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2010年7月31日 (土)

「債務管理リポート2010」の公表

 財務省は毎年1度公表する「債務管理リポート」の2010年版を7月30日に出した。読む者にとって、国家財政が年々悪化している事実がいやというほどわかる内容だ。これほど深刻なのに、菅首相は9月の党大会に向けて、消費税引き上げについては、もの言えば唇寒しということで“封印”するとか。それでいいのか。

 日本財政の実態をこのリポートでみると、債務は2010年3月末(平成21年度末)現在、内国債が720.5兆円(うち普通国債が594.0兆円)、借入金が56.4兆円、政府短期証券が106.0兆円。合計882.9兆円に達する。このほかに、政府保証債務が46.6兆円ある。合計では929.5兆円となる。

 国及び地方の長期債務残高というものさしでみると、10年3月末現在で国が621.1兆円、地方が200兆円程度である。計821兆円程度ということになる。

 国の09年度一般会計予算は、税収(46.1兆円)に、その他収入(埋蔵金取り崩しなど)を足した収入合計(55.3兆円)より33.3兆円も多い歳出を行ない、その分、国債の新規発行に依存した。進行中の10年度予算では、歳出が税収プラスその他収入よりも44.3兆円多い。税収に近い金額の国債を新規発行するという危機的な財政状況だ。

 その税収だが、租税及び印紙収入決算額によれば、09年度決算額は総計40.2兆円だった。その主な項目をあげると、所得税が12.9兆円、法人税が6.4兆円、消費税は9.8兆円、揮発油税2.7兆円だった。

 10年度一般会計予算は国債費と地方交付税交付金を除いた一般歳出が53.5兆円。そのうち、社会保障費が半分の27.3兆円を占め、公共事業関係費が5.8兆円である。税収が少なくて、国債費と地方交付税交付金を優先すると、残りの一般歳出に回す財源がほとんどなくなる。そのため、大規模な国債増発を続けるという非常事態が続いているわけだ。

 そうした財政の深刻な状態をきちんと国民に理解してもらわねばならない。菅首相が党内権力抗争にのみ注力して、国のゆくえを誤るようなことでは困る。

 

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2010年7月29日 (木)

民主党のお粗末さを露呈した両院議員総会

 7月29日(木)に開かれた民主党両院議員総会は、同党の国会議員がいかにいい加減な人たちばかりであるかを天下に示す内容だった。総会では、参院選挙の敗北は菅首相の消費税引き上げ発言のせいだと断定し、幹部に責任をとるよう迫る発言が相次ぎ、菅首相も「私の責任は重大」だと反省した。

 このブログで、参院選挙前の7月2日付け「消費税引き上げが参院選挙の争点になったが」と、選挙開票直後の7月12日付け「“第2衆議院”の選挙結果を読む」とで指摘したように、選挙民は、昨年の衆議院総選挙で民主党が政権を握って以来、何をしてきたか、してこなかったかをもとに投票したと考えるのが自然だ。菅氏が首相になってからのことだけで国民は投票したのではない。

 鳩山首相、小沢幹事長のとき、政治とカネをめぐる2人の疑惑が問題になったが、結局、議会での真相究明に応じなかった。国民への説明責任も果たさなかった。また、普天間基地移転問題について、鳩山首相は個人的な幻想を追い、沖縄県の人々の不信を買い、難しい問題を余計、複雑にしてしまった。

 マニフェストで約束した財源の捻出に失敗したにもかかわらず、子ども手当などのバラマキは強行した。政府と党との関係においても、民主党の議員たちは小沢幹事長の専横ぶりに唯々諾々と従った。そうした民主党のでたらめぶりに愛想をつかす国民がたくさんいた。そこに、民主党議員が何らの反省もしないまま、木に竹を接ぐように、たまたま菅首相が誕生したのである。それで、民主党の支持率が上がってきたのをみて、チャンスとばかり、参院選挙の実施を急いだ。そこには政党として反省のカケラもない。

