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2009年10月10日 (土)

曽野綾子著『貧困の僻地』から

 曽野綾子氏の本を読むと、鋭角的に本質を突く言葉にぶつかる。ぬるま湯にひたりきった日本の社会に対する批判的な視点は、他の追随を許さないものがあると思う。その厳しさについていけない人もいるだろうが、学ぶべき点は多いのではなかろうか。ことし5月に発行された『貧困の僻地』も同様である。

 日本のように「どこでも同じようなものが買える制度を持つ国家には僻地がない」。アフリカでは僻地が出現すると、部族化がいっそうはっきりしてくる。村が孤立化すると、国としてまとまるという発想は誰にもないという。

 「人は誰でも、或る時、後の人のために死んでやることが必要なのである」。ワクチンの接種などの医療の供給資源が足りないときは、誰を優先して治療し、誰を後回しにするかのトリアージュが行われる。そうしたとき、高齢者が後回しにされるというような不平等、切り捨てがありうることを日本では全く教育していない、という。

 「現実に幸福かどうかを別として、幸福を売り物にする人の特徴は、笑い声がけたたましい」。「沈黙と静寂は、他の音を受け入れるが、饒舌と騒音は、他者の声を伝えない」。私も日頃から痛感しているのだが、テレビ番組は朝からやたらしゃべり、笑い、食べる。皆でやればこわくないのである。これでは一人静かに本を読んだり、考えたりするのはヘンな人とみなされかねない。

 「外見の若さの基本は、新鮮で安全な食材を使った食事をすることだろう」が、「もう一つ若々しい魂を保つためには、精神の栄養が負けず劣らず必要だ」。すぐれた人に会って、その人から多くを学ぶとともに、「何よりもたくさんの読書をしなければならない」という。それらに時間とカネを使わなくては若さも美貌も保てない、と曽野氏は指摘する。

 「ものの過剰は人間を疲れさせるし、もの一つ一つの存在の意義を見失わせる」。何か欲しいと思ったら、すぐ買わず、やや長い時間をおいてみたらいい。それで本当に生活に入ってくるべきものか見極めがつくという。

 本書『貧困の僻地』はアフリカの貧しい社会や人々を「僻地」ととらえて、曽野氏が現地を訪れ、体験した「貧困」の実相を描いている。同氏からみれば、日本には僻地というものはない。世界的にみれば、日本は豊かな社会そのものである。しかし、日本の中では貧困が大きな政治的、社会的な問題となっている。同じ「僻地」という言葉がグローバルにみたときと、日本国内でみたときとでは大きく異なっているのである。そうした違いを理解することは、私たち日本国民一人ひとりの問題意識を深めるのではなかろうか。

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