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2010年10月30日 (土)

民主党は党の綱領をつくれ

 菅政権の行政刷新会議が特別会計を対象に事業仕分けに取り組んでいる。党所属議員と有識者とがチームを設けて、これまで国会の監視がほとんどなかった特別会計に手を突っ込むのは大きな意義がある。

 官僚も政治家も、もう1つのポケットとして、いい加減なカネの使い方をしてきたので、洗い出せば洗い出すほど、問題点が浮き彫りになる。それにつれて、既得権益層の抵抗も強まる。すでに仕分けの結論に対して、同じ民主党の政務三役が軌道修正に乗り出す意向を示していると報道されている。ろくに見識もなく、官僚の手のひらで踊り出す与党議員が多いからだ。

 民主党という政党はこれからの日本をどのような社会、国家にしようとしているのだろうか。政権を握るための選挙のマニフェストはそうしたものを国民に提示することを求められたはずだった。だが、おいしい話ばかりで、およそ政権を担って国家運営をしていく整合的な政策ではなかった。

 しかし、ひとたび政権の座に就いた以上、国民の生活の安定や、グローバル経済の中でそれを支える経済の基盤強化、あるいは東アジアの中での安全保障の確保、といった主要な要請に対して、国民が納得する国家像や政策体系をできるだけ早く打ち出すことが求められている。

 それがないために、1つ1つの政治課題に対して、どういう方針、政策をとるべきか、で毎回、党内が百家争鳴している。しかも、それに派閥的な動きがからむことがある。要するに、民主党主体の菅政権は、政治課題のどれをとっても、行き当たりばったりばかり。個別政策ではばらまきなので一見よさそうにみえるが、国全体としては非最適なものばかりである。

 例えば、子ども手当の増額が民主党内で勢いを得ている。保育所と幼稚園の一本化すら実施できないような菅政権は、カネをさらにばらまくことが政策と心得ているのではないかとすら思う。それが財政危機をさらに強めるという基本的な認識すら議員になさそうなのも恐ろしい。

 農家への戸別所得補償制度は、兼業農家まで含めて補償の対象にしたため、コメの供給過剰に拍車をかけている。その結果、コメの価格が下がってきたのは当然のことだ。極端なことを言えば、いくら値下がりしても、国が補償するということになれば、農家はコメ余りの中で値下げしてでも売りさばこうとする。いまのコメ値下がりは、農家にいくらでも税金をつぎ込むという政策が招いた結果である。それにもかかわらず、コメの販売業者が買いたたくからだ、と販売業者を締めつけようというのが民主党の発想である。

 民主党の農業政策は、農業の担い手が高齢化し、10年後には担い手がほとんどいなくなってしまうのを無視し、農地の譲渡規制、株式会社の農業参入禁止などを変えようともしない。

 日本の製造業を守るためには域内関税をゼロにするTPP(環太平洋経済連携協定)に参加することが重要だが、それに対しても、民主党の中は日本農業が壊滅的な打撃を受けるとして、TPPへの交渉参加に反対する勢力がかなり強い。農業以外の産業が稼いでいるおかげで農業保護が可能となっているのに、他の産業を窮地に追い込む政策に民主党国会議員の多くは何の疑念も抱いていないようにみえる。

 法人税引き下げの財源を法人税見直しでひねりだそうというのも、民主党の製造業軽視とつながっている。個別の中身をみれば、修正が必要だが、トータルの税負担が高過ぎるという問題の解決にはつながらない。これでは企業の海外流出が増える。

 国家公務員給与の引き下げ問題は、財政危機を考慮すれば、最低限、世の中の賃金水準の低下の実態を上回る引き下げにするのが筋である。公務員を説得しようともせず、公務員天国を守る、それも公務員労組の要求を受け入れるというのは、圧倒的に多数の国民の敵ではないか。

 消費税引き上げを避けるという民主党政権の党内事情もそうだが、菅政権は整合的な政策体系を全く打ち出せていない。党綱領もないまま、その時々の状況に追随しているだけだ。それは日本国の弱体化をもたらしつつあると思う。

 最近、霞が関の官僚たちは息を吹き返している。民主党の国家議員が政策にうとく、官僚の言うなりに動くようになっているからだ。これでは自民党政治から決別したはずが元の木阿弥になったようである。あの鳩山由紀夫氏の変節ぶりなどは、それを象徴している。 

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2010年10月28日 (木)

「外資が森を持ったのでは、森は残らない」

 10月28日の毎日新聞朝刊で、安田喜憲国際日本文化研究センター教授が「日本の森を外資では維持できない  生物多様性の象徴を守ろう」と題するコラムを書いている。欧米や中国は皆、国土の森林の大半を破壊し、水の循環系を破壊してきた。その国々が森林資源の豊かな日本に目をつけ、数年前から買収を始めている。これを放置していたら、日本民族の滅亡につながると訴えているのである。