 参院選挙では、自民党が消費税を10%に引き上げるという政策を打ち出したのを好機とみて、菅首相は消費税引き上げを一緒に論議しようと言い出した。そこまではよかったが、菅首相が各論に入りすぎ、いい加減な発言を連発した結果、菅人気は急速に冷えた。選挙の結果は、それまでの1年弱全体に対する評価である。いまなすべきは、責任追及よりも、党として、あるいは政治家個々人として、過去1年弱を厳しく自己点検することから始めるべきだと思う。

 鳩山ー小沢から菅ー枝野(幹事長)に移ろうとも、議員一人ひとりが自分のアタマで考えることができないという民主党の体質は変わりそうにない。小沢氏が議員総会をさぼって、外で菅内閣の批判をしているのに、民主党の幹部、議員の誰も、それを問題にしない。先日、総理大臣が小沢氏に会いたいと申し入れたが、小沢氏は拒否した。そんな非常識な人間を親分としてかつぐ民主党議員がたくさんいる。戦前の関東軍のようなものだ。参院選挙の結果であるねじれは、国民が良識を発揮した結果ではないか。

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2010年7月28日 (水)

歴史の見方を変える本『この命、義に捧ぐ』

 1990年代半ばのことだが、中国の福建省厦門(アモイ)に行ったことがある。そのとき、海を隔てて台湾の領土である金門島を眺める場所を訪れた。中国側から島を見たら、中国本土の解放を唱える檄文が横一列に一文字ずつ間隔を置いて掲げられているのが見えた。金門島は大陸から目と鼻の先にある島でありながら、台湾の領土なのである。

 かつて毛沢東の人民解放軍が蒋介石率いる国民党政府軍を台湾に追い落として中華人民共和国を建国し、さらに台湾征服をめざして厦門から金門島へ進攻しようとした。そのとき、激しい攻防が繰り広げられ、国民党政府軍は金門島に上陸した共産軍を撃滅し、勝利をおさめた。1949年10月のことである。以後、人民解放軍は台湾を制圧しようとしても、目の前にある金門島を攻略できなかった。

 「台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡」という副題が付いた本『この命、義に捧ぐ』(門田隆将著)は、金門島に上陸してきた人民解放軍を壊滅させた国民党政府軍の顧問として、旧日本陸軍の中将だった根本博が活躍したという事実を発掘したノンフィクションである。

 この本を読んで最も感動したのは、1945年8月15日に日本が敗戦した時、駐蒙軍司令官の根本中将は、上からの武装解除命令を拒否し、張家口などに住んでいた邦人の保護・脱出が完了するまで1週間近く、ソ連軍と戦ったことである。彼は、国民を守ることが軍の役目だという考えとともに、ソ連や中国共産党軍の本質をよく知っていたからだ。

 満州にいた関東軍は8月15日をもって武装解除した。その結果、多くの軍人がシベリアに送られ、悲惨な目にあった。民間人はもっとひどい目にあったりした。最近見た映画「氷雪の門」は、8月15日を過ぎてもソ連軍が樺太で日本人および人家などを攻撃し、樺太西海岸の真岡町にある郵便局で働く電話交換嬢たちが自害に追い込まれた事実を描いている。そうしたソ連軍などの無法な残虐行為と対比すると、根本中将の偉大さがわかる。

 根本は陸軍士官学校出身で、若いころ、南京や上海に駐在していたことなどから、蒋介石はじめ国民党政府軍の要人の幾人かとは信頼しあえる関係にあった。根本が植民地支配の発想を持たず、中国を対等に扱ったからである。1945年暮れ、北支那方面軍司令官になっていた根本は蒋介石から会いたいと言われ、面会に行くと、「日本は少々思いあがっていたのではないか。あなたは至急帰国して日本再建に努力してほしい」と言われたという。蒋介石がカイロ会談において天皇制の維持に貢献したこともあって、根本は蒋介石に深い感謝の念を抱く。

