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2010年11月27日 (土)

補正予算は成立したが‥‥

 国の補正予算が成立した。補正の結果、一般会計の予算規模は4兆4292億円増えて96兆7283億円になる。ただ、政府が提出した補正予算案通りというのは解せない。ねじれ国会で、相当の時間を審議に費やしたのだから、一般会計、特別会計の補正予算案がどこか修正されて当然ではないか。国会の予算委員会は何をしているのかと言いたくなる。

 目を海外に向けると、最近、アイルランドの政府が財政再建計画(2011~14年)を発表した。財政赤字をGDPの3%に減らすため、歳出の削減と個人課税の増税、それに成長戦略をからませている。即ち、社会保障給付の切り下げ、公務員数の削減、公務員給与の圧縮などを行なうとともに、付加価値税率の段階的引き上げ(21%から23%に)、個人所得増税などを実施する。そして、12.5%の低い法人税率は維持し、最低賃金を切り下げて雇用の創出を図るという。

 現下の財政赤字がGDPの3割を超えるアイルランドはギリシャ同様、財政破綻状態になっているが、では、日本国の財政危機のレベルはどうか。富田俊基中央大学教授(日本経済新聞11月24日付け朝刊「経済教室」)によると、GDP比でみた債務残高が日本は217.7%(2009年末)と突出している。多いとされるイタリア、ギリシャの2倍近い。政府債務の満期が来て償還する分と本年の財政赤字とを合わせた要資金調達は日本の場合、GDPの64%に達する。やはり、米国、イタリア、ギリシャなどの2倍ないし3倍である。

 日本はデフレが続けば、利払い費があまり増えないから、にわかに財政収支が悪化することはない。しかし、ずっと日本経済は不振のままである。一方、景気の回復が見込まれると、長期金利が上昇し、利払い費が急増する。結果として財政破綻に追い込まれる。いずれにせよ、日本は財政危機を放置できない状況にある。

 したがって、歳出を大幅に減らすとともに、かなりの増税に踏み切るしか、日本の生きる道はない。いまの政府は、それをはっきりと認め、国民に「良薬は口に苦し」と訴える必要がある。なさけないことに、いまなお、現政府および民主党はばらまきの発想にとどまっていると言わざるをえない。

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2010年11月26日 (金)

片山総務相が地方自治体の甘えにチクリ

 片山総務相は旧自治省の官僚から鳥取県知事や慶応大学教授を経て、ことし、国会議員ではないのに大臣になった。うわべはいたってソフトだが、歯に衣着せぬものの言い方をすることで知られる。その片山大臣が22日の全国知事会議で、地方自治体の甘えをきびしく批判した。

 片山大臣は24日、閣議後の記者会見でその内容を明らかにした。1つは、おカネの話になると、すぐ国に依存する地方自治体の体質について。「自治体は課税自主権を持っている。それを活用し、納税者と向き合って自前で解決すべきだ。本当に重要な仕事を付加するのに財源が要ると言ったら、本当にそれが住民のために必要なら、納税者は納得する。そういうプロセスを大切にしてもらいたい。国も国税を引き上げるのは容易ではない。にもかかわらず、自治体が国だけにそういう苦労を押し付けるのは、自主的、主体的な自立したポジションではないのでは」と批判した。

 いま1つは、地方分権とか地域主権改革の意味について。「県や市町村を強くする、知事の権限を強くする、自治体のカネ回りをよくすることが目的ではない。住民にとってより快適で、満足度の高い、ずれていない行政が実現するための改革。それが究極の目的である。身近な自治体に権限があったほうが、住民のハンドリングがきく、住民の皆さんの影響が及びやすい」。

 「そのために、国から自治体に権限を移譲し、自治体の自由度を高め、おカネもひも付きではなくて、自治体の判断で使えるおカネに変えていこうという改革作業をやっている。自治体に権限が移れば、住民は首長や地方議会議員を通じて自分たちの意思をより反映しやすい。住民の意思をより反映しやすい場所、フィールドに権限、判断権、財源などを移そうということだ。そこを忘れないで」。

