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2008年10月31日 (金)

株式のエレベーター相場

 激しく下がったり上がったり。今週の日本の株式相場は先行きへの不安からの売りと、下値と読んで買いに出るのとで、相場の振幅が極端に大きかった。きょう(10月31日)の引けにかけての急落は、来週以降の株式相場に対する弱気筋の心理が表れたように思える。

 年初には誰も想像しなかった株価の暴落で、個人投資家・株主は相当の痛手を受けているはずだが、テレビニュースなどを見ていると、街頭でインタビューに答えている投資家・株主の表情は概して穏やかだ。退職金を注ぎ込んだのに大きく下がってしまい、含み損失を抱えている高齢者が少なくないと思われるが、「戻るまで塩漬けにするしかない」などといたって冷静である。

 政府はこれまで間接金融から直接金融へのシフトを訴え、国民に株式投資を推奨してきた。それに応じて株式を買ったら、ひどい目にあった、どうしてくれる、というような不満、批判は聞こえてこない。投資は“自己責任”という原則が隅々まで行きわたっているということだろうか。それとも、国民の多くが物質的な豊かさに囲まれていて、株価が下がっても生き死にには関係ない、まじめに怒って抗議デモをしたりするような気にならないということなのか。

 株価がここまで下がると、もうかりそうだと思って新規に株式投資を始める人たちが出てくる。これこそが市場原理である。今後、預金金利の低下が予想されるから、株式投資の魅力が高まる。もちろん、世界経済のゆくえが株式相場に大きく影響することも考慮しなければならないが、日本の大きな金融資産がこの激動の中でどう動くか、興味がある。

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2008年10月25日 (土)

解散・総選挙を言っている時か

 世界の株価がスパイラル(らせん状)に下がっている。グローバリゼーションといわれるように、世界経済が一体化しているために、米国発の金融危機が先進国に波及するだけでなく、中国、インドなどのBRICsや産油国、途上国の経済にも多かれ少なかれ打撃を与えている。金融機関がカネを貸さなくなる信用恐慌で、実物経済のほうも息の根を止められつつある。世界各国が適切な対策を講じたと思われるまで、株価下落に表れる不安の連鎖はおさまるまい。

 日本はサブプライム関連の金融商品の購入も少なく、したがって、この世界的な経済危機による打撃をほとんど受けないというような楽観的な見方もあった。しかし、いまや、相当に暗い見通しに変わってきている。世界経済の落ち込みに円高が加わって、輸出に依存する日本の製造業などは厳しい経営環境にある。減産に追い込まれたり、出張の制限や広告宣伝費の削減などが始まっている。また、製造業の下請け企業は注文が激減しているという。レバレッジを効かして派手に不動産投資などを展開してきたファンドなどが次々に事業を縮小しているため、建設・不動産などの企業が破綻している。金融機関の貸し渋りもあり、倒産件数は増えるだろう。

 当然、雇用情勢は厳しくなる。これまで取り組まれてきた正規雇用化や賃上げといった雇用改善の取り組みに逆風が吹く。国民は財布のひもを締め始めた。このため、政府は財政事情は二の次にして、追加の景気対策を打ち出そうとしている。

 いまの世界経済危機は世界通貨としてのドルの危機でもある。米国は国民の貯蓄がないので、国債を発行するにしても、外国に購入してもらうしかない。ドル離れの動きもあり、最近は米国債を買ってくれる中国やサウジアラビアなどに頭が上がらない状態である。世界通貨としてのドル自体が危うくなっているということだ。

 海外では100年に一度の恐慌というような見方もされ、非常時の超法規的な対策が打ち出されている。日本でも、国際協調という点からも、今後、さまざまな緊急対策を打ち出さざるをえないかもしれない。まさに政治の出番である。与野党とも、解散・総選挙を封印し、内外経済の危機克服に一致協力してあたるべきではないか。