 それが、第二次世界大戦後、人民解放軍が台湾をも制圧しそうな状況に至ったとき、根本に、密出国までして、台湾の蒋介石を助けようという気にさせる。金門島の防衛作戦に根本は彼の持てる知識・経験をすべて投入し、見事に成功したのである。蒋介石は執務室にある一対の花瓶の一方を友人の根本に贈って感謝の念を表した。英国の王室と日本の皇室に贈られた花瓶と同じものだという。その後も、人民解放軍が1958年に金門島に集中砲火を浴びせるなど、金門島をめぐる緊張対立は続いたが、旧陸軍中将だった根本博が蒋介石の危機を救って恩に報いたという秘話があったことを本書で初めて知った。

 台湾というと、日本では、正式な国交もないし、貿易、直接投資などの規模も大陸中国に対するものと比べ、小さい。蒋介石についても、日本人はあまりいい印象を持たない。しかし、近年、出版された書物は、共産中国の誕生について書かれたものがかなり真実と異なる内容であることを指摘している。私の友人の歴史学者は「歴史的な評価は二代(の王朝)を経て定まる」と言う。毛沢東や国共内戦などに対する歴史的な評価もまだ定まっていないし、台湾や蒋介石へのそれも同様である。本書は歴史の見方を重層化する契機を与えてくれる。

 それはそれとして、少数の仲間と密出国し、蒋介石への報恩に自らの命を賭けた根本の生き方は、実にさわやかである。いまの日本、これからの日本はこうしたスケールの大きい人物を必要としている。 

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2010年7月25日 (日)

菅首相の指導力がみえない予算編成

 政府の予算編成シーズンに入った。だが、参議院選挙で思わぬ敗北を喫したせいか、菅首相の指導力は全くうかがえない。これが1年弱前に自民・公明政権を打倒し、政治主導を高らかに宣言した新政権か?と疑いたくなる。

 国の一般会計、特別会計を通して、当該年度において、どのような政策を実施するか。そのための財源をどこに求めるか。それが政府の予算編成の基本である。その際、その前提として、国内外の今後を展望して、日本国をどのような国家、社会にしようと考えているのか、国民生活や経済のあるべき姿をどのように描いているかなどを明確に示し、その実現のための行程表および2011年度分として予定している内容を明らかにする必要がある。もちろん、それらは全体として整合性がなければならない。

 そうした点から見ると、菅内閣が進めている予算編成は問題だらけであり、それは新聞等でも指摘されている。

 しかし、ここで、改めて予算編成に関して注文したいのは、財政健全化への取り組みを予算編成において片時も忘れないことである。各省庁の政策経費を原則1割削減するなどというのは自民党政治そのままだが、それは予算編成を各省庁の官僚に依存しているからだ。それでは削るべきものも削れない。

 歳出面で政権の掲げる政策を実現するには、自民・公明連立政権下の経済財政諮問会議のようなもので予算編成の基本方針を決定することが望ましい。そうしないと、政治主導にはならない。その点で、国家戦略局構想を説明もなしに廃棄したのはどう考えても納得できない。

 第二に、国債費を除いた一般会計の歳出を71兆円と今年度並みに抑えるというと、いかにも財政健全化に即した予算のように聞こえるが、実際には、税収の2倍近いのである。不足する財源をまかなうためには、巨額の国債発行、ないし埋蔵金の取り崩し・流用が必要で、日本国の財政がいっそう悪化することを見落としてはいけない。

 第三に、一般会計の歳出のうち、最も大きいのは社会保障関係予算である。しかも毎年1兆円以上増えている。しかし、菅政権はそこにメスを入れようともしない。医療であろうと、介護であろうと、社会保障関係予算には、実にムダ遣いが多い。ただ、専門家にしても、それをうっかり口にすると、四方八方から叩かれるから黙っているようにみえる。