 このほか、片山大臣は「地方自治には団体自治と住民自治があり、いままでやってきたのはすべて団体自治の強化。だが、もう一つの住民自治、すなわち住民の意向が自治体行政に反映しやすくなるようにするという、住民自治の強化についても取り組んでいる」と全国知事会議の場で語ったという。

 ――自治体には地方分権などへの取り組みにおいてピンからキリまである。いまもって中央政府に甘える構造が根強く残っているし、地元の賃金水準よりはるかに高い地方公務員給与(なかでも現業部門は飛びぬけて高い)切り下げにはほとんど手をつけていない。かつて知事だった経験を持つ片山総務相には、そうした地方自治体の甘えの体質がよく見えるのだろう。

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2010年11月25日 (木)

ノーベル賞受賞、根岸英一氏の話から

 25日、日本記者クラブでノーベル化学賞受賞の根岸栄一氏が会見した。専門的な話はさておいて、強い印象を受けた話だけを紹介する。

 ①光合成によって、水と炭酸ガスとから炭水化物がつくられる。自然界で行なわれているこの光合成を人工的に行なうことは100%できる。いつできるかだけだ。それは食料を化学工業でつくることである。人工的な光合成に絶対必要なのがDブロック遷移金属(根岸氏の受賞した研究に関わる元素)だ。地球温暖化で炭酸ガスをコントロールしようというよりも先に実現可能だと思う。日本政府はここに研究者を集中すべきだ。日本が先行したい分野である。

 ②(日本がノーベル賞受賞者を出し続けるためには)トップに立って引っ張るような人が少なくならないようにしなければいけない。ボトムアップも必要だが、トップを引き上げることに重点を置かねばならない。出る杭を伸ばすように、それで全体を引っ張っていく、それをおおらかに認めるような社会でないといけない。

 ③(東大の受賞者が少ないことについて聞かれ)東大が東京にあるのが問題だ。東大では、行政に関わる仕事と研究とが半々である。それがハンディキャップになっているかもしれない。

 ④実験でうまくいかないのは当たり前と思って、ずっと続けるという人がいるが、そのやり方はだめ。うまくいかないときは、その日のうちに問題を解決すべきだ。同じ実験を20~30回やっても失敗したときは転換を図るべきである。棚上げし、別のことをやる。そして、時々、棚上げしたのを見直してみる。

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2010年11月21日 (日)

100兆円を超えた国の平成21年度一般会計歳出決算

 菅内閣は19日に平成21年度決算を閣議で了承し、国会に提出した。国会は予算案の審議に時間をかけるが、決算についてはほとんど審議しない。メディアも同様だ。現に20日付けの新聞やテレビ等で、この21年度決算を取り上げたところは皆無に近かったのではないか。会計検査院がチェック済みであるとはいえ、公金が適正に使われたか、国会は目を光らせる必要がある。

 一般会計の歳出決算総額(支出済み歳出額)は100兆9734億円と初めて100兆円の大台を突破した。歳入決算総額(収納済み歳入額)は107兆1142億円である。ちなみに平成20年度は、歳出決算総額が84兆6973億円、歳入決算総額が89兆2082億円だった。

 21年度の歳入は予算を4兆5560億円も上回ったが、これは予算になかった前年度剰余金受け入れ4兆5108億円の計上や、法人税などの租税収入が予算よりも1兆8745億円多かったことなどによる。国債発行による公債金収入は51兆9549億円(うち特例公債36兆9439億円)に達し、歳入決算総額の半分近くを占めた。

 これに対し、歳出は、予算では107兆689億円だったのが、決算ではそれより6兆955億円少なかった。歳出決算の内訳を見ると、国債費が18兆4448億円、地方交付税交付金等が16兆5732億円で、この2つを除いた一般歳出は65兆9553億円だった。一般歳出のうち、図抜けて大きいのが社会保障関係費で28兆7161億円、実に一般歳出の4割を超える。

