« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »

2009年11月29日 (日)

「事業仕分け」の前に「自民党無駄遣い撲滅PT」があったのだが

 鳩山政権の事業仕分けが27日に終了した。仕分け作業を公開にし、ネットでもリアルタイムに知ることができるようにしたこと、そして、予算を要求する官庁側と、問題点を指摘する仕分け人とのやりとりを通じて、ずさんな予算要求の一端が明らかにされたことは高く評価できる。

 実は自公連立政権下の自民党が同様の作業を昨年6月から約半年かけて実施していたということはほとんど忘れ去られている。「無駄遣い撲滅プロジェクト」(座長、園田自民党政調会長代理)である。今回と同様、NPOの「構想日本」の助力を得て、若手官僚8人および各界の人たちを集めて実施した。しかし、それが自民党の政策にはならなかった。

 もし、自民党が無駄遣い撲滅プロジェクトチームの報告書を受けて前向きに実現に取り組んでいたら、あれほどの惨憺たる選挙結果には至らなかっただろう。それが自民党の運命の分かれ道だったのかもしれない。

 プロジェクトチームを率いた河野太郎衆議院議員は自らのホームページで「河野チームが去年からやった事業仕分けは、自民党の中では反乱軍のように扱われた」、「国立マンガ喫茶や酒類総研のように我々が廃止を打ち出したものに平気で予算がつけられた」と振り返っている。

 ここからは今回の事業仕分けに対する私の感想だが、第1に、「総額が少ない。見ていて甘い」と河野氏も指摘するように、もっと切るべきだった。民主党の有力者が予算をそのまま認めるようにと圧力をかけたり、作業を仕切る民主党議員がカットしないほうへと結論をまとめたりとかしたこともある。民主党主体の連立政権のもとでの与党族議員の誕生である。

 第2に、俎上にのぼった予算項目および問題点の指摘は財務省主導だったことである。自民党政権のもとでは言えなかった問題点を財務官僚がここぞとばかり出したのだろうが、結果として、それとは異なる視点からの意見が出にくかった。

 第3に、以前のシーリングがなくなり、各省庁とも要求したいだけ予算要求する格好になった。その結果、事業仕分けの対象にならない要求項目については、仕分けがないので、財務省の査定はあるにしても、無駄遣いが見逃される可能性が強い。民主党は政治主導とばかり言っていないで、官僚の意識改革を図り、省庁あげて無駄遣いをしないようにもっていく必要がある。

 第4に、今回の仕分けの結果を鳩山政権がどれだけ生かすかだ。仕分けの結果がどうであろうと、政治主導で決まると言い切る民主党議員もいる。事業仕分けの結果には疑問を抱く国民も多いようだが、さりとて、仕分けの結果が次々に無視されるなら、国民の民主党支持は揺らごう。

 第5に、民主党は事業仕分けで点数を上げた。しかし、民主党の経済政策(マクロ、ミクロ)は何か、日本をどういう国にしていこうと考えているのかがさっぱり見えない。その大きな枠組みがはっきりしない中での事業仕分けというのは、判断の物差しがぼやけているのだから、どうしても恣意的になりがちである。

 いずれにせよ、事業仕分けは神の声ではないから、民主党の今後の取り扱いが注目される。自らの偽装献金問題で首相の座が危うくなっている鳩山首相がどう判断するかも要注目だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月26日 (木)

富士通副会長の講演から教わったこと

 11月25日に東京で開催された富士通環境経営トップセミナーを聞いた。伊東千秋副会長の講演「持続可能な社会の実現に向けたICTの貢献」には期待していなかったが、中身はよかった。

 伊東氏によると、ことしのダボス会議では、世界金融危機のあとはどうなるのか、という講演が多かったが、あるNPOの代表は「21世紀は意思の時代」と述べて大変な拍手だったという。つまり、どうなるのかを予想して、それに対処しようという発想ではなく、どういう社会にすべきか、という問題の立て方をしようというものだ。