 このコラムで触れている東京財団の提言「グローバル化する国土資源(土・緑・水)と土地制度の盲点~日本の水資源の危機Ⅱ~」(2010年1月)は、日本の土地制度が諸外国に比べて多くの問題点があり、外国人に買収された場合、自然系インフラを破壊されかねないおそれがあると指摘している。

 その理由は、第1に、日本は私的所有権が世界一強く、しかも外国人も日本の土地を所有できることだ。農地などを除き、ひとたび土地を所有したら、公共性や社会性を無視して何をしようと勝手である。地下水を無制限に汲み上げてミネラルウオーターとして輸出するとか、スギ林を皆伐してあとは丸坊主のままに放置するとか、が起きることも考えられる。しかし、それで水源涵養機能や土砂崩壊防備機能などが損なわれるとしても規制は困難である。

 現在、土地の所有、占有、運営管理、転売などを管理する法規制がない。これに対し、欧米や中国などは土地の私的所有権を認めないか、国家の収用権などが優先する。

 第2に、地籍調査が48%しか済んでいない。境界が確定していない土地が約半分ある。それに、林地の売買そのものは自治体に届け出る義務があるが、公開されていないので、売買の事実、それに誰が買ったか、何に使うのかが住民にはわからないことである。地籍を全て確定し、土地売買を公表すること、国土利用計画法による売買規制と公有林化が必要だとしている。

 一般に、日本は天然資源のない国といわれているが、森や水資源は豊かである。安田氏は、生物多様性が守られた日本の森は「伝統的に肉食用の家畜を飼わなかった」こと、「稲作漁労民の伝統的なライフスタイルの賜物」と書いている。これこそが世界が新たな世界観への目覚めとなるべきだとも主張している。

 おりから、生物多様性条約の第10回締約国会議が名古屋で開催されている。安田氏は生物多様性の象徴である森を守るという世界観を持つよう願っているが、そうした視点がこの会議の参加者に乏しいのは残念である。

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2010年10月26日 (火)

1人当たりGDPは人が暮らしていくための必要経費

 今年、中国が日本を抜いてGDP世界第2位になるといわれる。では、GDPというのは何なのか。元南山大学経済学部教授の野村信廣氏が月刊『自動車販売』10月号のコラム「エコの目」で、それを詳しく解説している。そして、GDPの増大すなわち経済成長が「唯一の経済発展であり、豊かな暮らしを実現する方法だとは限らない。そう洗脳され、利用されてきたのではないか」と刺激的な発言をしている。

 コラムによると、「GDPはその国が経済活動をするための必要経費」である。そして、「国民1人当たりGDPは人々が日々の暮らしをするための必要経費」である。したがって、「それが嵩むのは利口だとは言えない。またこうした大きな経費をいつまでも1国が耐えることにも限界がある」という。

 「少しの喜びを得るためにGDPを著しく増加させたり、GDPの増加で地球温暖化や環境破壊が進んでいるのを見る」と、GDP増加すなわち経済成長は「実は暮らしにとって好ましくないかも知れない」とコラムは指摘する。そして「日本のGDPの地位低下は、パラダイムシフト(価値観の移行)をもたらす可能性がある」と述べている。

 GDP(国内総生産)は、新たに生み出された付加価値全体のこと。その内訳は、雇用者報酬、営業余剰、固定資本減耗、税金などである。そして、「GDPは国の総必要経費とみなすことが出来る。日本のGDPが増加しないのは日本が企業をはじめとした生産活動で必要経費を少なくしようと努力した結果だ。必要経費が増加しないからGDPも増加しない」という。

 「企業は総収入ないし総売り上げが減少しても存続可能な方法を模索」し、それにより「以前より少ない総収入(総支払に相当)で企業は活動出来るようになってきた」のだという。「名目GDPがなぜこうも長期にわたって減少し続け、それを未だ継続している理由はここにある」。

 GDPを国全体の産出額から中間投入額を引いた残りというとらえかたでは気付かない視点を学んだように思う。

 

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2010年10月23日 (土)

『Mr.金川千尋 世界最強の経営』(金児昭著)の教え

 信越化学工業の金川千尋会長には新聞記者時代に二、三回会ったことがある。同社が日本の化学産業の中で卓越したグローバル企業であることは理解していたが、経営について突っ込んだ話をしたことはなかった。このたび、同社の経理担当役員だった金児昭氏が書いた『Mr.金川千尋 世界最強の経営』を読んで、金川氏が稀有の傑出した企業経営者であることを初めて知った。

