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2009年12月14日 (月)

温暖化対策をめぐる意見の大きな開き

 コペンハーゲンにおけるCOP15は、京都議定書の延長という、会議前には予想されてもいなかった方向に行きそうだと報道されている。日本は90年比25%減という、条件付きの削減を無条件でのまされかねないともいう。ここでもまた日本政府のイニシアティブは感じられない。環境大臣らが行ったとはいえ、陣頭に立って交渉をリードするという積極外交ではなかった。まだ各国首脳が顔をそろえる前だが、日本すでに敗れたり、の感が深い。

 13日に東京・飯田橋で開催されたKOSMOSフォーラム「21世紀の新しい環境観」で、野家啓一東北大学大学院教授は「温暖化対策のCOP15のように、人類が共同して何をすべきかを議論するとき、国民国家間の利害が妨げになる。国民国家はそうした問題にとって障害となっている」という趣旨の発言をした。まさに、今回のCOPはそれに当てはまる。

 コペンハーゲン会議で浮き彫りになったのは、米、中という超大国が地球温暖化の進行をなんとでも食い止めなければならないという意識および合意達成への責任を感じていないことである。中国は自らの急速な経済発展を妨げない範囲でできることだけを言い、米国も、資源エネルギーをふんだんに使うライフスタイルを持続するのを前提に可能なことを言っているだけである。両国が世界中の温室効果ガス排出量のおよそ半分を占めているにもかかわらず、自国の温室効果ガス排出を大幅に減らさねばという危機意識を抱いていないのである。

 もしも世界政府が存在するなら、科学者たちの予測にしたがって、総論として、これだけ減らそうという方針は容易に出るだろう。各論の段階で手間取るにせよ、総量がオーバーすれば、温暖化の被害はもろに出てくることが予測されるから、世界政府はきちんとした対策を実行するに違いない。

 現実には、世界政府は望みえない。とすれば、国際世論を盛り上げて、超大国に対し、自制や責任と、とりまとめるリーダーシップとを強く求めていくしかない。科学者たちの予測によれば、ここ数年で大きな方向転換をしないと、将来の人類は温暖化による甚大な被害、災害に苦しむのである。

 13日のフォーラムで、ノンフィクション作家の中野不二男氏は温暖化で海面の水位が数メートル高くなっていた事例として三内丸山の貝塚を紹介した。三内丸山はいま、海から30㌔メートルも離れているが、温暖化していた5千年前は遺跡のすぐ近くまで海岸線がきていた(縄文海進)ことを画像で示した。人工衛星ALOS(陸域観測技術衛星)の画像を地図や標高のデータなどと組み合わせて作成したものという。こうした「みえる化」をどんどん行なって、地球温暖化のもたらす影響を世界の民衆に知ってもらう努力を日本政府は率先して実行したらいい。

 フォーラムでは温暖化対策として、「物を浪費しなくて、自然にやさしくて、楽しく暮らすこと」(住明正東京大学教授)といった意見もあった。私は日本人だから、それには共感する。しかし、世界の人々の考え方や暮らしからはかけ離れた発想だと思う。こうした日本的な考え方と物質的、金銭的な豊かさを限りなく追求する欧米や中国の発想との間にはあまりにも大きな開きがある。その違いをどう埋められるのか、悩ましい問題だ。

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