 米国のゴア元副大統領が、いまは経済危機、温暖化の危機、エネルギー安全保障の危機という三位一体の危機に直面していると言った。伊東氏は、国内に石炭のない韓国は、CO2を出せば出すほど貿易収支の赤字が増えるから、持続的発展のため脱エネルギー・石油というグリーン・グロウスをひたすら目指す。インドは1人あたりCO2排出量の少なさで世界一を目指すという。そして日本はエネルギー自給率が4%しかないので、エネルギー安全保障を口にしないと語った。

 一方、鳩山首相は90年比25%減とともに、途上国への資金援助を提案したが、その際、測定可能、報告可能、検証可能な形でのルールづくりを求めた。これはカーボンが通貨になることを意味すると伊東氏は言う。カーボンが通貨になるとすれば、産業構造は全く変わると指摘した。それを踏まえ、富士通として、もっと農業に関わっていくとし、ICTを用いて農業者の暗黙知を形式知にするといった取り組みをすることを表明した。

 また、産油国なのに風力発電に力を入れ、その供給が17%を占めるデンマークでは秒単位で需給がバランスできる火力発電の仕組みができているとし、需要に応じた動的料金で電力消費をできるだけ削減するスマートメーターがあると紹介した。例えば、冷蔵庫に付けると、料金の安い時だけを選んで冷やすという。これは日本の家電メーカーの製品とは違っているから、日本メーカーは新たな対応が求められることを意味しよう。

 同じセミナーで、ダイキン工業の藤本悟CSR・地球環境センター室長が「環境なくして発展なし」という題で講演。動作が時代の潮流に乗るという「ウエーブライダー」から、潮流を作りだす「ウエーブメーカー」に変わったと述べていた。これも、これからの日本および世界を考えるうえで大事な視点だと思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月22日 (日)

日銀に国債購入を求める声

 産経新聞の22日付け「日曜経済講座」で、田村秀男編集委員が、国の財政が大変なので、デフレ脱出には日銀の役割がとてつもなく大きいと書いている。

 それによると、脱デフレには財政と金融の一体化しかないが、政府が国債を従来通りの引き受けをあてにして発行すると、市場は消化しきれず、金利の上昇を招く。それが家計やビジネスの負担増につながり、デフレを昂進してしまう。

 したがって、デフレ脱出には日銀が国債を購入するのが望ましいという。ところが、日銀には、国債保有残高の上限を日銀券発行残高以内とするという「内規」がある。そこで、田村氏は日銀に対し、国債の購入が駄目というのなら、せめて国債と同様の政府短期証券(FB)を市中から買い上げ、資金を供給せよと主張している。

 FBは大半がドル買い介入の際に発行したもので、発行残高は6月末現在で119兆円にのぼる。日銀がこのFB100兆円分を市中から買い上げて資金を市中に供給すると、政府は建設国債を余裕で追加発行できるというわけだ。

 事業仕分けなんぞ、やったって知れている、こっちのほうが本筋だというのが田村氏の主張である。

 財政危機の状況は深まる一方で、デフレによる経済萎縮が進む。これを打開し、経済を安定的な成長軌道に乗せるにはどうすべきか。民主党政権はまだそのシナリオを描けていないので、余計、国内景気は不安定になっている。国債マーケットの神経質な価格変動は、それを反映している。田村編集委員の提案には疑問もあるが、いまこそ経済対策をめぐって百家争鳴が必要だと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月19日 (木)

もの皆、値下がりしている

 東京株式市場はきょう(19日)も結構値下がりした。明るい材料がまるでみられないとあっては、当たり前だろう。値下がりは一般の商品・サービスでも目につく。ものが安くなると、家計は助かるが、大半のビジネスを窮地に追い込む。そして雇用などへの波及を通じて、日本経済と国民生活にさまざまな悪影響を及ぼす可能性が大きい。

 街を歩いたり、買い物をしたりすると、本当に、商品・サービスの値段が下がっていることを実感する。きょう、昼の12時過ぎに東京・神田の裏通りを歩いていたら、弁当屋で50円引きサービスがあり、サラリーマン風の男たちが十人ぐらい並んで買っていた。もともと300円台の値段の弁当である。最近は持ち帰りの弁当の値段で300円台というのが多くなった。そうした目で駅周辺を見たら、あちこちで庶民向けの食堂、レストランがランチの値段を何十円か下げたという幟(のぼり)が立っている。

