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2011年5月 3日 (火)

4兆円ものがたり

【補正予算】 2日に国会で成立した補正予算は端数を無視すると4000000000000円。つまり4兆円と報じられている。だが、補正予算の枠組みを見ると、歳入(計)、歳出(計)ともたったの3051億円に過ぎない。歳入は税外収入3051億円だけ。その内訳は独立行政法人日本高速道路保有・債務返済機構納付金2500億円と公共事業費負担金収入551億円である。

 他方、歳出は、東日本大震災関係経費4兆153億円、既定経費の減額▲3兆7102億円の2つに大別される。既定経費の削減で大震災関係の災害救助や復旧などの経費約4兆円の9割余を捻出し、足りない分を歳入に掲げた税外収入でまかなうという構図である。

 さて既定経費減額の内訳はというと、基礎年金国庫負担の年金特別会計へ繰り入れの減額等2兆4897億円が突出している。次いで、予備費の減額8100億円である。子ども手当の減額2083億円、高速道路の原則無料化社会実験の一時凍結1000億円もあるが、この2つはわずかな金額にとどまる。

 ところで、基礎年金特別会計はというと、2011年度の同特別会計は歳出、歳入とも22兆1900億円である。歳入のほとんどを占める拠出金等収入が21兆4521億円となっている。他方、歳出は、基礎年金給付金が18兆5436億円、ほかに基礎年金相当給付費他勘定へ繰入金及び交付金という長ったらしいものが3兆4669億円ある。

 そして、この基礎年金特別会計に一般会計から繰り入れる金額が2011年度の一般会計当初予算では10兆3754億円となっていた。これが補正予算の成立により、2兆4897億円減らされるというわけだ。言うなれば、規模の大きい特別会計の積立金からなら借金してもかまわんだろうという発想である。あとで返すという口約束はあてにならないが‥‥。

【原発の賠償】 東京電力福島第一原子力発電所の損壊による損害賠償はいくらになるのか。3日の朝日新聞朝刊は政府内の試算として賠償総額を4兆円と想定しているという。そのうち、東電が負担できるのは約2兆円で、不足する分を主として他の電力各社からの支援で賄うという内容だ。記事によると、ほかに福島第一原発1~6号機の廃炉費用として1.5兆円、火力発電の燃料費増が年間約1兆円かかるという。

 同記事では、こうした賠償資金を確保するため、東電管内は約16%の料金引き上げをせざるをえないとしている。

 東電は総資産13兆円余だが、年間売り上げが約5兆円、自己資本は約2兆5千億円の規模である。政府内の試算は事態がこのままおさまる前提に立っているのだろうが、それでも、賠償額は東電一社では背負いきれないほどの負担である。それだから、他の電力会社にまで負担させようという発想になっているようだ。政府はできるだけ賠償の当事者になることを避けているが、原発は政府と一体で推進されてきたことは明らかである。原発が新たな危機に至れば、賠償規模は膨らむだろうし、政府の責任もより厳しく問われるに違いない。

【メキシコ湾の石油流出】 石油メジャーの英BPがメキシコ湾での海底油田掘削施設爆発事故で石油流出を引き起こしたのは2010年4月20日。あれから1年が過ぎた。87日間も流出が続き、その量は約78万klに達した。史上最大の石油流出事故である。ルイジアナ州のほか、フロリダ、ミシシッピー、アラバマ州にも被害が及んだ。

 被害規模は数百億US㌦とみられ、BPは2010年決算で事故処理のために409億㌦を引き当てた。うち、200億㌦は補償基金に充てられた。1㌦81円で円に換算すると、3兆3千億円余になる。1㌦100円なら、4兆円に相当する。同社は事故後、間もなく300億㌦の資産売却方針を打ち出し、賠償に必要な資金の手当てに乗り出した。被害への賠償はいまも続いている。

 驚くことには、巨額の賠償にもかかわらず、同社はびくともしない。どこからも金銭的な助けを受けず、しかも株主に対する配当を実施している。かつてのイギリスの栄光を代表する企業の一つであり、石油メジャーとして今日も活躍するBPの底知れない強さには驚嘆するばかりだ。日本企業の底の浅さを実感する。 

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