 同書から、共感を覚えた個所を中心に、金川氏の考えなどを紹介する。

 「自己資本で設備投資を賄う」。「少数精鋭で、過剰な設備投資はしない。が、タイミングを見て果敢に投資する」、「不況は必ずくるという前提で、どうするかを決めるのが私の仕事」。

 「フル生産、フル販売」。「相手の気持ちをつねに考え、つかんでいく」。「お客さまとの信頼関係は決してバランスシートにはあらわれないが、これが不況になったとき、大きくきいてくる」。「利益よりもシェアを優先するような販売はない」。「金川さんが最も重視しているのは、お客さまの“生の声”」。

 「自分が知らなければならない悪い報告は、どんなものでも必ず五分以内に入るようにしています」。「マーケットのあるところならどこにでも行く」。「カントリーリスクにはきわめて慎重」。

 「私のボスは株主だけ」。「アメリカに一歩足を踏み入れた瞬間、外国人とはすべて英語で会話します。‥‥日本語は話しません」。「日本に帰国すれば、相手が外国人のとき以外、英語は話しません」。

 「『心+数字』がすべての基礎である」。「直接、従業員の声を聞くことは経営のヒントであり、自分にとってのOJTと考えています」。「金川さんは『定期採用』という言葉が理解できない、と言います」。「終身雇用は大事にして、‥‥アメリカ人も日本人も変わりなく」。「ジョブローテーション‥‥金川さんは、これを『百害あって一利なし』と真っ向から否定します」。「少数精鋭になるには、その道のプロにならなければならない」。

 「利益を上げて税金を納めること、そして雇用を守り、雇用機会を創出することが何よりも重要なCSR(企業の社会的責任)の基本である」。「金川さんが自分に見せる厳格さ、真面目さは、部下への『自分との戦い』に勝つという“心”を叩きこんでいます」。「つねに自分にも従業員にも、スピードある実行と意識改革を迫ります」。

 「不景気のつけを従業員に回すのは経営者として恥ずかしいことである」。「決裁が必要な書類の八~九割は一分以内で即断即決する」。「経営に理想はない。市場とともに、会社のあるべき姿はつねに変化している。それを追い求めるのみ」。「結果を出すためには朝令暮改も恥ずかしくもなんでもない」。

 「真面目がいちばん。誠実に一生懸命(仕事を)やっているのがいちばん」。「良い会社とは、正道(フェアウエイ)を歩きながら成長を続ける会社。真正面から戦いながら、売上と利益を上げていく」。

 ――ところで、著者の金児氏は、本書が彼の著書の120冊目という。いまも毎日の通勤電車の中で、原稿用紙とペンとを持って原稿を書いているそうだ。信越化学の、そして金川氏の企業風土や「教育的指導」とどこかでつながっているような気がする。

 読後感の一つは、大企業のトップおよび経営者たらんとする人たちには必読の書だということ。二つには、こういうエクセレントカンパニーに自分が勤めたとしたら、さぞくたびれるだろうなということ、三つには、金川氏が引退したあと、信越化学の経営は変わっていくだろう。どうなるのだろうかということ。そして、かつての上司を褒めあげるだけの本にしない著者の工夫、努力は大変なものだったろう、と推察。

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2010年10月22日 (金)

高原明生東大教授が「中国社会おかしいぞ」と

 「尖閣沖漁船拿捕事件と今後の日米中」と題して、高原明生東大教授が22日、日本記者クラブの「日米中」研究会で語ったことはとても勉強になった。私なりの咀嚼で紹介する。

 尖閣事件で、中国は強硬な対抗措置を次々に繰り出した。その背景について、高原教授は4点を挙げた。①社会矛盾の昂進、②昨年来の新外交方針、③昨年来の軍人等の激しい言説、④権力闘争の気配、である。

 中国経済は毎年10%前後の成長をとげているが、高原教授によると、過去5年間、収入が増えない国民が4割近いという。また、大学卒の就職難もすごい。そればかりか、環境、水不足、自然災害、高齢化などの問題がある。そのため、現状に対する不満、将来についての不安が広がり、高まっているという。宗教の信者が増えており、プロテスタントの信者は1億人に達しているという。中国社会はおかしい。

 中国の外交政策は昨年、自己主張を強めるものに変わったと高原教授は言う。それに伴い、中国のメディアはかつてない激しい言説を沢山載せるようになったそうだ。例えば、シーレーン確保においてインドが邪魔だとして、インド洋の制海権を握るべきだとか、中国のミサイルはインドの原子力発電所を攻撃できるとか、南シナ海を制しなければ中国民族の生存が危ういとか。こうした言説と一体の強硬な外交方針をとった結果、各国とのあつれきを招くばかりだった。中国外交にとって“annus horribilis(ひどい年)”だったという。

