« 識者は予見していた? | トップページ | 復興構想会議が政治主導なの? »

2011年4月11日 (月)

巨大地震から1ヵ月、不安は続く

 東日本の巨大地震が起きてから満1ヵ月。東京にいても、頻繁に起きる余震、そして福島原発の危機のため、心は安らがない。非業の死を遂げた万を超える人々、避難所などで先の展望が得られないままに日々を過ごしている被災者のことを思うと、まだ、日本中が喪に服しているような思いにとらわれる。

 福島原発の現場で懸命に冷却機能を回復しようと日夜苦闘している人たち、途切れたサプライチェーンを何とかつなげようと必死に努力している企業および働く人たち‥‥。第一線で奮闘している人々が安らげる日はいつのことか。いまこそ、国や県などの出番である。なんとか会議もいいけれど、国のリーダーは自分の言葉で、この国難を突破して日本が再起を図る道筋を国民にはっきりと示さねばならない。

 「どこの国でも、被害地震が起こった直後には爆発的な熱意と政治的支援によって、将来の震災予知と震災軽減に対する努力が続けられる。しかし、震災の日から時間が経つに連れ、半減期1年程度の減衰曲線を描いて活動度は低下するという。」(酒井治孝著『地球学入門』)。地震国、日本では、関東地震や東海地震が遠からず起きるといわれているのだから、それらへの備えをすぐに点検し、足りないところは急ぎ対応に着手すべきである。知事選で四選された石原東京都知事は震災対策をやると言ったが、それは的を射ている。

 ところで、4月10日の統一地方選挙では、知事選で中央官庁出身者が多く当選した。官僚が知事や市長を目指す傾向は近年、とみに強まった。国家公務員の天下りに対する批判が強まり、退官後、特殊法人や独立行政法人などの幹部になることが難しくなった。企業への許認可権が減り、企業への押し付け的な天下りも減った。また、民主党政権の「政治主導」なるもので、官僚の仕事の意義や誇りがおとしめられた。そんなこんなのため、地方自治体の首長を目指す官僚が増えている。

 これには、地方分権とか地域主権などといわれるように、知事や市長などが霞が関詣でから地域経営に比重を移す時代になっており、首長の仕事のやりがいが増したという事情も働いている。

 とはいえ、地域のことはできるだけ地域でという流れにあるのに、地域のことに疎い、中央政府の官僚出身者を地域住民が首長に選ぶというのは、いかにも皮肉な現象である。中央につながりがある人がいい、一流大学を卒業した人がいい、などということで選んでいるのだろうか。地域で活躍する人は地域の事情に精通してはいるが、地域住民にしてみれば、中央とのつながりが乏しいとか、視野が狭いということなのか。

 地方議会は従来、首長の言うことに右ならえするばかりだった。それが自治体政府の地域経営を駄目にしていた。議会が独自の存在価値を発揮し、首長を厳しくきたえるような存在になると、天下り首長の跋扈はおさまるだろう。そのためには、地方議会にもっとすぐれた人材が入り込まねばならない。企業の休職制度などを変えて、民間から多彩な人材が立候補できるような仕組みをつくる必要がある。

|

« 識者は予見していた? | トップページ | 復興構想会議が政治主導なの? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 巨大地震から1ヵ月、不安は続く:

« 識者は予見していた? | トップページ | 復興構想会議が政治主導なの? »