 北京で麻生首相を含め、アジア・欧州の首脳が金融危機対策などを相談しているときに、日本のメディアは、麻生首相の記者会見でいつ解散・総選挙をやるか質問している。民主党が解散を求めているという事情はあるにしても、この世界経済の危機に際して内閣や国会が機能しない状態をつくるのは、それこそ日本の危機である。視野狭窄に陥っているジャーナリストの見識を疑いたくなる。 

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2008年10月22日 (水)

麻生首相「当面は景気対策、中期的には財政再建、‥‥」

 麻生太郎首相になって初めての経済財政諮問会議が10月17日に開催された。その議事要旨が22日に公表された。会議の冒頭の挨拶の中で、首相は「この試練を乗り切るためには、当面は景気対策、中期的には財政再建、そして中長期的には改革による経済成長という3段階を踏んで日本経済の立て直しに臨んでいきたいと私は考える」と述べた。

 また、会議の途中の発言では、消費税の引き上げについては「多分、国民の理解は進んでいる」、「ただ、今ではない。景気がこうなっているので、全治3年と申し上げたのはそれなのだが‥‥」と言い、3年後、2011年頃に消費税引き上げができる道筋を考えておいてほしいと述べた。「景気対策をやって、財源の裏付けは何だと聞かれたときに、きちんとこうした道筋をつけるということを言わなければならない」、「それだけは覚悟しないと、やはり責任政党としてはいかがなものかという感じがする」とも発言している。

 首相は中福祉・中負担が国民的合意かなと思っているという趣旨の発言をしたあと、「中福祉・中負担を目指すなら、基本的にそれだけの腹(消費税を引き上げること)は覚悟しないといけない。国民が、我々がちゃんと真面目にやる気があると見るかどうかという境目に来ている」とも語っている。

 こうした麻生内閣の姿勢に対して、岩田一政議員(内閣府経済社会総合研究所長)は「新たな景気対策としては、単なる短期的な総需要政策ではなくて「中期的な財政再建、中長期的な改革による経済成長」と整合的なものにすべきである。これは極めて重要な視点ではないか、と私は考えている」と発言した。また、吉川洋議員(東京大学教授)も「そういう下でも、やはり財政規律は大切である」とクギを刺した。

 これまで経済財政諮問会議では、議長でもある総理大臣の発言は冒頭の挨拶などごく限られていた。小泉首相のときは、これはというところで議長が発言し、方向を決めたが、それ以外はもっぱら聞き役だった。これに対し、麻生議長はけっこう発言するし、質問もする。それゆえ、会議が活気があるように思える。こうした運営が吉と出るか、凶と出るか、しばらくは見守りたい。

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2008年10月21日 (火)

会計検査院が頑張っている?

 岩手県、愛知県などが裏金づくりをしていたなどの問題が会計検査院の検査で明らかになった。そればかりではない。最近、とみに会計検査院が国や政府機関などの税金の無駄づかいなどを指摘する報道が目に付く。

 こうした会計検査院の“活躍”をどうみたらいいのか。同院のホームページでは10月20日に「平成21年次会計監査の基本方針」を掲載した。どういうわけか9月5日に同院の検査官会議(3人の検査官で構成する最高意思決定機関)で決定したものをいまごろになって出していることへの疑問はあるが、それはさておき、この「基本方針」を読むと、同院の今日的な意義が理解できる。

 国の財政が悪化し、経済、財政、行政等の各分野の改革が求められている。また、決算結果を次の予算に反映させるために決算審査の早期化が要請されたこともあり、会計検査機能への国民の期待は大きくなっている。

 したがって、社会保障、公共事業など9分野に重点を置き、かつ複数の府省等にまたがる施策などの検査に力を入れ、社会的関心の強い事項等にも機動的、弾力的に検査をするようにしているという。

 また、不正不当な事態の検査だけでなく、行政の業績評価を指向した検査を行い、「必要な場合には、制度そのものの要否も視野に入れて検査を行っていく」としている。検査は、基本は正確性や合規性の観点で行うが、経済性、効率性、有効性の3Eの観点を重視するという。そのほか、契約の競争性、透明性にも十分留意するとしている。