 一方、21年度の特別会計については、各特別会計の計数を単純に合計したものが発表になった。歳出決算が348兆122億円だったのに対し、歳入決算は377兆8376億円だった。歳出と歳入の差は剰余金で、29兆8254億円に達する。このうち、一般会計に繰り入れるのはわずか2兆6593億円にすぎず、平成22年度に繰り越されたのが26兆4765億円に及んだ。

 一般会計の決算に関する発表資料は、租税及び印紙収入が38兆7330億円と歳入総額のわずか36.2%にすぎないこと、歳出総額の3分の1余が一般歳出以外に振り向けられていること、租税及び印紙収入が一般歳出の約6割しかまかなえないこと、といった現在の日本財政の脆弱さを強調している。

 こうした総論から見た問題点に加え、各論に立ち入った財政支出の無駄、非効率を追及していくことが財政健全化につながる。政治主導の奮起を求めたい。

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2010年11月16日 (火)

商店街の顔ぶれは激しく変わってきた

 東京都内に住むようになってほぼ10年。古くからある近所の商店街はバス通りに沿って1kmぐらい、道路の両側に立ち並んでいる。図書館に行くときに通ったら、「葬儀場建設に反対」という旗や看板が立っていた。そこは花屋があったところで、その隣の家屋は取り払われ、更地になっていた。近所の商店にとっては、商売に悪い影響があるとの懸念から反対しているらしい。

 この商店街通りはシャッターが下りたままのところもいくつかあるが、まだたくさんの店が営業している。この10年、何軒もの店が閉まった。そして別の店ができた。風呂屋が廃業し、跡に細長い高層住宅ができたとか、商店街の様子は少しずつ変わっている。

 こんなことはどこの商店街においても起きている当たり前の現象だ。にもかかわらず、ここで花屋の廃業を取り上げたのは、そこが、このバス通りの両側で長い間、頑張ってきた残り少ない店の1つだったからである。

 手元に、地元の人が作成した商店街の資料がある。昭和40年ごろ、この地元の商店会が合同でお中元セールを行なったときに作成したチラシのコピーなどである。それによると、セールに参加した店は310店舗ある。買い物300円ごとに1回抽選ができ、特賞はリコーフレックスカメラ。毎日、特賞が1本当たったという。

 この当時の商店のうち、何軒が残っているか、勘定すると、ことし8月現在で25店という。そのうちの1つである花屋がこのたび廃業したのである。昭和40年ごろといえば、証券恐慌が起きたり、景気対策のために国債の発行に踏み切ったりした日本経済の歴史的な転換点である。その時からおよそ45年。半世紀近い歳月の過ぎゆくうちに、9割を超す店舗が姿を消していったことになる。

 お中元セールに参加した店舗はほとんどが個人営業の店だったと思われる。それらが半世紀弱の間に、ほとんど姿を消したことに驚く。と同時に、往時の盛況さには及びもつかないものの、新たな顔ぶれが次々に店を構え、商店街が生き永らえてきたバイタリティーにも感心する。

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2010年11月14日 (日)

加速する国の借金増

 財務省がこのほど発表した9月末の「国債及び借入金並びに政府保証債務残高」によると、国債および借入金の総額は908兆8617億円と過去最大の規模に達した。1年前に比べ25兆9362億円増えた。大ざっぱにいうと、毎月2兆円余り「国の借金」が膨らんでいる勘定である。

 民主党を中心とする政権はマニフェストで約束した政策を実現するための財源を一般会計・特別会計の抜本見直しで捻出すると言っていたが、完全な空手形だったわけだ。

 国の借金は小泉改革後に再び増加の勢いが増している。ちなみに、5年ちょっと前の2005年(平成17年)3月末には、「国の借金」は781兆5517億円だった。それが1年後の2006年3月末に827兆4805億円とたった1年間に約46兆円も増えた。いや増やしたというのが正確かもしれない。

 そして2007年3月末に834兆3786億円、2008年3月末849兆2396億円と増え続けた。いまの勢いだと、2、3年のうちに1000兆円を超えるだろう。財政破綻の臨界点がどこかは定かでないが、そこに近付いてきている。

