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2010年11月16日 (火)

商店街の顔ぶれは激しく変わってきた

 東京都内に住むようになってほぼ10年。古くからある近所の商店街はバス通りに沿って1kmぐらい、道路の両側に立ち並んでいる。図書館に行くときに通ったら、「葬儀場建設に反対」という旗や看板が立っていた。そこは花屋があったところで、その隣の家屋は取り払われ、更地になっていた。近所の商店にとっては、商売に悪い影響があるとの懸念から反対しているらしい。

 この商店街通りはシャッターが下りたままのところもいくつかあるが、まだたくさんの店が営業している。この10年、何軒もの店が閉まった。そして別の店ができた。風呂屋が廃業し、跡に細長い高層住宅ができたとか、商店街の様子は少しずつ変わっている。

 こんなことはどこの商店街においても起きている当たり前の現象だ。にもかかわらず、ここで花屋の廃業を取り上げたのは、そこが、このバス通りの両側で長い間、頑張ってきた残り少ない店の1つだったからである。

 手元に、地元の人が作成した商店街の資料がある。昭和40年ごろ、この地元の商店会が合同でお中元セールを行なったときに作成したチラシのコピーなどである。それによると、セールに参加した店は310店舗ある。買い物300円ごとに1回抽選ができ、特賞はリコーフレックスカメラ。毎日、特賞が1本当たったという。

 この当時の商店のうち、何軒が残っているか、勘定すると、ことし8月現在で25店という。そのうちの1つである花屋がこのたび廃業したのである。昭和40年ごろといえば、証券恐慌が起きたり、景気対策のために国債の発行に踏み切ったりした日本経済の歴史的な転換点である。その時からおよそ45年。半世紀近い歳月の過ぎゆくうちに、9割を超す店舗が姿を消していったことになる。

 お中元セールに参加した店舗はほとんどが個人営業の店だったと思われる。それらが半世紀弱の間に、ほとんど姿を消したことに驚く。と同時に、往時の盛況さには及びもつかないものの、新たな顔ぶれが次々に店を構え、商店街が生き永らえてきたバイタリティーにも感心する。

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