 会計検査院といえば、天下り先を他の省庁にお願いしているため、検査に基づく指摘はいま一つ歯切れがよいものではないといわれていた。それは公正取引委員会についてもいわれていたことである。しかし、最近の会計検査院の検査に基づく指摘はもっと鋭いものになっている。それだけ霞が関の省庁など公的組織の腐敗がひどくなったということだろうか。

 ところで、社会保険庁の年金不正については、10年以上も前からその一端が表面化することがあった。だが、会計検査院もその問題を発見できなかった。同院の仕事の領域ではないという見方もあろうが、では、どこが担うのか。年金不正のような行政による構造的な巨悪を早期に摘発することができる特別の公的機関を議会の下に設けるというのはたわごとだろうか。 

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2008年10月19日 (日)

政府による電力値上げの抑制

 電力10社は来年1-3月に予定していた電気料金値上げについて、政府の要請にしたがい、家庭や小規模事業者向けの引き上げ幅を圧縮することにした。経済産業大臣からの書面による値上げ幅縮小要請にしぶしぶ応じるものだが、無理矢理、値上げ幅を圧縮させる政府のやりかたなどには疑問がある。

 近年、電力会社は電気料金の決め方を、料金単価に燃料費調整単価を加えたものとし、原油などの価格変動を自動的に反映するようにしている。ことしの9月分から料金単価を引き上げたが、同月は燃料費調整単価をゼロにし、実質的に電気料金を据え置いた。さらに、「お客様への影響を最大限に考慮し、10-12月分は調整しない」ことにしている。すなわち、値上げしないことを決めている。そして、来年1月以降に新しい算定基準による燃料費調整単価を決めることにしていた矢先、政府から料金引き上げを抑えるよう求められたわけだ。

 公益事業とされ、電気事業法の下にあるとはいえ、電力会社は純粋の民間企業である。経営者は顧客に配慮するとともに、株主の利益も考慮する必要がある。電力会社の経営者が顧客である住民の利益をおろそかにしているなら別だが、すでに自主的に10-12月分の料金を据え置くことにしているのを踏まえると、経営への介入は度を越しているのではないか。

 政府の定額減税もそうだが、値上げを抑えつけるような強引なことは所詮一時的な措置である。景気対策としての効果は乏しい。

 他方、地球温暖化対策で、CO2の発生抑制が焦眉の課題となっている。電力は鉄鋼と並んで、CO2の発生が多い産業なので、化石燃料に相当依存している電力の消費抑制のためには、値上げは有効な対策である。標準的な家庭で月に800円程度(18%弱)の値上げになる可能性が高いというのをどう見るかだが、電気の無駄づかいを減らせば、あるいはほかの出費をちょっぴり減らせばすむ話だろう。もちろん、電力会社の経営の合理化努力も必要である。

 日本では、政府が民間企業に何かと口出しする傾向がある。規制緩和の流れで、近年は政府の介入が減ってきたが、最近は、タクシー業界などに行政指導を強めるなど、再び、政府の介入が増える気配だ。金融危機に対応して規制のありかたを見直す必要があるが、こうした流れに悪乗りして、政府が行き過ぎた規制強化を行なわないよう、民間サイドとしても政府を監視し、是々非々でのぞまねばならない。 

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2008年10月18日 (土)

もっと円高が進むのを期待する鉄鋼経営者

 17日付け日本経済新聞朝刊に鉄鋼メーカー、JFEホールディングスの数土文夫社長のインタビュー記事が載っていた。株価下落や円高に関する数土社長の発言はとてもユニークである。

 「1929年の大恐慌の時は株価が十分の一になった。今回も株価はピークの十分の一(約3900円)になる可能性もあると思う。‥‥(中略)‥‥経営者として、最悪のシナリオも考えておかねばならない」

 「円高はもっと進んだほうがよい」、「これだけ輸入資源が高くなると、円安が続けば資源小国日本は破滅しかねない。円高下でも高い技術力で独自製品を開発し、輸出競争力を維持するのが日本企業の進むべき道だ」

