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2010年6月30日 (水)

“カンジアン”神野良彦氏の税・財政論

 菅内閣の税制調査会は閣僚だけで構成されている。同会の下に設けられている専門家委員会の委員長である神野良彦東大名誉教授は菅首相の税・財政のブレーンなので、ケインジアンをもじった“カンジアン”の有力な1人とみられている。専門家委員会が最近まとめた「議論の中間的な整理」をもとに、同氏が税制改革のあるべき姿について、自らの見解を6月30日の記者会見で語った。その中から、印象に残った点を私の解釈を含めていくつか挙げる。

 「強い経済→強い財政→強い社会保障→強い経済‥‥」の好循環を創り出すという同氏の主張の背景には、産業構造が短い間に変わるようになったのだから、企業も働く人々もそれに対応できるような社会にせねばという問題意識がある。男が働き、女が家庭を守るという第二次産業中心の時代と違い、いまは女性労働力が前面に出てきたうえ、産業構造が10年もすれば大変わりするような時代である。したがって、国民が新しい産業で働き、かつ暮らせるように、新産業に必要なスキルなどを身につける教育・研修の場を提供する必要がある。人的能力の高い人は雇用されないはずがない。[かつてブレア英国首相が就任したときに「一に教育、二に教育‥‥」と言ったのを思い出す。]

 変化の激しい社会で、経済成長と雇用確保および社会的正義(所得の平等な分配)を実現するためには、セーフティネット(生活保障・活動保障)をきちんと張り、企業も働く者も安心して産業構造の転換にチャレンジしやすいようにせねばならない。そうしたセーフティネットが「社会的トランポリン(安全網)」である。

 しっかりとした「社会的トランポリン」を張ること、つまり「強い社会保障」を実現するには、国債発行などの借金に依存せず、経済成長や消費税率引き上げなどで税収を増やす「強い財政」が必要である。

 以上、「強い社会保障」があれば、企業も働く者も、産業構造の転換に積極的に取り組み、経済成長、雇用確保、所得の平等な分配を実現しやすい。それが「強い経済」をもたらす。「強い経済」は税収増加によって「強い財政」を支える。そして「強い財政」は「強い社会保障」を可能にしてくれるというわけだ。

 1929年の世界恐慌では、金本位制のもとで価格メカニズムが働き、産業構造の転換が一気に進んだ。しかし、現在は管理通貨制度で、恐慌が起きないようにとどめている。その間に産業構造の転換を図らねばならない。衰退する産業から次の産業へと転換させるのは金融の役目である。

 日本は西欧諸国に比べると、消費税率が低すぎる。上げる余地(タックス・ルーム)が大きい。しかし、余地をなくせというのは反対だ。すべての税金で、わずかずつ上げるやり方が賢い。いつ何が起こるかわからないから、上げる余地があるのはいいことだ。

 法人税(引き下げ)について、峰崎財務副大臣が国際的な協調を呼びかけた。それは必要である。社会保障についても、その内容について国際的な協調を行なうべきだ。さもないと、政府の責任が果たせないおそれもある。環境関係の税も国際的な協調が必要である。

 日本政府の予算編成のやりかたはおかしい。外国では年度初めに予算編成方針、どういう政策価値を実現するかが示されるのだが、日本にはそれがない。しかも、予算案をめぐる審議が閣内でも、国会の予算委員会でも、ほとんど議論されない。

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2010年6月26日 (土)

「08年度 国の財務書類」から

 財務省が08年度(08年4月~09年3月)の貸借対照表、業務費用計算書などの「国の財務書類」を発表した。減価償却を含む企業会計ベースで、一般会計と特別会計とを一緒にして内部取引を相殺したデータと、独立行政法人など209法人をも連結したデータとが開示された。いずれのデータも、国の財政状態が一段と悪化したことを示している。

