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2009年8月16日 (日)

「鎮魂」の造形美術展

 東京・銀座で開かれていた「64年目の夏 鎮魂のニューギニア」と題する個展を見た。太平洋戦争時、ニューギニアの激戦地で戦い、何度も負傷しながらも、奇跡的に生き残った三橋國民氏(造形美術家、88歳)が、生きて帰ることのなかった戦友たちの無念さや戦争の悲惨さを伝えるために制作した絵画や彫刻などが展示されていた。

 ニューギニアってどこ?と思う人もいるだろうが、日本は太平洋戦争でいまのインドネシア、オーストラリア、タイ、ビルマ(ミャンマー)などにまで戦線を拡大した。三橋氏はジャングルで戦い、分隊40人の中で2人しか生還しなかったうちの1人という。

 太平洋戦争が終わってから64年。いまだに日本兵の数知れぬ遺骨が故国、日本に帰ることなく、戦地だったところに埋まったままという。三橋氏の作品は現地で死んでいった戦友の鎮魂とともに、二度と戦争をしてはならないと強く訴えているように思えた。

 この個展を見て、2004年11月に静岡県立美術館で見た「香月泰男展」を思い出した。香月は、敗戦後、ソ連によって極寒の地、シベリアの捕虜収容所に送られ、強制労働をよぎなくされた。シベリアの強制労働と餓えや寒さでたくさんの旧日本兵が死んだ。1947年に日本に帰った香月は、強制収容所で無念の死をよぎなくされた人たちの鎮魂のため、多くの絵画を描いた。三橋氏の作品と香月の作品とは、表現の仕方に違いはあるものの、訴えてくるものは共通している。

 銀座4丁目角すぐの鳩居堂ビルの4階で開かれていた個展を見て、エレベーターで下りたら、表通りはカラフルな服装をした人々が行き交っている。展示の世界と違い過ぎて、一瞬とまどいを感じた。

 戦争体験のない人の方が大半となり、メディアでも、戦争の悲惨さを強く云々するのは毎年8月だけになってしまった。また、あいまいにされた戦争責任の問題を取り上げる報道もあるが、政治的・社会的に徹底追及する動きにはならない。きちんと総括してこそ、反省を生かし、二度と同じ過ちをおかさないようにすることができるのだが、そうはしないのが日本流なのか。

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