 食品スーパーで日常の食材を買っているが、最近は野菜にせよ、果物にせよ、たびたび、驚くほどの低価格で売っている。大根1本が100円もしなかったりする。生産者の労力だとか、流通費用などを思うと、気の毒になるし、こんな価格で持続可能な農業なんてありえないだろうと考えてしまう。

 マクロ経済統計では日本経済が回復の方向にあるという。しかし、エコポイントなどで下駄をはいている状態で、企業は新卒採用を極度にしぼっているように、冬ごもりに近い。雇用を抱え、操業度を維持するために、安売りでも何でもせざるをえない企業もあると思われる。

 中小企業の債務返済を猶予させるための中小企業金融円滑化法案を強行採決によってでも可決しようという民主党の政策もプラス・マイナス両面があり、明るい材料にはならない。財政危機を背に、日本経済をどうやって成長路線に乗せるかという問題意識がどうも民主党政権にはなさそうだ。子ども手当のような、限られたパイの配分にばかり夢中になっていて、ある種の視野狭窄症にかかっている。

 世界経済危機でG20とか、国際会議がひんぱんに開かれ、主要国のトップや閣僚が今後の世界戦略を議論している。主要国は自国に有利な仕組みづくりに懸命だ。それなのに、政務三役を採り入れた民主党政権は国会開会中であろうと、どうしてこれらの会議に大臣が出かけないのか。そのくせ、やたら対外援助の大盤振る舞いだけはする。これでは、自民党政権のときと変わらない。

 消費者物価指数の下落など、デフレの様相を示す指標が出ている。このため、菅副総理が補正予算編成を打ち出した。それは当然なすべきことだが、財政健全化の重い課題を踏まえ、中長期的な成長政策を明確に提示するものであってほしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月16日 (月)

映画「カティンの森」は重かった

 映画「灰とダイヤモンド」などで知られるアンジェイ・ワイダ監督が2007年に制作した映画「カティンの森」を試写会で見た。何とも重たいというのが見たあとの率直な気持ちだ。忘れていた重要かつ深刻な問題をこの映画で思い出してしまったような気持ちになった。

 第二次世界大戦はナチスドイツがポーランドに電撃的な攻撃を実施した1939年9月1日に始まる。そして、ドイツとソ連とのポーランド分割秘密協定に則って、ソ連が同月17日にポーランドに侵入した。西からと東からの侵略でポーランドという国家は事実上消滅した。

 そして、ドイツ民族の優越性を誇るナチスはポーランドに住む多数のユダヤ人を強制収容所に送り込み、ガス室で虐殺した。ソ連は捕虜にしたポーランド軍の将校約1万5千人の多くをカチンの森に運び、銃殺して埋めた。どちらも歴史に残る、残虐きわまりない大量虐殺である。ソ連について言えば、ドイツ軍の捕虜だった多数のソ連兵士が帰還したとき、ドイツのスパイとみなしてシベリアなどの強制収容所に入れた。また、ソ連国内でも、体制にタテをつくとみられた人々を片っぱしから処刑したり、収容所送りとした。人間不信の恐怖政治の体制だった。

 第二次世界大戦中の1943年に、カチンの森で数千人の遺体が発見されたが、当時、ドイツとソ連は、お互いに相手国の仕業だと糾弾しあった。ソ連による行為だとはっきりしたのは、ソ連・東欧圏が崩壊した1990年ごろのことである。

 第二次大戦が終わったあと、領土を西寄りにずらされ、社会主義国家として再興したポーランドは、ソ連の衛星国となった。このため、ソ連はもとよりポーランド政府も、カチンの大虐殺がソ連の行為だということを認めなかった。