 日経平均株価が8千円を割る可能性があるという予測は民間エコノミストからも出ている。しかし、そのさらに半分になるというところまで言及した人は初めてではないか。私もそこまで落ちることはないような気がするが、根拠はない。企業も日本政府も、そうした最悪時には、どういう経済社会になっているか、いかなる対応が必要か、について想定し、その結果にもとづいていまから即応できる準備をしておくべきかもしれない。

 化石燃料、金属資源や食糧などが暴騰し、日本の貿易収支は大幅に悪化した。輸出立国の基盤にひびが入ったとも言える。これまでは輸出産業の経営を重視して円安に傾斜してきたが、今後もそれを続けると、資源輸入に依存する産業・企業や国民生活は窮乏化する。資源を輸入し、加工して輸出する産業も、原材料費など変動費の割合が上がるので、安定的に利幅をとることが難しくなる。

 したがって、私も、日本が生きる道は円高だと思う。産業では、高い技術力やデザイン力に基づく個性的な製品、あるいはサービスをできるだけ多く作り出し、円高でも、欧米並みの利益率が得られるような競争力をもつ産業・企業をたくさんつくることである。GDPの半分を超える民間消費は円高のもとで購買力が増すから、国民にはありがたい。この際、数土氏の言うように、頭を切り替え、円高を忌避するのではなく、円高を産業高付加価値化のエンジンととらえたい。

 それは日本の産業・企業が中国などアジア諸国のそれと真っ向からぶつかることなく、お互いが補完関係にあるような経済圏をつくることにつながる。 

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2008年10月16日 (木)

麻生首相の国連演説を読む

 15日に、現在の米国について双日総合研究所の吉崎達彦副所長が話すのを聞いた。冒頭に、同氏は、麻生総理大臣が9月25日の国連総会で行なった演説の中で金融危機について語った部分を紹介した。メディアが報道しなかったが、注目すべきだという。そこで外務省のホームページに掲載されているのを読んでみた。

 吉崎氏が紹介した演説の初めの部分をホームページにしたがって紹介すると――

 「バンカー(銀行家)には、いつも2種類しかいないそうです。少ししか記憶できないバンカーと、まったく何も記憶できないバンカーと」

 「金融に、マニアとパニックが伴うこと、形あるものに、影の如く従うごとしであります。一定の間隔をおいて、マニアは必ず胚胎し、パニックを招来します」

 「この四半世紀余り、東京はもとより多くの国、市場を舞台としながら、マニアとパニックは数年おきに、あたかも終わりのないロンドを奏でてきたかにみえます」

 「まことに、ロンドに終わりはなく、人類は、遠からず同じ旋律を聞くに違いあるまいと思います」

 「そのたび1インチであれ前進し、賢明になろうとするほか、対処の方法はありません」

 「日本として持てる経験と、知識の貢献に心がけたいものであります」

 日本語で読むと、なかなか文学的な表現であり、スピーチライターが普通の外務省の職員ではないと推測できる。総理大臣に就任して1日たったぐらいで日本外交の基本姿勢をぶつのだから、麻生さんの政治理念等を必ずしも反映していないスピーチなのかもしれないが、内容はなかなかのものである。 

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2008年10月15日 (水)

グローバル化のもとでは皆、群盲でしかない

 1980年代後半のバブルの時、新聞社の同僚は、土地や株式などの値上がりが過去の経験とまったく違ってすごかったから、地価、株価が行き過ぎだと思っていた人が多かった。だが、オフィス需要などから見て、地価上昇は当然などと言う人もいた。その中で、マクロ経済指標に照らして、資産価格の上昇は明らかに異常だと指摘する同僚もいた。それでも、バブルが崩壊したあとに何が起こるかについては誰も想像していなかった。

