゆえに、これはいつもではないが、時として、国益ではなく省益を優先させる議論を組み立ててしまうことがあり、一旦、組み立ててしまって、こういうことはできませんという議論を展開し始め、官邸や国会議員を説得して回ると、これをひっくり返すのは非常に容易ではない。したがって、その省の利益が必ずしも国の利益にならないことが生じることはしばしばあるわけで、そういった過去の政策の誤りをなかなか認めないことも官僚組織の世界的なパターンである」。

 さらに、「官僚の世界では、各省の管轄に横断的にまたがる政策課題をパッケージとして解くことは非常に不得意とするところだから、このようなときに官邸が力を発揮すべきであり、そのために諮問会議を使っていくことは非常に有効なことではないか。勿論、実際の政策を立法化することが必要であれば、これは国会であり、国会議員が政策を理解してサポートしてくれることが必要だが、政策はあくまでも政府が立案して実行していくことが重要である」と指摘している。

 もう1つ、伊藤氏はタイム・インコンシステンシー(時間の不整合性)という経済政策の理論を取り上げて、「将来のどの時点から政策立案をやり直したとしても、やはり同じ経路の上に乗っているという政策を立てなければいけない」と述べた。すなわち、今年は景気対策をしたい、来年からは絶対財政秩序は守る、というようなことを毎年、繰り返したら、いつまで経っても財政はよくならないというわけだ。伊藤氏は「財政に関してもルールをきちんと決め、そのルールはどの時点から始めても守ることができるといったようなルールを、是非つくり上げ、抜本改革に結び付けていただきたい」と発言している。

 おそらく、これは麻生内閣の誕生を予想しての発言だったろう。麻生首相は、最近、前提条件が変わったと言って、プライマリーバランスの2011年度黒字化という政府の目標を取り下げる発言をしている。財政改革の前途は危うい。

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2008年9月24日 (水)

麻生内閣の薄っぺら感

 自民党の新総裁になった麻生太郎氏が内閣総理大臣として新閣僚を選んだ。彼をかつぎあげた議員への論功行賞とか、選挙の顔として利用するため選んだといったこともあるだろうが、再任以外の新閣僚の顔触れをみると、これはと期待したくなる人物がほとんど見当たらない。再任閣僚にしても、なるほどと思わせる成果をあげた人はいないように思う。要するに、国民に期待を持たせてくれる内閣ではなさそうだ。

 過去1、2年、自民党への国民の批判が高まった最大の理由は、国民生活を守るはずの厚生労働省およびその下にある社会保険庁や、国土交通省、農林水産省などの官僚機構がまともに機能していないことを示す不祥事が次々に明るみに出てきたことである。霞が関の官僚は個々人をみると、優秀な人が多い。仕事に対する意欲もある。しかし、役所という組織となると、縦割り行政や既得権益を守ることに必死となる。

 したがって、政治主導で霞が関改革はじめ、グローバルな変化に対応する改革をなし遂げる必要がある。自民党が政権の座に居続けたいのなら、政治家は官僚に対してリーダーシップを発揮するだけの実力が求められる。役所のブリーフィング(事前レク)をおうむ返しにしゃべっているようでは、役所の操り人形にすぎない。

 今回の新任大臣のうち、所管分野に疎くて、最初から操り人形になってしまう人もいるとしたら、それは官僚支配の打破が喫緊の課題であることを認識していない麻生総理大臣に問題がある。

 今回の閣僚名簿をみても、自民党は人材の層が薄いことをつくづく感じる。野党は影の内閣をつくり、影の閣僚がそれぞれ普段から担当分野について勉強しているから、政権を握ったら、直ちに大臣などに就き、政治家主導での行政が可能である。もちろん、それは理想であり、現実には、そううまくはいかないだろうが、そうした育成システムを自民党は持つべきである。派閥のようなものは話にならない。 

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2008年9月22日 (月)