 一般会計と特別会計を連結した財務書類を見ると、貸借対照表は資産664.8兆円、負債982.2兆円で、差額(債務超過額)は317.4兆円。07年度より34.7兆円も増えた。負債の主なものは、公債681.3兆円、公的年金預かり金136.3兆円、政府短期証券88.5兆円。資産の主なものは、有形固定資産182.7兆円(うち道路61.6兆円、治水66.9兆円)、貸付金163.0兆円、運用寄託金125.0兆円、有価証券99.3兆円。同省は「将来の国民の負担となる債務としては、普通国債残高(548.3兆円)が一つの目安」と注書きしている。

 次に損益計算書について。フローの業務費用計算書(行政コスト)を見ると、総額124.0兆円(07年度比5.7兆円増)。それをまかなうべき財源は98.2兆円(うち租税等財源45.8兆円、社会保険料38.1兆円など)しかなく、それも07年度を8.3兆円も下回った。当期純損失は13.9兆円増えて25.8兆円に達した。

 一般会計・特別会計に日本郵政、年金積立金管理運用独立行政法人など209法人を連結すると、資産772.0兆円、負債1086.3兆円、差額314.3兆円となった。連結業務費用計算書によると、総額160.5兆円で、それをまかなう財源は125.2兆円にとどまったため、当期純損失は35.2兆円となった。

 掲げた数字がばかでかいため、読んでもピンと来ないだろう。ただ、わかるのは、1年間のGDPが500兆円弱という数字を頭に置いて行政コストの数字を見ると、政府の経済活動が国全体の経済活動のかなりの部分を占めていることである。そして、政府が税収などをかなり上回るカネの使い方をしているため、借金過多で国家財政が苦しくなる一方だということである。

 以上は08年度の国の財務書類についてである。09年度、10年度にはさらに財政状態は悪化する。 

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2010年6月23日 (水)

菅首相の消費税引き上げ提起

 参議院選挙を控え、菅直人総理大臣が消費税の引き上げを含む税制改正を積極的に訴えている。財政再建が急務だという首相の認識は正しいが、選挙前ににわかに消費税引き上げを争点に仕立てたことや、ただ漠然と消費税引き上げを主張していて、消費税増税による税収を何に使うのかなどの中身があいまいであるなど、疑わしい点が少なくない。

 財務大臣になってからの菅氏は財務官僚の“洗脳”もあり、財政健全化をちょくちょく唱えるようになった。ギリシャの財政破綻をめぐる国際会議に出て、菅氏は財政再建の必要性を強く実感するようになったようだ。しかし、菅氏が総理大臣になる前の民主党は、昨年の総選挙のマニフェスト通り、子ども手当をはじめとするばらまきを行なって、国の財政悪化に拍車をかけた。鳩山首相以下、民主党国会議員のほとんどが次の衆議院選挙がある2013年まで消費税引き上げは考えないとしていた。

 それが、菅氏が今月4日に後任の首相になったとたん、自民党案の10%を参考にした消費税引き上げを前面に打ち出した。22日に発表された「財政運営戦略」は財政破綻を避けるための財政再建を柱に据えている。これは、どう見ても、昨年のマニフェストとは大違いだ。首相の首をすげかえただけで、これほど極端に選挙民(国民)への約束を変えてしまうのは、相当、問題だ。本来なら、衆議院も解散して改めて信を問うべきかもしれない。それでなくても、民主党の国会議員の大半は自らの見識もなく、党幹部から「右向け」と言われれば右を向いている。国民としては、それがとてもこわい。

 毎年の財政赤字を減らし、累積した国債残高を減らすには、歳出をカットする、税収を増やすしかない。そのためのものさしとして、いついつまでに基礎的財政収支(プライマリーバランス)をどれだけ改善するか、同じく公的債務残高の対GDP比をいついつまでにどこまで下げるか、などが使われる。

 そのやりかたは国によってまちまちだが、日本経済新聞によると、英国政府は消費税に相当する付加価値税の税率を来年1月1日から2.5%引き上げる、子ども手当を3年間停止する、公務員の賃上げを2年間凍結する、その一方で法人税率を2014年までに28%から24%に引き下げると22日発表した。