 当時、世間では、高地価、高株価を喜ぶ声が満ちあふれていた。高地価、高株価でもうかりこそすれ、不満を唱える人は少なかった。バブルというのは多くの人々にとって心地よいものである。当時、Qレシオなるものが唱えられ、株式会社の解散価値まで株価が上がるのは当然のことのように言われたことを思い出す。個人投資家を船に乗せて東京湾内の工業地帯を見て回り、会社の1株あたり解散価値からみて株価がまだ安いなどと言って買いを推奨していた証券会社もあった。

 米国のサブプライムローンに端を発したいまの金融危機のメカニズムを知ると、米国の経済学者、エコノミストや、FRB、SECなど政府機関のしかるべきポストの人たちは、どうしてバブルになっていることに気付かなかったのか。気付いた人がいたとして、どうして警告の大声をあげなかったのか。そして、どうしてバブルを早期にしぼませる手を打たなかったのか。そんな疑問を抱く。

 プリンストン大学のポール・クルーグマン教授が今年のノーベル経済学賞を受賞することが発表された。その彼が「自分が生きている間に世界恐慌に似たような事態に直面するとは思っていなかった」(日本経済新聞14日夕刊)と語っている。市場経済の限界に警告を発していたクルーグマン教授にしても、バブル崩壊後に何が起きるか、必ずしもわかっていなかったように思える。言ってみれば、いまのグローバル化した世界では、こうした危機を未然に防ぐのは人智の限界を越えているのである。

 野放図なグローバル化は、大量のマネーが瞬時に動くことを可能にし、1997年のアジア危機のようなことを引き起こす。そうしたグローバル化の及ぼす影響をすべてにわたって適確につかむのは、政府機関であれ、企業であれ、不可能である。それならば、マネーが国境を越えるときに税金をかけるとか、いろいろなところに関所を設けて、危機の発生をできるだけ抑えたり、危機の影響を小規模なものにとどめるといった分散管理が望ましい。そんなふうに思える。

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2008年10月11日 (土)

企業再編の嵐が来る?

 サブプライム問題の波紋が広がり、米欧の銀行、証券など金融産業では企業のM&A(合併、買収)や国有化が進行中である。それに加え、最近は、信用収縮が産業界にも影響してきて、事業会社のM&Aも大きな波になりそうな気がする。

 米フォードが関係会社のマツダの株式を手放すという。フォード再建のためにはマツダは手放せない戦略的な関係会社ともいうべき存在だと思うが、それでも手放さざるをえないのは、とにもかくにも資金繰りがピンチだということしか考えられない。当面はカネの切れ目が‥‥というわけではないが、中長期的には、フォードの経営再建はより難しくなったのではないか。

 GMがクライスラーとの合併交渉を行なっているという報道があったが、それには納得できる根拠が考えつかない。ただ、米国自動車市場が2割以上縮み、もとに戻る可能性が近い将来にないとすれば、GM・クライスラー合併で設備、人員などを大幅に削減することは業界全体の需給改善につながることは確かだ。

 日本では、業績不振に苦しむレナウンが英国の子会社のアクアスキュータムを手放すという。1990年に買収したが、ここ数年、赤字が続き、黒字化のメドが立たないからである。どんなに著名な会社を買っても、それを生かし切る経営の能力がなければ、結局は重荷になるということだ。それはモルガン・スタンレーに2割超出資する三菱UFJフィナンシャルグループについてもあてはまる。

 日本板硝子が英国ピルキントン社を買収したあと、ピ社のトップを日本板硝子のトップにすえたのは、見事な決断だった。ピ社を買収してみたものの、グローバルなビジネスをリードする経営能力が日本側にはないと気付いたからである。日本の企業がM&Aを行なうとき、大きさにこだわるのもいいけれど、1+1が2を超えるというような相乗効果がなければ失敗と思わねばならない。

 高島屋が阪急阪神百貨店との統合へと踏み出した。それに、ローソンがam/pm買収へと優先交渉に乗り出す。日本の人口が減り始め、原油高による産油国への所得移転で、国民の購買力も減ってきた。政治の停滞、経済構造改革の頓挫などもあり、国内に依存するサービス業はマクロの状況変化に応じて事業者や店舗などの数を整理統合せざるをえない。