20年前に城山三郎が指摘したこと

 昨年3月に亡くなった城山三郎の『嬉しうて、そして‥‥』(07年8月刊、文藝春秋)には、リクルート事件を受けて書いた「エリートたちはなぜ堕落したか」がある。約20年前、雑誌「文藝春秋」1989年1月号に掲載された文章である。いま読んでも少しも古くない。ということは、過去20年間、日本社会はちっとも良くなっていないとも言える。以下は、その紹介である。

 公僕として国民に奉仕すべきなのに、地位利用に熱心な高級官僚。国のことだけを考えるべきなのに、官僚の言うがままに動く大臣・政治家。取材対象との間にしかるべき距離を置かない報道機関。これらのエリートたちがどんなに堕落しているかを実例を挙げて紹介し、終わりのほうで、こう言っている。「批判し注目すること以外に、即効性こそないが、わたしたちにできることがある。日々の生活において、姿勢を問題にすることである。」

 カネもうけだけを考え、「迷惑をかけても平気な店や街や企業を拒否する。」。「報道の姿勢を問題にし、発表記事や提灯記事の目立つ新聞は斥ける。」。「友を選び、人を選ぶにも、生きて行く姿勢で選びたい。」。「そうした延長上に、政治家を選ぶということが出てくる。政治家を政治家としてのその人格、その姿勢において選ぶべきである。」。「金のばらまきや選挙区選挙民へのサービスなど、政治屋の仕業と区別することである。」。「その延長上に、政党の姿勢も問うべきである。」

 「長続きしたことによる思い上り。エリートたちを堕落させた何よりの根源がここに在る。たとえその党を支持するとしても、票によって審判することができる。真の友人がそうであるように、そうすることによって苦言を呈するのだ。」。そして、わたしたちが主権者であることを思い知らせるためにも選択し審判する権利を思う存分、行使しようと締めくくっている。

 いまの政治状況に対して、表面的なとらえかたをせず、城山氏のような目が必要である。

 

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2008年9月21日 (日)

『官僚との死闘七○○日』を読んで

 東京新聞・中日新聞の論説委員である長谷川幸洋氏が、元財務省官僚の高橋洋一氏とともに安倍晋三政権に関わって、官僚支配体制の打破に取り組んだ闘いのルポである。新聞記者が蔭でとはいえ、ここまで政権の動きに関与することには疑問がないではないが、そこまで踏み込んだ結果、見えてくるものがあるのも確かだ。

 霞が関の中枢を押さえる財務省の動きに多くのページが割かれている。その中で、なるほどと教わったところがある。主税局OBの幹部の話の引用である。

 「財務省の水面下で戦われている基本的な議論の構図」、換言すれば「対立といってもいい」のは、「主計局が本当に狙っているのは、歳出削減ではない、増税なんです。それに抗するように、主計局に対して『増税を唱える前に、歳出削減にもっと汗をかくべきだ』と唱えてきたのは、つねに主税局なんです。」

 床の間を背にして、予算をつけてやるという立場の主計局は、財布をいつも一杯にしておきたい。だから、増税を志向する。これに対し、主税局は増税を認めてもらうにはあちこちに平身低頭でお願いするしかないから、増税よりも歳出削減を訴える。そういう構図があるというわけだ。

 「税収が増えたら使ってしまえ」という小見出しの文中には、実例をもとに、こんなことが書いてある。主計局は税の自然増収が多いとき、財政赤字減らしに回すよりも、補正予算を組んで使ってしまおうとする。なぜなら、自然増収で増税機運が遠のくのを避けるためだという。

 この本は、安倍政権が公務員制度を大きく変えて官僚支配体制を崩そうとするのに対し、霞が関の官僚たちが政権内部の政治家たちをも動かしてすさまじく抵抗する様子を描いている。それは、公務員ののりを超えた骨抜き作業である。小泉政権以来の霞が関改革が容易ではないことを感じさせる。

 それでも、公務員制度改革は福田康夫政権のもとで、民主党の賛成を得て改革基本法が成立した。その背景について、著者は「内閣を形成する政権中枢が事実上、改革派と抵抗勢力に分裂し、野党第一党の民主党が政権内改革派と手を組んだのである」、「政治を根底で動かしている基本図式はいまや『与党』vs.『野党』、『自民党』vs.『民主党』ではない。『与野党双方の改革派』vs.『政権内抵抗勢力』という構図にシフトしつつある。」と指摘している。