 例えば、医者に行ったことがある人の多くは、医師が処方したクスリを使わないで捨てた覚えがあるだろう。また、薬局で支払うクスリ代の内訳をみたら、何で、こんなことに、こんなにおカネを払うの?、という疑問が生じるだろう。保育所と幼稚園の制度一本化がいまだにできないのも、予算のムダ遣いである。いまの政権には、社会保障関係の歳出が増えるのは当然という単純な思い込みがうかがえる。そんなことをしていたら、ますます財政破綻に近付く。

 菅首相は参議院選挙まで消費税の引き上げが必要だと主張していたのに、選挙後は黙ってしまった。しかし、IMFは日本政府に対し、消費税を早期に引き上げるよう求めているし、最大野党の自民党は選挙で消費税引き上げを掲げて、当選者を増やした事実もある。したがって、ねじれ国会を踏まえ、民主党は財政健全化のために、消費税引き上げおよび関連する年金制度改革などについて自民党などと協議を始めるべきだろう。

 民主党の党内政治ばかりを気にして、国政をおろそかにしているようにみえる菅首相。いまこそ、国民のため、将来のため、主要な政策課題について議論し、結論を出すよう、国会で論戦を始めるべきではないか。リーダーシップを発揮してほしい。 

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2010年7月21日 (水)

原田泰治の絵画展を見る

 19日、善光寺のすぐ隣にある長野県信濃美術館に行き、「心のふるさとを描く 原田泰治の世界」と題する絵画展を見てきた。たまたま長野県飯綱町に行った17日、その日に始まったこの絵画展を長野県下のテレビ放送が案内した。その際に映し出された作品「セントラルパーク」に惹き付けられたからだ。

 ニューヨークのセントラルパークを高層ビルから見下ろした構図で、公園内にいる人々を丁寧に描くとともに、樹木の一本一本を細かく描き分けている。ビルを一棟ごとに違いがわかるように表現し、画面右下には、クルマで混み合う道路を描いている。縦1.12m、横1.62mの大作である。

 たまたま最近、発刊になった『別冊太陽』が「原田泰治 野の道を歩く画家」という特集号を出していて、それにも、この「セントラルパーク」が収載されている。だが、美術館で見た実物では、画家が実にきめ細かい点描で構成した木々などがそれぞれ立体的に迫ってくるようだった。

 「こんにゃく畑」という絵で感嘆したのだが、農地およびそこに働く人(ときには子どもも)と山の紅葉とを描いた絵では、さまざまな色彩で織りなす山が何とも美しく素敵である。

 原田泰治の風景画には必ずと言っていいほど人(多くは子ども)が画面のどこかに描かれている。それが絵を生き生きとしたものにしている。人がいなかったら、つまらない、平凡なものになってしまうだろう。

 農村地帯の景観や、田舎の昔風の電車が走っている風景などの彼の作品を見ると、私たちが急激な近代化の過程で捨て去った懐かしい時代を想い起こす。おそらく、それが“心のふるさと”という言葉につながるのだろう。

 現実の政治や社会は、日々のニュースが伝えるように、日本国民の心をささくれだったものにしがちだ。荒れた気象とそれによる災害、猛暑、民主党政権の迷走、そしてデフレによる経済・雇用の悪化‥‥。これに対し、原田泰治の絵は心のやすらぎを与えてくれるが、それとともに、作品一枚一枚に投入した彼の強烈なエネルギーに刺激され、私たちも頑張らなくちゃ、という気持ちにもさせてくれるのである。

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2010年7月17日 (土)

国会を開かぬなら、議員報酬を返してほしい

 民主党はなぜ国会をさっさと開かないのか。選挙が終わったのだから、難問が山積する日本の国政に急いで取り組むのが当然ではないか。

 参議院選挙の前、民主党を中心とする与党は、野党が求める予算委員会等の開催を拒否した。議会の討論で、政治とカネの問題などでつつかれて、選挙に不利になるのを避けたかったからだといわれる。そして、選挙が終わったら、今度は、民主党の党大会を終える9月まで、臨時国会の開催を避けようとしている。党利党略そのものである。