 英国のように財政悪化を避けるために思い切った財政規模の縮小を図る国もある。それが正しいかどうかはわからないが、日本において、そうした道を主張する政党や学者・専門家がいてもいいはずだ。そうした声が全くないところにも、日本の危機を感じざるをえない。

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2010年11月10日 (水)

事の本質を見誤るな

 尖閣諸島沖で中国漁船が日本の巡視船にぶつかってきたときのビデオがユーチューブに公開された事件で、第5管区海上保安本部神戸海上保安部の職員が、自分がやったと上司に名乗り出たという。政府は“犯人”を守秘義務違反とか機密漏えいの罪で処罰しようとするだろうが、事の本質を見誤ってはいけない。

 そもそも衝突事件の主犯である中国漁船の船長は処分保留のまま釈放されたというが、実態は処罰なしだ。無罪である。それなのに船長が処罰もされない、つまり犯罪とみなされない衝突場面を撮影した映像を公開したというだけで、海上保安庁の職員が処分されるとしたら、正義に反する。事の軽重を正しく判断できない政府は、国民の信を失う。

 政府税制調査会が所得税制の見直し作業を始めた。高所得層への課税を重くし、子ども手当上積みなどの原資をひねり出そうとしているようだ。原則を言えば、経済成長がほとんど見込めないため、累進課税のカーブを高めて貧富の差を縮めるのは適切な政策である。しかし、日本の所得税制はトー・ゴー・サン・ピンなどといわれるように、課税捕捉率が極端に違う。サラリーマンのように所得が課税当局にきっちり捕捉されているのに比べると、農業、中小企業などは実質はかなりの所得があるのに、ほとんど納税していない。こうした税制の不公平をたださないままに、源泉徴収を受ける層ばかりから徴税するというのは正義に反する。行き過ぎた課税の不公平、不公正は、そうした層のやる気を失わせる。

 政府の行政刷新会議は過去の仕分けの結果が2011年度予算概算要求にろくに生かされていないことから、再仕分けを行なうという。民主党の政策の中で、唯一、国民に好評だったのが事業仕分けだ。しかし、廃止などの判定を受けた事業が名称を変えたりして11年度予算要求に出てきているという。どうして、こんなことが起こるのだろうか。

 それは、政務三役、つまり各省庁の大臣、副大臣、政務官が一つひとつの仕分けの意味がよくわからず、結果として、本気で仕分けの結果を遵守する気がないからだと思われる。菅首相が官僚の用意した答弁書を読むばかりになっているのと同様、民主党・国民新党の連立政権の政治家の多くは、霞が関の官僚があきれるほど知識、判断力などが低く、官僚の手のひらで踊るようになっている。したがって、仕分けの結果を遵守するか、否かも官僚の判断にゆだねられているらしい。そこで、仕分けの影の主役、財務省が再仕分けを仕掛けているというわけだ。いずれにしろ、「政治主導」は雲散霧消した状態である。

 情けないことだが、日本が置かれている内外の情勢はかつてないほどに厳しい。打つ手を間違えば、日本国は衰退の一途をたどる。TPPについても、前途のない日本農業の既得権益者がただただ反対を叫んでいて、日本農業をどうやって活性化するか、の前向きの発言が彼らからは聞こえてこない。民主党内部のTPP反対論者もまた、ではどうしたら日本農業が持続可能になるかを主張していない。党内できちんとした政策論議をしない政党に私たちの未来をゆだねるのは考えるだにおそろしい。

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2010年11月 8日 (月)

まじめに働く人たちが日本社会を支える

 紅葉のシーズン。新潟県、福島県を走るJR只見線の始発駅小出から終点の会津若松まで、車窓から錦秋の山々を満喫してきた。会津若松からは会津鉄道、野岩鉄道に乗って、冬が訪れる直前の華やかな錦織の景観を味わうことができた。

 国内を列車で旅すると、ありがたいことに、幹線であろうと、ローカル線であろうと、きちんと時刻通りに運行されている。そのおかげで、本数が少ない列車への乗り換えがスムーズにいく。地方のどこに行っても、電車の乗務員、駅員らがきちんと仕事をしている。旅で地元の人がまじめに働いている姿を当たり前のように目にするが、これこそが日本社会の強みである。

