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2011年3月31日 (木)

“還暦”ニッポンの重苦しさ

 テレビが映す津波の被災地を見ると、第二次世界大戦が終わって間もない頃の名古屋の中心部の廃墟とオーバーラップしてしまう。1945年の東京大空襲の跡地もおそらく似たようなものだったろう。停電の導入も、それに拍車をかける。敗戦直後は事前の通知もなく当然停電した。そうした子供の頃の記憶と重なって見えるのだ。人の還暦ではないが、戦後、日本人が営々と築きあげてきた豊かなニッポンが、ほぼ60年経って、元の木阿弥に戻ったようにも感じられる。

 現実は、まだ多くの津波被災者が避難所から別の避難所へと流浪していて、安住の地にいつたどりつけるのか見当もつかない状態である。福島第一原発も、原子炉や使用済み核燃料の冷却作業が困難を極めている。現場で働いている人たちは最悪の労働環境のもと、命がけで放射能の拡散阻止に努めているが、終息のめどは立っていない。こうした危機的事態が常に気にかかる。

 メディアの報道や自分の体験などから思うことの1つは、国難を打開する強い政治のリーダーシップがほとんど見えないことだ。津波や放射能汚染などで苦しむ民に寄り添い、再生の希望を抱かせる指導者がこの国には不幸にして存在しない。地獄を見たのだから、単なる復旧、つまり被災地を元通りにするのではいけない。災害に強く、高齢化や過疎化を踏まえた新しい地域づくりのビジョンをもとに、地域が主体になって東北関東沿岸地域の再生を図っていくべきだ。そのためには、公的主体による当該地域の土地強制収用に踏み切っていい。

 メディアでは福島第一原発の廃炉問題が大きく伝えられている。しかし、いまの時点で、廃炉にするかどうかを云々するのは意味がない。地震発生から20日経ち、新聞が1面で取り上げるべきテーマは、これからの日本の経済社会のありかたではないか。財政危機、少子高齢化、地域活性化、地球温暖化、資源・エネルギーなど震災前から直面している課題を踏まえたら、豊かさの追求に偏重した経済社会を大きく方向転換するという展望を持って復興に取り掛かる必要があるだろう。

 いま1つは、これほど電気が企業活動や私たちの生活のすみずみに使われていたかという驚きである。品質確保上、電気が止まらないことが前提で成り立っている工業生産もあれば、病院の長時間手術もある。ガスと電気は競争しているとばかり思っていたが、いまのガス風呂、ガス床暖房などは電気がないと機能しない。水道にしても、中高層の建物では電気を使って加圧し、上の階に送っているので、停電したら水が出ない。電子制御のようにエレクトロニクスが広く使われるようになったことがその背景にある。

 3つ目は、停電の実施で、企業や家庭で節電ムードが強まったことである。各種小売・サービス店などでは照明を減らし、エスカレーター、エレベーターなどを一部停止している。それで困ることは少ない。過剰な暖房、冷房、照明などは、いたれりつくせりの過剰サービスであり、それを切っても顧客の不満は少ない。本来、無くてもいいサービスなのに、過当競争によりやむをえないという発想でエネルギーを多消費してきたのである。その意味では、節電ののりしろは相当に大きい。電気料金が上がれば、節約傾向はいっそう強まるだろう。

 さはさりながら、東日本と西日本とではかなり大震災の受け止め方が違うだろう。西日本の人たちからすれば、上記の意見はあまりピンとこないのではないかと思う。そうした意識の開きを克服し、日本が全体として再生できるようにすることも国の指導者の役割である。そのためにも、私たち市民は政界、経済界、官界などにおいて、すぐれた指導者を選びだす責任を負っていると思う。

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