 ところで、現在の世界に広がった信用恐慌的な危機は日本の経済にも当然、影響している。すでに、大和生命の破綻や不動産会社の倒産などが起きている。経済界では、この危機のゆくえを不安げに見守っているようだ。企業によっては、不要不急の支出を抑えるようにしているという。為替の見通し変更で、輸出企業の収益予想は切り下げられつつある。また、慎重な経営姿勢が取引先などに連鎖的に波及し始めた段階である。そうしたマイナスの連鎖もまた、倒産、企業合併などといった新たな再編劇を繰り広げるのではないか。

 ワシントンで開かれたG7の財務省・中央銀行総裁会議は5つの行動計画を発表したが、具体策は各国に任せられる。肝心の米国がこの会議の結論をどこまできちんとかつ早急に現実化するか、それ次第で、世界および日本の経済の受ける影響の大きさも変わる。

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2008年10月 9日 (木)

求む、世界経済再生の道筋を主唱できるリーダー

 ノーベル物理学賞に続いて化学賞も日本人の受賞が決まった。求道者のように、ひたすら研究を重ねて大きな貢献をなした受賞者たちの笑顔はすばらしい。これを契機に、理系の大学志願者が増えれば、うれしいことだが。

 現実の政治・経済・社会に戻ると、2日前に会ったシステム関係の大企業の社長は「いまの世界を見たら、日本は選挙どころではない。それなのに、政治は選挙しか関心がないし、メディアも、政治記者は政局しか見ていない」と心底怒っていた。日本経団連も、そして良識派が多いとされる経済同友会も、選挙どころではないでしょうと声を上げてもよさそうだが、そんな様子はないみたい。

 麻生首相の指示もあり、10日に開かれるG7財務相・中央銀行総裁会議では、中川財務・金融担当相が日本の金融危機対応の経験を伝えるという。ヨーロッパの国々も米国も、そしてオーストラリアなども、多かれ少なかれ日本の経験から学んでいるようだが、いま日本がなすべきことは、世界の金融経済の欠陥を是正して、いかに安定した秩序を築くか、そのグランドデザインを提示してみせることだろう。それはおそらく、過去に自ら痛い思いをし、いま、ほとんど火がついていない日本にしかできない。

 そのためには、内閣直属の研究チームを設ける。そこには、政府・中央銀行の幹部のみならず、銀行、保険、証券、商品、外国為替、住宅金融などの専門家や、監査法人、格付け機関、税務、法務、情報システムなどの関係者を集める必要がある。海外からも随時参加してもらうのがよい。国内においても、国境を超える資金移動についても、これまでよりも規制色が強まるのは確実だが、国内、そしてグローバルに、整合的な金融の新たなシステムを提唱する意義はきわめて大きいと思う。それができるリーダーが求められる。

 日本の金融危機においては、企業の人、モノ、カネの過剰が根底にあった。米国のサブプライム問題では、低所得の個人に対する過剰な住宅資金融資と、そのリスクを分散するための証券化とがもとにあった。そうした違いがあるから、日本の経験を過大に評価すると間違うおそれなしとしない。そういう観点を踏まえながらも、日本はこの問題では、G8議長国として世界に貢献できるのではないか。日本の悪い癖だが、カネを出すことで貢献するなどと思うのはやめたい。

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2008年10月 6日 (月)

危機で表面化した諸制度の欠陥

 米国発の金融危機は西欧でも火の手が上がり出した。ドイツやデンマークなどは銀行預金の全額を保護することに踏み切った。預金の一定額までしか保障しないことになっている預金保険の約束を政府が変更し、上限を超えた分についても全額、保障することになった。

 危機においては、取り付けが起きないようにするためには、限度額を超えて預金している分も返済を保障する必要がある。それが危機に直面したいま、当たり前だとわかる。だが、先進国が平時につくった預金保険制度は、非常事態が起きたときに備えてのもので、一定限度を超えた分の預金は返済を保障しないということにしていた。それがいかに非現実的な想定であったかということだ。日本でも預金保険制度をこの際、根本から見直す必要がある。