 話は飛躍するようだが、尖閣諸島周辺の海域を監視する海上保安庁の巡視船乗組員も、荒海の厳しい環境の中で、職務に精励していたと想像する。ユーチューブで公開されたビデオを見ると、想像は間違っていないと思う。しかし、巡視船に乗っている現場の人々は、事件後の日中のやりとりを見てどう思っているのだろうか。

 もし、同じような事案、つまり、日本の領海内で中国の漁船が操業し、日本の巡視船が領海内から出るよう呼び掛けても無視された場合、巡視船はどうすべきか。まして、漁船がぶつかってくるようなとき、どうすべきか。故意にぶつかってきた漁船の乗組員を逮捕するわけにはいかないとすれば、巡視船の役目は、違法行為を見て見ぬふりをするだけということになるのか。そこがあいまいなままだと、乗組員はまじめに仕事をする気にならなくなるのではないか。

 政府が明確な方針を示し、政府の責任で処理すべき問題を、政府が逃げて末端の組織のせいにする姑息なやりかたを繰り返していたら、現場で働く人たちの士気は確実に落ちる。それこそがこの事件の取り扱いで見落とされている重要な問題点である。メディアはそこを全く追及していない。

 いま、政府は流出ビデオの犯人探しに躍起だし、新聞、テレビなどもその問題を大きく報じている。だが、世論調査などからも読み取れるように、少なからぬ数の国民は、政府がさっさとビデオを公開し、どちらに非があったかを明らかにしたほうが問題を適切に処理できたのではないかと思っているようだ。それが菅内閣支持率の低下をもたらしている1つの要因だろう。

 情報の流出を防ぐためには、機密管理の仕方を厳重にする必要があるが、それとともに、政府や企業の職員、社員が仕事に意欲的に取り組み、仕事を通じて社会に役立つという前向きの気持ちを持つような職場であることが大事だ。まじめに仕事をする人々ばかりだと、機密情報の流出は起こりにくい。いま、日本の社会では、組織に対する忠誠心が薄れるどころか、不満を持つ職員、社員が増えているようにも見える。そうした社会の危機が時折、噴き出すのだろう。ビデオ流出を見ていると、そう思う。 

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2010年11月 4日 (木)

米中間選挙での共和党大勝

 米国の中間選挙で、予想されていた通り、共和党が大勝した。下院は共和党が多数、上院は民主党多数と、いわゆるねじれ状態となった。もしも、両党が議会で国民不在の争いばかりしていたら、それこそ、米国民は今度のティーパーティーではないが、黙ってはいないだろう。

 米国は大統領制なので、オバマ政権は議会を説得しながら、内外の政治課題に対応していくことが可能である。だが、日本では、衆参のねじれに加え、民主党が政治の理念や、それに基づく整合的な政策が無いことがはっきりしてきたために、主要な政治課題の一つひとつをめぐって党内が割れるという、さながら無政府状態に陥りつつある。外交・安全保障の面で外国になめてかかられる事態がこれ以上起きなければいいが‥‥。

 菅首相が積極的な姿勢を示したTPP(環太平洋パートナーシップ協定)協議への参加については党内が割れ、交渉参加すると言い出せない状態だ。「日本が参加しなければ、日本を囲む国々が自由貿易圏を形づくり、鎖国している日本がポツンと存在することになる」(チャールズ・レイク米日経済協議会副会長。朝日新聞4日付け朝刊)という孤立状態になることも十分ありうる。日本の経済を支えているものづくりなどの産業を切り捨ててでも、いまの農業を守るという国会議員がたくさんいるからだ。

 政治とカネの問題では、菅首相も岡田幹事長も、小沢一郎氏の国会招致について、出席してほしいと小沢氏に会って言うことすらおっかなびっくりの姿勢。4日、やっと岡田幹事長が会って要請したが、素気無く拒否された。民主党として出席を求め、ノーなら党除名すべきところだが、それもできず、ずるずる問題をひきずっている。予算審議など国会運営にも大きく影響している。