 これに対し、菅内閣の財政運営戦略では、国および国・地方の基礎的財政収支に関して、財政収支赤字の対GDP比を遅くとも2015年度までに2010年度の半分に減らす、および、遅くとも2020年度までに、黒字化する。2021年度以降、国・地方の公的債務残高の対GDP比を安定的に低下させるという。西欧諸国に比べると、のんびりした手の打ちようである。

 内閣府の試算では、名目経済成長率が1%台半ばで推移すると、自然増収だけでは2015年度での赤字半減の目標達成に約5兆円足りない。20年度の黒字化に約22兆円足りない。これは、消費税率で、前者は約2%、後者は約8~9%に相当すると言えよう。

 しかし、民主党政権の財政運営戦略を読むと、本気で2020年度黒字化などに取り組む姿勢とは思えない。第1に、一般歳出の半分以上を占める社会保障関係の歳出のムダを徹底的に減らす必要があるのに、民主党政権は毎年1兆円増えるのを当然視し、そこに切り込む姿勢を欠いている。社会保障を聖域視するのと、既得権擁護のせいだ。

 第2に、2011年度の新規国債発行額が10年度予算(約44兆円)を上回らないように全力をあげると言う。なぜ「下回るように全力をあげる」と言えないのか。2011~13年度の基礎的財政収支対象経費についても、前年度当初予算規模を実質的に上回らないこととするとしており、「実質的に下回ることとする」と言っていない。ばらまきで膨らんだ歳出および国債増発を継続すると宣言しているのと同じだ。これでは、国債発行残高がどんどん大きくなり、財政危機が深刻化するのは必定である。菅内閣へのバトンタッチで民主党政権に対する世間の支持率は再び高くなったが、日本の将来を任せられるか、不安がある。

 菅内閣は税収を増やすため、個人所得税率の引き上げを目指している。それも必要だが、それ以上に、規制の撤廃・緩和で企業活動の活性化を図り、経済成長を達成するほうが財政再建には効果が大きいだろう。

 自民党が消費税10%にと提起したのを受けて、菅首相はこれを参考に、超党派で消費税引き上げ協議をしようと提案している。しかし、消費税増による歳入を何に使うのか、菅首相は言っていない。国債発行額の削減に充てるのか、年金制度改革の財源に充てるのか、地方主権改革の財源に使うのか。

 民主党が消費税引き上げ論議を選挙の焦点に置こうとするのは、昨年のマニフェストで約束した財源捻出ができなかったことなどについて野党から責められないように争点をずらし、選挙民をたぶらかすようなものではないか。消費税選挙になったから、それは見事に成功している。しかし、歳入・歳出改革を含め、これまでと今後の日本のありかたについて、民主党政権はきちんとした説明もしないまま、選挙で勝つことしか頭にない。選挙がすめば、全く違うことを言い、実行する危険性は十分ある。 

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2010年6月20日 (日)

太地町のイルカ漁を撮影した映画「ザ・コーヴ」

 映画館での公開に反対する活動もあって、注目されている米国のドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」を試写会で見た。和歌山県の太地町は古式捕鯨発祥の地とされているが、そこでのイルカ漁の実態を、地元の人たちの妨害を潜り抜けてひそかに記録したものである。

 今日、イルカは水族館などのショーで人気者である。愛らしいし、知的能力が高いので、さまざまな芸ができる。それに、人々はイルカと触れることで癒されることもあるからだ。しかし、イルカは海洋では1日に数十㎞移動するし、集団で行動する。それが水族館などに閉じ込められると、ストレスを感じ、病気になったり、時には自殺する(呼吸を止める)とリック・オバリーは言う。

