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2010年1月30日 (土)

映画「マイレージ、マイライフ」を観て

 10数年前、東京で行なわれた米国の労働組合指導者のスピーチで、確か、米国の労働者の4人に1人が睡眠薬をのんでいると言っていた。同国では転職が盛んで、企業などは経営が悪化したり、人員過剰になれば、いとも簡単に解雇に踏み切るのが当たり前とされている。しかし、働く者のうち、少なからぬ人たちが、いつクビになるのかという不安におびえて眠れないのだということだった。

 日本では、第二次世界大戦後、大企業や中堅企業において長期雇用(終身雇用)が定着した。大企業では、労使協調を重視し、労務担当者の多くはその道一筋の、いわば労務のプロだった。労使交渉はお互いが相手の立場をわかってのやりとりであり、企業経営が悪化したときも、人員整理は最後の最後の手段であった。このように、10数年前の日本の労使関係は、米国とはかなり違っていた。

 しかし、日本経済の長期低迷で、大企業といえども、労務において米国型に移りつつあるところが増えている。労務担当役員に、労務を経験したことがない人が就くようになった。企業などの労務担当者が労使関係などを勉強するためのセミナーは閑古鳥が鳴くようになり、セミナーなどを主催していた協会が解散に追い込まれたりしているという。労使の団体交渉という対等な関係から、使用者側が労組の言い分を聞かず、一方的に経営方針を押し付ける上下の関係に変わり始めたという指摘も聞く。

 そうした変化の背景には、グローバル化や国内景気の低迷で企業経営に余裕がなくなったこと、他方で、労働組合の形骸化に伴い、働く人々の労働組合への関心が低下したことなどの事情がある。企業の業績が悪化すれば、非正規雇用を切り、さらに必要があれば正社員の人減らしにも踏み切りやすくなってきている。事実、NHKの報道によれば、「明日から来なくてもいい」と、いきなり解雇されるケースが起きている。

 映画「マイレージ、マイライフ」は、企業がリストラで解雇するとき、当事者である企業に代わって、労働者に解雇を通告するという“リストラ宣告人”の話である。解雇通告を受けたとき、誰もがショックを受け、怒ったり泣いたりする。解雇通告代行会社の社員である主人公は、新たな人生にチャレンジする機会だと解雇を前向きに受け止めるよう説得するのである。

 しかし、自殺する人もあるなど、仕事を失う人々の明日は決して明るくない。それがわかっているから、企業の労務担当者などは本来、自分たちがやるべき解雇通告を代行会社の人間にやらせる。クビ、というのはそれほど深刻なことだとわかる。

 もちろん、映画だから、米国において、実際に、どれだけ、そうしたやりかたが行なわれているのか、わからない。だが、仕事あっての暮らし、人生ということでは米国も日本も同じだろう。

 ところで、鳩山首相の施政方針演説(1月29日)は「はじめに」の最初のほうで「働くいのちを守りたい。」と言って、雇用の確保を緊急の課題と指摘した。そして、誰もが人との接点を持つ新しい共同体のあり方を考えていきたいと語った。まさに映画のインプリケーションである。

 ただ、首相はそこまでは考えていないかもしれないが、世界の動向をみたとき、正社員、長期雇用を保証しようという発想は時代錯誤だろう。それより、解雇されても、次の仕事に就くまでの生活を支え、かつ職業能力を高めることができる社会的な仕組みづくりが不可欠である。

 また、不思議なのは、施政方針で、いのちを守りたいと言いつつも、掲げる施策に必要な財源をどうやってひねり出すかが抜けている点である。しんどいことは、自分はやりたくないというのでは、映画の“リストラ宣告人”に委託するのと大して違わない。 

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