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2011年5月22日 (日)

子供の頃に憧れたアラカンの「聞書」を読んだ

 小学校から中学校の頃、チャンバラ映画をちょくちょく見た。特に好きだったのが嵐寛寿郎の「鞍馬天狗」と「むっつり右門」である。それからずっと長い間見ることもなかったが、10年近く前に、どこかの食堂のテレビに映っている「右門」をちらっと見かけた。でも、テンポがまだるっこく感じたことをはっきり覚えている。

 最近、『聞書アラカン一代 鞍馬天狗のおじさんは』(嵐寛寿郎 竹中 労)(1976年、白川書院)を読んだ。オラル・ヒストリーとしてすぐれているそうだし、かつて夢中になったアラカンの話なので、図書館から借りてきた。サイレント映画の時代からトーキー、さらにカラー映画‥‥に、昭和2年(1927年)のデビューから、日本の軍国主義化、大陸侵略、太平洋戦争、そして敗戦、米軍占領下‥‥という時代変遷、そして映画会社の興亡、再編成‥‥。そうした中をずっとスターとして、ときには独立プロのオーナーとして生き抜いたアラカンの回顧談は実におもしろかった。何度も声を出して笑ってしまう本を読んだのは、いつ以来だろうか。

 以下、紹介するのは、同書で、印象が強かった部分の一部である。

 歌舞伎の世界から離れ、活動写真の役者になった理由の1つは、大先代の仁左衛門がのちに片岡千恵蔵となる若手を稽古のとき叱って、真剣の峰でカツーンとなぐったことだという。「歌舞伎や古典やと偉そうにいうけれど、阿呆でも名門のセガレは出世がでける、才能があっても家系がなければ一生冷飯食わされる、こんな世界に何の未練もないと思うた。丁稚奉公とおなじや、ウソで塗りかためられた、徒弟制度の枠の中で、主人の顔色をうかがって、犬のようにエサをもらう生活は御免や、と。」、「当時、映画俳優は河原乞食のもう一つ下やった。」「軽ベツされても、大けな金を稼いで、何より主役をとって、思うさま生きたほうが、ナンボましか知れん。」。

 昭和17年(1942年)から20年(1945年)の半ばまで中国大陸と内地を往復する前線慰問の巡業をした。関東軍の司令部にはお茶屋があり、「タタミ敷きの日本座敷や、そこへ将校やらエライさんがきて、芸者とオメコしていく。」、「兵隊に苦労させて、自分らは戦費を使うて、芸者遊びですわ。こら戦争負けや、いやほんまにそう思うた。」、「戦争あきまへん、ワテは“反戦主義”だ。これは体験から出た。(中略)職業軍人ゆうたら、戦争中の特権階級や、とくに参謀部や恤兵部はあきまへんな。女部屋と結託してワイロとっとるんダ、‥‥」。

 「そら五十年も役者やってきて、胸を張っていえることなど、かけらもおまへんけどな。お客を楽しませてきた、これだけはまちがいのないことダ。鞍馬天狗やらむっつり右門、子どもだましを飽きもせいでと、エライさんはおっしゃるやろう。だが、それだけ長くつづいた、これはお客に支持されてきたからや、ちがいまっかいな?」。

 「批評家のセンセイ、試写室で映画みてま、観客の反応あらしまへん、それが間ちがいのもとだ。映画は大衆の娯楽でおます‥‥」。

 聞き取り役の竹中 労はアラカンを「これほど庶民に支持された英雄像は他にないのである。しかるに、アラカンは差別されてきた」。キネマ旬報誌のベストテンなどはアラカンの映画をほとんど取り上げることがなかった。美空ひばりもそうだが、「低俗の代名詞とされ、芸術文化の埒外に差別されてきた」。「批評家と称する連中には、芸能とは娯楽なのだという認識がみごとにぬけおちている。とりわけて映画批評家の場合に、そのコンプレックスはぬきがたい。」と厳しく映画批評家を糾弾する。

 そして、竹中は次のようにも指摘する。「いったい何が(今井正、黒沢明、山本薩夫などの)作家たちを戦争の讃美に純化させていったのか? 臨戦体制の下、“娯楽映画”無用論を唱えるほどイデオロギッシュだった人々は、戦後もまた民主主義体制の中で、最左翼に位置するのである。むしろ武士道の精神を鼓吹した、極右チャンバラ・スター嵐寛寿郎が、戦争映画に拒否反応をおこして、“非国民”と呼ばれたことは何を意味するのか? あの戦時下に、覚めていたのは知的エリートではなく、カツドウヤのえらいさんでもなく、軍隊(戦争)平等やおへんと、庶民大衆の眼で時世時節を見すえていたアラカンであった。」。

 同書の巻頭にはマキノ雅弘(談)の「世界一面白い(おもろい)本や」という文がある。それを一部引用すると、アラカンは「いじましい対抗意識がない、金銭に執着がない、下の者に対する差別がない。つまり、スターの持っている、嫌な自己顕示が一つもない、することなすこと謙虚で折目正しく、それでいて八方破れなんや。」、彼こそ「真の自由人やないか、も一つゆうたら人生の過激派やないか?」と。的を射ていると思った。 

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