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2009年2月22日 (日)

凄い迫力、モサド前長官

 先週、イスラエルの特務機関、モサドの長官だったハラヴェイ(Efraim Halevy)氏の会見に出た。約40年間、モサドに身を置き、1998年から2002年まで長官だったという。その経歴から、どんな人物か見てみたいと思った。あとで、知ったことだが、佐藤優氏がインテリジェンスの基本哲学を教わった恩師だとか。

 第一印象は、鋭い目付きと冷酷な表情。もし、相対(あいたい)で会ったら、それだけでこちらがおどおどしてしまいそうな冷たい雰囲気だった。冷酷無比という言葉がぴったりかもしれない。1948年の建国以来、中東のアラブ世界の中で、孤立しながらも生き抜いてきたイスラエルの歴史、それを暗闇で支えてきたモサドの“親分”らしい人だった。彼の話を一部紹介すると――

 ①東西冷戦の始まった時期に誕生したイスラエルは、1951年に西側世界に立つと決定。中東戦争ではすべて勝利した。エジプト、シリアなどの敵対国はソ連や中国などから軍事援助を受けていたから、イスラエルはグローバルに情報収集のため活動しなければならなかった。また、イスラム系のテロは世界中に広がっているから、それに対してイスラエルの力をみせつけねばならない。

 建国当時、どこの国もイスラエルの生存権を認めてくれなかったから、イスラエルが生き残るために、国家予算の30~40%は軍事予算に充てられた。国民は普通の生活を享受し、同時に安心して暮らせる。これは建国以来の功績の一つである。

 ②アラブ諸国の団結は強固だった。我々はこの団結を壊し、イスラエルへの理解を得ようとしてきた。そこで1950年代に、アラブ諸国を飛び越えて、アフリカ諸国などと国交を持つようにした。モロッコとは1960年代に秘密に国交を持った。1977年にエジプトがそれまでの路線を転換し、一枚岩のアラブ圏を壊すことができた。これが大きな突破口になった。我々は建国時に、一枚岩を壊したいと思った、それが実現した。それで潮目が変わり、アラブの個別の国と交渉し、共通する利害で結び付くことができるようになった。

 ③パレスチナが国家としてやっていけるかは彼らにかかっている。パレスチナ運動ほど外国の援助を受けているところはない。ハマスは22年前にアラファトの腐敗に対抗して生まれた。そもそもは社会的観点からハマスはできた。パレスチナはいま2つに分断されているが、一体化して国家的なentity(実体)ができるなら、初めてイスラエルとの間で和解のプロセスが始まる。パレスチナの内からのそうした情熱がない限り、それは無理だ。

 ④(オバマ大統領は米国がアフガニスタンに1万7千人増派するが、それは成功すると思うか、の質問に対し)アフガニスタンは、パキスタン北西部にもあてはまるのだが、主権不在である。英国の委任統治領だったときもそうだった。ロシアがいたときも、いる前も同じ。いま、ソマリアの一部なども主権不在だ。イスラエルとパレスチナの間でも、主権不在のところはある。そうした主権不在のままを受け入れること、そこから未来のカギが生まれてくる。

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