 メラミン入り牛乳およびその加工品を原材料とする食品が世界のあちこちで売られていたのと同じように、サブプライムローンの証券化などに内在するリスクが米国以外にも広くばらまかれた。これらは、そうした危機のおおもとをチェックする仕組みが甘かったか、欠けていたということである。従来、主に各国の政府がそうしたチェック機能を果たすことを期待されていたのだが、グローバルな競争激化や技術革新などを背景にした製品・サービスの多様化、複雑化、高度化に彼らの態勢がついていっていなかった。

 米国の金融・証券などの諸制度やFRB、SECなどの政府機関はいささかオーバーに表現すれば、日本が学び、追随すべき模範として崇め奉られてきた。しかし、これらの政府の職員はサブプライム問題に始まる金融危機を引き起こすメカニズムをきちんと理解し、行き過ぎをチェックするようなことはできなかったようだ。また、保険会社は州で監督することになっているが、AIGの資産運用がはらむ危険については州の担当者は無知だったらしい。

 公的機関が経済活動の最先端についていけなかっただけではない。民間の格付け機関も証券化商品などの安全性などについて細かいところまでつかんで評価していたかきわめて疑わしい。発行体にカネをもらって格付けするという利益相反の面もあるが、複雑、高度な仕組みの金融商品を外から見て適切に評価可能かというと、疑問がある。それは会計監査についても言えることだ。

 あらゆる分野で専門化が進み、複雑かつ高度な製品・サービスが市場に送り出される。それに対して、チェックする役割の公的機関が対応していないところに、大きな問題がある。お役所的な仕事のやりかたの欠陥がそこに現れている。では民間にチェックをゆだねればいいかというと、それも信頼して安心するところまで行っていない。難しい時代だ。

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2008年10月 2日 (木)

経団連の消費税引き上げ案

 「税・財政・社会保障制度の一体改革に関する提言~安心で活力ある経済社会の実現に向けて~」を日本経済団体連合会が2日発表した。イギリスやドイツのような「中福祉・中負担」型の国家が日本の目指すべき道としており、2010~11年度に消費税を最低でも5%引き上げるよう求めている。

 基礎年金については、「広く国民が負担する税方式に移行することが有力な選択肢として考えられる」とし、高齢者医療に対しては「公費投入割合を増やし、国民全体で支えていく仕組みへと包括的・抜本的に見直していくことが必要となる」と述べている。介護保険制度も「公費投入割合を引き上げていく必要があろう」という。

 そして、「社会保障費用を消費税で賄うことが不可欠である」、この場合、「中長期的には消費税率が欧州主要国並みの水準になることは不可避である」としている。

 そして消費税は「国内消費に対する課税であり、基本的に輸出コストに反映されないため、国際競争力低下の懸念が無く、‥‥」と、経済界にとっては好ましい税制であることをさらりと付け加えている。

 この提言は2009~11年度の第1フェーズと、2012年度以降の10~20年程度にわたる第2フェーズとを想定して、もっぱら第1フェーズに関する各論を述べている。消費税の最低5%の引き上げと合わせて、消費税率1%相当程度の定額減税(期間5年程度)を行なうよう求めている。また、道州制の導入を見据え、消費税を引き上げたら、消費税10%の配分を国7%、地方3%とすることが適当だと述べている。

 以上が提言のポイントだが、どうも上記の計算が合わないのではないかと気になった。現在、消費税のうち国の懐に入るのは4%である。上記の増税後の国の7%から定額減税分1%を引くと、実際には6%しか国に入らない。とすると、いまより2%分(約5兆円)増えるだけだ。しかも2009年度には、基礎年金で国が3分の1の負担を2分の1に引き上げる約束になっているから、それだけで消費税1%分に相当する。ということで、残りはたったの1%分、約2.5兆円である。