 今後の政局を占う点で、この見方はとても興味深い。

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2008年9月19日 (金)

特別会計改革についての八代氏の提案

 福田内閣のもとでの最後の経済財政諮問会議が17日に開催された。テーマはいろいろあったが、議論は当然のことながら盛り上がらなかった。八代尚宏民間議員の「特別会計改革の方向性について」のペーパーが配られたが、八代氏の説明もなく、議論の対象にされなかったという。

 しかし、このペーパーで指摘している問題点は無視すべきものではない。議論の余地はあるにせよ、特別会計に関する改革が不十分なことがよくわかる。問題点を網羅的に紹介するのではなく、私が関心を抱くいくつかの指摘を取り上げると――

 外国為替資金特別会計は外貨準備資産が約1兆ドルに達し、その大部分を米国債で運用している。この外貨準備と見合う形で国内で外国為替資金証券(短期国債)を発行して、利子を払っている。さらにドルベースの運用益に見合う外為証券を発行し、外為特会に預託している。しかし、外為特会の資産、負債の両建てにせず、外貨資産だけを保有して、外為証券の発行をしない場合、何か問題が起きるのか。

 空港整備勘定は全部の空港の収入をプールしている。いわゆる、どんぶり勘定である。歳出面でも、国管理の空港の空港整備費についてだけ4つの地域別区分があるにとどまる。今後、独立行政法人化が検討されているというが、個別空港の損益計算書、貸借対照表などの情報公開とそれによるガバナンスは言うに及ばず、滑走路・管制塔、ターミナルビル、周辺の駐車場を含めた財務報告書や政策コスト分析の適用が必要ではないか。

 特別会計の積立金の適正規模に関する基準が明確でない。歳出を合理化しても、積立金が膨らむだけで、財政の負担軽減につながりにくい。

 また、大口の積立金については、財政融資資金特別会計に預託して、その統一的な運用にゆだねることになっているが、運用成果は低い。例外的に自主運用を認められている年金保険特別会計のように、労働保険特別会計などについては自主運用を認めるべきではないか。

 特別会計の積立金・剰余金を“埋蔵金”として景気対策などの財源に充てるのは、「追加的な国債発行を伴わないものの、純計ベースでの債務が増える点では、隠れた国債発行と同じ」。必要額以上の積立金等は財政健全化のため、直接、国債整理基金に繰り入れるとか、保険料等の引き下げに充てることが考えられる。

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2008年9月17日 (水)

不穏な世界経済

 米国の大手証券会社、リーマン・ブラザーズの破綻、バンク・オブ・アメリカによる大手証券会社、メリルリンチの買収、そして最大の保険会社、AIGへの政府による救済融資。サブプライムローンに端を発した金融危機は米国経済を震撼させ、その波及で、他の先進国経済にも影響が出ている。

 同じ頃、米国最大の自動車メーカー、GMが100周年をひっそりと祝った。トヨタ自動車に世界一の座を奪われたGMは、コスト面での劣位に加え、エコカーなど環境対策車の開発・生産において立ち遅れたため、経営は苦しい状況にある。製造業においても、金融・保険・証券といったマネー関連の産業においても、米国経済の凋落が浮き彫りになったのは初めてである。バブル化した米国の住宅価格が正常レベルに下がるまでにはまだ時間がかかるようだが、その過程で、金融・証券などの分野で新たな破綻が起き得るし、米国経済の縮小は国民生活に大きな打撃を与えるだろう。それがドル危機につながるおそれさえある。

 中国は北京オリンピックが終わり、パラリンピックもいよいよ終わりだ。胡錦濤政権は高揚感から醒めて、いよいよ政治・経済・社会の国内諸問題に取り組む時になった。一説によると、党の幹部や政府の高官には禁足令が出ていて、よほどのことでないと、海外には出かけないという。日本がかつて東京オリンピックのあとにかなりの不況(昭和40年不況)になったのと同じように、中国もそうなるのではないか、という観測が日本の有識者から聞こえてくる。米国経済に相当、依存している中国経済がこれまで通り、破竹の勢いで拡大することは難しくなったように思う。「唯一の道を歩む」一党独裁の政治体制のありかたが問われるところだ。