 オバリーは1960年代に米国のテレビ番組「わんぱくフリッパー」でイルカの調教師兼俳優だった。彼はのちに、イルカショーがイルカを苦しめていることに気付き、イルカ解放運動の先頭に立つようになったという。太地町に来たのは、イルカ漁を止めさせたいという問題意識からで、米国の知人らの応援を得てイルカ漁の実態を撮影しようとした。しかし、イルカを網で海岸の入江近くに追い込み、ショー用に高く売れるものと、そうでない、食用に回すものとに分け、後者を銛のようなもので刺して殺す現場は外部の人間には隠されて見えない。そこで、ひそかにカメラを仕掛けて、撮影に成功する。映画の“007シリーズ”ではないが、どうやって撮影に成功するかが見る者をはらはらさせる構成である。

 銛のようなもので次々に刺殺するから、イルカがのたうち絶命する様子が見え、入江は血で赤く染まる。その映像は生々しい。おそらく、この映像が映画公開反対のポイントなのだろう。

 映画は、IWC(国際捕鯨委員会)が鯨類の一種であるイルカを保護する活動を全くしていない点を批判し、また、捕鯨やイルカ漁についての日本政府の官僚の発言を取り上げている。食物連鎖の頂点にあって水銀が蓄積されているイルカの肉を食べるのは健康を害するといった指摘もしている。

 この映画には、「くじら供養碑」がちらっと映っている。この映画を撮影、制作した米国人たちは、この碑の意味に気付きもしなかったようだが、そこに、この映画の問題点があるように思える。人間が生きていくうえで、動物、植物などの生命を食べざるをえない。だから、それらに感謝と原罪を感じ、日本人は慰霊碑をつくるのである。これに対し、動植物を人間が支配する対象としか見ないキリスト教世界は、哺乳類の鯨類だけは人間の仲間として、その他の動植物と分けて考えているようだ。そうした問題も改めて考えるべき時なのだろう。

 ところで、長い歴史がある捕鯨方式だとはいえ、それが今日の日本人の多くが賛成するものかどうかはわからない。それに、鯨やイルカの肉を食べる人はごく少数になっている。そういう時代の変化もこの問題を考える際の重要な視点である。

 

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2010年6月19日 (土)

役員報酬は高い?

 上場企業の前3月期決算株主総会に関連して、年間報酬が1億円を超える役員の名前と金額が個別に公開されている。ストックオプション(約4億円に相当する)を加えると、ソニーのハワード・ストリンガー会長兼社長のように8億円強になる役員もいる。

 高収益をあげて成長している上場企業の経営者なら、収益向上への貢献が大きい取締役や執行役員は1億円を超えるか否かは別として、貢献の内容に応じて多額の報酬を受け取って当然だ。

 しかし、いざ有価証券報告書で、1億円で線引きし、それを越える報酬を得ている経営者の名前などを公表するように義務付けた結果、世間では、名前のあがった経営者に対し、誰それはもらい過ぎといった批判、ねたみが生じかねない。これでは経営者報酬が上がりにくくなる。今後、個人の所得税率が相当上がる可能性が大きいが、そうなったら、経営者の税引き所得はかなり減る傾向をたどるのではないか。経営者という職業の魅力は薄れるだろう。

 これまで公表されたデータを見て気が付くことがある。外国人(主に米欧人)が受け取る報酬と、日本人が受け取る報酬とに格差があることだ。資生堂の取締役執行役員常務(今期から副社長になる)のカーステイン・フィッシャー氏は1億4000万円で、前田新造代表取締役社長の1億2100万円よりも多かった。エーザイのロネル・コーツ執行役(米子会社社長)は1億4000万円と、内藤晴夫社長の1億3600万円を少し上回った。

 この格差をどう解釈するかだが、それなりの外国人経営者を雇うには、国際的な経営者の“相場”にしたがって報酬を払わねばならないということだろう。言い換えれば、日本企業における日本人経営者の“相場”は国際的な“相場”よりかなり低い。それは、日本人経営者の能力が国際水準からもかなり劣っているからかもしれない。もし、そうなら、日本人経営者ばかりで経営している日本の大企業は、グローバル競争から脱落するしかない。