 最近の反日デモは現地当局が正式に許可したものもあるが、実際にデモが始まると、当局が抑えることができなくなっているという。政府に対する不満や批判が強いためで、「和諧社会」を揶揄するスローガンまで出てきている。

 中国の指導部では権力闘争が始まっている気配で、本来、穏健派だった胡錦濤や温家宝らがいまでは日本などに強硬な態度をとり、強硬派(海軍、石油派)からやり過ぎという批判が出ているそうだ。

 中国の軍事力は経済発展とともに今後も強大化する。日本は日米安保体制に頼るものの、米国の出方によっては、将来も続くかわからない。日本は今後どのような課題を抱えているのか。高原教授は5点挙げた。①類似事件の再発防止。海上保安機能を強化すべきだ。②危機管理体制の整備。今回、対応できるシステムの欠如が明らかになった。③安全保障対話と防衛交流の促進。中国と喧嘩するという道はない。したがって、日米中3ヵ国協議を進め、事件が起きたとき、中国側と連絡をとって対処する危機管理メカニズムの構築が必要だという。

 ④排他的ナショナリズムの抑制。「自立と平等と共生」を理念とする東アジア共同体の形成を図る。日本の歴史的教訓をもとに、「核心的利益」とか「海上生命線」と言うのはやめたほうがいいと中国を説得する。⑤日本のソフトパワーの強化。人的資源しかない日本として21世紀にふさわしい国力を持つ必要がある。それがなければ、メッセージも届かないという。教育を重視し、どのような人材を育てようとしているか明確にしなければならない。新聞に「外交」面を創設すべきだ。途上国などの首脳が来日しても、日本の新聞にはほとんど載らないのはまずい。外国語による対外発信を強化すべきだ。

 高原教授は“脱線”して、「日本はまだ発展途上国だ。住宅は狭いし、通勤地獄だ」と述べて、まだまだ経済成長できると御託宣。さらに、沖縄に理想的なエコシティをつくり、普天間基地の周辺住民に移ってもらう、基地はそのまま残す、その財源は消費税引き上げでまかない、国民皆で負担する、とのアイデアを披露した。

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2010年10月20日 (水)

たかが掃除機の純正紙パック、されど‥‥

 数日前、家電トップメーカーの電気掃除機(クリーナー)を大手家電販売店で買った。合わせて純正紙パックを購入した。クリーナーの機種に合った紙パックを買おうとして、店員にたずねたが、彼女にもよくわからない。「多分、これでいいでしょう」と言われて買ってきた。

 MC-K11Jという機種のクリーナー用だとして買った紙パックはLm型Vタイプ AMC-K5である。

 包装袋の表には、「機種に合った正しいタイプを下記の表を目安にお選びください」とある。それを見ると、「ご使用中の紙パックの色」とその右に「適応紙パック」とある。「ホワイト、ピンク、又はオレンジ」の適応紙パックは「M型ピンク(ホワイト)」である。「ブルー」だと「LM型(ブルー)」である。そして「小型紙パック(色はブルー、又はイエロー)」は「S型(ブルー)その他(ブルー) ※紙パック包装に記載されている適用機種にお使いいただけます」と書いてある。

 これを読んでも、買った機種に合う純正紙パックであるかどうか、さっぱりわからない。家に持ち帰ったクリーナーを箱から取り出し、添付された説明書を読んだら、M型Vタイプの純正紙パックをお使いくださいと書いてあった。品番はAMC-NC5など4つある。では、買ってしまったAMC-K5は使えないのか。「純正紙パックは掃除機の性能・品質等を保証するための機能部品です」、「純正以外は本体内にゴミがもれ発煙・発火の恐れがあります」と書いてある。家人は「斜線部を切り取れば使える」と言う。

 紙パックの包装の説明を見ると、「LM型Vタイプ紙パックの使い方」というのがある。「今お使いの掃除機の紙パックがL型(ブルー色)の場合、そのままお使い下さい」、「M型(ピンク・オレンジ)の場合、下図のように斜線部を切り取りお使い下さい」、「次回ご購入時にM型をお選びくださると、切り取る手間がありません」などと書いてある。もう読んでいて、何が何やらわからない。

 また、「L型紙パック適用掃除機品番」として「220、230、‥‥380、A30、‥‥S80、S85の各シリーズ」とある。42種もの品番である。

 結局、よくわからない。家人の言う通りかもしれないが、日本の家電メーカーに苦情を言いたくなった。新製品を次々に出すため、たかが紙パックですら、いろいろなタイプの純正品を出す。消耗品である紙パックをも買ってもらおうという狙いだろう。