 ポーランドは、ヒトラーのナチスとスターリンのソ連とによって国土を蹂躙され、たくさんの国民が残虐非道の殺戮行為で命を断たれた。そればかりか、戦後も、冷戦の続いた半世紀近く、ソ連の東欧支配により、民主主義も、言論の自由、出版の自由なども認められなかったのである。多くの人は生きていくために、権力に屈従せざるをえなかった。

 いま、私たちは民主主義を当たり前のように思っているが、自由とか民主主義とかというものは決して当たり前のものではない。それを維持する普段の努力がなければ、いつ奪われてしまうかもしれない。ナチスやスターリン主義が示したように、人間は組織、団体とか集団になると、信じられないほど非道な行為を平然と行なう存在である。その恐ろしさに封印をしたつもりでも、いつ、それが破られるかわからない。映画でそのことを思い起こした。 

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2009年11月12日 (木)

事業仕分けは画期的だが、問題もある

 政府の行政刷新会議が11日から始めた来年度予算(要求)の事業仕分けは、国家予算づくりの過程を部分的にせよ国民の眼前にさらけ出した点で画期的だ。官僚支配に乗っかった自民党中心の政治において、国のカネが天下りや特定層の権益のためなどで、どんなにでたらめに使われてきたかがわかった。それをメディアで知った国民は怒り心頭に発しているのではないか。

 これまでの国会審議は予算委員会に示されるように、予算の中身を審議することはほとんどなかった。議会がさぼってきた予算案の審議を個別事業ごとに行なうというのだから、すごいことだ。

 例えば、11日に、国土交通省の下水道事業や農林水産省の農業集落排水事業は、地方自治体へ移管するとの判定がなされた。下排水処理については下水道と農排水と合併浄化槽との3つの選択肢がある。下水道と農排水とは道路などと同じく公共事業そのものであり、しかも近接してつくられたりしている。そこに巨額のムダがあることは知る人ぞ知る。地方移管でムダがなくなるか疑問だが、そこに初めてメスを入れる可能性を感じさせる判定である。

 今回の事業仕分けは限られた予算項目についてしか行なわれないが、それ以外の予算項目についても、日数がかかってもいいから1年間のうちに順次やっていくことを求めたい。とともに、地方自治体の予算についても、すべての自治体が同様な事業仕分けを公開の場で実施するようになってほしい。

 予算をどうつくるかはまさに時の政権がどんな政治をするかを示す重要なプロセスである。だから、透明性を確保した事業仕分けの意義は非常に大きいが、問題もある。例えば、画一的に短い時間のうちに結論を出すことである。議論を尽くさないうちに一定の結論を出さざるをえないものもあるから、複雑な要素を抱えている予算については、“復活折衝”ではないが、改めて議論する場を設けたらどうか。

 また、仕分け人としてさまざまな分野の専門家が加わっているが、彼らが議論の対象についてすべてくわしいとは限らない。したがって、見落とされた視点、異なる視点からの指摘をパブリックコメントとして受け入れることも考えていいのではないか。

 ネットを使えば、どこからでもリアイルタイムで事業仕分けの現場にアクセスできるというやりかたは民主政治の新たな試みである。それは国民の政治への関心を高める。“公開処刑”みたいな印象を与えるのはいささか気になるところだが。 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年11月10日 (火)

国の“借金”が半年で18兆円増えた

 財務省が10日、国債および借入金の9月末現在高を発表した。864兆5226億円で、半年前に比べ18兆256億円増えた。わずか半年で国民1人あたり14万円弱増えた。よくまあ“借金”を膨らましているものだ。自民党・公明党の政府もそうだったが、民主党中心の政府も目下、返済のことをほとんど考えていないようだ。

 発表によると、内国債だけで9月末現在、694兆2982億円。700兆円大台乗せは時間の問題である。

 これだけ“借金”が大きくなると、政権の座にある者は、じたばたしてもしようがないと度胸がすわるのかもしれない。しかし、国民のモラルハザードが心配になる。いくら家計と国家財政は本質的に異なるとはいっても、国の将来が危ういとなると、真面目に働く気持ちも萎えるだろう。国の将来に明るい展望を切り拓いてみせてくれる政治が切望される。

