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2010年12月19日 (日)

「自分の人生を終わりにしたかった」と言う若者

 茨城県取手市のJR取手駅前で17日、27歳の男が刃物でバスの乗客を傷つけ逮捕された事件。犯人は「自分の人生を終わりにしたかった」と言っているという。終わりにしたかったなら、他人を巻き添えにしない方法で自殺したらいい、と突き放した見方をすることもできよう。

 しかし、秋葉原の事件もそうだったが、若者が絶望し、見ず知らずの人を殺すような事件がときどき起こるのは社会にも問題があるように思える。生まれたときは、皆かわいかった。犯罪者になるまでの経緯を知れば、家庭や社会にも一端の責任があることが判明しよう。また、親が幼い子供を虐待で殺したり、大けがをさせたりする事件が頻発しているのも、明らかに異常な事態である。独居老人が死後、相当経ってから発見されるといった現象もそうだ。

 日本経済は世界第三位のGDPを生み出している。平均一人当たりをみても十二分に豊かである。しかし、家族、学校の友達、近所付き合い、職場の仲間との付き合いといったつながりが薄れる傾向にあるため、人々は孤立化しやすい。ことに、失業したり、派遣などの非正規雇用になると、人によっては孤独に陥り、希望を失いがちになる。

 余談だが、NHKの朝ドラ「てっぱん」は、都会の下宿の住人たちが「隣は何をする人ぞ」の状態から、皆が家族のように集まってしゃべったり、食事をしたりするようになり、それによって、皆の暮らしも仕事も活気づくという話でもある。いまの日本社会の問題点を浮き彫りにしてみせてくれる。

 では、日本社会はどうしたらいいのか。迂遠な答えしか思い付かない。第一に、厳しい言い方になるが、子供に対しては、「大人になったら、独り立ちする、しかるべき仕事に就いて自分で食っていくのだ」ということを、家庭でも学校教育においてもきちんと叩きこむことが絶対に必要である。まともな大人が少ないから、「子供を持つ親は子供に対してどうあるべきか」を教える社会教育も欠かせない。

 第二に、失業者とか、一人暮らしの高齢者などが孤独に陥らないよう、何らかの仲間ができるように支えることである。最近、NPOがこの分野で相当に貢献しているが、地域の行政(市区町村)が本気になって取り組むべきである。カネも人も沢山抱えている基礎的自治体が注力すれば、しっかりしたセーフティネットが張れる。いまの自治体は、給与は高く、クビにならない、仕事は楽だ、といいことだらけで、学生の就職先として大人気というが、見方を変えれば、それは、孤立した人たちを支え、つなげる能力を自治体が潜在的に持っているということでもある。

 企業および労働組合も、社会的な責任として、地域の人々が誰とも付き合うことがないような状態をなくすように、余暇時間を趣味娯楽や勉学などに充てる場づくりを進めることが期待される。特に労働組合は、非正規雇用の賃金が正規雇用のそれに比べて不当に低いのを改めさせるとともに、非正規の労働者を労組の仲間に迎え入れるべきである。

 いまの社会をひとことで表現すれば、「守りの社会」ということになろうか。人々は自分のこと(都合、利益など)しか考えない。他人や周囲に対する心くばりをろくにせず、自分中心にものごとをとらえる。じっくりと考えたあとでの言動ではなく、感覚的、刹那的なことが多い。リスクをおかしてチャレンジするというのとはおよそ正反対である。日本経済にしても、企業経営にしても、日本人が運営しているのだから同様だ。しかし、このままでは、活気を失い、凋落すると思う。

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