 だが、技術進歩を反映した新製品を出すとき、メーカーは規格の統一を軽視しているように思う。結果として、それは消費者の利便性を損ねている。それに、コスト高となり、メーカーの競争力をも弱めている。消費生活でよく使う日用品において、製品ごとに規格が異なるというのは、メーカーの都合を優先し過ぎているし、顧客重視のグローバルビジネスの流れに反している。 

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2010年10月19日 (火)

欧米と比べた日本の医療の特徴

 厚生労働省が「OECD加盟国の医療費の状況(2008年)」を発表した。出典は「OECD HEALTH DATA 2010」で、総医療費のGDPに対する割合は8.1%で、加盟国のなかで21番目。1人当たり医療費は2729ドル(予測値)で20番目である。

 両方ともトップの米国は、16.0%と7538ドル。総医療費のGDP比は、2位フランスが11.2%。3位がスイスで10.7%である。1人当たり医療費で米国に次いで多いのはノルウェーの5003ドル、3位がスイスの4627ドルである。ちなみに韓国は6.5%で29位、1801ドルで24位である。

 発表では「医療分野についての国際比較(2007年)」(出典は「OECD HEALTH DATA 2009」)も示している。それによると、米、英、ドイツ、フランス、スウェーデンの5ヵ国と比べて日本がかなり違う点が浮き彫りになっている。人口1千人当たりの総病床数は日本が13.9で圧倒的に多い。多いドイツで8.2である。人口1千人当たり急性期医療病床数も8.2で、次に多いドイツを大幅に上回っている。

 患者の平均在院日数も34.1日と何倍も多い。次に多いのはフランスの13.2日。少ないスウェーデンはたったの5.8日である。急性期患者の平均在院日数も同様。日本は19.0日なのに、ドイツは7.8日、スウェーデンは4.5日にすぎない。

 人口1人当たり外来診療回数を見ても、異常なくらい多い。日本が13.6回(2007年)なのに、多いドイツで7.5回、スウェーデンは2.8回(2006年)である。

 一方、人口1千人当たり医師数は日本2.1人(2006年)で、多いスウェーデンで3.6%(2006年)、米国は2.4人である。

 また、病床100床当たり医師数は14.9人(2006年)と、西欧で少ないほうのドイツ42.5人の3分の1弱にとどまっている。病床100床あたりの看護職員数も66.8人(2006年)なのに対し、少ないほうのフランスで108.2人。米国では337.2人に達する。

 以上のデータが示すように、日本では、患者用のベッド数が非常に多いうえに、入院の日数がものすごく長い。外来に診てもらいに行く回数が多い。その割に、診る医師の数が極端に少ない。看護職員数は人口1千人当たりでは欧米に近いが、病床100床当たりでは看護職員数は66.8人にすぎない。米国は337.2人、少ないフランスでも108.2人になる。

 日本では、医師、看護師を増やす必要があるだろうが、社会的入院なるものを減らして、また、入院を減らして医療費の軽減を図ることが求められる。それが実現すれば、医療のむだを減らし、医師や看護師の報酬を上げることが可能になる。

 

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2010年10月18日 (月)

インンフルエンザ予防接種の自己負担額

 10月から全国各地でインフルエンザ予防接種が始まった。65歳以上の高齢者などに対しては、費用の個人負担額をほとんどの自治体が軽減する措置を講じている。東京都区内に住む私の場合、65歳以上ということで2200円である。軽減措置がなければ3600円かかる。では、全国各地の市町村ではいくら助成し、個人負担はいくらなのか。アトランダムに全国各地の市のホームページにアクセスし、65歳以上だけを取り出して比較してみた。

 圧倒的に多いのが個人負担額が1000円という自治体である。札幌、青森、仙台、福島、さいたま、相模原、名古屋、守山(滋賀県)、大阪、枚方、堺、神戸、松山、高知、北九州、宮崎。下関は1050円。

 それより負担額が多い市は、1300円の掛川(静岡県)、1500円の千葉、川崎、多治見(岐阜県)、2000円の横浜、2200円の武蔵野、日野、昭島(いずれも東京都下)、2600円の秋田。能代市は1000円補助(費用を3600円とすると2600円となる)。松江市は上限3600円、鳥取市は助成なしの3600円。徳島市は原則自己負担という。

 全国の市町村をすべて調べたら、どんな結果になるか大いに関心があるが、上記のデータから考え付くことは、1つには、東京およびその周辺の個人負担額は多いということである。東京都のように地方交付税交付金を受けず、せっせと国に納税しているところのほうが、住民への保障が低いというのは皮肉だ。大都市と地方とでは、大都市のほうが豊かな暮らしをしているという見方もあるが、私はそうではないと思っている。インフルエンザ予防接種補助は、それを示す例である。