 この点で興味深いのは日本板硝子である。同社の経営に当たる執行役5人のうち、3人が買収したピルキントン社の出身であり、社長兼CEOには、デュポンの幹部を務めたクレイグ・ネイラー氏が就く。そして、執行役の報酬決定について「任用契約条件が市場競争に耐えうるようにし、またグローバルビジネスにおいて世界中から高い能力を持つ執行役を惹きつけ、確保し、かつ動機づけるように報酬内容を設計する」、「グローバル企業における概ね市場の中位数に報酬水準を調整する」としている。

 野球の選手、相撲の関取、歌手、作家等、それぞれの分野、およびその中にいる人の報酬が高過ぎるのか、妥当なのかを測る客観的なものさしはない。同業者の中での比較で、あの人のほうが上だとか下だとかいう相対的な相場観がなんとなくあるようにも思えるが、絶対的な水準がいくらであるべきか、という基準はない。そうしたことは、企業経営者についても当てはまる。日本的相場観は視野が狭すぎるのではないか。  

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2010年6月13日 (日)

映画「ONE SHOT ONE KILL」の衝撃

 米国のサウスカロライナ州パリスアイランドに海兵隊の新兵訓練所(ブートキャンプ)がある。そこでの入隊から卒業までを記録した映画「ONE SHOT ONE KILL ― 兵士になるということ ―」を見た。

 日本にも自衛隊という名の軍隊があるが、世界最強の米軍の兵士がどのように育成されるのか、私たち日本人は全く知らないし、想像もできない。しかし、米海兵隊の新兵訓練の内容がどのようなものかを淡々と記録しているこの映画を見たら、多くの人は激しい衝撃を受け、考え込むだろう。

 私の感想は以下の通りだ。

 バスで深夜、キャンプに到着する。着くや否や、教官が大声でがなって指示する。そして、訓練所の建物に入ったら、立て続けに教官があれこれ命令し、頭髪を丸坊主に刈るなど兵士となる準備をする。兵士到着から48時間は眠らせないという。

 建物の中に入ったら、娑婆とはお別れ。全く別のものさしが働く世界になる。即ち上官の言うことには絶対服従である。皆、大声で「Yes, Sir !」と叫ぶ。上官の指示、命令に疑問を抱くことは許されない。戦闘の最中を想定すれば、当然のことではあるが、私たち民間人からすると、異様な感じがする。

 「虐待をしてはいけない」と上官が命ずる。もし、直属の上官がそうした行為をした場合、その上官の上官にクレームを申し立てなさいと言う。新兵は多様な人種から成り、女の新兵もいる(ただし男と女とは別々に訓練している)だけに、虐待禁止を明示するのは適切だ。

 戦闘の訓練は、当然のことながら、敵兵を殺すための訓練である。海兵隊は、兵士が敵兵と銃撃戦や白兵戦を展開するから、ライフル銃による射撃の訓練や格闘技の訓練などを行なう。肉体を鍛え、兵器などの操作能力を高める。卒業前には実戦を想定した野外訓練を3日間にわたって行なう。

 わずか12週間の訓練期間だが、ここで、海兵隊員となるための基礎をマスターする。志願した若者たちは入所する前と比べて、自分が成長し、一人前の兵士に“変身”したような気持ちになるようだ。ちなみに、海兵隊のモットーは「名誉、勇気、献身」である。

 米国は徴兵制ではなく、志願制の国である。主に貧しい若者や、仕事のない若者が兵士になる。兵役中に技術を身につけて民間に転身したいとか、将来、大学に行きたいなどといった事情で志願しているのだろう。しかし、日本と違って、米国の軍隊は世界のあちこちで戦争しているので、最前線に送られて戦い、中には戦死する兵士もいる。それも相当の数にのぼる。それに、戦争の大義が信じられないまま、敵という名の人を殺すことに疑問を抱き、精神的に病む兵士もいよう。新兵訓練所を巣立つ若者たちは、そうした苦悩の現実をまだ知らないから、屈託がない。