 事業仕分けは財政のサステナビリティ(持続可能性)に大きく関わる。民主党政権ならではの画期的な取り組みだが、それでどこまで膨らんだ予算要求をカットできるか。政治家がやるんだと力み過ぎているため、官僚をうまく使うというやりかたになっていない点が問題である。

 事業仕分けは大きな意味があるが、同時に歳出のすべてにわたる見直しが求められる。国がやるべき業務であっても、ろくに働かない人をやたら抱えているようでは税金の無駄づかいだ。それはおそらくほとんどすべての業務に大なり小なりあるにちがいない。そこを攻めるには、官僚を味方につけ、問題点を彼らから教えてもらうのがよい。各省庁の三役には、肩の力を抜き、衆智を集めて行政の質をよくするように願いたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 6日 (金)

医療問題の基礎知識を『日本の「医療」を治療する!』で知った

 米国のエール大学、エモリー大学などで医学を教えていた武井義雄氏が書いた『日本の「医療」を治療する!』(09年7月、日本経済新聞出版社)を読んだ。米国での経験を参考にしながら、日本の医療の問題点を鋭く突き、処方箋を書いている。

 個人的には、医師不足などの原因を考えるうえで必要な基礎的知識を得ることができた。メディアはどうして、そのような情報を読者・視聴者に与えてくれないのかと思う。メディアの勉強不足と言ってしまえば、それまでだが‥‥。

 新研修制度で都市に集中するようになったのは、「2004年、政府が法律をつくって2年間の研修を必須にし、研修医の給料を病院に確保させたからである」。国は月俸30万円ぐらいとの目安まで設けた。これで、2年間、研修医として東京に行こうと思う者が増えてもおかしくはない。居心地がよければ、居つくかもしれない。

 研修指定を受けた病院には、「指導医経費」、「剖検経費」、「プログラム責任者等経費」、「研修委員会経費」等々、実に多くのカネが国から支払われる。しかし、きちんと研修をしているかというチェックはないという。だから、研修医の2年間に幅広く医療の基礎を身につけてプライマリーケア(病気になった人が最初に訪れ、診療を受ける。家庭医のような存在。患者を診て、必要があれば専門医に紹介する)ができるようになるべきなのに、そうなっていないと指摘する。

 そして、2年間の臨床研修のあと進む専門診療科研修制度があり、その制度と定員にも問題があるという。専門医になるための研修を受けている間の給与は研修医のときと違って国が何も言っていない。大体は大幅に低い。しかも研修の期間や内容は病院によってまちまち。定員過剰な専門医研修もあり、真に専門医とみなしてよいだけの研修を受けていなくても、研修が終われば、専門医を名乗れるという。

 著者は医療危機への緊急の対応策としていくつかを挙げている。第1に、医療事務員の大幅増員を求めている。病院の医師の雑用による負荷を減らせるからだ。「メタボ健診」は不要だという。これは医師不足を加速したという。

 第2に、経験のある看護師から選抜して専門教育を施し、医師代理としての資格を与える。

 第3に、専門診療科研修のプログラムの定員を「戦略的に上手に設定すること」。それを実現するため、政府、医師会、医学会が一体となって公的機関を設立する。

 第4に、病院をやめる勤務医がその地域で開業しやすい仕組みをつくる。例えば、病院から外来を切り離し、病院付属の診療所をつくって開業医に提供する。

 そういった対応ができるためにも、医療については地方分権を強めるべきだという。

 一方で、CTなど医療検査がやたら行なわれる背景には、それで診療報酬がかせげるといった事情があることを知る。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 5日 (木)

公取委の「審判制度」廃止へ

 独占禁止法に違反したとされる企業などは、公正取引委員会の下す行政処分に異議があるとき、公取委に不服を申し立てることができる。それを受けて、公取委は審判部門で行政処分を取り消す必要があるかを判断することになっている。しかし、これだと、“一審”の審決を不服とする申し立てをしても、“二審”もまた、同じ公取委の職員が審決を下す形になっているので、中立性・公正性が疑われる。

