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2010年6月 7日 (月)

すくすく若者が育つ環境か

 赤ちゃんや幼児はどの子もかわいい。街でも電車の中でも、小さな子供を見ると大人たちの顔はほころぶ。小学校の生徒たちも、見るからに生き生きしている。日中、街では高齢者が目立つが、子供がいると、雰囲気が明るくなる。子供は国の宝だとつくづく思う。

 その子供が、親の折檻などで死んだりする事件がよくある。なんともいたましい。幼児の頃にきちんと躾けをすれば、大人になっても自然にできる。音楽、踊りなども、小学校に上がる以前に集中して教えれば、かなりのレベルに達し得る。保育園や幼稚園を含め、家庭の育児よろしきを得れば、日本社会の将来をきちんと担う若者が誕生しうる。育児がまともにできない親たちを放置しない取り組みが求められる。

 夢いっぱいの子供たちだが、中学校以上になると、憂うべき状態になっていく。

 いま、大学生、高校生、中学生などで、メールのやりとりなどに何時間も費やし、大学・学校以外ではほとんど勉強しない者が多数だという。彼・彼女らは当然、本も新聞も読まない。大学の講義時間中にも携帯電話を使っている学生がいて、講義の妨げになっている。宿題の答えを、ネット検索で見つけた文章の切り貼りでつくる学生がたくさんいて、先生がそれを見破るためのソフトを開発したというニュースもあった。

 昔も大学の講義をさぼってクラブ活動に専念する学生がいた。いま、一部のまともな学生を除いて、多くの学生・生徒は、大学や高校を本気で勉学する場とは考えていない。大学の教授の話だと、中国からの留学生のほうが優秀で、勉強もするという。夢や希望があれば、勉学にも力が入るのだろう。日本政府の役割の1つは、頑張ればむくわれる社会をめざすことだ。

 それなのに、高校の授業料を無償にしようとか、政府は勉学の意志を欠いている若者に税金(実態は国債などによる借金)を投入している。勉学の意欲に満ちている若者に、機会を与えるのには大賛成だ。しかし、実態は、大学のほうは経営を維持するために、学ぶ意欲もない学生をかき集めているにすぎない。学生のほうも、勉強しなくても大学に入れるから、大卒の肩書を得るためだけの目的で入学してくるのである。これでは、社会にとって無駄なコストになるだけである。

 法科大学院ではないが、国家試験で一定のレベルの成績をあげることができない限り、卒業もできず、学士の資格も与えられないようにして、大学を整理淘汰することを考えたらどうか。若者が必死に勉強し、力を付ければ、日本経済の競争力の向上につながる。それに、国家財政の負担も減るし、若者たちが将来に負う返済負担も少なくてすむ。

 本も新聞も読まないのでは、常識や良識が身に付きにくいし、地域の出来事に疎くなる。物事の判断も、好きか、嫌いかといった感覚的なレベルで行ないがちになる。絆とか、連帯といったコミュニティの根本がこれまで以上に薄れるおそれがある。

 金融危機を契機として、政府の役割が大きくなる傾向が出てきた。グローバル化、情報化などを100%、進歩の証しとして受け止めるのではなく、必要な規制を行なうべきだということである。携帯電話の普及・技術的進歩についても、若者への弊害が明らかになってきている以上、社会として必要な規制をすべきではないか。それは社会的にも技術的にも難しいと思うが、政府がまず、問題を認識し、その解決に取り組む姿勢を示すことが肝要である。

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