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2009年2月14日 (土)

『外交の力』と著者田中均氏の話から

 田中均氏といえば、小泉首相(当時)の北朝鮮訪問と拉致被害者の帰国とを実現させた外務省の担当者である。日本外交のあるべき姿について、退官後の3年間、海外に毎年20回ぐらい行って議論し、それをもとに書いた外交論が『外交の力』(2009年1月刊)だという。それをなぜ書いたか、そこに込めたメッセージは何か、について、田中氏は記者会見で話もした。

 同書を読んでの感想を一言で言えば、日本の外交を担う外交官に、こんな愛国者、憂国の士もいるのだなというある種の感動である。いまの時点で言えば、「いたのだな」ということになる。と同時に、世界が多極化するなど内外環境が激変したにもかかわらず、現在の日本社会はあまりにも内向きであり、従来型の受身的な外交が国益を害していること、そして、そのことに政治も国民も気付かずにいることに、田中氏が危機意識を抱き、どう改革すべきか提案しているのにも大筋、納得した。

 第二次世界大戦後の日本は国家安全保障を米国に大きく依存してきたために、日本は独立国家としての生き方を真剣に追求してこなかった。言い換えれば、日本の政治指導者や外務省などの官僚は、せめぎあう世界の中で国家、国民の安全を守り、国民生活の安定、向上を図るためにどうすべきかを、自分のアタマで考えてこなかった。しかし、日本を取り巻く環境は様変わりした。そこで、田中氏は、日本がこれからの世界の中で、そしてアジアの中で、どういう戦略のもとで、どういう生き方をするのかを国民や政治家に議論してほしいと訴える。集団的自衛権の見直しや、東アジアでの経済連携など、課題は多々ある。

 そして、外交政策の基盤を強くするため、米国の「外交問題評議会」のような、党派色がなく、常に官民が交流し議論する民間組織をつくることを提案している。また、政府に「国家安全保障補佐官」の設置も提案している。メディアに対しては外交報道の抜本的な見直しを求めている。同書はメディアが「事実を客観的に公正に報道するよりも、センセーショナルな見出しを打ち、専門的知識のないコメンテーターたちを登場させる」と述べ、「政局」より「政策」に通暁した記者の養成が望ましいと指摘している。

 原則論としては、田中氏の指摘に賛成する。だが、外務省については、これまでも、外交を担う政府組織としてはいかがかと思う問題点がときおり表面化している。“機密漏洩”の西山事件のように、米国で公開された公文書にも書かれていて、しかも日本の外務省の当時の局長が近年認めたにもかかわらず、外務省がいまだにしらをきるという事例などをみると、外務省のほうにも相当、問題があるといわざるをえない。田中氏が直接、そうした出来事に関わっていなかったとしても、著書で古巣の重大な欠陥を指摘するのを避けているのが、同書の価値を減じることは否めない。

 それでも、同書のすぐれた点は高く評価したい。会見も、きわめて説得的だった。 

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