 欧州は石油などの資源高騰で経済成長率が低下し、日本と同様に、経済が停滞している国が増えた。そして、ロシアとの間で、グルジアをめぐって一時、安全保障面で緊張が高まったりもした。サブプライム問題の影響で経営が悪化した金融関係企業もある。

 日本は総理大臣がイチ抜けたで、後任の自民党総裁選挙が近く行なわれる。輸入した汚染米が工業用という名目で民間業者に売られ、あと、食用に転売された事件で、メディアは大賑わいだ。サブプライム問題で日本が受ける被害は少ないらしいが、米国経済の縮小による打撃は相当の規模に達しよう。戦後、ずっと続いてきた米国一辺倒の経済運営をどう改めるか、真剣な見直しをする必要があろう。政治家も政府も何もしていないのは怠慢だ。

 ところで、汚染米については、安全基準を何倍も上回っているが、加工したものを食べても大丈夫だという。しかし、加工製品の企業は大々的に回収している。回収したあと、どうするのだろうか。食べても大丈夫というお墨付きがあるものなのに、捨てるのはもったいないなあ‥‥という気がしないでもない。食料の自給率がわずか4割(カロリーベース)、しかも、食べ残しなどの食品廃棄物の量は輸入食品の総量に匹敵するという。捨てることに心の痛みを感じない背景には、そんなこともあるのだろうか。もちろん、信用を重視して回収していることはよく理解できるのだが。

 汚染米事件で感じたことだが、仲介業者が非常に多い。転売はマネーロンダリングのように、汚染された輸入米をまともな国産米に化けさせるためでもあるが、転売のたびに国産米の市場価格に徐々に近づくようにしたからではないかと想像する。一挙に仕入れの何十倍という値段で売って大もうけする本当のワルはいなかったという解釈もできる。

 それはそれとして、伝票操作でピンハネするような業態はどこの分野にもある。存在価値の疑わしい職業がはびこっているといったら言い過ぎか。皆の目に触れる機会が多い製品・サービスの例を挙げると、テレビ番組の制作や映画の制作、あるいは建築・土木工事の下請けなどは、下請け―孫下請けというように、何重にもピンハネする構造にもなっている。そうしたピンハネをする側は大体は社員の給料が高い。ピンハネされる側は手抜きをしたりして帳尻を合わすが、社員などの賃金は安く抑えられる。そうしたところに日本経済の歪んだ構造が透けて見える。

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2008年9月14日 (日)

「国の財務書類」を眺めると

 先頃、財務省が一般会計と特別会計とを合わせた国の06年度末のバランスシート(貸借対照表)等を発表した。「国の財務書類」と題するこの発表資料によると、民間企業を見るのと同じ感覚で国の財政を一覧できるという触れ込みで、バランスシートによると、資産の合計は703.9兆円、負債の合計は981.2兆円で、債務超過額は277.3兆円である。(ちなみに一般会計単独では335.4兆円の債務超過である。)

 バランスシートの注には、「資産への計上額には道路や河川等といった売却が考えられない資産が相当程度含まれ」ているので、「将来の国民の負担になる債務としては、基本的に将来世代が税負担により償還することとなる普通国債残高(06年度末は約534兆円)が1つの目安」と書いている。

 日本の財政状況はさほど悪くないと言う論者が挙げる根拠の1つが、このバランスシートの債務超過額である。一般会計単独にせよ、一般会計・特別会計一体にせよ、対GDP比で6割強か5割強にすぎないじゃないかというわけだが、財務省はそうした見解を注記で否定しているわけだ。

 一般会計・特別会計の06年度末バランスシートに日本郵政公社(当時)、年金積立金管理運用独立行政法人、住宅金融公庫(当時)など政府系220法人を連結させたものも発表された。それによると、資産832.3兆円、負債1093.5兆円で、債務超過額は261.2兆円である。