 それなのに、さらに基礎年金を全額税方式に切り替え、高齢者医療にも介護保険にも税投入を増やすとしたら、約2.5兆円では全く勘定が合わない。年金の保険料積み立てが要らなくなる分を税で取るということかもしれないが、それはそれで相当の増税が必要である。「改革は増減税一体」で説明が足りているつもりかもしれないが、消費税か所得税か法人税か、何らかの増税が必要ではないか。

 もう1つ問題なのは、2011年度のプライマリーバランスの黒字化など財政健全化へ回す財源が、この一体改革の提言には何も提示されていないことだ。世界各国に比べてかなり高い法人への課税税率の引き下げが必要なことをさりげなく書いている割に、提言全体がラフだという印象が強い。経団連といえば、かつては、もうちょっときちんとした提言を出していたのに、と思ってしまう。

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2008年10月 1日 (水)

非常識なことばかり

 10月1日は節目の日だが、報道を読んだり、見たりしていると、普通人の私から見て、変なこと、非常識なことばかりが目立った。

 国会で代表質問が始まった。与野党とも、解散・選挙が目の前にちらついている議員が多そうだが、彼らには米国発の世界的な金融恐慌が起きかねないという危機感が薄いようだ。米国で金融安定化法が成立したとしても、サブプライム問題およびその後の展開で日本経済が受ける打撃を考えたら、いまは容易ならぬ事態である。危機に即時対応できるように、しばらくの間は、国会の空白を避けるべきだろう。どう考えても、解散し、選挙運動をしているときではない。麻生首相は解散よりは景気対策のほうが圧倒的に支持が多いと語っており、世論に敏感なところをみせているが、一歩進めて、内外経済が落ち着くまで、解散はしないと宣言したらどうか。

 政府系機関の再編成により、日本政策金融公庫と国際協力機構が発足した。日本政策投資銀行および商工組合中央金庫が政府100%出資の株式会社に転換した。それらの経営トップはいずれも官僚の天下りではない。だが、ナンバー2とか3とかになると、ほとんど官僚OBだから、そうした中でトップが民間の経験や良識をどこまで生かせるかが注目点である。そこで、気になるのは、肝心のトップが高齢者であることだ。民間企業では、大体、トップは50歳代から60歳代前半で、日々、全速力で駆けている。上記の4つの組織を率いるトップにしても同じぐらいの年齢でないと無理だと思う。民間出身とはいえ、70歳代や80歳代では息が上がって走れないだろう。

 日本相撲協会の外部役員3人も70歳代である。ヒマな人に頼むとなると、高齢者しかいないのかもしれないが、受けるほうも受けるほうだ。

 あちこちの大企業で、来年春に入社する大学新卒者の内定式が行われたようだ。大手銀行では2千人前後の新卒採用を行なっているので、内定式にはずらりと学生が整列していた。銀行としては、ひとむかし前の高卒採用のようなつもりで採った者もあろうし、数年経たずしてやめていく者が多いことも前提になっていよう。そして、かつてのような入社直後の濃密な研修は不可能だから、OJT中心になるし、出世は主に出身大学によって決まるというやりかたがかつて以上にはっきりするだろう。米国の危機がどこ吹く風のような景観であった。

 10月1日は「法の日」。しかし、新聞を読んでも、「法の日」に関する記事はなかなか見当たらない。でも、9月30日、法曹3者のトップがそろって記者会見し、来年に導入される裁判員制度を熱心にPRした。「見て、聞いて、わかる」というものにすると。

 島田最高裁長官は「制度が始まれば、よかったと言う人が増えるだろう」と語った。素人の市民が有罪か無罪かを判断し、かつ量刑まで判断せよというのだから、裁判員になるのを忌避するのは当たり前だ。しかし、会見を聞いていたら、「検察官(原告)の言うことを裁判員が納得できなければ検察のペケ(無罪)」(樋渡検事総長)というだけのこととわかった。「検察官の言うことが常識に照らしておかしければ、無罪にしてもらえばよい」(宮崎日弁連会長)という。市民がこうした理解をするようにメディアは工夫して報道してほしい。

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