 一方で、鳥取県、島根県、徳島県や秋田県のように過疎化して基礎的自治体の財政が厳しいところでは、個人負担を軽減するための助成に回すだけの財政的余裕がないということだろうか。

 ところで、インフルエンザにかかると重症化しやすい高齢者に対し、自治体が予防注射に助成措置を講ずるのは理にかなっている。だが、老人だから、気の毒だから、ということで高齢者向けの財政支出を次々に容認すると、ほかの財政支出にしわ寄せがいく。国、地方とも、財政は社会保障であろうとそうそう膨らむことが許されない状況にある。そうした目で、自治体の財政を見直したとき、住民への過剰サービスになっていはしないか、という厳しい点検が常に求められるだろう。

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2010年10月15日 (金)

「国家には背骨が一本入っていないといけない」

 8月まで駐中国大使だった宮本雄二氏が15日、日本記者クラブで中国について話をした。尖閣諸島の問題について、同氏は「相当知恵をしぼらなければ解決できない」と語った。また、質問に答えて、「国家には背骨が一本入っていないといけない。自分の国は自分で守るということでなければ。それなら、外交にも背骨が入る。これは国の生きざまの問題だ。国民が自分たちはどうするかをはっきりしないといけない」と述べた。

 宮本前大使の話はきわめて示唆に富むものだった。その一部を紹介すると――

 「中国というのは、複雑多面的、複合的な実態の国である。また、変化のスピードがあまりにも速い。この早い経済成長が中国に大きな影響を与えている。格差の問題は腐敗、不正と結びついており、なおかつ格差は拡大している」

 「中国政府の最大の関心は経済成長と社会の安定である。これでもって、相当、中国を解き明かせる」

 「中国に問題はあるが、崩壊しない。なぜか。第1に、中国をみるとき、その規模や多様性からくる中国スタンダード(ものさし)でとらえないといけない。第2に、中国の統治能力は高い。また、中国共産党の人材育成制度はすぐれている。派閥は、選抜を通じて上がってきた人たちの中での話だ」

 「中国の過去100年有余の歴史が中国の意識に色濃く影を落としている。弱い者はこういう目にあう、だから、強い姿勢をとらなければバカにされる、とか。偉大だ、大国だ、と自ら思うと同時に外国への猜疑心が強い。いまや、中国は世界大国になった。どういう世界に持っていくのかを語らねばならない。それなのに、世界が足を引っ張ろうとしていると思っている」

 「日中関係は2008年の共同声明で新しい段階に入った。世界の中の日中関係になった。そうなると、日中関係の問題は相対的にも小さくなる。ただ、中国では、反日は簡単に反政府に変わる。失業者、出稼ぎ者が反日デモに加わって大きな反政府運動になったりする。したがって、日本問題は限りなく内政問題である。これからも日中関係は苦難の道だ」

 「外交力というのは軍事力を含めた総合力。1つの大きな考え方で結びつけて、きちっとやるのが理想。日本では、国論が一致しないから、外交の当事者はエネルギーの7割を国内で使い果たす」

 「中国のインテリの理想論は儒学(儒教)。儒学は中華文明の支柱であり、民族として語り継ぐべきものだ。しかし、この伝統的価値観はいまの中国に戻ってきていない」

 「中国では、大国とは思うところ、やりたいことをやる、そういう空気が出てきた。彼らは米国をそういうものだと思っている。しかし、中国には覇道ではなく、王道を歩んで、世界大国の責任を果たしてもらいたい」

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2010年10月11日 (月)

衝突船長は酔っぱらっていた?

 尖閣諸島近くで日本の巡視船に中国の漁船がぶつかってきた事件について、「あの船長はアル中で、事件のときも酔っぱらって船を操縦していた」という話を最近、聞いた。真偽は確かめられないが、クルマの酔っ払い運転と同じようなものと考えると、その見方は的を射ているような気がする。

 もしそうなら、酔っ払い運転による器物損壊の罪に問われるべきだったのかもしれない。国と国との関係を揺るがすきっかけは、そんな些細なことなのだろう。かつて、帝国主義といわれた欧米諸国や日本は侵略の口実に、こうした類の事件を利用したりした、と考えると、些細なことと片付けるわけにはいかないのかもしれないが。

