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2009年8月28日 (金)

自転車は選挙の時だけ乗るものではない

 国政選挙に限らないが、選挙の立候補者が自転車に乗って選挙民のところを走るのは昔から。おそらく、そうした候補者は選挙のときだけ自転車に乗るのだろう。このように、たまに乗っている分には、自転車は狭い道にも入れるし、便利である。

 しかし、日常、自転車を使っている私にしてみると、東京のあちこちの繁華街とその周辺では、いつもひやひや、はらはらのしっぱなしだ。狭い歩道に自転車がずらーっと停められていて、残された狭い部分を歩行者と自転車が行き交う。極端に狭くなっているところでは、歩行速度がゆっくりの高齢者がいると、うしろに人が並んでしまうこともある。また、先日は、年配の女性が、うしろからさっと追い越した自転車のハンドルにぶつかって痛がっていた。ぶつけたほうは知らん顔で行ってしまった。

 東京都区内など、歩行者および自転車の集中する都市部では、一見すれば、いかに自転車の不法駐輪が歩道の往来を妨げているか、誰にもわかる。しかし、この大量不法駐輪を一掃し、自転車も歩行者も安心して通行しやすい道路に直すという話は聞いたことがない。いまの選挙運動で走り回っている某候補者が「地元の出身で、地元を誰よりも愛しています。医療、介護など困ったことがあれば、何でも言ってきてください。○○はそれを解決します」などと宣伝カーで言いつつ走っていたが、本当に、この自転車の不法駐輪問題を解決してくれるなら、絶対に○○に投票する。

 自転車に乗って選挙運動する候補者も、自動車に乗って走り回る候補者も、自転車それ自体の良さは知っているはずだが、不法駐輪で庶民がどんなに困っているのかがわかっていないとしか思われない。

 極端に聞こえるかもしれないが、自動車道路を狭くしてでも歩道を広げるとか、道路沿いの商店などに駐輪場所の確保を義務付けるとか、あるいはJRなど鉄道の線路の上に駐輪場を設けさせるとかする一方、不法駐輪を厳しく処罰することが必要かもしれない。その関連で自転車の登録制度を導入することも考えられる。

 ところで、ドイツは毎年、徒歩と自転車の利用を促進する「思考を変えて」というキャンペーンを行なっているという。実際には、選ばれた自治体が広告、ラジオのコマーシャルなどを行ない、その費用を連邦政府が環境予算の中から負担するというもののようだ。

 同国では、交通部門から出るCO2は国全体の5分の1を占める。そこで、自動車利用と比べ、近距離は歩くか、自転車を利用したほうが早いことをキャンペーンして、自動車の利用を減らそうとしている。

 このように、自転車の利用は望ましいことだ。そうした観点からすれば、日本においても、自転車利用は本来、歓迎されるべきものである。しかし、現実は上記のように、歩道の交通を困難にし、目の敵にされてしまいがちだ。

 政治はこうした問題にこそ、きちんと答えを出すべきだろう。国政においても、自治体の議会、行政においても。私の家の近くでは、ときどき、自治体のトラックが来て、不法駐輪の自転車やバイクを撤去するが、その数は知れている。そんなことでは、うんかのごとく不法駐輪している現実に対しては何の解決にもならない。 

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