 一方、フローを示す行政コスト(業務費用計算書)も発表しており、06年度の一般会計・特別会計の業務費用は122.2兆円だった。財源は107.4兆円なので、当期純損失相当額(資産・負債差額増減計算書)は14.8兆円となっている。企業決算と似たやりかたなので、国債などの債務償還費(06年度211.6兆円)は計上していない。利払費8.8兆円は計上している。

 一般会計・特別会計の業務費用の内訳は、年金・政管健保給付費等が47.1兆円、補助金等が27.7兆円、地方交付税交付金等が20.5兆円で、これら3つだけで78%に達した。

 また、220法人を連結すると、業務費用が23.9兆円増大して146.0兆円になった。当期純損失相当額は6.3兆円である。

 こうした開示情報をどう料理し、活用するか。それが私たちの課題である。

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2008年9月11日 (木)

変だよ~自民党総裁選の街頭演説を聞いて

 夕方、東京・新橋駅前の広場で自民党総裁選の候補者が演説していた。広場には相当の人だかりがしており、候補者の演説にも力が入っていた。

 演説によれば、いままでの政治が国民のためになっていなかった事例をいろいろ挙げて、その原因は官僚にあると断定。これからの自民党は官僚にきらわれようと、国民のために、断固闘わなければならない。そういう話をしていた。ほかの候補者も皆、こんな演説をしているのだろうか。小泉純一郎氏が自民党員でありながら「自民党をぶっつぶす」と言っていたときも、違和感を抱いたが、今回は、どう考えても変だよと言いたい。

 これまで長年、自民党の国会議員であり、しかも大臣までやってきた人なので、政権与党の議員として多大なメリットを享受してきたはずだ。それこそ官僚の掌に乗っていい思いをしてきたことが多々あっただろう。しかし、その一方で、官僚支配政治に疑問を持ったのなら、それを党内や閣内でどんどん発言し、改めさせるべきだった。それこそ、官僚と対決してまで筋を通そうとしたのなら、新聞ダネになって名をあげただろう。

 それに、もしも、そうした発言が自民党の中で無視され続けたら、自民党を見限って飛び出してもよかったのではないか。しかし、そんな話はまったく聞いたことがない。この候補者には、国民に対する責任意識が欠けている。自民党が政権の座にあって、官僚を利用し、官僚に利用され、つまり持ちつ、持たれつで、政治が国民を無視ないし、特定の層の利益を擁護してきたという事実への認識と反省とが、この候補者にはないのである。

 この街頭演説に、広場にいる多くの人が聞き入っていた。動員された人が結構いたのかもしれない。しかし、聴衆から野次が飛ぶわけでもない。ふざけたことを言うな、と反発する人がいてもいいのに、私が聞いていた時間内には、いなかった。一部、ケータイで写真をとっている人がいたが、広場にいる人々は沈黙状態。演説のマヤカシの論理に納得してしまったのか。

 総裁選立候補者が、投票する資格もない一般公衆に向かってあれだけ熱弁をふるうのは、いずれ行なわれる衆議院議員選挙を念頭に置いているからだろう。クルマの上には、ほかの大臣経験者も顔をみせていた。 

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財務省の“借金時計”が来月にも再スタートへ

 国の借金が時々刻々増えるさまを目に見えるようにする“借金時計”。財務省は昨年8月にアクセスが集中してサーバーがパンクしたため、掲載を停止していたが、早ければ10月中に違う様式で再開する意向。デジタル・カウンターではなく、1秒間にいくら増える、1分間にいくら増える‥‥といった簡単な式を表示するらしい。

 ことし8月に財務省が発表した「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」(IMF公表基準)によると、6月末現在の国債及び借入金残高は848兆4424億円となる。政府保証債務46兆9844億円を加えると895兆4268億円にも達する。このほかにも地方自治体の債務など国民にツケが回ってくる公的な債務がいろいろある。それらを足していけば、おそらく1200兆円をゆうに超える。国民1人あたり1000万円近い。