 ハノイで開かれたASEAN拡大国防相会議に出席した北沢俊美防衛大臣は中国の梁光烈国防相と会談した際、不測の事態に備えた海上連絡体制、いわゆるホットラインの設置を提案した。これは、実現すれば、日中両国間が領海紛争などで、ちょっとした出来事をきっかけに緊張関係に入るのを避けることに役立つ。梁国防相は提案に色よい返事をしなかったようだが、日中軍事当局間にホットラインを設けるのは、領土、領海紛争を軍事対立にいかないようにするための1つの知恵だ。中国がそれに応じるか否かは、中国の帝国主義的色彩の度合いをうらなう手掛かりとも言える。

 ギョウザ事件も、漁船の衝突もそうだが、中国は自分に都合の悪いことはほおっかむりする。自分から悪かったと詫びることはまずない。とにかく言い訳をして責任を回避する。そういう指摘が中国関係の専門家から聞こえてくる。外交とはそういうものとの見方もないわけではないが、米国とは別の意味で超大国となった中国には、大人の風格が欲しい。ホットラインについても。

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2010年10月 9日 (土)

「よしもと」の演芸場に行ったら

 チケットをもらったので、柄にもなく、都内にある、お笑いの「よしもと」演芸場に行ってみた。昼の公演である。驚いたことの1つは、満席に近い入りだったが、お客さんのほとんどが高齢者ないしはそれに近い人たちだったこと。しかも、そうした人たちのうち、女性が圧倒的多数を占めていたことである。8割程度かそれ以上のように思えた。

 第2に、終わってから気付いたのだが、それらの人々はガイドが旗を持って案内する団体客ばかりだった。その日は、ガイドが3人以上いた。この演芸場がおそらくバスツアーのコースに入っているのだろう。

 第3に、漫才が何組も登場したが、どれも、話の中身がまったく社会性を帯びていない。一方が相手の頭をボカッ、ボカッと殴る漫才がまだあるのにも驚いた。漫才師になるのは、テレビのスターになる早道と思われているため希望者が多いとか。それで、「よしもと」では出演料をゼロにして競わせている、というような噂話を聞いたことがあるが、定かではない。それはそれとして、いまの世は変化が激しく、かつ複雑怪奇だから、話のタネは尽きない。それを巧みに料理して笑いの世界に取り込む工夫がどうも足りないように思う。

 その日、落語家の桂三枝が出演した。古典落語をやらず、現代の高齢社会を風刺する噺をした。高齢女性が元気な半面、リタイヤした男性がしょぼしょぼしているさまを病院を舞台に描写。お客さんが高齢女性ばかりなので、大いに受けた。

 演芸場に行った日はたまたま団体客が多かったということかもしれない。だが、高年齢の女性たち(の少なからぬ割合)があちこちを旅行し、名所や名物などを楽しむことができる日本社会は、そこだけをとれば、世界に冠たるすばらしい社会である。もちろん、女性ほどではないが、高齢の男性たちにも結構、ゴルフ、旅行などで楽しく老後の生活を送っている人が少なくない。しかし、それと、高校・大学の新卒の就職難(といわれる状況)とか、働ける年齢層の失業率が高いこと、生活保護を受ける人数がどんどん増えていることとかを、ついつい対比してしまう。そして、これでいいのかと考え込む。

 先日、茨城県のある医師と話した。脳が機能せず、ただただスパゲッティのように沢山の管を身体に着けている患者を“治療”し続けるのは、やめるべきだ、と彼は言った。そうした患者を生かし続けるのは家族も望まない。それに、かかる医療費は莫大だ。加えて医療費のムダが多い。

 いま、政府は社会保障費用が増大するのを当たり前としている。しかし、高齢者と現役とを比べると、政治は高齢者を過度に優遇している。高齢者にしてみれば、優遇なんかされていないと反発したくなるだろうが、事実は事実である。高齢者の1人として、そう思う。上記のように恵まれた高齢者は、若い世代のために、何かお役に立つ貢献をするようになってほしい。さもないと、このアンバランスが荒々しい形で解消されかねない。

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2010年10月 6日 (水)

民主党の化けの皮がはがれる

 東京第五検察審査会が小沢一郎衆議院議員を政治資金規正法違反(虚偽記載)の罪で強制的に起訴すべきだと議決した。議決日が民主党総裁選の行なわれた9月14日だったことから、あれこれ推測が流れているが、それはさておき、これで小沢氏の政治家としての命運は断たれたと見てよかろう。

 それにつけても、民主党の小沢グループの人たちのお粗末さにはあきれるばかりだ。小沢氏が疑惑に対して、まともな説明を国会の場でしたことはなかったし、国民に対してもしてこなかったことは明々白々である。それは国会議員として許されないことだが、そんなことすら小沢一派の人たちは理解できていない。親分の一大事、親分の言うことはすべて正しい、というレベルの人たちが国会議員なのである。選んだ国民のほうにも大きな責任がある。

