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2011年6月14日 (火)

日本のあいまいな意思決定

 イタリアの国民投票で、脱原発が決まった。スイス、ドイツが先に脱原発を決定しており、福島第一原発の損壊とそれによる放射能汚染が世界の潮流に大きな影響を及ぼしたことは明らかである。

 では、肝心の日本はどうか。福島第一の危機が収束しないなか、菅総理大臣が東海地震発生が予測される浜岡原発の停止を要請し、中部電力がそれを受諾した。そして、政府は、浜岡以外の原発には問題がないという立場をとっており、地元自治体さえ承認すれば、電力会社は運転再開できるという立場だ。

 しかし、福井県、佐賀県など、原発が立地している地元では、運転再開して大丈夫と国が言う根拠などに疑問を抱いている。このため、5月31日のブログ「ドイツ以上に速い? 日本の脱原発」で書いたように、来年に、日本中の原発がすべて停止状態に陥る可能性が少なくない。政府は地元自治体にゲタを預け、地元は国にゲタを預けるという相互の責任回避の結果、世界で脱原発一番乗りが実現するかもしれないのである。

 だが、こうした無責任な政治風土のせいで、非常に重要な原発問題が国民の間できちんと議論されず、結果として脱原発になるとしたら、最悪だ。およそ民主主義国家とは言えない。

 世間には、さまざまな意見がある。日本は地震国なので、原発の損壊がまた起こる懸念がある。原発による放射能汚染の広がりは深刻で、かつ対処が困難である。急激に原発を停止しても、電力供給は十分可能だ、あるいは、これまで過剰に電力を消費していたのを1970年代の経済社会にまで戻すだけで、生活上、問題はない、といった脱原発の意見。他方、電力供給に不安が生ずると、企業の脱日本の動きが増えるし、雇用が減る。また、原発停止に伴うコストの大幅増大で電力料金が高くなり、企業の競争力に響く、など、原発を評価する意見。

 メディアの世論調査の結果には、そうした国民の考え方が反映していると思われるが、これだけ重大な原発をめぐる賛否の議論は、当然、国会などで行なわれるべきだと思う。それなのに、何で国会でそれが争点にならないのか。また、菅総理大臣はにわかに自然エネルギーの拡大に取り組む姿勢をみせている。それは大事なことだが、原発をどうするのか、をそっちのけにしていて無責任きわまる。

 いまある原発をどうするのか。それは年内にも予想される衆議院総選挙において、各政党の掲げるマニフェスト、公約で、明確な主張をしてほしいテーマでもある。いま、すでに政治は機能停止している。解散、総選挙は政治を刷新するチャンスになるかもしれないのである。

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