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2011年3月13日 (日)

東日本巨大地震の教訓

 3月11日午後3時前に起きた東日本巨大地震。マグニチュード8.8という観測史上かつてない規模もさることながら、そのあとに襲ってきた津波の猛威および東京電力福島第一原子力発電所の炉心溶融とによって、国内外を震撼させた。

 自然の力は人間の遠く及ぶものではない。「地震、雷、火事、親父」と言われてきたように、地震は最もこわいものである。しかも、地震が起きる予測はいまも至難である。津波も、日本では「災害は忘れた頃にやってくる」ではないが、警報が出ても、真に受けない人が増えていたように思う。まちづくり、地域づくりなどにおいて、日本が地震国だという当たり前のことを改めて強く意識する必要がある。

 国の政治をつかさどる国会や内閣は、国民があきれるほど、国民の期待や希望から遠いものだった。それを見るに見かねて、天が罰したのかと思ったりもするが、無辜の民がこれほどのひどい目にあうような試練は筋違いである。権力争いに終始する政争をやめて、国民が将来に明るい展望が持てるように政治家は悔い改めるべきだ。

 原発を地震国の日本に設置することに、一部の学者、研究者が危険だとして強く反対していた。それに対し、政府および電力会社はエネルギー供給分散などのために原発を強力に推進し、高い安全性の確保をうたってきた。しかし、柏崎刈羽原発が地震で破損し、長期間の運転停止に追い込まれたように、安全・安心の面で不安が残っていることは否定できない。今回の巨大地震ではついに炉心溶融という最悪の事態にまで行ってしまった。

 原発の安全のためには、発電所のどのプロセスにおいてもフェールセーフが何重にも徹底していなければならない。今回の事態の原因究明は先になるが、予想外の事態が起きたなどという言い訳は、電力会社としては絶対に言ってはならないことだ。それを口にしたら、原発を地震国日本で運転するわけにいかなくなる。

 福島第一原発の1号機は1971年3月に営業運転を開始した。そして2号機~6号機はすべて70年代に運開している。1号機はちょうど満40年にあたる。1960年代の科学・技術をもとに設置場所からプラントから選定し、建設したものである。電源立地、なかんずく原発の新設はきわめて難しいため、メンテナンスをしながら長持ちさせてきたとはいえ、巨大地震に十分耐えられるか不安がないではなかった。その意味で、今回、最新の科学・技術を踏まえたフェールセーフの導入が最優先課題だと実感した。

 東電は自社の発電量が電力需要をかなり下回るので、節電を要請するとともに停電を実施する方針である。日本で一般家庭をも含めて停電を実施するのは第二次世界大戦後の復興期以来である。日本では石油危機の際に、ネオンサインの停止などエネルギー節約に取り組んだ。しかし、その後、電力節減は忘れ去られた。しかし、今回の輪番停電の導入を機会に、暮らしや働き方を人間らしいものに戻すきっかけにしたい。長時間労働を1日8時間労働に戻すなど。災い転じて福となす。それぐらいの覚悟で経済社会のありかたを方向転換することが地球温暖化防止や省資源・エネルギーなどにもつながる。

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