 この映画のプロデューサー、景山あさ子氏は「以前、沖縄で米海兵隊の兵士にたくさん会った。しかし、あまりに幼い。この子たちはどうしてここ(沖縄)にいるの?と思った。屈託のない若者と中東などでの凄惨な戦闘とは対照的で、まだ人を殺していない若者たちが戦闘を体験したら、そのあと、彼らはどう生きていくのかと思った」という。それがこの映画を制作する動機の1つだったとのこと。

 沖縄における米軍基地の問題を側面から取材、記録したこの映画。よく、米国政府は新兵訓練所の撮影を許可したものだと感心する。沖縄問題で日本に配慮したのかもしれないが、このオープンな姿勢は中国などの主要国にぜひ学んでほしい点だ。 

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2010年6月12日 (土)

野田新財務大臣の財政再建への見解

 菅直人内閣で財務大臣に昇格した野田佳彦氏は財務省での初会見で、財政再建について大略次のような認識を示した。

 ・国家財政の状況は、第二次世界大戦で敗れ、産業も国民生活もぼろぼろになった1946年(昭和21年)と類似した構造である。そういう中でのかじ取りは大変厳しいものがある。その意味からも財政運営戦略は10年先をにらんでいる。

 ・限られた財源なので、必要なものもやめることはありうる。それで、優先順位をきちっとつけていく。加えてしっかりとした成長を果たしていかなければならないから、生きたおカネの使い方、つまり資源配分をしっかりしていく。

 ・米国の第3代大統領、トーマス・ジェファーソンは、子供に借金を残すようなやり方は詐欺と同じだと喝破した。やはり、なるべく国債発行を抑制するというマインドを常に持っていくべきではないか。

 ・主要先進国はどこも財政再建の道筋を作っている。フローで対GDP比1%の赤字削減を毎年していくとか。ストックレベルでは主要先進国の中で最悪といわれている日本には、その道筋がないのですから、まずはその道筋を作る。最終的に、やはり10年後には安定的にストックベースで縮減に入っていくという流れを作り出すことが必要だと思う。

 参議院選挙で、民主党が国民に示すマニフェストには、そうした財政再建の道筋、それも説得力のある道筋を明確に示してほしい。

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2010年6月 9日 (水)

民主党政権への注文

 鳩山由紀夫、小沢一郎氏が表舞台から退いただけで、民主党および菅政権の支持率が一挙に上がった。支持政党なしのいわゆる浮動票がかなり支持に回ったからだが、政治の路線は当たり前のことだが、ほとんど変わらない。表紙が変わっただけとも思わないが、菅政権にも多くの問題点がある。

 そこに入る前に、退いた鳩山由紀夫前首相について。なぜ、辞めることにしたのかをきちんと記者会見で語るべきである。国民が言うことを聞かなくなったというようなとんでもない発言をしたまま辞職するのは国民を愚弄している。民主党の国会議員が、そうした鳩山氏の行動を黙認しているのは許せない。鳩山氏はあくまで会見を避けるなら、少なくとも即、議員辞職すべきだ。鳩山氏に払われる議員歳費などは税金のムダ遣いもいいとこである。

 菅首相、枝野幹事長らは、鳩山氏および小沢一郎前民主党幹事長が辞任したことをもってけじめをつけ、責任をとったように説明している。だが、政治とカネの問題をきちんとするには、まず、鳩山、小沢の両氏のケースを徹底的に究明することから始めるべきだろう。民主党が野党のときだったら、鳩山、小沢氏のように国民に何も説明しないままでも平然と議員の職にあることを許しただろうか。

 菅首相は記者会見で、強い経済、強い財政、強い社会保障を一体として実現する、財政の立て直しは経済成長の必須の要件である、財政再建は最大の課題であり、党派を超えた議論が必要である、などと述べた。総論としては歓迎だが、隗より始めよ、で、まず、国会議員および公務員の歳費、給与を引き下げるという方針を打ち出すべきだった。ばらまき政治路線の先には財政破綻しかないことをまだ民主党政権はわかっていないようだ。