 経済界からかねて問題だと指摘されてきたこの「審判制度」について、鳩山政権は、これを廃止し、“二審”は裁判所で行なうように独禁法を改正する方針を固めたという(日本経済新聞5日付け朝刊)。これまで分離に反対だった公取委(の官僚)も受け入れざるをえないだろう。歓迎だ。

 政権交代がなければ、行なわれなかった改革が新政権の手で進められている、その1つである。政権交代のプラス面である。

 ついでに、手をつけてほしいのが、国税不服審判所である。国税庁の付属機関である同審判所は、税務署や国税局が決めた課税の内容に納税者が不服のとき、異議を唱えて“上告”するところだ。

 同審判所で“再審”にあたる審判官は財務省・国税庁の出身者がほとんどである。税務署や国税局とは一気通貫、身内の関係である。人事を見ても、財務省・国税庁から国税不服審判所に異動で行くのがずっと続いてきた。

 役所の世界では、職場の仲間、先輩などが行なった仕事を否定することは最もいやがられる。したがって、国税不服審判所のように、国税関係出身者を多く抱える組織が納税者の立場をも踏まえて適正な課税決定をするか疑わしい。

 08年度の審判所の結果は、訴えの棄却が65.6%、却下が9.5%に達する。課税の取り消し・一部取り消しは14.7%にとどまる。例年、こうした傾向である。そうした数値だけから公正性に欠けるとみなすことはできないが、納税者に強い不満があることは間違いない。国税不服審判所をなくし、いきなり裁判所に持ち込むようにするか、審判所のメンバーに税関係の見識のある第三者を多く入れるか、といった改革が求められる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 3日 (火)

「北京-東京フォーラム」で、中国側に憐れまれた日本

 11月1日から3日まで中国・大連で開催されていた「第5回北京-東京フォーラム」(言論NPO・中国日報社共催)は、公開された議論を読むと、なかなか興味深い。その中で、特に印象に残った発言を紹介する。中国がGDPで日本を抜き去ることで日本が大きな失望感を抱いているのかもしれない点に関連してのものだ。

 呉健民中国外交部国際諮問委員会委員は「日本はアジア第一の座から転落しようとしていますが、しかし、中国は発展していかざるをえないのです」、「日本が没落した国だと(自らを)考えてしまうのは、気持の問題でしょう。そういった気持が国際問題を引き起こすのだと思います。日本の気持の整理について、私たち(中国)もお手伝いしたいと考えています」と語っている。

 これは、山口昇防衛大学校教授が「日本は経済が下降気味であり、そういう内向きのときこそ排外主義が出やすい」と発言し、それを受けて、李秀石上海国際問題研究所日本研究室主任が「中国は日本の自信増強の手助けをしていきたい」と述べたことと関係していると思う。日の出の勢いの中国に、落ち目の日本を思いやる余裕が出てきたというか、日本が過去の過ちを繰り返すおそれがあるので、それを未然に防ぎたいというのか、あるいは、それらの両方を意味しているのかもしれない。

 もう一つあげると、王晨国務院新聞弁公室主任のあいさつを代読した朱英コウ(王ヘンに黄)中国日報社前編集長による「日本政府からの円借款は、中国の近代化に多大な貢献をしてきました」という趣旨の発言である。日本は北京空港建設はじめ多くのプロジェクトに巨額の円借款を供与してきたが、中国側は過去の償いとみなしたのか、それに積極的に感謝の意を表することはなかった。それだけに日中共同のフォーラムのような公けの場で円借款について「多大な貢献をした」と評価したのは、中国政府の自信とゆとりの表れではないかと思う。

 私自身、10月に北京、上海、杭州などを回って最近の中国の一部を見てきたが、その発展のレベルと勢いには率直に言って驚いた。それと比べて、日本はなんと沈滞していることかと痛感した。鳩山新政権が日本の再生に成功することを願うが、失敗したときのことを考えると、北京-東京フォーラムにおける中国側の発言はたわごとと片付けられないような気がする。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »