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2011年1月15日 (土)

日本海新聞の元旦付け「いよいよ自己責任の時代へ」と主張

 鳥取市に本拠がある「日本海新聞」。その今年の元旦付け一面のトップは、新聞を発行する新日本海新聞社の代表取締役社主兼社長の吉岡利固氏の「いよいよ自己責任の時代へ」と題する主張である。その末尾の節は次のように述べている。

 「日本経済は急速に沈没するわけではありません。ゆっくり落ち込んでいくからこそ『いち早く対応できた企業や人だけが幸せに生き残れる』という厳しい選別社会がやがて訪れます。新しい年にあたり、フワッとした風やムードに流され右往左往している間に、取り巻く事態は刻々と悪化していることをあらためて再認識していただきたいと思います。」

 この主張の前半部分で、「わたしは数年前から、豊かすぎて太平楽に慣れ切った国民に対し『このままでは大変なことになる』と警鐘を鳴らし続けてきました」と言う吉岡氏は、経済成長が少子高齢化とともに行き詰まり、国力が確実に下がりつつあると指摘。政権交代が行なわれたが、バラマキなどで事態はよくなっていない。デフレ脱却は容易ではないと述べている。

 そして「本当の意味で自己責任の時代が来たのです。自分の幸せは自分でつかまなければなりません」と読者に覚悟を求めている。

 約2年前、このブログの2009年1月19日 「『日本海新聞』の元旦付け一面トップ」で、吉岡氏の「地方の未来に前向いて」と題する主張を紹介した。その中で、「わたしは何年も前から『大きな社会構造の転換期が訪れている』と警鐘を鳴らしてきました。今まさに渦中にあるのです」、「世界経済は容易には上昇に転じません」、「我が国の産業構造は抜本的な改革を迫られています」と述べ、「地方は智恵と勇気を」と訴えていた。この2年前の主張と比べると、ことしははるかに深刻な認識を示している。

 近年、新聞経営はいっそう厳しさを増している。ローカル紙の新日本海新聞社も例外ではありえない。ことしの元旦付けの主張は、そうした同社の生き残りの覚悟を示したものと読み取ることもできよう。だが、全国紙、地方紙各紙の元旦付けの一面を通覧すると、社主が自ら堂々と主張を述べた日本海新聞は異彩を放つ。

 ネットの世界の興隆に対して、既存メディア企業は何とか生き残ろうと四苦八苦している。しかし、肝心の新聞が読者を引き付けるような紙面づくりになっているのか疑わしい。元旦付けの各紙を見て、改めて新聞の「初心」に立ち返ることが重要だと思った。

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