 理由は党内の情勢を考えてのことのようだが、そんなことは許されない。数の力で反対党をねじふせるのは過去のことである。じっくりと一つ一つの問題を国会の場で議論し、望ましい解決の方法を見つけ出すのが憲政のあり方だ。それなのに、民主政治の基本である議会を開催しないのは、一種のサボタージュだと思う。民主党内から、それを問題にする声もあがっていないようだが、それは国民への裏切りである。

 そんな民主党の国会議員に高い報酬を払うのは許されない。議会の空白は実質3ヵ月前後に及ぶだろう。その間の議員報酬はカットして当然だ。民主党議員の自覚と猛省を促す。

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2010年7月13日 (火)

一段と厳しい個人企業の経営

 個人企業経済調査(構造編)の平成21年結果が7月12日、総務省から発表された。要約を見ると、個人経営の事業所の経営は一段と厳しくなったことがわかる。

 製造業、卸売業・小売業、宿泊業・飲食サービス業、サービス業の4分野に分けてデータが公表になっているが、21年の年間売り上げが、卸売業・小売業は前年より10.9%減った(*)。サービス業は13.0%も減った(*)。宿泊業・飲食サービス業も7.3%減。製造業だけは0.4%減とほぼ横ばいだった。

 一方、年間営業利益は、製造業が前年より30.7%も減り(*)、宿泊業・飲食サービス業も12.0%減った(*)。サービス業は7.0%減(*)。卸売業・小売業は0.3%増とほぼ横ばいだった。

 *印を付したところの売り上げ金額や営業利益は、平成13年にこの構造編の調査を開始して以来の最低額になったことを示している。個人企業の経営実態が昨年、非常に悪くなったのが読み取れよう。

 事業経営上の問題点をたずねたところ、4つの分野のいずれにおいても、「需要の停滞(売り上げの停滞・減少)」という回答が8割前後で一番多かった(複数回答)。二番目、三番目に挙げた回答は、製造業では「販売価格の低下・値引き要請」(40.8%)、「原材料価格・仕入れ価格の上昇」(38.3%)だった。

 卸売業・小売業では「大手企業・同業者との競争の激化」(51.9%)、「販売価格の低下・値引き要請」(42.9%)、また、宿泊業・飲食サービス業だと「原材料価格・仕入れ価格の上昇」(51.2%)、「建物・設備の狭小・老朽化」(39.7%)となっている。そしてサービス業では「大手企業・同業者との競争の激化」(51.1%)、「建物・設備の狭小・老朽化」(31.4%)を挙げている。サービス業では四番目に「後継者難」(29.3%)を挙げているのが目につく。

 今後の事業展開については、どの分野も、「積極的」な事業所が少なく、「消極的」なところが多い。事業規模の縮小、転業、休業、廃業を意図する事業所が多いわけだ。製造業では「積極的」10.6%に対し、「消極的」が27.7%。宿泊業・飲食サービス業だと「積極的」10.0%に対し、「消極的」21.1%である。

 詳しいデータは原資料にあたっていただくとして、個人事業所が経営難などのため、減っていく傾向はここで紹介したように明らかである。

 商店街を歩くと、経済の低迷、不振を実感する。例えば、近所のドラッグストアにおける有名ブランド化粧品のメーカー希望小売価格からの値引き率は、最近では35%にまでになった。過去10年弱の間に、10%から15%、20%‥‥と、値引き幅が上がった。牛丼の値下げ合戦も激しい。耐久消費財も同様で、売れ行きが悪いとすぐに値下がりが始まる。こうしたデフレ経済の長期化が、上記の統計調査に表われている。

 参議院選挙の結果、衆参のねじれ状態となり、政治の運営がいっそう難しくなったが、日本経済の不振をどう打開するかについて、政治のイニシアチブが求められているのは確かである。

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2010年7月12日 (月)