 自民党の次の総裁の座を争う党内選挙が始まった。与謝野馨氏が基礎年金の安定財源として消費税の増税を唱えているほかは、誰もこうした深刻な国家財政状況を踏まえて発言していない。与謝野氏にしても、選挙では受けないという判断からだろう、財政危機の実情をはっきりと説明することは避けている。麻生太郎氏は現在の景気後退に対する対策を財政に求める意向を示している。

 しかし、“良薬は口に苦し”ということで、財政の厳しい実態をいつまでも国民に訴えなければ、多くの国民は政府に「もっともっと」と要求を続けるに違いない。それをあおっている政党が目に付く。経済構造を改革しないままで、高度成長時代の政治のやりかたをいまも続ける古~い政治家、政党を国民はいつまで支持するのか。

 一方で、財政健全化が必要と考える人たちも少なくないし、彼らは消費拡大には慎重だろう。そうした人たちの代弁をする政治家、政党よ出でよ。本当のことを国民にはっきりと言わない限り、従来型のどの政党が政権を握ろうと、いずれ日本国は財政破綻に追い込まれる可能性が大だ。

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2008年9月 8日 (月)

介護保険事業に対する行政評価と総務省の勧告

 厚生労働省が所管する介護保険事業の“成長”ぶりにはぞっとする。介護保険事業がスタートした2000年度の利用者数が184万人だった。それが年々増えて2007年度にはほぼ2倍に達した。介護給付費もほぼ2倍に増加した。2000年度3兆2427億円だったのが、2007年度(予算)に6兆6691億円である。

 訪問介護の事業所は2000年度に9833だったのが、2006年度には20948に、通所介護(デイサービス)の事業所も8037から19409に増えた。介護療養型医療施設は減ったが、介護老人福祉施設(特養ホーム)および介護老人保健施設も3割近く増えた。介護関連事業は日本の経済社会における高度成長分野である。

 当然、国民が負担する介護保険料は上がってきた。国や地方自治体の負担も同様だ。もとをたどれば、医療保険制度がパンクしそうになったため、当時の厚生省が拙速で立ち上げた介護保険制度である。法律を通すため、例によって、利用者数も、国民の負担も少なめに予測していた。“小さく生んで大きく育てる(?)”つもりだったのだろう。

 総務省が9月に発表した「介護保険事業等に関する行政評価・監視結果に基づく勧告」は介護サービス従事者の確保に関する厚生労働省の取り組みなどについての問題点を明らかにしている。最も重点を置いているのは、介護サービス従事者の確保が困難であることに対する厚生労働省の取り組みについてである。結論を私なりに言えば、もっと真面目にやれ、ということである。

 勧告の中で、ゴチック体で強調されている部分を紹介すると、介護サービス従事者の「①離職原因・未就業の原因の実態把握、どのような対策等が講じられれば就業するのかなどについての意識調査が未実施、②介護サービス従事者の賃金の多面的・総合的な把握・分析が不十分、及び③介護サービス事業者の財務状況の分析が不十分」という。

 「所見」では、それらの「介護サービス従事者の確保に関する基本的な指標の把握・分析を行ない、その結果を踏まえて、介護サービス従事者が定着し得るような介護報酬を含む対策について検討する必要がある。」と述べている。厚生労働者は09年度に介護報酬の見直しを予定しているが、同省お得意の安易な制度見直しについて、予め待ったをかけたと言えよう。

 この「勧告」には、不正受給をなくす介護保険給付の適正化とか、有料老人ホームへの指導監督なども取り上げている。厚生労働省が制度をつくっても、その実行にたずさわる市町村が効果に疑問を抱き、実施していないとか、都道府県や市町村が決められた監査などをさぼっているとか、国も自治体もかなりでたらめなことが指摘されている。 

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2008年9月 5日 (金)