 民主党政権は2011年度予算も40兆円近い財源不足を国債発行でまかなうつもりらしい。しかし、西欧諸国の財政再建策と同様に、できるだけ、これ以上の財政構造悪化を避けるために、歳出の抜本的な見直し・削減に踏み切る必要がある。政府は社会保障費の増を当然視しているが、西欧諸国と同じように、社会保障費などもカットしなければならない。医療・医薬をはじめとして、相当に無駄な支出があるから、そこに手を付ける必要がある。また、高齢者優遇に偏りすぎているのを是正することも大事だ。

 菅新政権は触れなかったが、強い経済を実現するには、まず、過度に高い法人税率を引き下げる必要がある。国際的に見て、法人税率の引き下げ競争に歯止めをかけるという問題意識は適切だが、日本企業の不利を放置していたら、企業は少しずつ海外にシフトするだろう。最小不幸社会を目指す以上、民間企業活動の活性化による雇用創出、納税額の増大などは不可欠である。それに、金の卵である起業や企業活動の足を引っ張る過剰な規制の改革・撤廃もだ。

 民主党政権は労働者派遣法の改定で派遣労働をなくそうとしているが、北欧などではいろいろな働き方の選択肢として派遣労働がある。日本でも同一価値労働同一賃金が当たり前になれば、派遣労働を悪者視するには及ばないことになろう。また、郵政民営化を否定する法改正を進めているが、ヤマトの宅急便を見ればわかるように、民間企業の創意工夫は経済を発展させるエンジンである。そこをわきまえた官と民の役割分担をきちんと議論すべきである。

 参議院選挙を控え、民主党はマニフェストの一部を修正するようだ。しかし、子ども手当を含め、ばらまき路線の一部修正にとどまりそうである。それで財政破綻を避けられるのか。民主党政権にはマクロ経済、ミクロ経済に通じた議員が少ない。そこがとても心配なところである。

 事業仕分けは既定歳出のムダを見つけ出すことで多くの国民の支持を得た。では、民主党は事業仕分けを超えた政策的な課題をも適切に解いていけるか。その成否は日本国民の将来を左右する。 

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2010年6月 7日 (月)

すくすく若者が育つ環境か

 赤ちゃんや幼児はどの子もかわいい。街でも電車の中でも、小さな子供を見ると大人たちの顔はほころぶ。小学校の生徒たちも、見るからに生き生きしている。日中、街では高齢者が目立つが、子供がいると、雰囲気が明るくなる。子供は国の宝だとつくづく思う。

 その子供が、親の折檻などで死んだりする事件がよくある。なんともいたましい。幼児の頃にきちんと躾けをすれば、大人になっても自然にできる。音楽、踊りなども、小学校に上がる以前に集中して教えれば、かなりのレベルに達し得る。保育園や幼稚園を含め、家庭の育児よろしきを得れば、日本社会の将来をきちんと担う若者が誕生しうる。育児がまともにできない親たちを放置しない取り組みが求められる。

 夢いっぱいの子供たちだが、中学校以上になると、憂うべき状態になっていく。

 いま、大学生、高校生、中学生などで、メールのやりとりなどに何時間も費やし、大学・学校以外ではほとんど勉強しない者が多数だという。彼・彼女らは当然、本も新聞も読まない。大学の講義時間中にも携帯電話を使っている学生がいて、講義の妨げになっている。宿題の答えを、ネット検索で見つけた文章の切り貼りでつくる学生がたくさんいて、先生がそれを見破るためのソフトを開発したというニュースもあった。

