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2011年3月18日 (金)

危機は人材を育む

 テレビ、新聞などが地震・津波の被災者の窮状と救援活動の実情、および福島原発の最悪事態阻止に向けての必死の作業を報じている。東京電力などの管内における輪番停電の影響などについても取り上げている。また、円の高騰や株価の暴落とそれへの対応などもだ。目先の円高を予測して円買いドル売りに走る投機筋には不快感を禁じえないが、限界的な状況においても前向きに生き抜く被災者たちや、高い放射能を覚悟して放水などの作業に従事している原発最前線の作業者たちには頭が下がる。彼らの態度は、これからの日本が直面するたくさんの難題を乗り越えて再生できるのではないかという希望の明かりである。

 個人的な体験だが、第二次世界大戦が終わった1945年から、戦後が終わったといわれる1955年ごろまでを思い出すと、我が家には電気と都市ガスがあったが、電気関係の製品は裸電球による照明とラジオしかなかった。それも、予告なしの停電がしばしばあり、ろうそくのもとで食事したことがある。ガスはコンロとして煮炊きに使った。テレビも電話もないし、電気洗濯機、電気冷蔵庫、扇風機、クーラー、エアコンもなかった。暖房は炭を火鉢に入れるだけだった。風呂は薪を焚いてわかした。無論、クルマもなかった。また、トイレはいわゆるボットントイレ。ゴミの自治体による収集はなかった。名古屋市の一角で、そんな状態だった。

 したがって、戦後の経済成長は見方によれば電化・電子化の歴史であった。例えば、母親が育児で布のおしめを使い、毎日、たくさん洗濯板で洗って干していたのが、電気洗濯機の登場で家事労働の負担が減った(いまは紙おむつの使い捨てが当たり前になっている)。また、電子技術の進歩により、テレビ、コンピュータ、携帯電話などが普及してきた。しかし、いずれも電気を必要とする。

 電化・電子化は家事労働の負担を大幅に減らし、人々はコミュニケーションや娯楽などに多くの時間を割くことができるようになった。生活や余暇において電気への依存は当たり前となり、疑問視もされないできた。政府の投資により、道路、鉄道、水道などのインフラなども先進国並みに充実した。結果として、人々は豊かな暮らしが当然と思うようになっていた。換言すれば、自分たちの豊かさを支えている基盤について、それが確かなものか、何ら疑わなくなっていた。1945年から現在まで、ちょうど三世代ぐらいだ。いつのまにか、日本人は先人の苦労を忘れ、豊かさを満喫するいいとこどりで、「売り家と唐様で書く三代目」になっていたのかもしれない。

 今回の危機に際して、国家のリーダーや企業のリーダーの指導力、つまりリーダーシップがほとんど感じられないことに国民の多くは気付いている。おそらく、それは自らの存立の基盤に疑問を抱かない「三代目」世代だからだろう。それにひきかえ、日本が戦後復興に懸命になっていたとき、政府にも、企業にもすぐれたリーダーが輩出した。危機は人材を育むからだ。いま、この時、苦労・苦闘している若い人たちの中から、次代の日本を背負って立つすぐれたリーダーが生まれるのを強く待ち願っている。

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