 一方で、民主党は企業・団体からの政治献金を再開すると言い出した。同党は企業・団体献金の廃止をずっと主張してきた経緯がある。それなのに、鳩山、小沢両氏の政治とカネの問題がすっきりとしないままなのに、カネが欲しいから再開するというのはいかがなものか。これも党内から反対の声があがっている。

 ところで、オバマ大統領は3日の記者会見で、「米国民は景気回復のペースに強いいら立ちを感じている。政府に税金を賢く使い、子供や孫の世代に多額の借金を残さないよう求めている」(日本経済新聞4日付け夕刊)と語った。いまの日本国民はどうだろうか。米国以上に財政赤字の累積は重いのに、民主党が2011年度予算も激しいばらまき政策を続けることに強い怒りの表明がない。

 おそらく日本では、消費税を上げると言ったら、相当に強く反対する動きがあちこちに起きよう。米国民と違い、日本の国民の多くは目先の損得しか見えず、将来世代に大きな負担を残し、苦しめることに思いが至らないのだろうか。

 米国のFRBは3日のFOMC(連邦公開市場委員会)で長期国債の追加購入(2011年6月末までに6000億ドル)などの追加金融緩和策を決めた。日本銀行も先日、5兆円規模の金融資産買い取り方針を決めたばかり。両国とも、財政膨張で増えに増えた国債を買い取ると同時に、カネをどんどん市場に供給して超低金利にし、投資などの資金需要を喚起するという発想だ。

 それがうまくいけばいいが、副作用は相当に大きい可能性がある。世界的なドル過剰はマネー投機を促し、バブルを引き起こしかねない。それにデフレ克服をねらったつもりが、激しいインフレになってしまうおそれもある。日米を見ただけでも、世界経済の前途はけわしいと思う。

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2010年11月 2日 (火)

『江戸絵画の不都合な真実』(狩野博幸著)から

 私たちは『奇想の系譜』(辻惟雄著)によって岩佐又兵衛、伊藤若冲、曽我蕭白ら江戸時代の奇想画家たちを知ったのだが、最近出版された『江戸絵画の不都合な真実』(狩野博幸著)は、そうした画家を含む江戸絵画の画家8人たちに関わる新事実を明らかにしていて、なかなか面白い。

 京都錦小路の老舗の青物問屋の主人だった若冲が40歳で家督を弟に譲って絵に専念したというのが通説である。しかし、本書によると、青物問屋というが、納入する百姓ら仕入れの取引先が3千業者もあったという。八百屋の主人だったようなイメージとは全く違う。そして、弟に譲ったあとも、錦高倉市場をつぶそうとの役所のたくらみに対して、若冲は帯屋町年寄として存続のため奮闘した。本書には、そうした興味深い指摘がいろいろある。

 その1つが、第七章「葛飾北斎 富士信仰の裾野」で取り上げられている富士講と、食行身禄(じきぎょうみろく)という六世行者の話である。富士講は富士山を信仰し、信仰の証しとして富士山に登る同行者の組織であり、費用を無尽で融通し合う。それが、江戸幕府によってしばしば禁止されたという。

 その理由は、不穏の世に絶望し、1733年に入定(にゅうじょう。絶食して死んだ)した食行身禄の教えに、幕府が「不穏なものをかんじとったにほかなるまい」という。彼は、人は食べることで生きていける、その点で、人は皆、平等でなければならないと主張した。士農工商は「入り渡り相助ける」べき四民で、上下関係ではないとも言った。男女の隔てはない、同じ人間だとも言っている。

 さらに、神も仏も、一切のものは、人間がこしらえたものだと断言している。

 著者は、西洋の思想に先駆けていた食行身禄の思想を述べながら、いまの時代に生きる者たちに、こんなことを言っている。「おのれの身を捧げて民衆を救う、という考えをもたぬ人間は宗教者などと口が腐ってもいってはならない」、「イスラム過激派にしても、指導層はただひとりとして死ぬことがなく、死ねば何十人の処女に迎えられると称して若者たちに自爆させるばかりだ」と。 

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