 昔も大学の講義をさぼってクラブ活動に専念する学生がいた。いま、一部のまともな学生を除いて、多くの学生・生徒は、大学や高校を本気で勉学する場とは考えていない。大学の教授の話だと、中国からの留学生のほうが優秀で、勉強もするという。夢や希望があれば、勉学にも力が入るのだろう。日本政府の役割の1つは、頑張ればむくわれる社会をめざすことだ。

 それなのに、高校の授業料を無償にしようとか、政府は勉学の意志を欠いている若者に税金(実態は国債などによる借金)を投入している。勉学の意欲に満ちている若者に、機会を与えるのには大賛成だ。しかし、実態は、大学のほうは経営を維持するために、学ぶ意欲もない学生をかき集めているにすぎない。学生のほうも、勉強しなくても大学に入れるから、大卒の肩書を得るためだけの目的で入学してくるのである。これでは、社会にとって無駄なコストになるだけである。

 法科大学院ではないが、国家試験で一定のレベルの成績をあげることができない限り、卒業もできず、学士の資格も与えられないようにして、大学を整理淘汰することを考えたらどうか。若者が必死に勉強し、力を付ければ、日本経済の競争力の向上につながる。それに、国家財政の負担も減るし、若者たちが将来に負う返済負担も少なくてすむ。

 本も新聞も読まないのでは、常識や良識が身に付きにくいし、地域の出来事に疎くなる。物事の判断も、好きか、嫌いかといった感覚的なレベルで行ないがちになる。絆とか、連帯といったコミュニティの根本がこれまで以上に薄れるおそれがある。

 金融危機を契機として、政府の役割が大きくなる傾向が出てきた。グローバル化、情報化などを100%、進歩の証しとして受け止めるのではなく、必要な規制を行なうべきだということである。携帯電話の普及・技術的進歩についても、若者への弊害が明らかになってきている以上、社会として必要な規制をすべきではないか。それは社会的にも技術的にも難しいと思うが、政府がまず、問題を認識し、その解決に取り組む姿勢を示すことが肝要である。

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2010年6月 5日 (土)

鳩山政権から菅政権へ

 鳩山由紀夫首相がわずか8ヵ月で退陣し、菅直人新首相が選任された。メディアでも指摘されているように、政治資金で国民に疑惑を持たれた鳩山氏と小沢一郎幹事長の2人が退いた結果、民主党政権のイメージがぐっと改善されたのは確かだ。

 自民党が根本的な出直しをしていないうえ、新たに生まれたいくつかの政党はいずれも魅力も乏しいから、7月の参議院選挙において、民主党は大負けもしないし、大勝ちもしないのではなかろうか。

 政治家は言葉が大事だ。しかし、鳩山氏の話はくそ丁寧なへりくだり方だった。いや、くそ丁寧という域すら超えていて、違和感を覚えることがしばしばあった。それに「‥思いがある」などというのも耳障りだった。

 よく「座らさせていただく」と言う人がいるが、この類の過剰なていねい言葉は日本語としてはおかしい。政治家のみならず経済界のトップにもそういった過剰にへりくだる言葉づかいをする人が少なくない。そこには、リーダーとして説得し、引っ張っていくというよりも、もっぱら波風を立てないようにして受け入れてもらおうという気配りばかりがうかがえる。まさに、周りのことばかりが気になる今日の日本社会を表しているような気がしてならない。

 では、菅氏はどうか。4日の首相就任会見では、しゃべったままを文字にしたら、何ともわかりにくい話しぶりで、聞いているこっちがイライラしてしまった。質問にはっきりとは答えにくい時点だったとはいえ、明快とは程遠く、国民に訴える中身がまるでなかった。菅氏も老いたりという印象を受けた。

 民主党代表選では、まともな政策論争などもなく、63歳の菅氏が首相に選ばれた。だが、対抗馬の樽床伸二氏(50歳)が訴えた世代交代は大事な問題提起だったと思う。西欧諸国では首相も閣僚も概して日本より若い。人間関係や経験、(高)年齢を重視する従来の日本の社会が行き詰まっている今日、政治の世界においても、西欧のような若返りが求められているのではないか。

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