にぎわいそうな自民党総裁選

 自民党総裁選は立候補者がバラエティに富みそうな気配だ。心もとない感じのある、若手の石原伸晃氏や、これまで派閥に属せず、「総理大臣になろうなんて考えたこともない」と言ってきた与謝野馨氏までが手を挙げた。実際に報道されている諸氏が立候補することになるのかわからないが、麻生太郎氏や小池百合子氏と4人並べると、政策論争も盛んに行なわれるのではないかと思える。

 それに、女性候補がいるといないとでは、国民の関心も違うだろう。米国の大統領選挙では、民主党の候補者選びで脱落したとはいえヒラリー・クリントンの人気は依然高いし、共和党副大統領候補には女性が指名された。同様に、小池氏が名乗りを上げれば、自民党内の権力争いとはいえ、国民の政治に対する関心を高めることにつながる。

 政策論争では、①財政出動による景気振興か、それとも健全財政の維持か、②消費税の引き上げか、それとも、成長政策をとり、当面は霞が関の埋蔵金を活用するか、③中途半端にとどまっている構造改革の徹底か、それとも、構造改革の反省・見直しか等々、財政、社会保障、経済成長政策などをめぐる選択が柱になるだろう。国民に何が争点かを示すことになるから、そうした論争は望ましいとは思う。

 でも、冷静に考えれば、これらの重要な課題について、自民党のポリシーがこれまではっきりしなかったのは政権党としてまことにおかしなことである。官僚政治のもと、連立政権をも含め、政策なき政権党であったと言ってもよい。それを国民の多数も長らくよしとしてきた。しかし、それが日本経済を凋落させた最大の原因である。それに国民が気付くか、それとも、国民はメディアの派手な自民党総裁選挙戦の報道に目をくらまされるのか。小池氏の立候補はそうした面からも興味深い。

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2008年9月 2日 (火)

麻生新首相は冒頭解散し、選挙で勝つという筋書き?

 福田首相はなぜ突然、辞任を表明したのか。ある説によれば、公明党が給油延長法案を再議決で通そうというのに絶対反対であること、および、自民党の幹部の中にすら、福田首相では解散、総選挙は闘えないという声が出てきたことで、すっかり頭にきたという。1年前、本人は引退し、息子にバトンタッチする準備をしていたとか。そこに、是非、福田氏にと自民党がかついだはずなのに、その自民党の幹部から反福田的な発言が出てきたことに怒ったというわけだ。それと、世論調査で、いっこうに支持率が上がらないのにごうを煮やしたということもある。

 ポスト福田は麻生太郎幹事長が本命といわれる。下馬評では、小池百合子氏などが対抗馬とされる。女性候補が出れば、余計、メディアは大きく取り上げる。このように、対立候補が出れば、メディアは自民党の総裁選報道で一色となる公算が大きい。かたや、民主党は小沢代表が政策を何ら述べることもなく無投票で代表に選ばれるため、国民の関心から完全に外れる。民主党の無投票選挙は自民党を利することになる。

 そして、冒頭の説によれば、麻生氏は総理大臣に選ばれたら、直ちに衆議院を解散するだろうという。麻生氏は問題発言もあり、長く総理大臣の座にあれば、馬脚を現わす可能性が十分ある。したがって、最も“麻生株”が高いときに解散、総選挙を行なうのではないかというわけだ。

 その筋書き通りに行けば、自民党が勝つ可能性が大きいが、参議院とのねじれ現象は変わっていない。そこで起きるのが政界再編成だという。自民党も民主党も分裂し、主義主張や政策で離合集散するのではないかという。

 これまで、自民党にしても、また連立政権にしても、柱となる理念はなかった。何がなんでも政権にしがみつくということにすぎなかった。民主党のほうも、思想的に右から左までいて、政治理念や政策はどこ吹く風、とにかく現政権を倒し、自分たちが政権をとるのだということだけだった。何をするのかは二の次であった。

 与党や野党の状況を踏まえると、ここに述べた説は真実をうがっているか、それからそう離れていないような気がする。米国の大統領選挙について、日本のメディアは民主党のオバマ候補らにいささか肩入れしているようにもうかがえるが、日本の9月決戦も、メディアの言うことを鵜呑みにしては間違うかもしれない。 

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