“第2衆議院”の選挙結果を読む

 参議院議員選挙は、民主党の後退、自民党の増勢、みんなの党の躍進という国民の審判を示した。本来、参議院は良識の府として、衆議院とは異なる役割を期待されているはずである。だが、各党とも「直近の民意」を自らのものにしようと、衆議院総選挙と変わらない選挙戦術をとった。民主党が産別労組の幹部を数多く擁立するとか、各党に共通したことだが、有名なスポーツ選手などの現役、OBを立てるとか、あたかも“第2衆議院”の選挙のようだった。

 民主党の小沢一郎氏が幹事長のとき、参議院で過半数を自党で占めるために強引な選挙戦術を組み立てたのは、衆議院で可決した法案を参議院でフリーパスにするためだった。要するに、参議院は衆議院の結果を黙って承認すればいいという考えである。しかし、それでは参議院独自の存在意義はないに等しい。

 自民党など、いくつかの野党が与党の単独過半数阻止を選挙で訴えたのは、参議院の独自性を守るという点で正しかった。もし、参議院で与党が過半数を制したら、小沢流の独裁的政治がまかり通る危険性が増すし、参議院不要論が台頭するおそれがある。民主政治を確保するうえで、参議院のありかたを見なおす必要がある。

 それはそれとして、民主党が今回の選挙で敗北を喫したのは、昨年の衆議院総選挙で政権を握った民主党の政治運営に疑問を抱く有権者がかなりいることの表れである。昨年のマニフェストで公約したのと異なる政策をとったにもかかわらず、ろくに説明もしないとか、鳩山由紀夫前首相・小沢前幹事長の政治資金をめぐる問題や普天間基地移転の問題で、国民の疑問に答えるような釈明をしないとか、国民の不信を買うことが目立った。

 菅直人首相が消費税引き上げを打ち出したのも、首相個人の問題意識は評価するが、民主党内で十分に議論しないままで、各論にまで触れて、かつ、そのいい加減な発言内容が有権者に不信感を持たせた。言葉は政治家の命なのに、菅氏は批判・非難ばかりしてきた野党時代の習性が抜けず、その場その場の状況に応じて適当にしゃべっている。リーダーとしてはきわめて危なっかしい。

 民主党は与党となって初めて、国政の運営がいかに難しいものかを知っただろう。一方で、権力の座に就いて、いかに、それが快適で、手放しがたいものかも実感したはずだ。そうした権力という魔物にとりつかれた何ヵ月間かに対する国民的総括が今回の参議院選挙だった。昨年、民主党に投票した有権者のうち、上記のような政権運営にあきれ、がっかりした層の多くがみんなの党および自民党に投票したと思う。昨年の民主党の圧勝は、万年与党の自民党にお灸をすえるという程度の支持者も少なくなかったことの反映でもある。おごれる者は久しからずだ。

 とはいえ、自民党には、野党になってから、自党の再生に賭けた真剣な議論や党運営が足りない。今度の選挙では、かつての自民党政権下において恩恵を受けた地方での勝利が目についたが、そうした既得権益を大事にする方向には、自民党の未来は開けない。自民党はしばらくは息をつこうが、自己改革が焦眉の課題である。

 みんなの党はアジェンダの党で、個性的な議員が多いものの、国政全体の未来を託す政党ではない。その他の、雨後のたけのこのように生まれた小政党も同様だ。

 民主党はもともと烏合の衆の集まりである。参議院選挙の結果、生じた政治地図のもとで、理想、論理、説得をもとにする政治運営が果たしてできるのか。それは無理だとして、政界再編が始まるのか。財政破綻の危機に直面している日本国の沈下を防ぐ国政が可能か、その模索がきょうからすぐ始まってほしい。 

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2010年7月 7日 (水)

年金型生保への二重課税に違法判決

 最高裁が6日、年金払い生活保障特約終身保険で保険金および年金を相続した遺族に対し、国税当局が相続税に加えて毎年の受け取り年金にも所得税を課しているのは二重課税に当たり、違法だとの判決を下した。まともな判断である。

 今回の判決によると、毎年の年金のうち、運用益を除いた元本相当部分については、すでに相続税を課されて、納税ずみである。したがって、さらに所得税(雑所得扱い)をかけるのは二重課税だというわけだ。相続税を支払ったあと、毎年、年金を受け取るときに課税されるとすれば、あくまで年金の運用益(損)部分だけが対象になるのだろう。

