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2009年5月30日 (土)

辻井喬(堤清二)氏の講演

 詩人・作家の辻井喬(堤清二)氏が日本記者クラブの総会記念講演で、「二十一世紀の日本文化」と題して話をした。ネットなどでさまざまな情報が飛び交う結果、情報の受け手が勝手に思い込んだにすぎないのに、メディアは本当のことを言っていないと思われてしまう。このように、いまはメディアにとっては辛い状況だと指摘し、「もとの情報が正しければ問題ない。それだけにメディアの責任は重くなっている」と語った。

 本論に入って、「客観的な目で見ずして、ネーション・ステートの自立性はありえない」と言ったあと、第二次世界大戦の名称はどれが正しいのか、いまだにわからないなど、日本の近代史に関して不思議なことが多いと述べた。そして、日本は外国からどう見られているか、もわかっていないとして、佐藤栄作がノーベル平和賞を受賞した理由などについての外国人の対日観(例えば、日本が核兵器を持ったら、何をするかわからない、など)を紹介した。

 それと、日本が相手の国の歴史、習慣、言語などを学ぼうとする意欲が高度成長の過程で低下したことを指摘した。それは、国内でも同じで、東京などから地方に転勤した人が地方のことを学ぼうとしなくなったという。

 「日本は経済は成長したが、文化的には危ういところに来ている。これで軍隊を持ったら、クーデターが起きるのではと危惧する」と現状をとらえたあと、文化の衰弱の原因を挙げた。第1に、共同体の消滅。地域共同体、国と個人の間、職場共同体、労働組合、政党、これらの中間組織がいずれも大衆の信頼をなくしたという。

 第2に、思想と感性がばらばらになっていることを挙げた。明治以来、思想的空白のままで来ているが、これを人々は辛いと思わないという。第3に、伝統との断絶を挙げた。文化がクリエイティビティを持つには伝統を現代に生かす必要があると述べた。「源氏物語」や「世阿弥」の演劇論など、日本には世界に誇るものがある、として、「日本には洋々たる伝統がある」と締めくくった。

 私は取材でセゾン・グループの総帥としての経営者、堤清二氏に会ったことがあるが、それは同氏が日の出の勢いの頃である。とても知的能力の高い人だが、それゆえに社内では畏れられていた。彼の言うことを即座に理解し、適切に応答できないような部下は即、左遷されるという噂すらあった。そんなことを思い出しながら、この二足のわらじをはいてきた稀有の人物の話を聞いていた。

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