 今回の強制起訴に対し、素人の市民が検察庁の結論を否定するのは法秩序を壊すという批判が専門家たちの中から出ているという。小沢氏およびその周辺もそうした考えの持ち主である。しかし、大阪地検特捜部の証拠改ざん事件は、検察は絶対といわんばかりに強大な権力と化した特捜検察のありかたを見直す必要があるのではないかと示唆している。

 検察は国家権力の一部である。尖閣諸島の中国漁船衝突事件で逮捕した中国の船長を保釈したのも、政府の指示に基づくとみられて当然である。検察の上層部は政府の意向を汲んで判断しているのだ。したがって、小沢氏の疑惑について東京地検特捜部が何度も調べたうえで不起訴と判断しても、国民の抱く疑念が晴れないことには変わりがない。強制起訴によって有罪、無罪いずれになろうと、国民が納得するステップを踏むことには大きな意味がある。

 ところで、大阪地検特捜部に逮捕された元厚生労働省局長の村木厚子氏が無罪になったことは当然のことだが、そもそもの郵便不正事件で逮捕された人物以外に関わった人はいないのか、口利きした政治家がいる可能性があるが、それは誰かなどの解明がなされていない。関西では、口利きした政治家の名前を挙げて、彼を追及するなという圧力があったと検察OBが言っているという。

 民主党政権を誕生させた背景には、政界、官界の腐敗をなくしてほしいという国民の願いがあったと思う。残念ながら、民主党政権は自民党政権時代への逆戻りが目につく。

 

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2010年10月 2日 (土)

「中国だけが発展することはありえない」

 10月1日、たまたま中国の国慶節の日に東京で開催されたシンポジウム「『次の10年』を考える環球国際シンポジウム~東アジア改革の行方~」を聞きに行った。東京経済大学、中国新華社『環球』雑誌社、国際協力機構が主催した。第1セッション「第三の三十年 中国の行方」がよかった。

 中国国家発展和改革委員会秘書長の楊偉民氏は、建国から最初の30年を「自立再生の30年」、次の30年を「改革開放の30年」と呼んだ。そして、これからの30年は「安定、健全、持続的な発展を遂げよう」と述べ、そのために経済発展方式を転換しなければならないし、それを加速する必要があると語った。

 この転換は、①外需依存から内需を増やす方向に、②人材を資源に、③農民の市民化、都市化、④低炭素社会への転換、⑤格差拡大から縮小へ、⑥政府主導から市場に任せた経済成長へ、などだという(通訳のせいにしては申し訳ないが、よくわからないところが結構あった)

 また、山猫ストのような形で行なわれた労働者の賃上げ問題について、「形式上の春闘はないが、もうちょっと穏やかなやりかたを労使で模索している」と述べた。

 そのほか、良い農地の喪失、生態系の破壊、大都市の交通渋滞などに直面して新しい空間政策を進めているとし、内陸で内需中心のメガロポリスをつくる、生態安全フィールドでの開発を制限する、などの例を挙げた。

 楊氏とは全く視点が異なるが、セブン銀行会長の安斎隆氏は、最近の日中関係を踏まえ、中国が傲慢にならないようにと“忠告”した。「中国の最初の30年は国家統合のためで、借金もできず、食料も輸入できず、餓死者がたくさん出た。次の30年も最初の10年は成果なし。『南巡講話』以降に発展してきた。これも国際平和があったからだ。海外の民間資本が自由に動けた」、「しかし、中国はいまのままを続けられるだろうか。調子がいいと、傲慢になる、米国も日本もそうだった。中国は絶対に傲慢にならないでほしい。いまや、世界経済に責任がある。自分だけが発展することはありえない。必ず相手国があるのだから」。

 安斎氏は「中国でわいろがはびこっているという話を聞くと悲しくなる」と述べ、それをなくすことが政治の安定につながると是正を求めた。その際、同氏は福島県二本松城の近くにある「戒石銘」を紹介した。大きな石に「爾俸爾給 民膏民脂 下民易虐 上天難欺」と書かれているものだ。江戸時代、登城のとき、家臣である武士に心得として読ませるようにしたものとされる。武士の俸禄は民の汗と脂によってつくられたものである、民を虐げることは容易だが、天の神様を欺くことはできない、という趣旨である。同氏は「これは中国の儒教からとったものだ」と付け加えた。

 第4セッション「東アジア時代へのイマジネーション」で、加藤紘一氏が、経済大国化した中国が、このままでは国際的にも国内的にも難しい問題に直面してゆくことを指摘していた。それも中国にとって、貴重なアドバイスだと思った。「良薬は口に苦し」。中国が次の30年を迎える中で、聞く耳を持つか否か、が世界の将来を左右する。

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