 相続税に加え、毎年の受け取り年金そのものにも課税するというのは、どう見てもおかしい。それなのに、国税当局が通達を出した1968年以降、30年以上、二重課税がまかり通ったというのはおそろしいことだ。その理由を考えると――

 第1に、通達は法律ではない。単なる解釈にすぎず、強制力はない。それなのに、この件においては、専門家が疑問を呈し、論議になるという経過をたどっていないようである。税理士などは本来、納税者の立場でものを言うべきだが、現実には、そうなってはいない。どちらかといえば、国税庁の手足になっている面がうかがえる。税を専門とする学者にしても、資料入手などの関係で、当局にべったりしがちだ。

 第2に、生命保険会社にも税のプロがいるはずだが、通達を問題視しなかった。今回の判決に驚いている彼らには、保険の加入者の利益を擁護する姿勢が欠けているのではないか。

 第3に、昔から、国税庁はこわい存在だと国民に思われている。国民は言われた通り、納税していればよい、税務当局に異論を唱えたり、批判したりすると、しっぺ返しがこわいという風潮がいまなお存在する。政治家も、国税当局には遠慮がちだった。このため、国税の官僚は、自分がやっていることは絶対に正しいと思い込むきらいがある。

 今回の事案のように、国税当局が間違っていた場合、さかのぼって税の還付をすべきだが、最長5年という限度がある。しかし、国家賠償請求などという訴えを起こされる前に、自らの間違いを素直に認め、5年より前の分の還付を実現しようと努力すべきだろう。

 国民の意識が税を「とられる」から「納める」に変わらないと、消費税の大幅引き上げは難航するに違いない。今回の最高裁判決に対して財務省・国税庁が示す態度、方針はその意味で注目に値する。 

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2010年7月 4日 (日)

相撲協会理事長代行に検察OBとは

 野球賭博に力士や親方が関わっていたため、日本相撲協会は4日、解雇などの処分を決めるとともに、謹慎となった武蔵川理事長の代行として協会外部理事の村山弘義氏(元東京高検検事長)を選んだという。ここで疑問に思うのは、なぜ検察OBなのか、である。

 検察OBは弁護士資格があるので、検察庁を退いたあとは、多くが弁護士を開業してきた。いわゆるヤメ検である。大物政治家がからむ汚職事件などの弁護側に立つこともしばしばだ。しかし、1990年代以降、それ以外の分野で活躍するOBが目立つ。

 例えば、検察首脳のOBが証券取引等監視委員会委員長とか、預金保険機構理事長、公正取引委員会委員長など政府機関やそれに準じる機構のトップに就くケースがあるし、近年、コーポレートガバナンスの強化に関連して、上場企業から要請されて、社外監査役や社外取締役のようなポストに就くよう求められる検察OBがかなり増えている。また、法科大学院の設立で、教授陣に検察OBがかなり入ったりもしている。相撲協会外部理事の村山氏もそうした1人だと言えよう。

 では、なぜ、企業は検察OBを社外監査役や社外取締役に入れるのだろうか。弁護士のように法律に詳しいとか、中立的な立場であるとか、総会屋・暴力団などににらみをきかせる、等々の理由が想像できる。

 しかし、検察OBで、しかも企業経営の経験が乏しい人を、企業が経営トップに据えるなんてことは常識では考えられない。たとえ一時的なトップ代行であってもだ。文部省所管で、いわゆる“国技”であっても、今回の相撲協会の理事長代行人事は一般の常識に反し、私には理解できない。

 以前、テレビの地方局のドキュメンタリー番組で、検察官の毎日の仕事ぶりを紹介したものを見たことがある。事件の捜査書類を読み、被告から聴取し、起訴状を書き、裁判で被告の有罪を主張する。ときには現場を調べる。そうした日々であり、一般の人々と付き合うことはほとんどない。何十年もそうした仕事しかしてこなかった検察の人間がOBになったからといって、急に広く社会を見、かつ理解するようになるだろうか。

 相撲協会の理事長代行は、代行とはいえ、社長同様の仕事である。さまざまな事柄について意思決定とリーダーシップを求められる。経験も知識も判断力も必要である。できれば洞察力もだ。したがって、そうそう簡単にこなせるポストではない。それだけに、特別調査委員会も、理事会も、今回、とんでもない結論を下したのではないか。村山氏は例外的に、相撲界のトップにふさわしい幅広い見識、判断力やリーダーシップなどを持っているというのなら結構な話だが。検察は官僚制度の1つであり、「正義の味方」でも何でもないが、そういった受け止め方をしている国民の錯覚が今回の人事の背後にあるような気がする。

 いずれにせよ、これからの相撲界のリーダーは、まず閉鎖的な協会を開かれたものとし、かつ、経営体として、まともなものに改めることが急務だろう。 

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2010年7月 2日 (金)

消費税引き上げが参院選挙の争点になったが

 菅直人総理大臣が参議院選挙の演説などで消費税の引き上げを積極的に訴えている。鳩山由紀夫氏が首相のまま選挙戦に入っていたら、消費税引き上げは自民党が取り上げても、民主党が無視し、選挙の争点は全く異なるものになっていただろう。

 これまで、選挙民にいやがられるとして、各政党は消費税引き上げに真っ向から取り組むことを避けてきた。しかし、ギリシャの財政破綻を契機に、国の債務がはるかに重たい日本が、これ以上、財政悪化を放置できないことは明々白々である。自民党のマニフェストに呼応して、菅首相が民主党内の論議抜きに、消費税引き上げを与野党で論議しようと問題提起したことはよかった。

 ただし、年収200万~300万円以下の低所得層には消費税を還付するとか、300万~400万円以下の層に還付するとか、演説のたびに内容がころころ変わるのはいかにも思い付きで、いただけない。まして、年収350万円以下の家庭が4割に達するという計算もある。気易く還付と口にするが、そのための制度づくり、そのコストがいかに大変なものか、菅首相は全くわかっていない。下手に各論に触れ、国民におかしな予断を与えると、財政を含む諸改革の実現が難しくなる。野党時代のように実務を知らないまま勝手にしゃべるのは百害あって一利なし、ということを自覚すべきである。

 消費税引き上げを与野党で一緒に議論しようと呼びかけている一方で、引き上げの具体的な内容について菅首相が一方的に、ああする、こうする、と言うのは理屈に合わない。総理大臣になったら、日本が目指すべき道を大枠で示し、各論は大臣以下に任せたらいい。国を預かるという重さをじっくりかみしめてほしいと思う。

 ところで、消費の引き上げによる税収を社会保障の充実に振り向けるという主張を政党、政治家から聞く。しかし、これは日本財政が巨額の国債などの債務を抱えているのを忘れているか、軽視している主張である。財政破綻を回避するには、まずプライマリーバランス(PB)をトントンにすることから始めねばならない。トントンになっても、債務は減らない。財政危機はそれほどに深刻なのである。

 2010年度の予算ではPBの赤字が20兆円を超す。計算上、消費税を9%近く上げねば、トントンにならない。いまの制度のまま、社会保障をもっと充実するには、さらに増税が必要である。

 しかし、国際比較をすると、所得税の課税最低限を引き下げて、所得税を納める人数を増やさねばならないし、所得税の最高税率を引き上げる必要がある。そして、一方で、法人税の引き下げが欠かせない。それらを実施していくためにも、段階的にせよ、消費税の大幅引き上げが求められる。税の面から見ると、そうせざるを得ないが、いまの歳出には相当に節減できる部分がある―ことに社会保障分野で―ことも事実だ。財政健全化には、それらのすべてを国民に受け入れてもらわねばならない。半面、経済成長の実現策も大事である。現在の政治家はそこまでの理解と覚悟をすべきだ。

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